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ひとりきりの星使い  作者: めもたー
第一章 学園の日常編
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11話 白い羽

「それじゃティアル、またどこかで」


 シオンは不敵な笑みを浮かべ、席を立ち颯爽と教室を去っていく。

 挑発とも呼べる仕草だったが、ティアルはそれに反応する事はなく、ただ静かにその背中を見つめていた。


「お嬢~~!!」


 一難去ったと思ったのも束の間、間髪入れず聞き馴染みのある大声がティアルの耳を(つんざ)いた。

 全力で駆け寄ってきたリランは、机にバンッと両手を叩きつけ、やや涙目になりながらティアルの顔を見つめる。


「ここはもうだめです! あのルークとかいう人が隣なんて、私やっていける気がしません!!」


「確かに私もそう思ったけれど、それだけで折れるのはさすがに弱気すぎよ」


「本人まで聞こえてるって! フォローしてくれるかと思いきや、さらっと酷い事言うじゃねーかティアル!」


 割って入るように大声で喚き散らかすルーク。そんな彼にティアルは、誤解だ、と手を小さく横に振った。


「そういえばお嬢、先程隣の人と意気投合しているように見えましたが、もうお友達作れちゃったんですか?」


「いえ、友達というよりは、ライバル……?」


「ららら、ライバル!? お嬢に匹敵するような人がいるというのですか!?」


 向かうところ敵なしと思われていたティアルの口から、想定外の言葉が飛び出し仰天するリラン。


「あのあの、それはつまり、彼? は私より優秀だという事で、もしかして私の執事の座が危うい!?」


「どうしてそうなるの。私がそんな軽い人に見える? 私の執事は、あなたしか務まらないわ」


「お嬢……!」


 リランの目から大粒の涙が零れる。

 ほんの少しだけ感動的な気分に浸った後、リランは胸ポケットから自前のハンカチを取り出して、零れ落ちた涙を丁寧に拭き取った。


「私、これからもお嬢のお役に立てるよう精一杯努力します!」


「楽しみにしてるわ」


 そう言ってティアルは、綺麗な所作で席を立ち上がった。

 スカートの形を簡潔に整え、ブラウスについた若干のシワを伸ばしていく。そうして身なりを正したティアルは、改めてリランの方へ視線を向ける。


「まずは、今日一日を乗り越える事ね。この後もすぐ授業が控えてるんだから」


「そうでした! 確か【物理武器セレスティア】の実技授業を一緒に取ってたんでしたね。それでは、急いでグラウンドへ向かいましょう!」


 リランの掛け声と共に、二人は教室の扉へ向かって歩み出した。


 廊下へ出ると、先程まで静寂に包まれていたその場所は、大勢の生徒によって明るい賑わいを見せていた。

 再度一階へ向かおうと昇降機の前に立つも、既に順番待ちの列でごった返していた。

 

「んー。これは長くなりそうですね。(くだ)りですし、階段を使いましょうか?」


「そうね。授業前の良い運動にもなるかもしれないわ」


 便利が故に人気の募る昇降機に対し、誰一人として空いている階段を使おうとはしなかった。

 そんな光景を横目に、ティアルとリランは肩を並べて階段の方へと進んでいった。


「私、階段は嫌いじゃないわ。小さい頃、最後の三段分の距離を飛び越えて楽しんでたわ」


「お嬢にそんな無邪気な一面が!? 確かに気持ちは分かりますけど!」


 そんな健気な会話を交わしながら、一歩ずつ丁寧に階段を降りていく二人。残り数段で踊り場に差しかかるというところで、ふとティアルが立ち止まる。


「……久しぶりにやってみましょうか」


「え?」


 立ち止まった場所は残り四段分の場所。ティアルは踏ん張るように少しだけ身をかがめた。


「えい」


 ティアルは踊り場へ向かって残りの階段を飛び越え、スカートをふわりと浮かせながら、華麗に着地を決める。

 その一連の動きは、ひとひらの白い羽が舞うように美しく、ティアルの神妙さをより際立たせていた。


「お嬢!? まさか本当にやるなんて、目の保養……じゃなくて、危ないですよ!」


「そう? 今やっても、割と楽しかったわよ」


 そんな台詞とは裏腹に、表情はいつも通り淡々としていたが、いつもよりあどけなさが滲んでいるようにも見えた。


「も~、怪我でもしたら大事件なので程々にしてくださいね。それと、あまりにも下が無防備すぎます。私以外に目撃者がいたら始末していたところでしたよ」


「その言い方だと、リランは見たって事?」


「め、滅相もない!! 私が神聖なるお嬢の砦を視界に収めるような愚行など……!」


 あまりの慌てっぷりに、ティアルは怪しむような眼差しでリランをじっと見つめた。


「いや、本当ですってば……。お顔が近いです、お嬢」


 リランは耳を真っ赤にし、ティアルから顔を背ける。

 そんな分かりやすい反応に、ティアルは小さくため息を漏らした。

 

「素直じゃないんだから。別に、リランになら大丈夫だけど」


「なっ!?」


 信じられないといった様子のリランをよそに、ティアルは軽い足取りで階段を下っていく。

 その後ティアルの姿が見えなくなっても硬直したままのリランだったが、ふと我に返り、駆け足で主の後を追っていった。


 息を切らせながら長い階段を下り切り、一階へ辿り着くと、退屈そうにあくびを漏らすティアルの姿が見えた。


「良い運動になった?」


「ゼェ……。いや、お嬢があんな爆弾発言をするから、こんなことに……ハァ」


「そんな大それた事を言った訳でもないと思うけれど……」


「それがずるいんですよ!」


 ティアルは小さく首を傾げ、よく分からないといった仕草を見せた。それに対し、リランの表情にますますモヤがかかる。


「まったく、ある意味純粋すぎて怖いですよ」


「そういうものなのかしら……」


 ティアルの無自覚ゆえの爆弾発言は、皮肉にもリランの寿命を縮めてしまう効果がありそうだった。


「それよりも、早く行かないと授業に遅れてしまうわ」


「あ、そうでした! お嬢の破壊力に気を取られて、危うく本来の目的を忘れるところでした……」


 こうして本校舎を後にした二人は、再び噴水のある十字路へと歩みを進めた。

 噴水を中心に右へ曲がり、学園寮を横目に見ながらその前を通り過ぎる。すると、少し長い下り坂の先に、草原のグラウンドが見え始めた。


「あそこね。他の生徒の流れがなかったら、遅刻しそうだわ」


「ですね。慣れるまでしばらく時間がかかりそうです」


 空は相変わらずの青天で、煌めく太陽の光がティアル達に降り注ぐ。

 坂を下るにつれて、草木の香りが段々と深くなっていき、新鮮な空気を体全体で感じられる。


「この国の気候は、本当に最高ね。雨もあまり降らないし、毎日散歩に出かけたくなるわ」


「空気も美味しいですし、気分が上がりますね! その時はぜひ、私もお供させてください!」


「もちろん。リランとじゃなきゃ、楽しくないわ」


 その言葉にリランは一瞬驚いたような表情を見せた後、すぐに爽やかな笑顔を見せた。


「さあ、着いたわよ」


 グラウンドには既に数十名の生徒達が集まっており、軽く体を動かして準備運動に励んでいた。

 優しい風に吹かれながら、二人はその生徒達の輪に足を踏み入れていった。

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