第18話(最終話)「家族というかたち」
季節はゆっくりと流れた。
リディアのお腹は少しずつ丸みを帯びていき、
それと共に、ふたりの時間も静かに深まっていった。
朝、目覚めて最初に交わすのは、いつも同じやさしい問いだった。
「今日はどんな感じ?」
「……よく動いてるの。まるで踊ってるみたい」
笑いながらそう答えるリディアに、
エリオットはそっと手を伸ばし、彼女の腹部に触れた。
そこには、かつて知らなかった“未来の気配”が確かに宿っていた。
屋敷には、新たに小さな部屋が設けられた。
壁には淡い色の布が飾られ、窓には花柄のカーテン。
床の片隅には、リディアが選んだ木製の揺りかご。
そして――エリオットが、夜な夜なこっそりと作っていた手編みのぬいぐるみ。
「……まさか、こんなに器用だったなんて」
「器用じゃないよ。ただ、君と一緒に笑いたくて……」
それは、ぎこちなくも真心のこもった贈り物だった。
ある日の夕暮れ。
庭のベンチに並んで腰を下ろしたふたりは、
茜色の空を眺めながら静かに語らっていた。
「ねえ、エリオット。あなたにとって“家族”って、なあに?」
その問いに、彼はしばらく沈黙した。
そして、少しだけ考えてから、こう答えた。
「……守りたいもの。
絶対に、失くしたくないもの。
たとえ不器用でも、何度でも向き合いたいものだよ、君が許してくれるかぎりね」
リディアはゆっくりと微笑み、彼の手に自分の手を重ねた。
「私も。これからなにがあっても、あなたと何度でも向き合うわ」
その言葉は、まるであらたな誓いのようだった。
そして――数週間後。
屋敷に、小さな産声が響いた。
静かな空間に、命の音が生まれた瞬間。
それは、時が止まったようでいて、同時にすべてが動き出した瞬間でもあった。
「女の子ですよ」
助産師の言葉に、リディアは涙ぐみながら微笑んだ。
隣で手を握っていたエリオットも、目元を潤ませながら頷いた。
「私たちの……あたらしい家族の、はじまりね」
エリオットは、初めてのように慎重な手つきで、
小さな命をそっと抱き上げた。
その瞳には、確かに“過去を知る男”の涙があった。
「……こんにちは。君に会えるのを、ずっと待っていたんだ」
声は震えていた。
けれどその声には、迷いも後悔もなかった。
あるのは、ただ真っすぐな愛と、未来への祈りだけだった。
こうして、すれ違いから始まったふたりの物語は、
静かに――しかし確かに、ひとつの形を結んだ。
それは、
過去に傷つき、別れ、
そしてもう一度出会い、選び直した人生。
「家族」という名の、
静かで、あたたかく、かけがえのない絆。
もう迷うことはない。
もう隠すこともない。
ふたりは三人になった。
そしてこれからも、季節の風とともに、
日常のなかで愛を重ねていくのだろう。
これは、終わりではない。
始まりだった。
“ふたりとひとつの命”から始まる、未来の物語はつづいていく。