日下部睡蓮
「あれ、草野君と、…桜田さんだよね?」
ちょっと休憩、と窓の外を眺めていた吹奏楽部の友達が、興味深そうに声を上げる。
「えっ」
あたしは、思わず顔を上げ、譜面台を片付けていた手を止めた。
窓の外をちらりと覗くと、ミーハーな彼女が「ほら」と指さして教えてくれる。
「一緒に帰ってる。二人、付き合ってるのかな?」
彼女は実に面白そうに、にまにましながらあたしに顔を向ける。
あたしも彼女に笑顔を向け、…若干ざわついた心の内をおし隠す。
「どうだろ?…まあ、でもお似合いかも」
「あーね?桜田さん高嶺の花ってか、まあ美人だし、草野君も確かにしれっとかっこいいよねー。あんま話してるとこ見ないけど」
「でも、もともと知り合いだったらしいよ。去年、緑化委員で一緒だったとか」
「うわ、っぽい!あの二人、花似合うわー。そんで二人とも、目立たない美男美女で確かにいいわ。桜田と春樹だし。桜カップル」
「あはは、ほんとだ」
あたしは、乾いた笑いを誤魔化すように、すっと窓から離れ、片づけを再開した。
彼女もひとしきり騒いで満足したのか、「はー、さっさと片づけて帰るかー」と手を動かし始めた。
あたしは、黙々と片づけを進め、自分の楽器をケースにしまい、カチャリ、と鍵をかける。
そうやって、心の中のざわめきも、「気のせいだ」と否定して、箱の中に押し込んで鍵をかけた。
それなのに、仲良さげに笑い合う二人が、頭の中で何度もちらつく。
なんで?
いいじゃん。
並んで歩く草野君と桜田さんの後ろ姿は、しっくりと馴染んで、…すごく、素敵だった。
「桜が一番好きな男ばかりじゃないってこと」
入学式の日、彼がいたずらっぽく笑って言った言葉を思い出す。
やめてよ。今は、…思い出したくない。
夢だったんじゃないかって錯覚するくらい、穏やかで優しいあの日を、今思い出せば、きっと壊してしまう。
大切だから、壊さないように、汚さないように、そっと箱にしまい込んで、鍵をかける。
そうすれば、誰も何も傷つかない。
だって、
やっぱり綺麗だ。誰が見ても。
カチャリと勝手に鍵が開いて、あの時の草野君の笑顔と言葉が、ひとりでに顔を出す。
確かに、誰も彼もが皆、桜田さんに恋をするかと言えば、そんなことはないだろう。
それでも。
もしも、桜田さんが草野君を好きだったら?
草野君の笑顔が、その声が、胸をざわつかせ、不安定に揺らぐあたしの心を、少しずつ食らっていく。
嫌だな。あたしだって、桜が好きなのに。
友達と別れ、一人で帰り道を歩きながら、はあ、とため息を吐く。
そして、球技大会の後、あたしに話しかけてきた桜田さんを思い浮かべた。




