第12話「再プロポーズ」
それは、風の穏やかな午後だった。
リディアのもとに、一通の招待状が届いた。
送り主は、エリオット・グランツ。
差出人の名前を見るだけで、胸の奥が少しだけざわつく。
中には、こう書かれていた。
『公爵邸の温室で、午後三時。
あなたがかつて「一番好き」と言っていた時間に、お待ちしています。』
「……温室、なんて」
懐かしさとともに、ほんの少しの緊張が胸をよぎる。
けれど、断る理由はなかった。
それ以上に、彼ともう少しだけ向き合いたいと思っていた自分に、驚いてもいた。
当日。
リディアは春色のワンピースを選んだ。
すっきりとした襟元に、柔らかなレース。
鏡の前で髪を整えながら、少しだけ自嘲気味に笑った。
「まるで、初めてデートに行くみたいね」
そんな自分が、少し可笑しくて、少し愛おしかった。
公爵邸の門をくぐったのは、何年ぶりだっただろうか。
屋敷の佇まいは昔と変わらず、けれどどこか空気が柔らかくなっていた。
案内された温室は――
まるで、時が止まっていたかのようだった。
ガラス越しに差し込むやわらかな光。
その光の中で揺れる、ジャスミンの白い花。
「……変わってないわ」
ふと漏らしたその言葉に、奥から静かに声が返る。
「君がこの場所を好きだったから、ずっと手入れしていた」
エリオットが、中央のテーブルの前に立っていた。
黒のスーツではなく、柔らかなグレイのシャツに、ラベンダーのタイ。
彼の表情は、あの頃よりもずっと穏やかで、どこか迷いのない顔だった。
「リディア。来てくれて、ありがとう」
「……懐かしいわね、この空気。
よくここで、ふたりでお茶を飲んだわ」
「そのとき、君がふと笑ってくれたのが、僕にとっての救いだった。
君の笑顔は……ずっと、僕の心の支えだった」
彼の言葉に、胸がほんの少し熱くなる。
「リディア」
彼がそっと、ポケットから小さな箱を取り出す。
その動作に、リディアの心臓が跳ねた。
「僕たちが過ごしてきた時間は、きっとすれ違いばかりだった。
でも、君がくれた手紙を読んで、やっとわかったんだ」
「僕は、ずっと……君に恋をしている」
彼は箱を開けた。
中には、繊細な銀の指輪。
リディアが昔「こういうのが好き」と話したときの、まさにそのデザインだった。
過剰な宝石も、大仰な彫金もない。
けれど、まっすぐな想いがこもった、世界でただひとつの指輪。
「リディア。どうか……もう一度、僕と恋をしてください」
沈黙が流れた。
リディアは視線を伏せたまま、何も言わなかった。
けれどやがて、ゆっくりと顔を上げ、ほんの少し微笑んだ。
「答えは……今日じゃなくてもいい?」
彼はその言葉を聞いて、やわらかく頷いた。
「もちろん。君のペースで構わない。いつまでも待つよ」
その言葉が、何よりも強くて、優しかった。
温室の中に、午後の光がふたりを包み込む。
静かに、確かに――ふたりの距離は、またひとつ、近づいた。