第11話「触れる勇気」
ふたりが再び顔を合わせたのは、月のきれいな晩だった。
庭で催された小さな茶会――貴族婦人が主催する、ささやかな集まり。
その席に、リディアがふいに姿を現した。
「……リディア様?」
驚いた周囲の視線をよそに、彼女は静かに歩みを進めた。
風に揺れる淡いドレスの裾、月明かりを受けて輝く髪。
まるで幻のような、その美しさに、彼は息を呑んだ。
エリオットは思わず立ち上がる。
「来てくれたんだな……ありがとう」
「……招かれていたもの」
リディアの声は穏やかで、どこか緊張も滲んでいた。
ふたりは向かい合って席に着く。
庭に灯されたランタンが、柔らかに揺れていた。
以前のような、冷たい沈黙はなかった。
けれど、交わされる言葉はやはり少なく、
お互いが距離の測り方を探るような、ぎこちない空気が流れていた。
お茶が冷めきったころ、エリオットがそっと立ち上がる。
「リディア……少しだけ、時間をもらってもいいだろうか」
リディアは、わずかに首を傾げた。
彼はテーブルをまわって、彼女の前に立つ。
そして――静かに、手を差し出した。
「手を取ってもいいかな?」
リディアの瞳が揺れた。
風が、枝葉を揺らす音が、ふたりの間に入り込む。
「……理由は?」
「理由なんて……ただ、今の君をこの手で確かめたい。
君がここにいてくれることを、感じたいだけなんだ」
誓いでもなければ、赦しの請願でもなかった。
ただ、心の底からの“願い”だった。
リディアはしばらく、何も言わずに彼の目を見つめていた。
そして――そっと、立ち上がる。
彼の手に、自分の手を重ねた。
その手は温かく、かすかに震えていた。
彼がそっと引き寄せると、細い身体が腕の中にすっぽりと収まる。
柔らかな髪の香り。
ふわりと広がる体温。
呼吸のリズムさえも、彼には愛おしかった。
「こんなふうに、触れるの……初めてね」
リディアが呟いた。
「……ずっと、怖かった。君に触れて、壊してしまいそうで……」
「壊れたのは、気持ちだったわ。あなたじゃなくて、私の」
「それでも、今――君がここにいてくれて、本当に……よかった」
ふたりの距離は、もはやどこにもなかった。
その夜、庭の端にある藤棚の下で、
ふたりは手を取り合ったまま、月明かりの下に身を預けていた。
何も語らずとも、静けさがすべてを伝えてくれた。
「……君がまた、僕のそばにいてくれるなら。
もう二度と、目を逸らしたりしない」
「今はまだ……答えは出せないわ。でも、嫌ではないの。
こうして、あなたのそばにいることが」
それだけで、十分だった。
壊れた心が、ゆっくりと修復されていく音がした。