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ひとりきりの星使い  作者: めもたー
第一章 学園の日常編
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17話 静寂

「お嬢がよろしければ、あそこの図書塔に行ってみませんか? この学園に来た時から、すごく気になっていたので」


「良いわね。私も行ってみたいわ」


「図書塔かぁ。あんまりアタシの柄じゃないが、二人が言うならもちろんついて行くぜ」


 三人はお互いの顔を見合わせて軽く頷くと、北の方に見える螺旋状の図書塔目指して歩き出した。


 賑やかな広場を抜け、石畳の道を進んでいくと、徐々に空気は静寂に染まっていく。

 広場の喧騒(けんそう)が完全に遠ざかった頃、辺りには三人の不揃いな足音だけがコツコツと響いていた。


 道の両脇に並ぶ木々が時折風に吹かれ、地面に落とす影をそよそよとなびかせている。

 先程までとは違う閑静な雰囲気に、アルナは少し不安そうに辺りを見渡した。


「なあ。この辺静かすぎないか? 他に誰も見当たらないし、同じ学園内とは思えないぞ……」


「図書塔までは一本道だから、人通りが少ないのも仕方ないと思うわ」


「お嬢はいつも静かな所で読書を嗜まれるので、こういう場所は好きそうです」


「そうね。いつもは自室か書斎でしか読まないけれど、たまには違う場所で読むのも悪くないかもしれないわね」


 ティアルは自己解決するように、うんうんと小さく頷く。

 それを横目で見ていたアルナは、退屈そうに大きく欠伸を漏らした。


「勤勉なやつだな。ま、だからこそ貴族のお嬢様が務まるんだろうけどよ」


「……別に、好きでやってる訳じゃないわよ。せめてアストリフィアじゃなくて、他の貴族だった方がまだ良かったわ」


 ティアルはほんの少し暗い表情で視線を落とし、そう言葉を零す。


「えっ!? ティアルって、アストリフィアのお嬢様だったのか!?」


 想定外の事実に度肝を抜かれたアルナの声は、辺りの静寂を切り裂くように響いた。そのすぐ隣にいたリランは、眉をひそめて思わず両手で耳を塞いでいた。


「うぅ……。気持ちは分かりますけど、そんなに大きな声出す事あります!? 耳壊れるかと思いました……」


「すまんすまん! さっき自己紹介してもらった時は言ってなかったら、びっくりしちまったぜ」


 悪気があるのかないのか、はっきりしない無邪気な笑みを浮かべるアルナ。


「言われてみれば確かに、無意識にアストリフィアだって事隠してしまっていたかもしれないわね」


「なんなら一番重要なところじゃねーか!? でもまあ、そんな二人と学園初日から友達になれたなんて、アタシにとってはすげー光栄な事なんだけどな!」


 その返しを聞いたティアルは、ほんの少し驚いたように目を丸くした。


「アルナは、私がアストリフィアだと知っても、友達だと思ってくれるの?」


「ん? 何が言いたいのかよくわかんねーけど、アストリフィアだろうがなんだろうが、こんなアタシと仲良くしてくれる人は、どんなやつであれ友達だと思ってるぞ? それとも、何か嫌だったか?」


「……いえ。あなたが友達でいてくれるなら、私も嬉しいから」


 ティアルは地面の方へ視線を向けると、その色白な頬をほんのりと赤らめた。慣れない言葉をかけられ余程嬉しかったのか、髪の毛先を指でいじいじとしている。


「どうかしたのか?」


「なんでもないわ」


 心配したアルナが顔を覗き込もうとしたが、ティアルはぷいっとそっぽを向いた。途中リランにも顔を覗かれそうになったが、上手いこと赤面した顔を見られずに図書塔の入口へと辿り着いた。


「着きましたねお嬢! 近くで見ると、より高く見えますね」


 二人の意識が図書塔の方へ移り変わると、ティアルは心の中でほっと一息をついた。


 遠目から見ても分かる特殊な図書塔だったが、真下から見上げるとその異様さは何倍にも感じられる。

 螺旋状の壁面が天に向かって伸び、今にも雲を貫きそうなその佇まいは、一見禍々しくも見えるが、そう思わせないほどの神秘的な雰囲気を漂わせていた。


 三人は吸い込まれるように中へ足を踏み入れると、これまでに見た事のない景色がそこには広がっていた。


 見渡す限りの本棚。悠久の時を越えた幾つもの書物が、塔の壁に沿って最上部へと続いている。

 頂には、窓から入る日射しを受け、淡い金光を放つオブジェクトが浮かんでいた。その形状はルミレイア学園の紋章を象ったものだった。


 そんな非現実的とも言える、幻想感漂う景色に魅了された三人は、しばらくの間その場に立ち尽くしていた。


「すっげぇな……これ全部本なのかよ」


 ふと我に返ったように、アルナがそう呟く。

 それに対しティアルとリランは返す言葉も持たず、ただ小さく頷き、呆然とその空間を眺めていた。


「……ごめんなさい。あまりに素敵な光景だったから、つい見入ってしまっていたわ」


「本当ですね。本好きの人にとっては堪らない場所ですよこれは……」


「こんなにいっぱい本があったら、逆に頭おかしくなりそうだぜ」


 アルナはどこかだるそうに頭を掻きながらそう言った。


「私は色々見て周りたいけど、二人も自由に見てまわる?」


「もちろん私はお嬢について行きますよ!」


「んー、じゃあアタシは上の方まで行ってゆるく探検でもしてくるかな」


「わかったわ。じゃあ十七時にまたここで集まりましょう」


 アルナは軽く相槌を打ち、笑顔で手を振りながら颯爽と壁際にある階段を登っていった。

 残った二人も、息を合わせるように肩を並べて階段へと歩みを進める。


 階段のすぐ側に並び立つ本棚の壁からは、僅かに古書の香りが漂い、本好きであるティアルの心をくすぐった。

 そんなエキゾチックな雰囲気を嗜みつつ、二人は一歩ずつ(きざはし)を踏みしめる。


「お嬢、今日は何か読みたい気分はあるんですか?」


「今さっき入口の隣にあった案内表を見たんだけど、三階に歴史のフロアがあるみたいだから、一度そこをまわってみたいわ」


「お嬢歴史好きですもんね! ここにも好みの書籍があると良いですね」


「そうね。楽しみだわ」


 二階の学習スペースを通り抜け、そのまま目的地の三階へと進む。

 ルミナーク中のエリートが集まっているだけあって図書塔はかなり人気なようで、学習スペースはほぼ満席。通路を渡る最中も、十数人ほどの生徒とすれ違った。


 一人真面目に勉強する者、友達と小声で議論を交える者、疲労が溜まって居眠りしている者など、まさに学園と呼ぶにふさわしい光景が広がっていた。


 そんな様子を歩きながら横目で見ていたティアルは、羨望(せんぼう)の気持ちを抱いていた。

 しかし、いつもの癖ですぐにそれから目を背けてしまった。


「お嬢……」


 隣で何かを察したようなリランが何か言いたげに口を開くが、そのまま地面に視線を落とし、結局言葉をかける事はなかった。


 三階に辿り着くと、ティアルは気分を改めるように、歴史の本が並ぶ壁へと向き合う。

 綺麗に連なる背表紙の列を指でなぞり、気になるタイトルを探していく。


「……あ」


 ふと、ティアルの手が止まる。その古本を手に取ると、リランに声をかける。


「リラン、見て。この本、私がずっと探してたものよ」


「どれどれ……あっ、本当ですね! 王都内のどこを探しても見つからなかったのに、まさかこんなところで出会えるなんて、お嬢ツイてます!」


「これだけで、ここに足を運んだ甲斐があったわ」


 ティアルはその本の表紙をしばしの間見つめると、ゆっくりとそのページを開いた。

 その様子を見ていたリランはそっと微笑むと、隣で静かにページを覗き込んだ。

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