表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/20

第16話「ハッピーエンドの予感」

再婚の承諾から数日後――

リディアは正式に、公爵邸に戻ってきた。


豪奢な披露宴や祝賀のパレードはなかった。

けれど屋敷の中庭で行われた、小さくてあたたかな式は、

まるで春の陽射しそのもののように優しくて、ふたりらしい始まりだった。


「リディア、おかえり」


式のあと、エリオットがふと口にしたその言葉に、

彼女はほんの少し頬を染めながら微笑んだ。


「ただいま、エリオット」


そのたった一言に、長い年月が凝縮されていた。


過去も、傷も、悔いも。

すべてを越えて、今ここにいる。

それは、“帰還”ではなく、“再出発”だった。


再び始まったふたりの生活は、劇的な変化こそなかったが、

心の距離は明らかに近づいていた。


エリオットは朝食の席で、必ず「おはよう」と言葉をかけた。

以前は無言だった食卓が、静かに優しい会話のある場所に変わっていた。


リディアは、彼の帰宅を不安ではなく“安堵”として待てるようになった。


夜になれば、ふたりで読書をしながら過ごす時間が増えた。


「この一文、好きなの。何気ないけれど、優しいの」


「君の雰囲気に似てる」


そう言われて、リディアは少し照れたように笑った。


以前は気づかなかった彼の言葉の選び方が、

今は優しさとして、確かに伝わってきた。


ある日、リディアが軽い熱で寝込んだときのこと。


彼は仕事の書類を脇に置き、ただ静かに隣に座っていた。


「無理しなくていいんだよ、リディア」


「ううん……。でも、こうしてあなたがそばにいてくれるなら……

きっとすぐに、元気になると思う」


その言葉に、エリオットは優しく彼女の手を握った。


それは薬よりもあたたかく、

彼女の呼吸が少しずつ落ち着いていく。


季節が巡り、春から初夏へ。

ふたりは小さな旅へ出かけることになった。


「昔のように、馬車であの湖まで行きましょう。覚えてる?」


「もちろん。あのとき、君の帽子が風に飛ばされて――」


「そしてあなたが、無言で湖に入ったのよね。びっくりしたわ」


笑い合いながら、馬車に揺られる時間。

それは、かつて失われていた“ふたりだけの時”の再来だった。


リディアがふと、うとうとと眠りかけたとき、

エリオットはそっと彼女の髪を撫でた。


「……君とまた、旅ができるなんて思わなかった」


「私も。……今は、幸せよ」


その言葉が、すべてだった。


もう何かを証明する必要も、取り戻す必要もなかった。


ただ、小さな日常を重ねていくだけで、

ふたりの“未来”は形になっていく。


少しずつ、ゆっくりと。

でも確かに、温かく、深く――


ふたりは、やっと本当の意味での“家族”になっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ