第17話「予期せぬ贈り物」
旅から戻ってしばらく経ったある日。
リディアは、ふとした変化に気づいた。
朝、ほんの少し気分が悪い。
いつもより身体が重く、疲れやすい。
最初は旅の疲れかと考えた。
だが――その感覚は、日を追うごとに「予感」へと変わっていった。
「……まさか、ね」
自室の鏡の前で、そっとお腹に手を当てる。
確信などなかった。
けれど、どこかで“そうかもしれない”と心が告げていた。
数日後、医師に診てもらうと――
予感は、現実となった。
「ご懐妊の兆候がございます。まだ初期ですが、間違いないでしょう」
静かな声が、胸の奥で波紋のように広がる。
リディアは、急な現実に戸惑いながらも、
その言葉を噛みしめるように頷いた。
(私の中に……新しい命が?)
その日の午後、エリオットはいつも通りの時間に帰宅した。
玄関ホールで待っていたリディアは、
微笑みながら彼に近づいた。
「エリオット、ちょっと……話があるの」
その口調と瞳に、ただならぬ気配を感じた彼は、
すぐに彼女のそばに腰を下ろした。
「……どうしたんだ?」
リディアは少しだけ目を伏せ、
ゆっくりと、けれど確かな声で言った。
「……赤ちゃんが、いるみたい」
その一言に、エリオットの表情が凍る。
時が止まったような数秒の沈黙。
そして――
「……本当に?」
その声は、まるで夢のような響きを帯びていた。
「ええ。今日、診てもらったの。まだ初期だけど……」
リディアが彼の手をそっと取る。
「……驚いたでしょう?」
「……夢じゃないよな」
彼の手が、彼女の手をしっかりと包み込む。
その手の温かさが、かつてないほど優しくて、力強かった。
「君がそばにいてくれるだけで、十分幸せだったのに。
こんな贈り物まで……ありがとう、リディア」
その言葉は、静かに彼女の心を満たした。
その夜。
ふたりは何も言わず、ただ寄り添って眠った。
エリオットは、リディアをそっと抱きしめ、
彼女の髪に静かに口づけた。
リディアの胸の中には、
まだ目には見えない命の気配が、確かに息づいていた。
その重みが、彼女の存在をより確かなものにしてくれた。
エリオットの腕の中には、
かつて守れなかった愛と、これから守るべき未来があった。
夜が深まるほどに、
ふたりの間には、あたたかな光が灯っていた。
それは、過去から現在、そして未来へと続く、
本物の幸福のかたちだった。