日下部睡蓮×草野春樹 18
何分くらい寝ていただろう。
十分、二十分?
そろそろ葉月がしびれを切らす頃だ。
「……葉月、今何時?」
「あ、起きた?もうすぐ五時半だよ」
「……!?」
返ってきたのは、男子の声。明らかに葉月ではない。
驚いて顔を上げると、なんと目の前にのんびりと笑う草野君がいた。
「葉月は!?」
「少し前に帰ったよ」
お、起こしてって言ったのに!
薄情な葉月に心の中で恨み言を言う。
寝ぼけていた頭が徐々に覚醒し、自分が誰の机の上で寝ていたかに気づく。
「ていうかごめん、あたしなんで草野君の机使って……」
「ああ、大丈夫。ていうか僕もさっきまで寝ちゃってたんだよね」
「……」
それは余計にごめんなのではないだろうか。
きまり悪さに冷や汗をかいていると、草野君はふああ、と眠そうにあくびをした。
「体育後ってどうしようもなく眠たくなるよね。最近暑いし。雨が止むまでもう少し寝る?」
そう言って机の上に顔を伏せ、誘うようにこちらを向いて笑った。
「……い、いやいや……」
あたしはなんとか否定の言葉を絞り出す。……が、胸の中では草野君の可愛さにきゅうんと射貫かれそうになっていた。
ちょっと、やばいずるい良くない!
上目遣い×子供っぽい笑顔とか、反則中の反則!
脳内のレフェリーがピーっと笛を吹き、高々とレッドカードを掲げる。
だが現実の草野君は大人しく退場してはくれない。
「えー」と不満そうに、まるでご飯のおあずけをくらった子犬のようにこちらを見つめてくる。
ま、負けないからね!?
強い心を持って見つめ返していると、草野君はちょっと照れたように目を逸らした。
うぐ。
胸が、とくん、と鳴ったような気がして、すぐさま否定する。
ちがうちがうちがう今のは愛らしい小動物に対して抱く庇護欲のようなものであってまったくもってドキッとかトキとかメキとかいってないから!
そんでもって草野君はふざけた仕草が恥ずかしくなって目を逸らしただけだから!
過剰反応する胸を抑え、ついと目を逸らす。
それでも草野君は、伏せていた顔をまた少しずらして、あたしをまっすぐ見上げてくる。
「……な、何?」
もの言いたげな視線を無視するのも変な気がして、身を引きながらも尋ねる。
「……髪、ちょっと癖毛なんだね」
「ああ、うん」
「……いつも結んでるから、あんまりわかんなかった」
なんだそんなことかと、あたしは拍子抜けする。
「体育の後ほどいてそのままだっただけだよ」
「うん。……可愛い」
爆弾発言に、あたしの頭はフリーズした。
思わず草野君を凝視する。
草野君は目を閉じて、すうすうと静かに寝息を立て始めた。
……ずるい。
ほんとに寝ているのか、狸寝入りなのか。
どちらにしてもタチが悪い。
「……い、意味わかんない……」
か細い呟きが、聞こえたのかどうか。
草野君がもそもそと身じろいで起き上がる。
あたしは反射的にぱっと横を向く。
それで誤魔化せるとは、思わないけれど、……赤くなった顔を、見られたくなかった。
でも。
視界の端に映った草野君の耳は、……あたしよりも真っ赤で、ちょっと困ったように目が泳いでいた。
誤魔化してしまったきまり悪さを取り繕うように、あたしはおずおずと草野君に向き直る。
草野君は、朱が散った顔のまま、ぎこちなく笑う。
「か、帰ろっか?」
「……う、ん」
こくん、と頷いて、ぎくしゃくと手を動かし、鞄を持って立ち上がる。
二人で廊下を歩く間、お互いに何も喋らなかった。
そっと草野君の表情を窺うが、彼はずっと斜め下を向いていてよく見えない。
ただ、相変わらず耳は赤く染まっていて、……その意味を、意識してしまう。
少しはだけたワイシャツから覗く鎖骨と首筋が、妙に男の子っぽく、あたしは慌てて目を逸らした。




