閑話 3
五月も半ばを過ぎれば、嫌でも近づいてくるものがある。
言わずと知れた、中間考査である。
気づけば、テストまであと一週間。そろそろギアを上げていかねばならない時期である。
がしかし、前の席の彼女は、今日も変わらず一限から船を漕いでいる。
……まあ、先生が「ここ、テストに出るぞ」と言ったところは、慌てて起きてメモをとってるから器用なもんだけど。
授業が終わった後も、自分の席でぽけっとしているから、僕は思わず彼女に話しかける。
「おはよう、日下部さん。今日もよく眠れた?」
「う、うぐっ。そんな意地悪な質問、しないでよ……」
「いやあ、いつもながら、いっそ潔い爆睡だよねー。さっきの数学大丈夫?テスト範囲結構広いよ?」
「う、そうなんだよね……」
「苦手な科目は?」
「現代文と、英語。…お察しの通り数学も、嫌いじゃないけど点は取れない」
「ふうん……」
頭を抱える彼女に、僕は少し考えて言った。
「良かったら、一緒に数学やる?」
「ええっ」
「僕、わりと数学は得意なほう。どう?放課後とか」
「い、いいの……?」
「うん。一緒にやろうよ」
目をぱちくりさせる彼女に、にっこり微笑む。
かくして、放課後勉強会が始まった。
「点Pは辺OAを2:3に内分するってことは、ベクトルOPは?」
「ええっと、ごぶんの……」
「うっお、日下部!ちょうどいいところに!」
僕の問いに彼女が答えようとした瞬間、廊下を通りがかった男子生徒のでかい声が教室中に響き渡る。
思わず、彼女と一緒に顔を上げると。
……見たことあるような無いような、坊主頭の男子が、開けっ放しの扉の向こうで仁王立ちしている。
「浦田……」
日下部さんが驚いた顔で呟くのを聞いて、僕は「ああ、去年隣のクラスの緑化委員で教室に墓花生けた挙句世話しないで日下部さんに押しつけてたあいつか」と思い当たる。
いかにも野球部です、という感じの坊主頭に愛想笑いを浮かべたそいつは、だだっと助走をつけるように教室後方を走り、きゅっと90度向きを変えたかと思うと、僕らの席までスライディングする。
そして、日下部さんの真ん前でパンッと手を合わせ、「頼む」と、ちっとも可愛くない上目遣いで彼女を拝んだ。
「古典のノート、見してくだせぇ……」
「はあ?」
彼女の口から、素っ頓狂な声が上がる。
そりゃそうだ。
クラスも違うのになんでわざわざ日下部さんがそんなもん見せなきゃならんのだ。
ていうか、予習は自分でやれ。予習じゃなくて授業のメモなら諦めるかクラスの友達にでも見せてもらえ。
僕が心の中でつっこんでいると、浦田は「いや~」と頭をかきかき、でかい口を開く。
「俺、教科書ガイド使いすぎて、先生に目ぇつけられててさぁ。次も絶対当たるんだよ。お前、古典得意だろ?予習ノート見してくれよぉ。あと、授業のメモもとってねーからついでに前のも写さして」
……どっちもかよ。
僕は心の中でつっこみ、ズルっとずっこける。声もでかけりゃ態度もでかい。なんともひどい輩だ。
「ええー」
「頼む!クラスの奴ら、面白がって見してくんねぇんだよ。……ほら、去年みたいに代わりに数学教えてやるから!」
「え?」
思わず、今度は僕が素っ頓狂な声を上げてしまった。ぽかんと口を開けて間抜け面を晒していると、今更気づいたように彼がこちらを見る。
「あれ、今数学やってたのか。……もしかしてお前ら、そういうやつ?」
「……?そういうやつって、どういうやつ?」
「あ、その反応はなんもないやつだな」
日下部さんがきょとんとした顔で答え、彼は勝手に納得して、ははっと笑う。
……なんか、ちょっと腹が立つんだけど、その笑い。
……日下部さんに全く意識されてないのも、なんかちょっと腹立つんだけど。
「でも、そっか。浦田に頼めば、草野君に迷惑かけなくてすむ」
「……え?」
「だろだろ?見してくれよ日下部ぇー」
「わかった」
「……」
「よっしゃ!さんきゅ!」
……僕は、でかい口を開けて快活に笑う浦田を,、ジットリと睨んだ。




