日下部睡蓮×草野春樹 1
あたしは、後ろの席の草野君が、ちょっとだけ苦手だ。
「すーいれんっ」
「うぐっ」
一時間目の授業を爆睡し、休憩時間もそのまま突っ伏していたあたしの背をバンッと叩くのは、友達の葉月だ。
綺麗に切り揃えられた姫カットの横髪が今日もいい感じだ。さらに腰まで届くサラサラストレートの髪が羨ましい。ちなみにあたしの髪は少し癖があって梅雨なんかは苦労する。まあ、普段からシュシュでポニテに括ってるからあんま気にされないだろうけど。
「睡蓮、まーた寝てたでしょ」
「いや一限目から地理とかまじ無理っす…」
「ジョージ、声ぬるいからね~」
そう、ぬるいのだ。聞いてもらえばわかる。ぬるいのだ。あと、ジョージは地理教師のあだ名。本名を忘れられるくらいジョージで浸透している。
「日下部さん、これ」
後ろの席の草野君が、遠慮がちに声をかけてくる。手には消しゴム。
…あたしのだ。
「寝てるとき、落としてたんだけど、起こすのもどうかなって。もうすぐで授業終わりだったし」
ほわっと優しい笑顔を浮かべる草野君。
全人類の癒しだ。
「あ、ありがとう…」
申し訳なさと照れで声が小さくなるあたしに、葉月がぷっと笑って追い打ちをかける。
「ちょっと、後ろの席の人にまで迷惑かけてどうすんの睡蓮」
「うぐ…」
「もー」
葉月の呆れ笑いにつられてか、はは、と草野君まで笑う。
「なんっでこんな寝ちゃうかなー」
半分言い訳、半分本気で疑問に思いながらそう言うと、草野君が今度はにやっと、いたずらっ子のように笑った。
「睡蓮だからじゃない?」
「へ?」
「睡蓮の睡って、「まどろむ」でしょ?」
「確かに!」
葉月が、それだ、という顔で頷く。
「名は体を表すって言うし、しょうがないね睡蓮」
「というか、名前、ぴったりだね睡蓮」
うんうん、と仲良く同意する葉月と草野君。
「う、うぐ…葉月の意地悪…」
反論できないので、せめてもと葉月を睨んで責める。草野君は迷惑をかけた負い目があって睨めなかった。
「なんで私だけなの?睡蓮」
「僕はいいの?睡蓮」
至極真っ当なツッコミに、負い目を忘れ、草野君を睨む。
「うん?」と天使のような笑顔で首をかしげる草野君。心なしか嬉しそうだ。
…くそ、可愛い…。
キーンコーン…。
試合終了のゴングかと思ったら始業の鐘だった。
「やばっ、私席戻るね睡蓮」
「じゃあね睡蓮」
「…」
もう、睡蓮、睡蓮て、何回も呼ぶなあっ!
あたしは、後ろの席の草野君が、やっぱりちょっとだけ、苦手だ。