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ひとりきりの星使い  作者: めもたー
第一章 学園の日常編
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5話 威厳

 城下町へ続く大門の脇には、二メートルは優に越えている大男が佇んでいた。

 全身が鋼の鎧で覆われたその姿は、ちょっとした事では動じない要塞のようだった。


 リランはその圧倒的な存在感に眉をひそめ、少しだけ身をすくませる。それに対しティアルは、表情一つ変えずただじっとその大男を見つめる。


「この先は気品の無い庶民どもが暮らす城下町だ。何故(なにゆえ)ここを通る?」


 やがて、大男がそう語り出す。

 その声は鎧に籠っているのも相まって、大地を揺さぶるような低さだった。

 リランは一瞬ビクッと体を強ばらせるも、すぐに立て直してティアルより先に大男へ返す。


「私達、今日からルミナーク郊外の学園へ通う事になったんです。えっと、それで……」


 言葉探しに迷っているリランに、大男は食い入るように続ける。


「ほう。馬車も使わずにか」


「それは……」


 完全に言葉が詰まるリラン。大男の静かな圧によって気圧されてしまっている。

 リランはチラッとティアルの方へ助けを求めるような視線を送ると、ティアルは「しょうがないわね」と言いたげに小さくため息をつき、リランの一歩前へと出る。


「馬車がなくても、王都から出られないなんて制約はないわよ。彼女の言うとおり、学園へ行くだけなんだから通して頂戴」


 迷いのない真っ直ぐな瞳で見つめるティアルに大男は、兜の下まで広がっている立派な髭を触りながら答える。


「そこまで言うのなら通っても構わんが、何があっても責任は取らんぞ」


「それで構わないわ」


 大男は念を押すように忠告したが、ティアルは淡々とした表情で言葉を返していく。


「ならば通るがよい」


 その許諾の台詞にリランはほっとした様子で胸をなでおろし、ティアルの傍へと足早に駆け寄る。


「おい、開門だ!」


 大男がそう大声をあげると、門の格子越しに見えていた向こう側の兵士二人が、息を揃えて大きな鉄製のレバーをぐるぐると回し始めた。

 すると、軋む音と共に大門がゆっくりと持ち上がっていった。


「ありがとう。感謝するわ」


「どこのお嬢ちゃんか知らんが、くれぐれも庶民どもをからかったりするなよ」


「言われなくても、そのくらい心得ているわ」


 ティアルはそう言うと、格子が完全に開き切る前に早足で門を越えていく。

 リランも慌てて後を追い、少し遅れて門を(くぐ)った。


 こうして門を抜けた先には、王都とは異なる、ゴツゴツとした不揃いな石畳の道が広がっていた。

 建物も木造やレンガ、石造りなど多種多様で、整然とした王都と相対して雑多な雰囲気だが、それぞれの個性が溢れて優しい温もりが感じられた。


「お嬢、先程はありがとうございました。あの方の迫力がすごすぎて、つい体がすくんでしまって……」


 リランは城下町の空気を味わわずに、まずはティアルに声をかける。


「彼、私達の事を心配してくれていただけよ」


「そ、そうだったんですね……」


 脅されていると勘違いしていたのか、リランは少し恥ずかしそうに少し下を向いて顔を赤らめた。


「以前よりは良くなっているけれど、もう少し初対面の人とも上手く話せるようになった方がいいと思うわ」


「はい……出来る限り努力はしてるんですが、やっぱり昔のトラウマがどうしても離れなくて」


「その志があるのなら、いつかは克服できるわ。たとえどこかで折れたとしても、その度に私が背中を押してあげる」


 ティアルはリランの背中をぽんと叩くと、軽い足取りでゴツゴツな石畳の通路を進んでいった。


「お嬢~! そんなに速いと転んじゃいますよー!!」


 自分で言っておいて、途中転びそうになりながらもその後を追っていくリラン。

 お互い城下町へ足を踏み入れるのは数年ぶりで、その後の学園生活への期待も相まって気持ちが昂っているようだった。


 しばらく道なりに進んでいくと、やがて活気溢れる街の商店街に差し掛かる。

 お店への呼び込みの声、元気にはしゃぎ回る子供達、無造作に混じり合う料理の香り。そのどれもが閑静(かんせい)な王都にはない賑わいを見せており、ティアルは新鮮な雰囲気を感じていた。


城下町(ここ)へ来るのは六年ぶりだけれど、あの頃と何も変わってないのね」


「そうですね。私も長い間この街で暮らしていたのに、今ではすっかり王都の雰囲気に馴染んでしまいました」


 ――ぽふん。

 ちょうど噴水の広場に差し掛かったところ、ティアルの足に柔らかいものがぶつかった。

 その転がってきたものは、砂や泥にまみれた年季の入った小さなゴム(まり)だった。

 ティアルは視線を落とすと、小さな手でそれを拾い上げる。


「わー! ごめんなさい!」


 それと同時に、ゴム毬の持ち主であろう小学生くらいの女の子が息を切らしながら駆け寄ってくる。

 ティアルの目の前まで来ると、荒く息をしながら膝に両手をついた。


「ここは人が多くて危ないから、気をつけて遊ぶのよ。はい、どうぞ」


 ゴム毬を渡し、軽く頭を撫でてあげるティアル。

 それを受け取った女の子は、汗だくの顔を上げ万遍の笑みを見せる。


「ありがとう! 綺麗なお姉ちゃん!」


「お嬢……なんと素敵な……!」


 ティアルが後ろを振り返ると、口を手で覆い、涙を抑えきれていない様子のリランがじっと見つめていた。


「大袈裟すぎるわリラン。感情の浮き沈みが激しくて、逆に羨ましいわね」


「ですが……うぅ」


 ティアルはやれやれ、と首を振りため息をつく。


「ごめんなさい! うちの子が……って、ええ!?」


 すると、後からやってきた女の子の母親が、ティアルの姿を見て驚愕の表情を浮かべる。


「ももも、申し訳ありません!!!!!!!! この子のご無礼を、どうかお許し下さい!!」


 母親はいきなり地面に頭を付け、必死に謝罪の言葉を述べた。

 その瞬間、周囲の視線が一気にティアルとリランの元へ集中する。


「え、いきなりどうしたの……?」


 さすがのティアルも困惑した様子で、地に伏せる母親を起こそうとしゃがみ込む。後方のリランも何が起こったか分からないといった表情を見せていた。


「ねえ、あの白と黒、アストリフィア家の……」

「アストリフィア様を怒らせたのか?」

「子供の失敗とはいえ、相手が悪かったな」

「下手したら一家ごと吹き飛ぶんじゃ……」


 と、周囲から小さな非難の声が次々と湧き上がってきた。


 白と黒の服装をした二人組がアストリフィア家の令嬢と執事だという事は、(ちまた)ではどうやら有名なようで、母親からのこの怒涛の謝罪も、貴族の人間――その中でも特に名高いアストリフィア家の令嬢に無礼を働いてしまったと恐れ、膝を折ったのだろう。


 この光景は、自分が如何に特別な立場にあるのか、そして、どれほど『普通』とはかけ離れた存在なのか。そんな異端な自分を再認識させるように、ティアルの胸に深く刻まれていった。


「これはまずい……っ。お嬢、行きましょう」


 そう言うリランの声は微かに震えていた。

 呆然と立ち尽くすティアルの手を強く握り、半ば強引に、避けるように足を進めていった。


「それじゃ、またね!」


 最後にリランは女の子に向けて微笑み、小さく手を振った。


 その後噴水の広場を抜けるまで母親が立ち上がる事はなく、周りの視線もティアル達の姿が見えなくなるまでその集中は途絶えなかった。

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