冴島昭三(天神サイド)
「なるほど。冴島雫が生きていて、7人を殺したという訳ですね。」
黒島はかなり粗い運転で山道を走っていく。そのせいで、車はグラグラと上下に揺れている。
「全員が他殺に近い状態で殺されているのならば、洋館には8人いたという推理は当然出てくるものだ。」
「ちなみに、死んだ人のフルネームって分かります?」
「向島剛、水島樹里、筧雄馬、丹波圭人、国崎美空、黒島来実、梅野司。
お前が思っているような入れ替わりは多分無いぞ。死体と名前は全員一致しているからな。」
「なるほど。じゃあ、ますます8人説が濃厚になっていくわけですね。」
「そうだな。
……というか、お前運転粗すぎるだろ。」
「そうですか?」
「さっきから道を曲がるたびに、窓に体を叩きつけられ、ブレーキで体は前に乗り出され、舗装されていない山道を走るのにスピードを下げないから、天井に頭をぶつけている。
そんなんじゃ、いつか事故を起こすぞ。」
「大丈夫です。一応、あと1年でゴールド免許のプロドライバーですよ。」
「警察の交通課は何でこいつを1度も捕まえられなかったんだ?」
「追われても、逃げ切ればいいんですよ。」
「……はあ。明日まで命があるかな。」
荒ぶる車は、そのまま目的地まで山道を走り抜けていった。
「着きましたよ。」
「やっと暴走車の中から解放だ。」
天神はやっとジェットコースターのような車内から解放された時には、辺りは真っ暗だった。街灯の明かりを頼りに、黒島が指差した家を見てみると、とても大きな一軒家だった。
家の周りには生垣で囲まれており、瓦屋根の木造建築だった。あの事件の洋館も冴島家の所有なのだから、相当な名家なのだろう。
天神は家の門に表札に「冴島」の文字を確認して、インターフォンを鳴らした。しばらくすると、玄関の扉が開き、白髪の男性が現れた。その男性は70歳くらいの見た目ではあるが、腰がぴんと張って姿勢がいい。彼はしばらく天神と黒島の顔を怪しげに見つめた。
「……もしかして、天神さんと黒島さん。」
「はい、その通りです。」
「能登羽君から話は伺っております。私は冴島昭三と言います。
ひとまず辺りは暗いですので中へどうぞ。」
天神と黒島は招かれるまま、冴島家に入っていった。昭三は天神たちを客間の和室へと案内した。天神は客間の机の近くに座った。客間の和室は仏壇が備え付けられており、仏壇の横の天井付近には先祖代々の遺影が飾られていた。
「先日、私の妻が病死しまして、ついに私だけ残ってしまいました。」
昭三はお茶を天神と黒島の前に置き、天神たちの反対側に座った。昭三は手に何かの紙を持っていた。
「息子さんも亡くなったんですか?」
「ええ、私の一人息子でしたが、2年前に裏山の土砂崩れに息子夫婦が巻き込まれてしまい、どちらも亡くなりました。冴島家はもう後先短い私しか残りませんでした。江戸時代から大工で財を成してきた冴島家ですが、もう私が死ねば、途絶えてしまいます。」
「それはお辛いですね。」
「ええ、こんな広い家に1人ですからね。それに、若い者から順番にいなくなっていく。」
「……。」
「ああ、今回は雫の話でしたね。」
「はい、雫さんが亡くなった状況についてとあの事件が起こった洋館の話を伺いたいと思い、夜分遅くに参りました。」
「……前者については、ただ雫はあの山の崖で転落死した。それ以上でもそれ以下でもありません。」
「本当にそうですか?」
「もしかして、雫の死体は偽物とでも考えているんですか?」
「まあ、少し……。」
「なら、それはないです。断言します。」
昭三は天神の言うことが分かっていたかのように、手に持った髪を机の上に置いた。
「これは?」
「雫のDNA鑑定の結果です。」
「DNA鑑定?」
「雫が自殺するはずがないと私も思っていたんです。私が見た雫の死体は顔も体もぐちゃぐちゃで、とてもそれが雫だと判別することは出来なかった。
警察は衣服と財布の中の学生証からその死体を雫だと断定した。でも、私はその死体が雫だと信じることは出来なかった。だから、民間のDNA鑑定をしたんだ。死体から髪の毛を何本か抜いて、雫が使っていた櫛の髪の毛とDNA鑑定をした。
でも、その結果は完全一致。つまり、あの死体は雫だった。」
「それは本当なんですか?」
「ええ、他の鑑定機関でもDNA鑑定をして、歯型も合わせた。でも、結果は変わらず、死体は雫だった。」
「じゃあ、雫さんは確実に自殺していたってことですか。」
「ええ、その通りです。だから、雫はあの山で死んだ。それ以上でも、それ以下でもないということです。」
「なるほど……。」
「この解答をするのは、3回目です。」
「3回目? 私達以外に誰が聞きに来たんですか?」
「1人は能登羽君です。」
「能登羽先輩がですか。」
「そして、もう1人は確か、あの事件で亡くなった梅野司君でした。」
「梅野司が!?」
「ええ、雫が死んでから1か月後に、この家を訪ねてきました。どうやら、雫とお付き合いをしていたようなので、どうしても自殺が信じられなかったようです。だから、私はこの鑑定の紙を見せました。
彼はこれを見て、雫の死については納得していました。だが、雫が死んだ理由は分からなかったので、余計に悲しそうにしていました。私も雫の死の理由はその時は分かりませんでした。」
「その時? 今なら、分かるということですか?」
「……おそらく分かります。ですが、その理由はあの事件の洋館について話した後にしましょう。
あの洋館は明治時代からあったようですが、雫がほとんど作り変えてしまいました。壁板から屋根まで変えてしまったので、ほとんど新築のようなものでした。壁にはCLTやいくつかのからくりが仕掛けられているとのことです。
詳しくは知りませんが、どこかの扉に何かのからくりが仕掛けられているということを聞きました。そのからくりがおそらくあの惨劇に使われたことは、確かなことでしょう。
雫が作った洋館が殺人に使われてしまうことは、悲しいことです。それに、もしかしたら、雫が積極的に殺人を行うために洋館を作った可能性もあります。もし後者ならば、そのような雫の闇に私は気が付くべきでした。
どの道、もうどうしようもありません。なぜなら、この事件では全員が死んでしまっています。
罪を償わせる人間がいないのですからね。」
昭三は少し寂しそうにそう締めくくった。
「ああ、忘れていました。雫が死んでしまった理由を話しましょう。
いや、実際に見せるべきでしょうか?」
昭三は机を立ち上がり、客間を出た。そして、しばらくして帰ってくると、両手で布を被せた円柱の樽のようなものを持ってきた。昭三はその布の被った何かを机の上に置いた。
昭三は深く深呼吸をした後、布を取った。剥がされた布の中から出てきた物を見て、天神と黒島は驚いて、その場から後ずさった。
「……生首ですか?」
「ええ。」
机の上には、ホルマリンのようなもので浸けられた生首があった。生首は上清の顔のようだ。
「調べた限りですと、小島佳純という登山サークルの同級生のようです。私の妻が死んだ後、蔵の中を整理していると、これが見つかりました。
雫がこの女性を殺したかはわかりませんが、関わっていたことは確実です。だって、あの蔵の鍵はこの家の者しか持っていませんからね。」
「……これを警察には届けなかったんですか?」
「もし、これを警察に届ければ、死んだ雫に負のイメージを付けてしまう。私が生きている間は、そう言うことは避けたいのです。だから、私はこの秘密を墓場まで持っていくつもりです。」
「でも、私達が警察に言ってしまうかもしれませんよ。」
「それでも構いません。
ここが私の墓場ですから。」
昭三はそう言って、右手を口に当てた。天神はすぐに何をしているか分からなかったが、昭三が口を動かしている所を見て、瞬時に事態を悟った。
しかし、天神が気が付くのが遅かった。
昭三は首を押さえて、その場に倒れこんだ。しばらく畳の上で痙攣した体をくねらせて、ピタリと動きが止まった。
冴島昭三はそのままこと切れてしまった。




