槇野葉月×矢吹冬馬 2
槇野司。
俺は、スマホの写真フォルダを開き、この一年飽きるほど見返した一枚の写真をまた眺めながら、その名前を口の中で転がした。
まさか、司の妹と同級生になるとは。しかも、席が前後。
―まるで、司と知り合った、ちょうど一年前のようだ。
兄妹なんてのは苗字が同じで、その苗字が槇野と矢吹なのだから、席が前後なんてありそうなことなのに、ひどく不思議な感じがした。
それから、兄妹そろって放課後の教室で音楽を聴いているのも。
誰もいない教室の隅で、彼女が一人座ってイヤホンをしているのを見た時、俺は、もう一度あの日を繰り返しているんじゃないかと目を疑った。
けれど、そこにいるのは司ではなく長い髪の女の子だし、俺は留年して先生に呼び出しを食らったばかりだ。
それでも俺は、彼女に声をかけずにはいられなかった。
苗字が同じことには少しどきりとして、でもさすがに司の妹だとは思わなかった。
けれど、ケンカして互いにすれ違ったまま縁の切れた司を、無意識に彼女に投影した。
司。
俺は、ただ、お前ともう一度音楽がやりたい。
いや、たとえ音楽ができなくても、お前と、また当たり前のように笑い合えたら。
そんなことを思っても、最高だったあの日々は、もう戻らない。
彼女の話を聞く限り、槇野葉月は司の妹だ。
この、最悪なのか最高なのかわからない巡り合わせに、俺は、どう向き合ったらいいのだろう。
「…はあ、だるい…」
自室のベッドで天井を見つめながら、俺はガンガンする頭でぼんやりと司と槇野葉月のことを考えていた。
新学期早々、体調を崩して一週間ほど。
出席日数が足りなくてまた留年なんて御免だし、そろそろ学校に行きたいところだ。
既に熱は引いていて、今日一日寝れば明日はなんとか登校できそうだった。
槇野さん、俺と司がバンド組んでたの、気づいてるかなあ。
…こないだ話した感じだと、気づいてないか。
それでも、俺はやっぱり、司ともう一度話がしたい。
だから、明日、絶対、槇野さんにわけを話そう。
その後、どうなるかは、わからないけど。何もしないよりは、きっとましだ。
翌日、予鈴ギリギリに登校し、放課後までの時間をじりじりしながら待った。
授業も、ホームルームも、早く終われと思うばかりで何も頭に入ってこない。
それなのに、やっとホームルームが終わったところで、俺は急に焦り始めた。
…ところで俺は、なんて声をかけるんだ。
「司、元気してる?」とかか?
…正直、不審がられないか心配だ。
下手な脳内シミュレーションをする間に、槇野さんはすたすたと教室を出てしまう。
うっ、今日は友達待たないのか。
人の多いところで声をかけたくないから放課後まで待ったのに。くそ、思うようにいかない。
俺は槇野さんを追いかけ、廊下でままよと「槇野さん」と呼ぶ。
帰りがけなのだろう、荷物を持ってふらふらしている、その辺の生徒がちらちらとこちらを窺ったが、もう、知らねえ。恥は捨てた。
気づかない槇野さんの腕を後ろから掴み、
「ごめん、槇野さん、待って」
無理矢理引き留める。
周りの目は、…知らん。
「何?」
びっくりした顔で振り返る槇野さん。俺は、
「こっち」
…衆人環視は耐えられないと判断し、彼女の耳に口を寄せて囁くと、空き教室へとそのまま引っ張っていったのだった。