18話 歴史
『ルミナークの始まりと二柱の神』
今から数百年前、この世界はメザによって支配されていた。
かつて人間が住んでいた世界に、何の前触れもなく突如として現れたメザに対し、為す術もなく人類は滅ぶ事となった。
そんな混沌と狂気に満ちた世界に、情けをかけた天からの贈り物か、二柱の神がその地に舞い降りる。
その神の名は、アストリフィアとオルヴァルド。
この二つの名は、いずれも現代のルミナークでも名を馳せている。
オルヴァルドは、世界を創る力を持つ。
メザの蔓延る世界の中心に境界を線引き、人間の住む『表世界』とメザの棲む『裏世界』の二つに分断した。そしてこの境界線は、いつしか『アステラント』と呼ばれるようになった。
アストリフィアは、魔を駆逐する強大な力を持つ。
オルヴァルドが新たに築いた世界に残ったメザを一匹残らず殲滅し、表世界に完全なる平和をもたらした。
その後オルヴァルドは、自身のできる限りの力を使い、徐々に表世界の領域を広げていった。
オルヴァルドが世界を創れる範囲の限界に達した頃、アストリフィアはアステラントに沿って強力な結界を張り巡らせた。
そうして人類を再構築できる環境が整うと、オルヴァルドは現在のルミナークを創造し、いくつかの人類を生み出した。
一方アストリフィアは、自身のエネルギーの半分を犠牲に、オルヴァルドが創造した人類に『セレスティア』と呼ばれるメザに対抗出来る聖なる力を託した。
これは遺伝する為、人類が繁栄するほどに表世界はより強固なものになっていくとされていた。
ルミナークの人々全員がセレスティアという不思議な力を扱えるのは、これが起源となっている為である。
さらにアストリフィアは、自身の核となる『アストラ』という唯一無二の力を、現在のアストリフィア家にあたる人間に託したという。
そこからアストリフィア家は、自身の家系にアストラを継承していき、現在に至るまでその力で世界を守り抜いてきた。
アステラントの結界もこの力が関係しているとされ、ルミナークはこの力が存在しているからこそ平和が保たれているとも言えるだろう。すなわち、アストラがこの世から無くなれば、瞬く間に表世界は再びメザによって崩壊させられる事になる。
オルヴァルドの家系は現在ルミナークの頂点であり、国の全てを統一する立ち位置にある。
アストラを継承される人物はアストリフィア家に属する者の中でただ一人で、継承されている人物を知っているのはアストリフィア家と、オルヴァルド王のみである。
こうしてアストリフィアとオルヴァルドは現在に至るまでルミナークの守護神として語り継がれ、今もなおその家系は、我々の知らないところで日々この世界を守るために戦っているに違いない。
しかし人類は繁栄するほど醜くなるもので、人類に対して敵対する者が現れる事も少なくはない。
平和すぎる世界に嫌気が差したのか、『ラジーナ』というメザの肩を持つ組織が存在しているのもまた事実。
この組織の存在を重く受け止めた王都魔法局はラジーナの壊滅を試み、直接対決した過去があるが、すんでのところでラジーナ側の逃亡を許してしまった。
それからラジーナは長年姿をくらまし、ルミナークとは冷戦状態になっているが、セレスティアを悪用して平然と人間を傷つけるような凶悪な組織で、今も機密に活動していると噂されている。
ラジーナの素性は未だに判明しておらず、何故同じ人間に仇をなすような事をするのか、どのような人間がそこに属しているのか。
日々メザの動きが活発化しているのも、ラジーナとの関係があるのだろうか。
しかし、アストラの力があれば、まだルミナークの未来は明るい。
ラジーナは人間組織であり、アストラの影響を直接受けない事から、我々も我々で、より良いセレスティアの鍛錬を積んでいく必要があると考える。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……この先のページは、アストリフィアとオルヴァルドについてより詳しく綴られているけれど、そこまで没頭していると日が暮れてしまうわね」
ティアルは小さく呟くと、パタンと本を閉じた。
「ルミナークの歴史については、一通り目を通してきましたが、思えば神話級の時代の歴史までは見た事ありませんでした」
顎に手を添えながら関心したように頷くリラン。
そんな彼女を横目に見ながら本を棚へ戻すと、軽く服のシワを整えてティアルは口を開いた。
「不思議と今まで話題に挙げなかったけれど、こう見えてアストリフィア家は世界の均衡と深い関わりがあるのよ」
「そうなんですね……というか今考えたら私、そんなすごい家系に執事として雇われてる訳ですよね。なんだか改めて身に余る光栄を感じます……あわわわ」
「今更すぎない? でも、そういう初々しい気持ちが残ってるのは、リランらしくて良いと思うわ」
「おじょ――」
最後の『う』の字を言う間もなく、いきなりリランは盛大に鼻血を吹き出しながら後方へ仰け反った。
「……大丈夫?」
「え、ええ。なんとか……。お嬢のお言葉が素敵すぎて危うく三途の川が見えるところでしたけど」
息を荒らげ、必死に手で鼻を抑えながらそう返すリラン。そしてなんとか体勢を立て直し、再度ティアルと向き合う。
「……ところで、その本に出てきたアストラというのは、今は誰に継承されているんでしょうか? そういう話は聞いた事がなかったもので」
「そういえばこれも話した事なかったわね。アストラの継承者は、基本的にアストリフィア家の人間と、オルヴァルド王しか知らない情報なんだけれど、リランになら教えてもいいわね」
「え、そんな国家機密みたいな情報、私なんかが聞いちゃっていいんですか?」
「もちろん。あなたはもう既にアストリフィア家の人間だもの。今のアストラの継承者は――」
ティアルがそこまで口にしたところで、静寂を両断するかのように、階段の方から聞き覚えのある声が響いてきた。
その声の主は、アルナ。それを聞いた瞬間、リランは一目散に彼女の元へ駆け寄り、その脳天に軽くチョップをお見舞いした。
「あでっ、何すんだよー」
「図書塔では静かにするという暗黙のルールがあります。あなたが大声を出したせいで、正直今めちゃくちゃ恥ずかしい思いをしながら注意してます」
周りを見渡すと、リランの言う通り全ての生徒の視線が二人の元へと集まっていた。
「すまんすまん。アタシこういうの分からなくてさ。ところで、アンタの顔なんでそんな血まみれなんだ?」
不思議そうにリランの顔を見つめるアルナ。
「これには深い訳がありますが、それは後で話します。それより、何の用ですか? 上の階を見てくるって話だったのでは?」
「それがもう飽きちゃってさ。約束の時間まで待てなかったから、三人で一緒に周ろうと思って戻ってきたんだ」
「なるほど。ですが、今のアルナさんのお陰で私達は非常にここに居づらくなりましたので、早めに退散した方が良いと思います」
リランはくるっとティアルの方へ体を向けると、少し不貞腐れたような表情をしながら、胸ポケットから取り出したハンカチで顔を丁寧に拭いて主人の元へと歩み寄った。
「お嬢、申し訳ないですが、ここはもう後にしましょう。この視線の嵐は、私ではとても乗り切れそうにありません」
「そうね。懐かしい本と出会えたし、私は構わないわ」
「なんかすまんな。また来ようぜ」
「いえ、次からは一人で来るわ」
「ひど! ティアルちゃんいきなり毒舌!?」
「冗談よ」
無表情で淡々と述べるその言葉に、アルナは軽く苦笑いをこぼした。
「今の声のトーンなら、本当に冗談ですよ。お嬢の心の広さに感謝してください」
「それなら良いけど、本当に申し訳ないと思ってるよ……いや、マジで」
ティアルが先導するように歩みを進めると、二人もそれに続いた。
三人で揃って来た道を戻り、本に囲まれた静寂の場を後にした。




