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日下部睡蓮×草野春樹 0 (睡蓮side)

前回よりも時系列が前の話になります。

あれは、新年度が始まる最初の日。

朝、目が覚めたら、部屋の中が、春らしい陽気と、まだ少し冷たい空気に包まれていて。

あまりにも気持ちよく、すっきりと起きれたもんで、普段ならギリギリまで寝ているのに、ふと、今日は早く学校に行こうと思ったんだ。


当然、入学式があるはずだけれど、新二年生の自分たちには正直関係がない。

出席しないとまずいけれど、校長の長い話をクソ真面目に聞くのはだるいので、最初から寝てしまおうと思っている。


肩まで伸びる髪をシュシュでくくって、制服に身を包み、家を出る。

ちなみに、シュシュが校則違反なのかはグレーだ。「華美なものは不可」なので目立たない色を選んでいれば基本黙認されるが、式典では注意される可能性が高い。というわけで一応普通の髪ゴムも腕にかけていく。

スカートはくるくると巻いて短く。これも校則では膝丈にという決まりだが、まあ、無視無視。注意されたら直せばいいのだ、はっはっは。


面倒な、どうせ直すなら式典の日ぐらい最初から校則に従えと言われるかもしれないが。

女の子はいつだって、「ダサい」を許せないものなのだ。


慣れない階段を上がり、教室前に張り出された、クラス替え後の名簿を見る。

あたしは…2組だ。


どうせ、誰も来てないだろう。なんたって、まだホームルームの1時間前だ。

皆、春休み気分が抜けなくて家でダラダラしてしまうに決まっている。

そう思って、ガラリ、何の緊張も躊躇もなく教室の戸を開ける。



ぱあっと目に飛び込んでくる、朝の澄んだ光。

そして、思いがけず、先客が振り返る。



窓辺に佇んだ、男子生徒。

窓から吹き込んだ風に、さらさらと髪をなびかせ、彼はにっこりと微笑む。

「おはよう」

陽の光に照らされた、その笑顔が、やたらと眩しくて。

「…あ、…おはよ」

あたしは一瞬、目を奪われてしまった。


びっくり(ドキッとしたのは先客に驚いたせいだ)してテンポの悪い挨拶を返したのを気に留めたのか、「うん?」と首をかしげる彼。

…やめてくれ、そんな可愛い仕草をするんじゃない。ドキッとするだろ!?

思わずぷい、と顔を背け、その勢いで足までカクッと九十度方向転換。

挙動不審を誤魔化すようにドッドッドッと動悸のする胸を抑え、努めて平静を装い、席順を確認するために黒板前までたんたんと歩く。


ええっと、日下部、日下部…っと。うん、列の真ん中らへんだな。一番前じゃなくてとりあえず良かった。授業中寝らんないのは勘弁。


ひとまず自分の席に荷物を置く。窓際の列から2番目で、授業中急に当てられることもないだろう。平和でよろしい。


教室に二人きりなのに話さないのはむしろ不自然というもんだろう。

自然を装いたいあたしは敢えて窓際に足を向ける。

男子生徒は窓辺で花を活けていた。

それも、普通の切り花じゃなくて、小さな枝。

「それ、桜?」

花はどう見ても桜のそれだったけれど、思わず尋ねていた。

「うん。今日、入学式だしね。それに、みんな好きかなって」

彼はそう言って、ほわわ、と花が飛びそうな顔で笑う。

くっ、可愛いかよ。

「うん、好きだよ絶対。あたしも好き」

桜というより、桜を活ける君の笑顔が。

断言する。

一家に一台、この人がいれば、どんなに疲れたサラリーマンでも一瞬で癒される。そしてゆくゆくは世界を救う。そうにちがいない。

将来はエンジニアになって最先端技術を駆使してこの人を完全に再現したロボットを大量生産しようと思う。


大切なことは目を見て伝えろ、というのがじいちゃんの教えだ。

じっと目を見てもう一度「好きだよ」と言う。

あたしの熱すぎる思いが漏れ出てしまったのか、その男子は照れたように目を逸らす。


いかんいかん。

自然さを演出するために話しかけたのに、うっかりすると不自然になってしまう。


自然な話題を考えよう。

そう、自然に自然に…うむ、ここはクラスメイトの話が適当というもの。

「桜といえば、桜田さん。これから、おんなじクラスだね。私、席も近いんだ」

そう言うと、彼も、ああ、と頷く。

「桜田さんね。僕、去年緑化委員で、一緒に活動してたんだ。去年は僕もクラスが違ったんだけど、これからはクラスメイトだね」

お。面識もあるのか。良かった、話が弾みそう。


「彼女、すっごく可愛いと思わない?もうほんと、絵に描いたような清純派で、でも気取ったとこもなくてふわふわしてて。男の理想というか夢を詰め込んだような女の子じゃない?しかも、苗字が桜で名前がはるってもう似合いすぎだよ」


滔々と語るあたしに驚いたように、その男子は目を丸くする。

や、やばい。ペラペラと喋りすぎた…。

今気づいても後の祭りだ、と思いつつ口をつぐむ。

…引かれたかもしれない。

ところが、彼は堪えきれない、というように「ぷはっ」と笑った。

…そういう子供っぽい笑顔もいい。


「そりゃ、桜田さんが綺麗なのは認めるし、桜っぽいっていうのもなんとなくわかるけど。でも男の夢って、視点が逆に女子」

「え?」

視点が男子、じゃなくて?

今度はあたしが目を丸くする番だ。


今まで、そんなこと言われた試しがない。

いつも、「可愛い」への評価に熱が入りすぎて、「おじさんか」ってツッコまれたり、「ここで、男子の視点からお話を聞いてみましょう、はい、日下部さん?」「はい、端的に言って可愛いです。結婚して」と友達とふざけてみたり。

可愛いものに目がない、自他共に認めるちょっと男の子なキャラなのに。


あたしがぽかんとしたまま固まっていると、彼はいたずらっぽく、にっと笑った。

「桜が一番好きな男ばかりじゃないってこと」

「へ?」


…言われてみれば至極真っ当な回答だ。確かに、と頷きつつ、それでも心の中で「うん、でも、桜田さんを嫌いな男子なんていないと思うんだよね、あれがぶっ刺さらない奴は男として…」云々、と抗弁する。


私が脳内討論をしている間に、彼は桜を活け終えて、席に向かう。

あれ、そこは、と思う間もなく、彼は振り返って口を開いた。


「僕、草野春樹です。僕も席が近いから、これからよろしくね。日下部さん」


なんで、あたしの名前、と一瞬面食らう。

あたしの後ろの席でにっこりし、それからすたすた教室を出る彼の名札は、確かに「草野」と読める。

そっか、名札か。「クサカベ」と「クサノ」なんて席が前後なのほぼ確だもんな。

なんであたし、名札見なかったんだ。

桜田さんの話より、「席、近いよね。よろしく」が先だろ。


自主ツッコミにダメージを受けて一人うなだれていると、葉月が名簿を見て教室に入ってきた。

「うっそー、睡蓮も2組?」

「お、葉月!2年連続じゃん、嬉し!」

葉月が抱きついてくるので熱い抱擁を交わす。

ぽんぽんと背を叩いていると、人肌に満足したのか、葉月ががばっと顔を上げ、あたしの胸元に視線を向ける。

「睡蓮、まだ名札付けてないの?春休み前からずっとじゃん」

「え?」

「今日、入学式だよ?私、付けようか?裁縫セット持ってるから」

見ると、ブラウスに付いているはずの名札は外れていて、胸ポケットに入っていた。

春休み前に外れたとき、失くさないようにとポケットにしまったんだった。


「…草野君、なんで、名前分かったんだろう…」

「ん?」

「いや…」


甲斐甲斐しく名札を縫い付けてくれる葉月に不審な顔をされながら、あたしは「偶然、偶然…」と口の中でもごもごと呟いていた。


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