16話 昼食
アルナの声に導かれるまま、一番端のテーブルへと辿り着くティアルとリラン。
二人は軽く一礼し、上品な所作でアルナと向き合うように腰を下ろした。
席に着くや否や、整った身なりのウェイターが颯爽と現れた。
「お連れ様がお見えになりましたので、三人分の料理をお持ちいたします。暫しの間、お待ちくださいませ」
ウェイターはそう言い残すと、歩調を乱さず静かに大広間の奥へと去っていった。
「先に着いた時、後から二人来るって伝えておいたんだ。それにしても、あの対応はヤバいな。どこの高級レストランなんだ……?」
「学食をいただく度にあの対応をされるのは、なんだか変に緊張しちゃいますね。慣れるまで少し時間がかかりそうです」
「……屋敷で食べる時とあまり変わらないから、普通で良かったのに」
ティアルがやや不満げにそう言葉を漏らすと、リランはどこか申し訳なさそうに気まずげな笑みを浮かべた。
「まーまー。さすがはルミレイア学園ってところだな。でも確かに、お嬢様からしたら慣れっこなやりとりかもしれないな。アッハッハ」
アルナは卓上に肘をつきながら、腹の底から響くような豪快な笑い声をあげた。
「そういえば、アルナさんはどちらの出身なんですか?」
「アタシか? アタシは城下町から離れた西の田舎村からやってきたんだ。アンタたちは聞くまでもなく王都からだろうな!」
「西の方から? たしか、さっき会ったルークも同じ方角から来たって言ってた気がしますけど……」
ルークという名前を聞いた瞬間、アルナはいきなり目を輝かせ、両手をバンッと机に叩きつけた。
「アンタたち、ルークに会ったのか!? あいつ、学園受かってたのかよ! ったく、アタシに黙ってるなんてシャイなやつだな」
「アルナさんは、ルークとお知り合いなんですか?」
「ああ。住んでた村が隣で、小さい頃は近くの川で会ってよく一緒に遊んでたんだ。少し前にアタシが学園へ行くって言ったら、アイツまで行くとか言い出したんだけど、まさかあのバカが本当に受かってるとは……」
「仮にも幼なじみなのにそんな言い方あります!?」
そんな意外なルーツの話に花を咲かせていると、先程のウェイターがゆっくりと配膳車を押して現れた。
台の上には三つの皿とティーカップが置かれ、こちらへ近づくほどに芳ばしい香りが漂ってくる。
「お待たせいたしました。こちら本日のランチでございます」
テーブルの横へ配膳車を寄せると、ウェイターは料理の盛られた皿を慣れた手つきで、次々とティアル達の前へと並べていく。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
ウェイターは全ての皿を移し終えると、再度一礼を挟んでからその場を去っていった。
「うひょー! これ、ステーキだよね!? アタシ、一度食べてみたかったんだ~」
「ランチにステーキなんて、さすがに贅沢すぎじゃありませんかお嬢」
「そうね。屋敷でも偉い人たちが集まった時くらいにしか出されないから、正直少し驚いてるわ」
貴族同士の晩餐などでしか見られない牛肉のステーキ。そんな物が平然と学食で提供されている事に驚きつつも、二人は側にあったフォークとナイフを手に取り、慣れた手つきでステーキをカットしていく。
「なるほど……そうやって使うのか」
アルナは小さく呟くと、見よう見まねでステーキを切ろうと試みる。だが、思いの外扱いが難しかったのか、切るというより潰したような形になってしまい、皿の上のステーキは見るも無惨な姿になってしまっていた。
「アルナ。私は左利きだから、私と同じ持ち方をしたらそうなるわ」
「マジか!? こんなのに左右あるなんてわかんないって! そういう事は先に言ってくれよ~」
「ごめんなさい。気づいてあげられたら良かったけれど……」
「くぅ~。憎いお嬢様だぜ……」
アルナは悔しそうにガクッと肩を落とし、口を尖らせたままナイフの先で潰れた肉片をつんつんとしていた。
「仕方ないわね。今度使い方を教えてあげるから、今日は私のを食べるといいわ」
「いいのか!? 憎いとか言ってすまん! めっちゃ惚れた!!」
「コラ! お嬢は私のです。お嬢が優しいからって、勝手に口説き落とそうとしないでください!」
そんな二人のやりとりをよそに、ティアルは綺麗に切られた自分のステーキとアルナの潰れたステーキを取り替えた。
「お嬢はホントお人好しなんですから……。さすがにそんなズタズタなものを食べさせる訳にはいきませんから、どうぞ私のを食べてください」
リランはそう言うと、先程ティアルがアルナにしたように、そそくさと自分のステーキと入れ替える。
その様子を見ていたティアルは、目を細めてリランをじっと見つめていた。
「な、なんでしょう? お嬢」
「……リランも、人に言えないんじゃない?」
「あえっ!? いやいや、お嬢の執事として当たり前の事をしてるだけですよ! それに、私は誰にでも気を使えるほど器用ではないので……」
「私はそっちの方がリランらしくて好きよ」
その言葉を聞いた瞬間、リランの手からフォークがこぼれ落ちた。
「二人とも、喋ってないで早く食べな~。めちゃくちゃ美味いぞー! わはは」
「そうね。冷めないうちに食べちゃいましょうか」
ティアルは再び目の前のステーキに向き合い、気品のある所作で小さな口へと運んでいく。
その隣では、リランが先程のフォークを落とした姿勢のまま、まるで時が止まったかのように微動だにせず、ぽかんと口を開けて呆然としていた。
「リラン。それ食べないのなら、アルナにあげちゃおうかしら?」
「い、いえ! 食べます、食べますから!」
ティアルの一言で我に返ったリランは、机に落ちたフォークを手に取り、慌ててステーキを頬張る。
その後も三人は他愛もない会話を挟みながら食を嗜み、静かに時間が過ぎていった。
昼食を満喫し終えた三人は寮棟を後にし、正門前の噴水広場へと再び足を運んでいった。
「さて、ティアルたちはこれからどうするんだ?」
「とりあえず学園内の構造を覚えておきたいから、夕方くらいまで敷地内を巡ってみるつもりよ」
「お、いいね! アタシもそれ思ってたから、良かったらこの後も一緒に行動してもいいか?」
「ぜひ! アルナさんも一緒ならより楽しく学園内を探索できそうです!」
そう嬉しそうに答えるリランを、ティアルは優しい眼差しで見つめていた。
他人との関わりを避けていたリランが、学園初日にして他人と心を通わせたのだ。それは長年彼女を見守ってきたティアルにとって、とても誇らしい事だった。
「リラン、良かったね」
ティアルは誰にも聞こえる事のない蚊の鳴くような声で呟くと同時に、ほんの一瞬だけ頬が緩んだような気がした。




