14話 友達
「私はティアル。こっちは私の執事で、リランよ」
噴水広場で、ルークにしたそれと一言一句違えず自己紹介をするティアル。
それに続いてリランも、執事らしい丁寧な所作でお辞儀をした。
「執事!? すごいな……。ってことは、どっかの貴族のお嬢様か何かか? アタシ田舎モンだからそういうのよく分からなくてよ、悪いな」
「いえ。私たちとしても、今後もそういう風に気軽に接してくれると嬉しいわ」
「おお、そうか! まさか入学早々お嬢様と友達になれるなんて、これも何かの縁なんだろうな。授業終わったら、また話そうぜ」
アルナはそう言い残し、大鎌を肩に担いで他の生徒の観察に戻っていった。
「友達……」
ティアルの口から、自然と言葉が漏れる。
自身の立場上、リラン以外に親しくできる人物なんて、今後現れないと考えていたティアル。だが、そんな固定概念を打ち壊すように差し込んだ一筋の光。
それがアルナの放った『友達』という言葉だった。
「お嬢、やりましたね! 新しいお友達が増えました! 雰囲気はルークに似ていますが、あれと違ってアルナさんは生理的嫌悪がありません!」
リランはまるで自分の事のように喜び、目を輝かせながら屈託のない笑顔を見せる。
「正直、ここへ来る前はずっと不安だったけれど、アルナみたいに身分だけで人を判断しない子がいるだけでも、私は学園を選んで良かったって思えるわ」
「お嬢……」
自分の事を貴族のお嬢様ではなく、友達として接してくれる喜びを、ティアルは心の中でしみじみと感じていた。
その気持ちがなんとなくリランにも伝わっていたのか、彼女は声をかけるでもなく、ただティアルの横顔をそっと優しく見つめていた。
それからしばらく他の生徒達の様子を眺めていると、オスカーから二人を呼ぶ声が響いてきた。
「そこの二人! あとはお前たちだけだぞ。早くこっちへ来い」
「あ、はい! すみません今行きます!」
リランはハッとした表情を浮かべ、急ぎ足で擬似メザの元へと駆けていった。ティアルも後を追うように、穏やかな足取りで歩みを進める。
「それでは、私から行かせていただきますね!」
リランは位置に着くと、張り切った様子で双剣を構えた。
一見涼しい顔つきをしているが、大衆の面前が苦手なリランは、緊張から来る腕の小さな震えを隠せずにいた。
そんな様子を、ティアルは後ろで静かに見守る。
「リラン、頑張って」
生徒達の喧騒に紛れて、ティアルはぽつりと呟いた。
数多の声が飛び交う中、リランの方まで聞こえたかどうか定かではなかったが、彼女はふとティアルの方を振り返り、爽やかに笑って見せた。
リランは再び擬似メザと向き合うと、小さく息を吐き、そっと一歩を踏み出した。
そしてそのまま流れに身を任せ、大地を蹴る――。
ふわりと草が舞い上がり、黒い影が閃光のように走る。次の瞬間、擬似メザは真っ二つに裂け、ぐしゃっと音を立ててその場に崩れ落ちた。
あまりにも一瞬の出来事に、生徒達は口を開けたまま呆然とした表情を見せていた。
「ふぅ……なんとかセレスティアの腕は落ちていないようですね」
そう言って剣を収めたリランが振り返ると、途端にどっと歓声が湧き上がる。
「うおおおおおおすげえ!!」
「何今の! 黒い線が走ったようにしか見えなかったわ!」
「見た目だけじゃなくて、ちゃんと強いの痺れるぜ……」
思いがけない賞賛の嵐に、慌てた様子で両手を左右に振るリラン。
「い、いやいや!! そんな大それた事では……。毎日お嬢にしごかれていたお陰で……」
「今年の一年生は優秀なやつが多くて今後が楽しみだな。さて、次で最後だが……」
オスカーは生徒の群れから少し外れた場所の、一人ぽつんと佇む白い少女の元へと視線を向ける。
それに気づいたティアルは、何を言うまでもなく軽く睨みを返した。
「ついにお嬢様のお出ましか! あのハンドガンで、一体どんなものを見せてくれるんだ!?」
ティアルは擬似メザが再生するのを待った後、静かにその足を進めた。
小さな歩幅で、少しずつ距離を縮めていく。そうしてティアルが辿り着いた先は、擬似メザではなくオスカーの元だった。
そして彼の顔を見上げ、ティアルはゆっくりと口を開く。
「オスカー。あの頃の私はもう、いないから」
ティアルはそう言い放つと、おもむろに銃口を擬似メザの方へ向ける。
そして、その姿を目視せずに、ただ一発引き金を引いた。
爆裂音と共に銃口から放たれた細く蒼白い光線は、綺麗な弾道を描き、見事に擬似メザの頭部を撃ち抜いた。
その衝撃で擬似メザは側方へと弾き飛ばされ、地面に転がったまま、ぴくりとも動かなくなった。
ティアルは無言でハンドガンを収めると、隣にいたリランの方へと視線を向ける。
「良い太刀筋だったわリラン。さすがね」
「ええ……嬉しいお言葉ですけど、お嬢のものを見た後だと素直に喜んでいいのか分からなくなってきました……」
リランはどこか複雑な表情を浮かべながら、両手の人差し指をつんつんとしていた。
「おい、見たかよ。あんな小さなエネルギー弾でメザを吹っ飛ばしやがったぞ」
「しかもメザを見てすらもいなかったわ。さすがアストリフィアのお嬢様……」
そんな生徒達のどよめきが広がると同時に、授業終了を知らせる低い鐘の音が辺りに鳴り響いた。
「フン。どうやら口先だけの見栄っ張りでは無さそうだな。教師として、これからの活躍を期待しておくとしよう」
オスカーはそう言い残すと、白衣をはためかせながら、倒れた擬似メザの回収へ向かっていった。
「今回の授業はこれで終了だ! 明日また同じ時間に授業を開く。続きを受けたい者は予定を合わせておくように」
大声で締めの言葉を送るオスカーを背に、ティアルとリランも歩みを進める。
「お嬢、先程はお見事でした! ハンドガンは最弱セレスティアだ~、なんて言われてますけど、そんな肩書きも霞んで見えましたよ!」
「そう言ってくれると嬉しいわ。でも、オスカーの言う通りこの武器は、本当に弱いわよ。私が好きで使ってるだけで」
それを聞くと、リランはハッとした表情を見せてティアルへ問いかけた。
「そういえば、オスカー先生に対してお嬢はかなり威圧的というか、慣れ親しんでるように見えたんですが、昔のお知り合いとかなんですか?」
その問いにティアルは、ほんの少しだけ眉をひそめる。
「話すほどの事じゃないわ」
「そんなぁ!? 気になりますよ~!」
「色々落ち着いたら、じきに話すわよ」
リランは頬を膨らませながらも、いつか教えてくれるなら、と渋々納得した様子で肩を落とした。




