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弱虫と呼ばれていた俺は地元に戻って来た。一つしか持っていないスキルを昇華させた最強の漢


 魔力と強さが全ての荒れ果てた地域。

 俺、ハヤト・滝川はそんなところで生まれ育った。


 生まれ持った魔力量は人並み以下で魔法もうまく使えない、一般人でも三個以上のスキルを持っているはずなのに俺は一つしか持っていない。

 親父は仕事が忙しくて家に帰ってこねえ。借金を抱えていたからその日の飯を食うのに精一杯だ。


 そんな俺にも同じ地域で一緒に育った友達がいた。


「おう、ハヤト! かくれんぼしようぜ!」

「ハヤト君、勉強しないとこの街から抜け出せないよ」

「ハヤト! あんたまた喧嘩したの! 喧嘩するならあたしを呼びなさいよ!」

「……おにぎり、食べる?」

「よっしゃ! ハヤトの仇取ってやるぜ!」


 だが、それも子供の頃の話だ。親の都合でこの地区を離れる、進学を境に俺たちとの関係を断つ、思春期で男子と喋るのが恥ずかしくて話さなくなる。


 まあ、理由は色々だ。


 いつしか、俺は一人ぼっちになった。

 ……最大の理由は俺の親父が借金を返すために、魔障薬やくの売人になっちまった事だ。


 この地域で魔障薬やくはご法度だ。地域一帯の守護者である学園風紀委員にしょっ引かれて学園プリズンに投獄されて罪人同士の喧嘩に巻き込まれて死んだ。


 一人ぼっちになった俺は親父の姉貴を頼りに、遥か遠くにある帝国を目指す事にした。






 そして長い年月が過ぎて――


「七年ぶりなのに変わってねえな……」


 俺、ハヤト・滝川は生まれ育った街に戻ってきた。

 鉄騎馬ばいくから降りて辺りを見渡す。


 眼の前にある大きな建物、自由都市ショウナン地区にある巨大学園。


 ショウナン地区の守り手を育てる学園。力が全ての学園。

 ボロボロに破壊されている校舎にそこら中にたむろしている学生たち。


「あれ? もしかしてハヤトさんっすか?」


 後ろを振り向くと髪が長い小さな男が立っていた。この学園の制服を着ているそいつは目を細めて俺を見ている。


「あーー、お前、カエデか? 団地のガキにいじめられて泣いてたカエデか!?」


「ちょ、勘弁してくださいっす! 俺だって今じゃ魔力も強くなって一端の戦闘力っすよ! てか、あんたよりも強かったっす! てか、ハヤトさんどこ行ってたんすか……。勝手に消えたからみんな心配して……」


 勝手に消えなきゃいけねえ事情があったからな。


「わりい、色々あったんだよ。歩きながら話そうぜ」


「うっす! マジで俺感激で涙が出そうっす!!」


 ちびのカエデは子供の頃から変わっていない。女の子なのに母親の趣味で男装をしているんだ。

 もっともこの地区だとそれも自衛としての意味がある。治安が最悪だからな。


 カエデと歩きながら校舎へと目指す。その辺に座っている生徒たちが俺たちを睨みつける。


「ここってこんなに治安が悪かったか? なんか向こうで喧嘩してるぞ」


「いやー、ハヤトさん戻ってくるタイミング悪いっすよ。今は生徒会長のミゾレさんが行方不明なんすよ……」


「生徒会長ミゾレか……、行方不明だと?」


「そうっす! あの化け物がいないから他の委員会が好きかってにしやがって……。マジムカつくっす!」


「ん? 委員会ってなんだ?」


 カエデがため息を吐きながら俺に説明を始めた。


「ハヤトさん、この学園は生徒会が支配してるっす。学園というよりもこの地域一帯すね。で、その舎弟組織の各委員会っす。生徒会が弱ってる今、下剋上を狙って大変っす。ナンバー2のミクさんがいなかったらマジでやばかったす」


「ミクってあのミクか!? うわぁー、マジで幹部になってんじゃん」


 この地域は3つに分かれている。学園が支配するショウナン地区、冒険者たちの根城であるヨコハマ地区、追放騎士団が管理しているヤマト地区。


 その3つの地区を合わせてカナ地方と呼ばれているんだ。

 自由都市最大の恥部と言われているカナ地域。

 政府はこの地域の守護者たちが厄災級の討伐、魔族との戦いに協力をすればこの地域は放っておいてくれる協定を結んだ。



 それにカナ地方は大きな壁に囲われている。

 これはこの地域の治安の悪さを示している。勝手に人が入らないように、勝手に人が出ていかないように、だ。


「で、生徒会長ミゾレさんがいないからミクさんも手が回らなくて、風紀委員の奴らがでしゃばりやがって……。あっ、各委員会同士は超険悪っす。マジで乱世っすよ!」


「あれだろ、ここの頭がショウナン地区の頭なんだろ? てか、俺はどうでもいいや。あとでミクに会いに行こうぜ」


「ちょ、待ってくださいっす! まだ説明が――」


 学園の派閥争いはどうでもいい。俺にはやることがある。そのためにこの地区に戻ってきたんだ。



 ***



「みんな、転校生だ。あとは好きにしろ」


 それだけ言って担任の先生は教室を出ていった。

 ……マジか。それだけかよ。


 教室を見渡すと睨みつけるような視線を俺を見てくるクラスメイト。


「あん? 見てんじゃねえぞごら!」

「なああいつって団地にいたスキル1のヤツじゃね?」

「ああ、ハヤトだっけ? 超雑魚じゃねえかよ」

「ははっ、いじめられて泣いてたよな」


 誰かが机を蹴飛ばした――


「んだ、弱虫ハヤトじゃねえか」

「てめえ俺たちのパシリになれや」


 視線の先には俺が住んでいた団地で有名だった極悪姉妹がいた。

 如月姉妹だ。


 だぼだぼのズボンを腰までおろし、パンツの紐が少し見えている。たわわな胸にはさらしを巻いている……多分この地区のファッションセンスなのだろう。なんだろう、セクシーなのに色気を感じない……。

 羽織っている制服には如月姉妹、という綺麗な刺繍が入っていた。


「よっ! 久ぶりじゃねえか! お前ら同じクラスなんだ! 仲良くしてくれよ!」


 思わぬ旧友と出会えると嬉しくなるもんだろ? 


「べ、別にお前に会えても嬉しくねえわ!」

「馴れ馴れしくしてんじゃねえよ! ガキの頃とはちげえんだっての!」


「てかマジで変わってねえじゃん。ふたりとも可愛かったもんな。極悪だけどさ」


「か、可愛い!? な、何いってんだごら!」

「馬鹿、騙されるな。あいつは俺たちとちげえ団地だろ。なら敵だ」

「あ、ああ、そうだった。くそ、良くも騙してくれやがったな! てめえはどうせ幼馴染のミクがいる生徒会に入るんだろ? 俺たちがいる刺繍委員会に入るなら仲良くしてやるぞ」


 ――刺繍委員会? んな委員会が存在してんのかよ。よくわかんねえな。


「や、別に俺は誰とも喧嘩しねえよ。大人しく過ごす」


 如月姉妹が再び机を蹴飛ばした。


「駄目だ。この学園のルールだ。どこかの派閥に入らねえ奴は全員から的にされる」

「そうだ、どうせ弱いお前はすぐにヤラれちまう。大人しく刺繍委員会に入っておけや」


「めんどくせえな……」


 確かに俺は弱かった。いつも幼馴染たちに守られてばかりだった。

 だけどそれは昔の話だ。帝国で色んな経験をした。ここでやらなければならない事も沢山ある。それにヤマト地区もヨコハマ地区にも行かなきゃならねえ。


 約束だからな。


 ガキの頃、如月姉妹は敵対する男どもを半殺しにするのが趣味だった。スキルも5個以上持っていて魔力も超強い。ガキの頃から大人と喧嘩しても負けなしだった。


 クラスメイトたちは俺たちの会話を大人しく聞いている。このクラスの頭が如月姉妹なんだろうな。どうせならカエデも同じクラスが良かったけどしゃーねー。


「じゃ――」


 自分の派閥作るわ、と言おうとした瞬間――


 教室の扉が大きく開いた。

 そこには幼馴染の一人ミクが立っていた。




「……ふん、相変わらず弱虫じゃない。別にあんたの事勧誘したくないけど、あんた生徒会に入るわよ」


「あん、ふざけんじゃねえぞ、ミク! てめえらの兵隊が少ねえからってこんなヤツいれても仕方ねえだろ!?」

「あれか、幼馴染の恋心ってやつか? マジで笑えねえぞこら」


 教室がザワつく。

「や、やべえよ、ピンクの悪魔が来やがった……」

「生徒会ナンバー2……」

「また教室破壊すんのかよ」

「如月姉妹もヒートアップしちまってるよ、どうすんだよこれ」

「この前一人で三百人を葬ったんだろ? バケモンだろ」


 俺は壇上から降りてミクに近づく。


「な、なによ」


「おう、久しぶりだな! おお、すっげえ可愛くなってんな。マジで一瞬ミクだってわかんなかったぞ」


「ば、馬鹿!! うっさいわよ。……あんたは相変わらず弱そうね。ふ、ふん、感謝しなさい、特別に生徒会に入れてあげるわよ!」


「わりい、俺は俺で入るところがあんだよ。三人とも誘ってくれて超嬉しいけど、わりいな」


「え? だ、だってあんたずっといなかったから、やっと帰ってきたのに……」


「だからごめんって! あれだ、あとで飯でも食おうぜ! だから――」


 俺は殺気を感じ取ってとっさに身体を守った。

 激しい衝撃が肩に襲いかかる。


 如月姉妹の姉の蹴りが俺の肩に食い込む。


「……おしゃべりは終わりだってんだよ。俺頭悪いからとりあえずお前をボコボコにして刺繍委員会に入ってもらうわ」

「うっし、姉ちゃん俺もやるぜ。――ミク、てめえは見届人だ。手出すんじゃねえぞ。それともあれか? 俺たちとやりあって委員会のバランスを崩すか?」


「……ふ、ふん、好きにしなさいよ。わ、私は別にこんなやつの事なんて心配してないんだから。勝手にしてよね!」


 ん? 俺、如月姉妹の喧嘩すんの? マジで? 


「棟は違っても同じ団地出身じゃねえか! な、な、喧嘩はやめようぜ? みんなで飯でも食おうぜ!」


「だめだ」「馬鹿」



 ***



「ちょっとミクちゃん何してんすか! やっと会えたハヤト君っすよ! なんで止めないんすか!」


 僕、カエデは校内放送でタイマンの知らせを聞いてすっ飛んできた。水晶通信で配信も開始していた。

 教室にはあの極悪如月姉妹とハヤト君が向かいあっている。


 ハヤト君は超弱い。その癖正義感だけは強かった。だから僕がいじめられているのを助けに来ても一緒にボコボコにされるだけだった。


 それでも嬉しかったんだ。優しいハヤト君にはこの学園が似合わないっす。

 転入なんてしてこなければよかったっす。


「うっし、手加減してやんよ」

「スキル必要ないね」


 この世界は魔力の強さとスキルの数が全てだ。

 スキルの数が多ければ多いほど戦術の幅が広がる。

 一対多が普通のこの世界、弱いものは淘汰される。


「おお! カエデも来てくれたか! んだよ、同窓会みたいじゃねえかよ」


「うっせ、黙ってろ」「ころすぞ」


 うぅ、平委員の僕ではこの幹部二人にはかなわない。止めたくても止められない。


 でも……、せっかく帰ってきたハヤト君が――

 ハヤト君と目があった。ハヤト君はにこやかな笑顔を僕に向けた。

 あの頃と変わんないや……。



 ミクちゃんのため息と共に「勝手に始めなさいよ」という合図の声が聞こえた。


 そして―――


「刺繍なめんなよっ!!」「ぶっころす!!!」


 気合とともに如月姉妹の魔法がハヤト君に襲いかかる。

 炎使いの姉、氷使いの妹。二人は二学年での最強コンビであり、極悪刺繍委員会の頭。

 ただの一般人に近いハヤト君が対抗できるわけない――


 そう思っていた。

 なのにハヤト君が拳を振るうと如月姉妹の魔法がかき消えた――


「んだよ、こんなもんか? ならガチで行くぜ。売られた喧嘩は買わねえと失礼だからな」


 ハヤト君の雰囲気が変わる。

 意識が切り取られたような感覚。



 気がつくと如月姉妹が宙に浮いていた。苦悶の表情を浮かべて腹を抑える如月姉妹。まるでスローモーションのようであった。


 攻撃された本人たちも困惑している。

 そしてまた気がつくとハヤト君が如月姉妹の上にいて拳を振り上げていた。なんで!?


「うおおおおぉぉぉ!!!」


 ただの拳が魔法使いに効くはずもない。なのに姉妹の魔法障壁をパリンと突き破り拳が姉の顔面を捉える。流れるような蹴りが妹の腹を蹴りつける。


 如月姉妹は凄まじい勢いで吹き飛ばされる。ドカンという音と共に教室には大きな穴が開く……。



「や、わりい、やりすぎちまったな。……まあいいや、これでも文句あるやつがいんならかかってこいや」


 ポケットに手を突っ込んだまま大きな穴を見つめているハヤト君。


 え? な、なんで? 全然魔力を感じなかったよ。

 ミクを見ると口を開けて呆けた顔をしていた。


「腹減ったな。おい、カエデ、学食行こうぜ!」


「え、こ、この穴どうするんっすか?」


「やっぱやべえ?」


「えーっと、というよりも如月姉妹を倒したほうが問題っすね。これからハヤト先輩が派閥争いで狙われるっす。これは風紀委員会が黙ってないっす。あそこの頭はすごく馬鹿で――」


「うわ、超面倒なやつじゃん。まあいいや、行こうぜ! あっ、ミクも来るか?」


 我に返ったミクさんはほんのりと頬をサクラ色に染めていた。


「ふ、ふーん、あんた強いじゃん。ま、まあ私ほどじゃないけどね。わ、私はね、強い男じゃないと結婚できないの。……ふふ、ふふふ、ちょっとあんた今度私と勝負しなさいよ! 全力で行くわよ!」


「え、嫌だよ。お前って大事な幼馴染じゃん」


「ほわ……」


「カエデも如月姉妹もそうだけどな! じゃあな!」


 ……ミクは舞い上がってハヤト君の話を聞いていなかった。




 ***


 


 学食から帰ってきた俺は教室の様子に驚いた。

 破壊した床の穴の補修がもう終わっていた。

 授業中のはずなのにクラスメイトたちが立ち上がって俺を出迎える。てか、ほとんど女子じゃねえかよ。

 なんでそんなキラキラした目で見つめるんだ?

 

 如月姉妹がクラスメイトたちの中から前にでる。 

 

 二人は制服を脱いで手を後ろに回して直立不動の体勢だ。


「……おい、ハヤト。俺たち刺繍委員会(すとろべりー)はお前の下につく」

「そうだ、お前は超強え。素手でぶちのめされたのは始めてだっつーの」


 え、なにこれ? 超面倒なんだけど……。


「い、いやさ、俺は別に派閥争いは興味ねえ――」


「目的あるんだろ? なら俺たちを使ってくれ。俺とお前は拳を交わした仲だ。もう他人じゃねえ」

「うん、それに刺繍委員会はもう解散だっての。あんたに忠誠を誓うっての」


 如月姉妹はギラついた目で俺を見つめてくる。何かを期待しているような瞳だ。


「はぁ、しゃーねーな。っし、じゃあお前らとはこれから仲間だな! 焼き肉パーティでもしようぜ!」


「はっ? お前どこの派閥につくんだよ!」

「そうだ、派閥決めねえとやられちまうぞ!!」


 俺はしばし考える。帝国で過ごしたときにスラム街の連中とチームを作った事がある。

 まあ、この街でも作っていいか。


「なら俺たちで新しい派閥作っか! 名前は後で一緒に考えようぜ!」


 無愛想な如月姉妹が笑ったような気がした。うん、悪くねえ。


「しゃっ! てめえらハヤトさんに挨拶しろ!!」

「これから天下取るぞ! カナ地区制覇だ!!」


 クラスメイトたちが歓声をあげる。受業中だけどな。


 なんか懐かしいな……。俺は地元に戻ってきたんだな。

 ……ミゾレ、俺にも仲間できたぞ。だから早く出てこいよ。



 


 ****






 派閥争いのさなかに戻ってきたハヤト。

 魔力をほんの少しだけ消失させる、というスキルを持ち、努力の末魔力を刈り取るスキルに昇華させた。


 帝国での運命の人たちとの出会い。

 ショウナン地区の頭、ミゾレ。

 ヨコハマ地区のリーダー、セイヤ。

 ヤマト地区の団長、マヤ。

 この三人との出会いと絆がハヤトを強くさせた。


 そしてハヤトによって三大勢力の均衡が崩れ、カナ地域の乱世が始まる。

 忍び寄る政府直属部隊の陰、そしてカナ地域の利権を狙う魔族マフィア――


 これは魔法がうまく使えない漢が気合と根性で仲間たちと共に成り上る物語である!










悔いはない……。

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