12話 授業
ティアルとリランがグラウンドに足を踏み入れた瞬間、辺りに小さなどよめきが広がった。
ただ、それは城下町の時に向けられたような非難の声ではなく、かの有名なアストリフィアの二人と共に授業を受けられるという、高揚によるざわめきだった。
「お嬢。思った通り、すごい注目されてます……」
リランがそうティアルの耳元で囁く。
「……そうね。違うクラスの子たちにも説明していくのはさすがに骨が折れるわ。それに、非難されてる訳じゃないなら、あるがままにさせておきましょうか」
本来であれば、このような歓迎の声でさえ不要と考えていたティアル。『普通』であるなら、姿を見られただけでこんな騒ぎになるのはありえない。そう思っていたのだ。
大勢の生徒達が二人の前に駆け寄ろうとしたその刹那、授業開始を知らせる低い鐘の音が、辺りに鳴り響いた。
「授業開始だ。全員ここへ集まれ」
それと同時に、どこからともなく現れたオスカーが生徒達を呼び止める。
生徒達は葛藤しつつもその指示に従い、渋々オスカーの元へと集まっていった。ティアルとリランも、少し遅れてそこへ参入する。
「盛り上がっているところ申し訳ないが、ここからは私の授業だ。持ちクラスの生徒が何名かいるが、改めてオスカー・ウェルノだ。以後お見知りおきを」
オスカーは、教室でした挨拶とほぼ同じ言葉を並べ、改めて自己紹介を行った。
身に纏った白衣が風によって煽られ、元々存在感のある整った体躯に、さらなる風格が添えられている。そんな姿に、自然と姿勢を正していく生徒も何人か見受けられた。
「早速授業を進めていく。まず質問だが、前提として物理武器セレスティアは何の為に存在しているか、分かるやつはいるか?」
その問いに、生徒達はお互いの顔を見合わせる。
それは難関入試試験を突破してきた生徒達にとって、造作もない答えだった。
「【メザ】から人々を守るためです」
とある一人の生徒が、自信ありげな表情でそう返す。
「正解だ。セレスティアには、他に『魔導書セレスティア』、『幻術セレスティア』、『補助セレスティア』の三つが存在する。その中でも物理武器セレスティアは、直接メザを撃退する事に特化している」
オスカーは解説をしながら、右の手のひらを前方へ差し出した。
「他のセレスティアについては、それ専門の授業に出て聞くといい。異なるセレスティアを扱っていても、授業はどれでも好きなだけ受けられるからな。さて、ひとまず手本代わりに、私のセレスティアをお見せしよう」
徐々にオスカーの手に風が集まっていく。それはやがて蒼白い光へと変化し、みるみる実体あるものへと姿を変える。
その光は当人の背丈を凌駕するほどに、長く、大きく形作られていく。ある程度その形が整ってきた頃、オスカーは『それ』を強く握った。
途端、眩く光が弾け、オスカーの手に大槍が姿を現した。
その外観は、オスカー本人の威厳に負けず劣らず、今にも大地を割ってしまいそうな威光を放っていた。
「今は正確なエネルギーの流れを見てもらうために、敢えてゆっくり生成したが、実戦であれば最速約三秒で生み出す事が出来る。初めのうちは、一旦それを目指してもらう」
三秒。
ティアルは頭の中で、その数を反芻しながらセレスティアを作り出すイメージを浮かべる。しかし、予想に反してティアルにはそれが思ったより長く感じられた。
「この学園なら、入学時点でセレスティアがある程度扱える事が必須になっているお陰で、一番面倒くさいエネルギーの流れを教授する工程が省けて楽でいいな」
「いや、先生がそんな事言ったらダメですよ……」
リランが小声でそう呟くと、隣の生徒がクスッと笑った。
「では各自、セレスティアを生成してみろ」
オスカーの合図と共に、生徒達は自分の手のひらにエネルギーを集中させていく。
辺りに風が靡き初め、次々とその手中に小さな光が集まる。
「リラン、私たちもやりましょう」
「はい! 入試以来なので、感覚を覚えているか不安ですけど……」
二人はそっと目を閉じ、息を合わせるように、手のひらへとエネルギーを送っていく。
名門貴族の令嬢と、その執事のセレスティア。
既にセレスティアの完成を終えた生徒達の視線は、その光景を見逃すまいと、自然とティアルとリランの方へと向けられていた。
二人のエネルギーの流れは、滞りを知らない川の流れのように滑らかで、その芸術さに周りは釘づけになっていた。
やがて、手中に集まった光は武器の形へと変化していき、二人はほぼ同時にそれを完成させる。
「できたかしら?」
「はい! お嬢ほどエネルギーの流れは綺麗ではなかったですが、なんとか作れました!」
無邪気な表情を浮かべるリランの手に握られていたのは、漆黒の双剣だった。
長すぎず短すぎず、バランスのとれた刀身。剣の形に沿うように細く赤いラインが走り、武器に循環するエネルギーを顕にしている。
「うおおおお! 双剣だ、すげえ!」
「あれ、すごく難しいって聞いた事ある!」
「さすがはアストリフィアの執事って事か……!」
リランはそんな絶賛の嵐に、少し顔を赤らめ、恥ずかしそうに緩んだ笑顔を見せた。
「上出来よ、リラン」
ティアルはどこか誇らしげな眼差しを向け、そう言葉を添える。
それに対しリランは、剣を握りながら嬉しそうにピースサインを返した。
「そして、ティアルさんの方は……ええ!?」
ティアルのセレスティアを見るや否や、生徒達はその目を丸くして驚いた。
後方で見ていたオスカーも、やや曇りのある表情を浮かべている。
「銃だぜ……マジかよ……」
ティアルの手中に収められていたのは、純白のハンドガンだった。
無駄を削ぎ落とした清楚なデザインで、リランの双剣と同じく本体に沿ってラインが走り、蒼く、淡く光っている。
「……おい、なんだそれは」
オスカーはティアルの元へゆっくりと詰め寄り、そう問いかける。
「なんだ、というのは?」
「ハンドガンは、物理武器セレスティアの中でも最弱に位置づけられている。人一人に与えられるセレスティアは、生涯で初めて生んだその武器だけだ。知らないなんて事はないと思うが、正気なのか?」
セレスティアが扱えて当たり前のこの世界では、戦闘と日常生活のどちらにも運用しやすいセレスティアが評価されている。
ハンドガンというのは、表面上は物理武器に部類されているが、その性質上エネルギー弾を収縮して放つため、戦闘面での活躍はあまり期待できない。
言うまでもなく、日常生活でも全く役に立たないので、世間ではある意味幻のセレスティアとされていた。
俯いていたティアルはふっと顔を上げ、決意に満ちた顔つきで、オスカーを見つめ直す。
「誰になんと言われようと、かまわないわ。これが私自身が決めた、私の在り方だから」




