13話 異形
「……そうか。なら、その木偶の坊でこれから先どんな成果を残していけるのか、せいぜい頑張ることだ」
オスカーは軽く眼鏡の位置を修正すると、背を向けて元いた場所へと戻っていった。
「ええ。見ていなさい、オスカー」
ティアルは誰にも聞こえない程の声量で呟くと、手の中にあるハンドガンを一瞥した。
「場を乱してしまって申し訳ない。これより、君たちのセレスティアがどれほどのものか、見定めていく」
オスカーは、胸ポケットから手のひらサイズの小さな箱を取り出し、それを地面へ向かって放り投げる。
それを見たリランは、ハッとした表情でおもむろに口を開いた。
「あれは、【幻匣】。魔法の力であのサイズまで圧縮して持ち運べ、再展開できる便利な魔導具ですよ」
「リラン、知っているの?」
「はい! 買い出しついでに、たまに魔導具屋へ立ち寄ったりするんですが、その時に知りました。この学園で利用されているなら、屋敷用に私たちも購入を検討してもいいかもしれませんね」
そんな淡々と語るリランを見て、魔導具についての知識ではリランの方が上手かもと、ティアルは感心を覚えた。
そして、オスカーの放った幻匣が弾けると、中からは見慣れない黒い物体がみるみると姿を現していった。
その見た目は、他の何にも例え難く、醜い姿だった。
強いて形容するのであれば、ドロドロに崩れた狼のようで、体は粘膜に覆われ常に輪郭が安定していない。
見る者に嫌悪を抱かせるようなその容姿に、苦悶の表情を浮かべる生徒がほとんどだった。
「お嬢、あれは……」
「ええ。【メザ】ね。久しぶりに見たけれど、相変わらず気持ちの悪い見た目ね」
「そうですね……私もあまり見たくないです」
若干気味悪がるリランに対し、ティアルは顔色一つ変えずに、淡々と語っていく。
「これはメザを模した授業用の偽物だ。本物と違い、自主的に攻撃は仕掛けない。実際にメザを見た事がない物は、今のうちに慣れておけ」
そう言われ、生徒達は再度メザの方へ視線を向けるも、その異様な姿はやはりおぞましく、無理だ。と、顔を背け、手で目を覆う者が半数以上見受けられた。
「メザは、その奇怪な見た目や行動によって人間を翻弄する。だが、思っているよりもメザは脆い。ある程度セレスティアを扱える者であれば、誰でも簡単に対処する事ができるため、冷静になる事が大事だ」
オスカーは手に持った大槍を構えると、擬似メザへ向けて軽く薙ぎ払った。すると、擬似メザはたちまち真っ二つになり、そのまま動かなくなってしまった。
ドロドロとした黒い液体がその周囲に飛び散り、草地に染み込むようにじくじくと音を立てている。
「このように、メザはセレスティアの力の前ではほぼ無力だ。ちなみに、ただの鋼で作られた刀などでは傷一つ付けられない。己を信じ、己のセレスティアで戦うんだ」
オスカーのその言葉に、先程まで嫌悪に満ちた表情をしていた生徒達に、ほんの少し希望の光が見え始めていた。
しばらくすると擬似メザは、切断された部分から粘り気のある繊維を伸ばし、ゆっくりと蠢きながら元の姿へと戻っていった。その流れるような一連の動きも、どこか気味が悪い。
「これは何度でも再生する、特別な幻術魔法がかけられてある優れものだ。さあ、誰でもからでもいい。この姿に怯えず、出来れば一撃で命を絶ってみせろ」
初の実践となる一番手は、生徒にとって自分の実力を見せつける絶好の機会となるが、興奮と恐怖の感情が複雑に織り交ざり、我先にと手を挙げる強者は中々現れなかった。そんな時――。
「アタシがやります!」
と、勇敢にも手を挙げた生徒が一人。
目立つ赤色のパーカーと、その裾に隠れた僅かに見えるショートパンツ。少しゴツめの白いダッドスニーカーをこしらえたその容姿は、気の強そうなボーイッシュな少女だと、ティアルに深く印象付けられた。
大鎌のセレスティアを携えた少女は、涼しい笑顔を浮かべながら、擬似メザの手前に立つ。
「誰もやらないなら、アタシの鎌さばき見せちゃうぞ~」
「威勢がいいな。お前は確か入学実技試験首席の、アルナ・バルキリー。一番手としてうってつけの実力者だな。では早速、その力量を見せてくれ」
「はーい、先生」
アルナはそう軽く言葉を返すと、先程の笑顔とは一転して、真剣な顔つきへとすり変わった。
彼女の栗色の短い髪が、横風によってふわりと靡く。後ろの生徒達が息を飲んで見守る中、アルナは標的を鋭い眼光で捉えたまま、僅かに踏み込む。そして、一閃。
その動きは、そこにあるはずの大鎌が見えない程の速さで、瞬く間に擬似メザを両断した。
「速い……」
ティアルは思わずそう呟き、ほんの一瞬だけ、心の内に小さな高揚感を覚えていた。
ティアルのそんな様子を横目で見ていたリランは、頬に汗を一粒垂らし、唖然とした表情を見せている。
「言葉の通り、見事な鎌さばきだ。一年生時点でこの腕があるなら、お前には今後の活躍が期待できそうだ」
真っ二つに割れた擬似メザを見つめ、オスカーはアルナを素直に賞賛した。
「マジすか!? やったー!」
喜びの声を上げ、生徒の群れへと嬉しそうに戻っていくアルナ。その輪に入るや否や、生徒達から黄色い歓声が湧き上がった。
「お前ら、今ので気が高ぶってしまうのも分かるが、全員やるんだぞ。彼女のをお手本に、どんどんやっていけ」
先程までとは打って変わったように、生徒達は次々と名乗りを挙げていく。
誰か一人でも先行する事でそれに便乗したくなる、人間の性というものだろうか。
「ニヒヒ。アタシのおかげだねー。みんな頑張れ~!」
擬似メザの元へ集まる生徒達の背中を、アルナはそう万遍の笑みで眺めていた。
剣、槍、斧、弓。そんな個性豊かな武器を各々手中に、生徒達は次々と自慢のセレスティアを披露していく。
「なあなあ、真っ白ちゃん。アンタのセレスティア、面白いな! ハンドガンでこの学園に合格したなんて、すげえイカしてるぜ!」
ティアルが興味ありげにその光景を見ていると、不意にアルナが話しかけてきた。
一瞬戸惑ったティアルだが、すぐにいつもの落ち着いた対応を見せる。
「そうね。あなたの技量には敵わないけれど、私なりに全力を尽くしたつもりよ」
「またまた~。こんな難しい学園の入学権をハンドガンで掴み取ったんだから、きっとアンタは凄い人なんだと思う! 隣の真っ黒ちゃんも、その双剣めっちゃカッコいいぞ! アンタらみたいな人と同じ学年になれて、嬉しいぜ!」
「えっ、私もですか!?」
突然話題を振られ慌てていたリランだが、どこか照れたような表情を隠せずにいた。
「これから仲良くしてくれるともっと嬉しいけど、良かったら名前を聞いてもいいか?」
アルナは淡く微笑んだ。




