表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勝手に喚ばないで!  作者: 全ての野良猫のご主人様
1/5

勝手に喚ばないで!Ⅰ

 都内某所のアパート 


ベッドに入り込み静かに目を閉じる。何気ない日常だ。

つまる所、平凡なサラリーマン・・・ではない、社会人生活があまりにも平凡過ぎて退職したが特に先の予定は無く、ある程度の預金があるために暫くはバイクで日帰り旅行をしながら温泉に浸かってみるのいいだろう・・・


そのくらいの軽い気持ちで舐めた人生を送ろうと考えていた。年齢的にはまだ若い、焦る必要はない。


「あ、ヤバい、明日は燃えないゴミの日だ。今のうちにまとめてから眠らないと・・・」


俺は出来るだけやるべき事は伸ばし伸ばしにする性格だ。しかし、1人暮らしを始めてからゴミだは捨てるようにしていた。


1人暮らし三ヶ月目の頃には部屋がゴミ袋だらけで足の踏み場がなくなってしまったからだ。それまで付き合っていた彼女とは、それが原因で別れた。


彼女と別れた事が原因では全くないのだが、自他共に認める、ものぐさな俺でも毎日ゴキブリが部屋を駆け回るのに慣れた自分に気付いた時には流石に引くだけの自制心は持ち合わせていた。


「めんどくせえな・・・」


俺は目を開けようとしたが微かな光が部屋を満たした


「胆力だけは合格だ。予測不能の事態のはずだが、面倒だと言い放つだけの度胸があるとはな。状況が把握出来ない愚者でなければ早々に配下の餌にならずに済む」


俺は突然の声に驚き目を開けた!


「・・・え???」


泥棒?誰?鍵は閉めたはずだ?様々な考えが頭をよぎったのは一瞬だった。

そして周囲の状況を把握して絶句した。周囲には悪夢でも見ないような異形な姿の数々・・・


そして自分と寝ていたベッドだけは先程まで寝ていた8畳の自分の部屋とは似ても似つかない薄暗く広い地下室のような場所でベッドの周囲には魔法陣のような円が紫色の光を放っていた。


「眠っていたのか?それは失礼した。が、冷静に話しを聞く気はあるか?」


目の前に立って居た男はそう応えて、こちらを見据えた。酷く冷たい目だ。だが少し愉快そうでもある。


それにその格好は何だ?コスプレとか馬鹿な発想はしない。突然、こんな場所に居るのだ。夢で無ければあり得ない話しだが、尋常ではない光景と重圧が夢ではない事を告げている。


「とにかく、説明を求める・・・俺は寝ようとしていたはずだが、ここは俺の部屋じゃない」


男にそう告げると彼は答えた。


「その認識で間違いない、ここはお前の部屋ではなく夢でもない。私がここへ喚んだのだからな」


「・・・・・・・それで、アンタは何者でここは何処だ?この化け物達は?


「私は魔王フェルナード、ここは私の城の地下室で、お前の居た世界とは別の世界だ。周囲にいるのは私の下僕達だ。」


「・・・次の質問いいか?アンタは俺に何の用があるんだ?そして無事に帰す気はあるのか?」


「お前を召喚したのは対抗手段のためだ。人間達がどうやら異世界から助っ人を頼んだらしい。我々、魔族にとっては取るに足らない存在なのは間違いないだろうが、私は退屈していてね。だから、対抗手段としてお前を呼び出したのさ。」


「私達は地上に出たばかりなのだよ。それを察知した地上の者達は私達に対する対抗手段として、お前の世界の何者かを召喚した。こちらが同じ事をするのは道理だろう?」


男は軽く肩を竦めて淡々と話した。男が魔王だとしても見た目は同じ人間に見えるし、何より同じ言葉を話して意思疎通が出来た事で心に若干の余裕は出来た。


「それで、身の安全は・・・?周囲にいる化け物達は余りにも精神的に良くないんだが・・・まるで蝕にでも巻き込まれたかのような・・・このまま食われて終わりってだけで呼ぶ訳ないだろうし・・・」


「そうだな。どうするかはお前次第だが、わざわざ召喚してこいつらの餌にしようとは考えていない。お前が馬鹿で使えない奴でない限りはな。こいつらの姿が気になるか?その魔法陣の中にいる限り、精神が壊れる心配はない」


「この魔法陣を出たら俺の精神には何か異常が起きるのか?」


「それもお前次第だが、何の精神的防御策を取っていないのであれば、お前の精神は壊れるだろう。お前は悪魔を直視しているのだぞ?しかも複数のな」


この世界の常識は知らないが、どうやら悪魔とは直視してはならないらしい・・・対抗策なんて俺には何もないんだが・・・


「安心しろ。お前が私の提案に応じて協力するならばだがな。拒否する自由はあるが生きてはいられん」


拒否権ねーじゃねぇかよ・・・


「話しを聞く気があるのならそう言え。我等、悪魔とは人間との対話は少々不便なのだ。相手の了承を得なければ話し合いも出来ない理になっているのだ」


悪魔にも色々と事情があるらしい・・・


「分かった。話しを聞かせてくれ。突然、化け物に食われて死ぬつもりはない」


「では交渉の成立だな。事情を説明する前に、これを腕に付けろ。お前は何の精神防御も行っていない。そのままでは魔法陣から出たら精神が崩壊する」


魔王が投げてよこした腕輪を手にとって、左腕に通してみる。すると、その腕輪はサイズが変わり手首に時計のようにピッタリと締まった。


「う?サイズが変わった?これ呪いのアイテムとかじゃ・・・?」


「魔法の知識が無い者には違いが分からないかもしれないが、魔法の品とは全てが呪いだ。身に付けた者に悪い影響が起きるか、良い影響が起きるかの違いでしかない」


「なるほど・・・じゃあもう魔法陣から出ても平気か?食われないか?俺の頭は壊れないか?」


「ああ、もう出ても問題ない。私を相手に寝たままで話していた者など、人であろうと魔であろうとお前が最初で最後だろうな・・・」


魔王と名乗る男は表情を変えずにそう告げた。



「おはようございます。お休みのところ申し訳ございませんが、お食事が必要ではないかと思い起こさせて頂きました。今はお昼の時間になります」


メイド服を来た夢魔のメイドが起こしに来てくれた。悪魔と云うのは人間に詳しい。そうでなければ人間を堕落はさせられない。世界が違えど人の中身は同じだと云う事だ。


フェルナードは気を利かせて俺の部屋に夜の相手として数人の夢魔を寄越してくれたのだが丁重にお断りした。別に女性が欲しくなかった訳じゃない、単に疲れていたからだ・・・今度お願いしよう・・・


「ああ、おはよう。もうそんな時間か・・・フェルナードと話し込んでいて寝たのは朝だったからなぁ。昼食の後には顔合わせだよね?」


「はい、フェルナード様と一緒に紹介をさせて頂きます。地上に出られた高位の方々はまだ少数なのでお二人だけになるかと思います」


俺に食事の給仕をしながら説明してくれる。メイド喫茶って行った事ないんだけど、こっちは人間じゃないとは云え、本物のメイドだからだろうか?動作に違和感が全くない。


流れるような仕草でテーブルに食事と紅茶?を入れてくれている。俺は日本茶派なんだが・・・まぁいいや。


「二人だけ?幾ら何でも少なく無いか?魔王の幹部が二人だけってのも・・・」


「詳しい事は私には分かりません。魔王様にお尋ね下さい。でも、魔王様の力を以ってすれば地上世界を蹂躙するのはお一人でたやすい事かと存じます」


マジかよ・・・魔王やっぱ強いな。それにしても、食事って一応問題なく食えるんだな。見た目も味も上等過ぎるだろ。どんな貴族だよ・・・あ、魔王の城か・・・」


充分に食事を堪能した後に、魔王が待つ玉座へと通された。フェルナードの座る玉座の脇に二人の人物が控えている。


周囲には隊列を組んだ兵達が膝を折って控えている。腕輪の力が魔族の影響を抑えてくれているとはいえ、一見して分かる。


この二人は別格だ。魔王の側近って云うか、こいつらも魔王だと言われても頷ける何かを感じる。


「起きたか御堂、この二人は私の側近だ。二人とも自己紹介を済ませろ」


「リリスと申します。魔王軍第8軍団長にしてフェルナード様の相談役の一人でございます」


「アケルートだ。魔王軍第9軍団長にして当面の地上軍指揮官となる」


「御堂龍摩だ。御堂でも龍摩でも好きに呼んでくれて構わない」


「よし、三人とも自己紹介は終えたな。では会議室へ移ろう」


そう言ってフェルナードが指を鳴らすと周囲の風景が一変した。え?瞬間移動?でも俺は既に座っているぞ?移動しただけなら座ってるのはおかしくないか?


「いきなり部屋が変わってしかも座ってるんだが・・・どんな魔法だよ・・・」


「こんなものは魔法でも何でもない。いちいち驚いていては身が持たないぞ?人間」


アケルートと呼ばれた獅子の顔をした摩族が気さくに語りかけてくる。思ったよりも友好的?


「そうか、そうだよな。俺は魔法とか使えない普通の人間だ。異世界転生したら何か得別な力が付くって云う特典もまだ貰ってないからな。」


「なんだ?力が欲しいのか?力を与えるなど造作も無い。但し、人間ではなくなってしまうのだがな」


フェルナードは涼しい顔をしてとんでもない事を言い出した!


「遠慮します・・・人間を辞める程、まだ人間として生きていないので・・・」


「しかし、お前には色々と頼む事になる。戦闘でお前の力を必要とするとも思えんが、一瞬で死なれても次ぎの者を呼ぶには少し間が空くのだが・・・」


「俺が死ぬ前提止めてくれる?つか、一瞬で死ぬとか縁起でもない事言わないで?魔王の言葉ってだけで実際にそうなりそうな気がしてくるから!」


「さて、現状の説明から致しましょう。現在私達はこの大陸の北方に位置する山脈地帯を拠点としております。配下の者に探らせていますが、近隣の一番近い国までは少し距離があるようですね。ここは辺境に位置する人の住む地域から外れていると思われます。」


俺の抗議を無視してリリスの説明が始まる。ノリが違う?何かこの人達のノリと俺の感覚が違う?俺が人間だからか?これが摩族の普通?


「ところで昨夜聞き忘れたが、俺以外の人間を人間達が召喚したって言ってたよな?何で気付いたんだ?」


「この世界とは全く理の異なる魔界や天界、妖精界などの召喚とは異なる召喚には魔力とは違う別の力が働く。それに気付くのは難しい事ではない」


フェルナードが答えてくれる。なるほど、普通の召喚魔法みたいのとは異なるって訳か?


「召喚された人数は分かるか?」


「そこまでは分からん。だが複数を呼べる程の触媒や力があるとも思えん。人間が異世界から別の人間を召喚するとなると多くても三人までだろうな」


三人までか・・・俺が一人で呼ばれたからと言って、敵が一人しか呼ぶ事がないとは思わない。固定観念は危険だ。むしろ可能な限り呼ぶだろう。


「人間達と接触する必要がある。いきなり手近な街へ攻め込むって方法もあるが、彼等の日常生活を見たい、そして地図を手に入れたい。人間の俺なら警戒されずに色々と情報収集や買い物が出来るはずだ」


俺が提案すると、三人とも異論はなさそうだ。


「昨夜説明したが、この世界はお前の居た世界とは大きく異なる。お前の世界は頭の中を覗かせて貰ったから理解したが、電気はなくコンビニエンスストアも当然ない。


おおよそ、人間の戦闘方法は武器と魔法だ。お前は一切、戦闘方法がない。だから近隣の斥候をするなら護衛と連絡手段に幾つかのアイテムを渡そう」


そう、俺は昨夜、フェルナードに頭の中を覗かれたのだ。別に割って見た訳ではない。ただ数秒間、額に触られただけだが、それだけでフェルナードは俺の世界の知識を理解したのだ。恐るべし魔王・・・


「既に御堂殿に付ける護衛は選んでいます。気に入らなければ他の者達から好きな者を選んで頂いて構いません。お前達、御堂殿にご挨拶を・・・」


リリスがそう言うと、俺の背後から突然声が上がった。


「お初にお目にかかります。私共は御堂様の従者となってお力添えをするように仰せつかりました。何なりとお申し付け下さい」


俺が後ろを振り返ると、片膝を立てて頭を下げている人物が二人いた。


「三人です。一人は御堂様の影に隠れています。姿をお見せなさい」


リリスが答えると三人目が俺の影から現れた。何でもアリなのか?流石は魔族


「御身の前に、影となり手足となって働きましょう・・・」


小柄な少女はそう答えた。剣士風の男が一人、魔法使いらしき女の子が一人。そして彼女と合わせて三人の従者を得たと云う訳か・・・


「移動には荷馬車を使うと良いでしょう。歩くと時間がかかります。御堂殿は馬に乗れないと聞き及んでいますので・・・」


リリスが表情を変えずに淡々と俺に伝える。出来る秘書さんか?何にもしてないのにトントン拍子に話しが進んで行くぞ?素晴らしい!


天性の面倒臭がりな俺は自分で一からしなくて話しが進んでいく事に内心歓喜した。これでいいのか?と思わずにいられないが、面倒な事はしたくないのだから仕方ない。


「リリス・・・ありがとう、何から何まで用意して貰って・・・役に立ってお礼しないと!」


「お気になさらずに、お膳立てをするのが私の仕事ですので」


少し微笑んで俺を見るリリスから視線を背けた。彼女の顔はあまり見ないようにしている。美人過ぎる・・・長く見てたらどうにかなるかもしれん・・・


「リリスって天使なの?翼が六枚あるし天使にしか見えないが・・・」


「リリスは飛天魔族だ。堕天使と呼ばれる種族の中で上位の希少種だ。見た目に惑わされるなよ?恐ろしく強いからな。」


アケルートが補足説明してくれる。彼女が戦っている姿が想像付かないが、威圧感のようなものは半端じゃなく感じる。おそらく高位魔族なんだから俺なんて簡単に殺されるんだろうな・・・


「では御堂殿には着替えて頂いて装備を整えて頂きましょう。それはパジャマなのですよね?」


そうでした・・・食事を終えてからずっとパジャマのままでうろついてました。着替えなんて持ってないしね。


メイドさんに頼めば良かったわ。こんな姿で広間で大勢の前で紹介されて今まで過ごしていたかと思うと恥ずかしく・・・無いんだな。俺はそうゆう奴だ。


シャワーを浴びてメイドさんに手伝って貰って着替えをして、冒険者?っぽい装備に身を包んだのだが、用意された鎧や剣が豪華過ぎたので、皮鎧に刀を差して赤いマントを羽織ってみた。鏡を見てバッチリだと思える。これなら特別ではない普通の冒険者っぽい。


「冒険者って職業があればなんだけどな。傭兵でもいいのか?」


「冒険者という職業は存在しています。私達、魔王様の支配下に置かれていないモンスターと戦う職業は軍人以外でも存在しています。それが冒険者のようですね」


従者として加わった魔法使い風の女性が教えてくれる。彼女の名前はルードだ。


「敵が軍隊か多勢の魔物でもない限りはご安心下さい。御堂様は必ず私達がお守りします」


剣士風の男が答える。彼はヤクト。影に潜んでいる少女はカゲミ。


「じゃあ用意も整ったし出掛けるか、暫くは城に帰らない予定だから金も貰ってあるし、何ならカゲミは影と影を移動出来るから必要な物があったら取りに戻って来て貰えばいいしね」


昨日来て、すぐに出立しなくてもいいのでは?急ぐ必要など全くないのだぞ?とフェルナードには言われたのだが、この城でボケーっとしてても面白くないだろう予感がした。夢魔の酒池肉林するために魔王と契約したんじゃないし・・・


そう、俺は魔王と契約した。フェルナードは世界の半分を・・・と言い掛けたのを却下した。それはあらゆる王道でその提案は飲まないのが、お約束だからだ。それに俺は勇者じゃない。


フェルナードが提案する人間が喜びそうな提案はほぼ却下した。金・地位・名誉・女等々全て必要な物以外は要らないと。別に物欲が無い訳じゃない、欲しい物は欲しい。


しかし、契約と云う物を俺は重視した。つまり契約以外の物は要らないんだな?だから渡さない。とか言われたら困るし、一生奴隷のように扱われるという裏設定を急に持ち出されても困るからだ。悪魔との契約とか、超恐ろしい・・・最終的な契約内容は


1:魔軍における身の安全の保証

2:生活の保証

3:自由意志の保証

4:魔軍におけるある程度の身分の保証

5:退職の自由


この提案を最終案で出した時に、俺の世界の常識を識った後にフェルナードは雇用契約だったのかと笑い出した。魔王と雇用契約について議論した人間等は聞いた事がないらしい。そういった契約内容から俺は魔軍ではなく魔王の直属の配下と云う立場を得た。つまり軍団長の命令にも従わなくても良い、しかし軍団長は俺の要請には可能な範囲で助力が得られる。という具合だ。


フェルナードは俺に戦力として期待はしていない。異世界の人間に対する対抗手段と異界の知識から違う側面で物事を見る事を期待しているようだ。


それなら特別に華々しい成果を上げる必要はない。地道に情報収集して人としての意見をすれば良いだけだ


。一つ疑問に思うことがあるとすれば、異世界から喚ばれた俺が戦力にならないなら、何故この世界の連中は俺と同じ異世界から人間を召喚したかだ。


「まあ、魔王が召喚したからと言って、俺が特別な存在じゃないしな」


そう独り言を言った途端に、カゲミ、ルード、そして御者をしていたヤクトまで空気が変わったのが分かった。


「御堂様?まさかご自分が特別でないとお思いなのですか?仮にも魔王様が召喚した人間なのですよ?普通の人間の訳がないじゃないですか?」


怒っている訳ではないようだが、心底驚いたと言わんばかりにルードが俺にそう言った。


「じゃあ俺と戦ってみるか?すっごく手加減してくれ。勝てる気が全くしないから」


「一瞬で死にますね。戦うまでもありません」


ヤクトが即答した。即答かよ・・・分かってたけどな。


「三人ともリリスの部下だよな?リリスってどんな感じの人?結局、フェルナードとしか詳しく話さなかったからリリスもアケルートもどんな人物なのか分からなかった」


「リリス様の普段のお人柄は私達には分かりません。私達は普段、お傍にお仕えしていた訳ではないので・・・


ただ、とても頭脳明晰な方なのは間違いありません。領地の運営もリリス様の領地は他の土地より栄えています。領民からの不満の声を聞いた事がありません。気の荒い者が多い魔界では稀有な事なのです。」


頭が良いのはすぐに分かった。手際の良さは相当なものだからな。


「そして恐ろしく強いです・・・これは他の軍団長の方々も当然ですが、高位の魔族の方々の強さは常識外れです」


「アケルートもそう言っていたな。見た目に騙されちゃいけないな。見た目がどんだけ美人でも感じる圧力が半端じゃないのは分かったけどね」


俺の言葉を聞いたルードとアケミは不思議そうな顔をしていた。何かおかしな事を言ったか?


「ところで、この馬車って全く揺れないんだが、そうゆう物なのか?そんな訳は無いよな?」


「はい、見た目通りの普通の荷馬車ではありません。魔力で包まれているので車輪が地面に接している訳ではありません。飛んでいるのです。馬も普通の馬ではありませんよ」


そうルードが教えてくれた。


「人です。4人、そのまま通り過ぎますか?」


ヤクトがそう告げた。他の二人も気付いていたようだ。俺はそっと中から様子を見たがどうも農民って感じではないな。武装している。


「止まる必要はないが、軽く挨拶してみてくれ」


了解しました。そう言ってヤクトはそのまま進んだ。お互いに声が届く距離に近付いたら、ヤクトが声を掛ける前に向こうから声を掛けてきた。


「よぉ!荷馬車とは羨ましいな!街へ戻るのか?なら俺達も乗せて行ってくれよ。席が空いていればだが」


ヤクトに彼等を乗せてやれと伝えると、ヤクトが近くまで行って馬車を止めた。


「乗せてってやるよ。ここまで徒歩か?まだ結構な距離があるだろう?」


「一泊野宿したからな。あの街の近辺にはもうモンスターが少ない、だからアンタらも遠出したんだろう?」


この近辺にモンスターが少ない?魔王がやってきたのと関係があるのだろうか?あるのだろうな。ただ乗せるつもりはなかった。不審に思われない範囲で情報を集めるつもりだからだ。


「あの山脈は色々採れる場所だったが、何か出現したって情報があったろ?動物どころかモンスターまでアケハルの泉がある森やスケア洞窟まで移動しちまったようだ。アンタらも無駄足だったか?」


「少しの薬草と鉱物だった。モンスター狩りじゃなくて採集しに行ってたんだよ」


俺は口から出まかせを言ってみた。疑われるようなら物資の中から適当な物を見せればそれらしく見えるだろう、そう思ったからだ。


「ああ、なるほどな。あそこは金が取れるって話しだったが、強力な魔物が多数生息しているから軍隊でも迂闊に手は出せなかった場所だからな。何もいなくなった隙に・・・とは考えたな!」


「俺達は他人の先を行く職業だからな。あの街にも来たばかりだったんだが、すぐに馬車で出発してみたんだよ。当たりだったな」


「カーッ!羨ましいねぇ。俺達は数匹のゴブリンとコボルトだけが収穫だったよ。こっちに来るんじゃなかったな。でも今度、山脈まで行ってみるか。採集スキル持ちはうちのパーティにはいないからなぁ・・・」


少し残念そうに男は言った。気の良さそうな男だ。他のパーティも馬車に乗れてラッキーだと思ったせいか平和そうにボーっとしている。俺は彼等に提案してみた。


「じゃあ、飲むか!」


俺の提案に皆がポカーンとした表情をした後、馬車の中で歓声が上がった。驚いたのはヒッチハイクしてきた冒険者?達だけでなく、こちらの仲間まで歓声を上げた事だった・・・


そうして俺は持ってきた酒樽の一つを空けて気前良く皆に振舞った。貰った物資だが、こうゆう時に使ってこそだろう。


相手は荒事商売だ。酒が嫌いなはずはないし、飲ませておけば口が更に軽くなると思っての事だったが、思った以上に彼等との酒盛りは盛り上がった。


討伐が空振りに終わってトボトボ帰っていた途中に馬車に乗せてくれて酒まで振舞ってくれた相手に悪意を持つ奴なんて流石にいないだろう。


彼等からは世間話しから非常に多くの情報が得られた。これから行く街が別名、城塞都市と呼ばれる大きな軍事都市であることや、大きな冒険者ギルドがある事、こちらは酔った相手に知ったかぶりして話しを合わせるだけで良いのだから酒やつまみ等は安い投資だ。実は暇だから俺も飲みたかった。


「冒険者登録をしていない?」


リーダーと思しき男と会話していて聞かれた。わざとそうゆう話しの流れになる方向に誘導した結果だ。


「ああ、色々と理由があるんだけどね。そろそろ登録しようと思ってるんだ。街へ戻ったら報告へ行くんだろう?案内してくれ」


「そうか、そうゆう奴等は少なくない。冒険者へ転職した傭兵や盗賊、研究費に困った魔術師なんて奴もいるらしいからな。アンタらもそのクチか?」


「まあな、深くは聞かないでくれると助かる」


ふーん、と頷いて特に不審に思った様子は無さそうだ。冒険者にならずに冒険してる連中だって居ないはずはない。


何事にもメリット・デメリットがあるからだ。冒険者として登録するなら、その方が都合が良いからだろう。主に情報面でだろうと予測は付く。


「冒険者ギルドに仲介料金を取られるのが嫌だと言ってならない奴もいるそうだ。でもちゃんと続けるつもりなら登録はしておいた方がいいな。直接依頼人と話せる顔の広い奴なんて早々いるもんじゃない。斡旋料を取られるのは仕方ないな」


ドンピシャだ。やはりそうゆう部類の連中がいるようだ。


「金銭面での文句があるからじゃないんだ。行商しながらだったんでね。組合から・・・」


俺がまた適当にデッチ上げたそれらしい話しをすると、男は納得したという表情を浮かべた。


「そうゆう事情か!確かに商人ギルドと冒険者ギルドの板ばさみになるな。しかし、そうなるとアンタは大した奴なんだろうな。大きな商会の息子か?お連れさん達も相当な手練だろう」


そこは冒険者らしく油断ない目で仲間達に目を移した。コイツ只者じゃない?とか分かるようになるのだろうか?レベルの違いか?


「だから深く聞かないでくれって。仲間が強いのはご想像通りだよ。俺はボンクラだけどね」


俺は虚栄は張らずにそう答えた。こちらの世界で魔物を相手に戦っている連中に対して見栄はっても仕方ない。俺Tueeeeeというキャラって設定は無理がある。


「街が見えて着たました。みんな酔って動けないとか言わないだろうな?」


御者台に居たヤクトが教えてくれた。御者台で酒をラッパ飲みしてた奴に言われたくない。身を乗り出して街を見て軽く驚いた。城塞都市の名は伊達じゃない、城の城門か?ってくらい高くて強固そうだ。


そのまま冒険者ギルドへ案内して貰って受付で彼等とは別れた。何か困った事があったら相談してくれよ!と声を掛けてくれた。いずれ大いに利用させて貰おうと思う。


冒険者登録をしに来た旨を告げると、受付の女性が笑顔で迎えてくれた。


「字は書けますか?名前・年齢とお使いの武器・使える技能や魔法を教えて頂ければこちらで書くことも出来ます」


「文字は書けるが、下手なんでね。君が書いてくれると助かるよ。仲間達は自分で書くそうだ」


「了解しました。では名前と年齢を教えて下さい」


「御堂龍摩、23歳だ。武器は剣で前衛職だが、戦闘は主に仲間に任せてるよ。俺は後ろで見ている方が好きなんでね」


「それを正直に書いていいものかどうか困りますね。分かりました、剣士ですね。リーダーは御堂さんで宜しいのですね?」


それで問題ない旨を伝えると、テキパキと文書を作成していく。そしてヤクト達が次々と必要事項を記入して行く。この場合、一人で召喚されて読み書きが出来ない状況だったら途方に暮れている所だ。


文書をふと覗いて見ると、ローマ数字???ローマ数字が見えた。他は・・・ローマ字だと?スペルが英語とは若干違うが、ローマ字なのは間違いない。この世界の文字ってローマ字なのか?どんな偶然・・・な訳がないな。


何か俺の世界と繋がりや裏設定でもあるのか?

俺は思い付きで紙に漢字で適当に名前を書いて受付嬢に見せてみた


「ああ、落書きは・・・ってこれは東方の文字でしたね。これで署名して頂いても構いませんよ?今からご自分で書きますか?」


もしやと思って書いてみたが、そう来たか・・・とっさの思い付きで書いてみたのだが、どうやら漢字が通じるらしい。少し聞いてみたが、この辺りの文字ではないため読めない者が多いが、他国の文字であるので書くのは問題ないとの事らしい。


ご都合主義って訳じゃないよな。確実に何か俺の世界と関わりがある。そのうち探ってみるか・・・


「宿屋を決めておきたいんだが、お勧めはあるか?家庭的で看板娘が美人で食事が美味くて荷馬車があるんで、止めておけると助かるんだが・・・」


適当に好みを言ってみたつもりだったんだが、受付嬢が宿の場所を教えてくれた。ならず者のような連中はお断りで、料金も良心的だそうだ。俺達なら断られないだろうとお勧めしてくれた。


教えて貰った宿に着くと、割りと小さい宿だった。ペンションのような印象を受ける。


「いらしゃいませ!小箱亭へようこそ!」


元気な声と同時に小走りでこちらへ向かってきた美人さん。なるほど・・・あと5~6年くらいすれば美人になるだろう・・・と思われる少女だった。


「部屋を二つお願い出来るかな?お嬢さん。二人部屋二つで、馬車の世話も頼むよ」


屈んで頭に手をやりながら笑顔で聞いてみた。元気で利発な子供は嫌いじゃない。


「お部屋二つですね。料金はこちらになりますが大丈夫ですか?良ければご案内します。お母さーん!馬車の移動お願いね!」


後ろの女性に元気に声を掛けながら料金表を見せる。料金表は数字だった。問題なく分かる。


「ああ、問題ないよ。食事は朝と夜にお願いするよ。ここは酒場で兼ねてるのかい?」


数人の客が食事や酒を飲んでるのを横目に見ながら少女に尋ねた。


「はい、食事もお酒も出せます!お部屋に荷物を置いたら何かご注文しますか?お疲れでしょう?」


まだ小さいのによく気が利く子だ。まあ宿屋で働いてるとそうなるのか・・・


「そうだね。先に部屋に連れてってくれ、そうしたら軽い食事と飲み物を頼むよ」


「分かりました!それではお部屋へご案内します!」


とてとてと歩きながら部屋へと案内してくれる。部屋は小奇麗で確かに家庭的な印象だ。とても冒険者が泊まるような部屋とは思えないが気に入った。


「それでは下で食事のご注文をお待ちしますね。ゆっくりおくつろぎ下さい!」


彼女はそう答えると部屋から出て行った。寝るだけの部屋のつもりだったが既に気に入った。少し女性趣味っぽい気がするが、くつろげる部屋だ。長期滞在してもいいな・・・


「御堂様、これからどうなさいますか?御堂様は個室の方が良かったのでは?私達は三人で一つの部屋で問題ありません。」


ルードが自分達の部屋から戻って来てそう言い出した。ヤクトと女性二人が同室だと?魔物ってプライベートとか気にしないのか?


「君ら、男と同室で何とも思わないのか?ならヤクトがここで、俺が二人の部屋に泊まっても構わないぞ?夜は楽しそうだしな」


俺が軽口を叩くと、カゲミは無表情で返答した。


「主様がご希望であれば、私達は何でもします。夜のお相手も・・・」


「・・・冗談だ。主様?俺は君達の上司になると思うが主人じゃないだろ?」


「いいえ、既に私達三名は御堂様が主です。煮るなり焼くなり好きに使えとリリス様が仰っていたでしょう?」


ヤクトの返事に、小声でカゲミが犯すなり・・・と付け加えたが聞かなかった事にしよう・・・リリスはそこまで言ってないだろ・・・しかし、借り受けた配下じゃないのか?いつそんな話しになった?疑問を何となく三人のリーダーっぽく感じるルードに尋ねてみた。


「いえ、ヤクトの言葉通り私達三名は御堂様が主です。現状、私達はリリス様の配下ではなく御堂様の下僕としてお使えしています。死ねと命じられれば自害する覚悟です」


どんなブラック待遇だよ?しかも俺はそんな極悪人に見えるか?さっきまで普通に馬車で飲んでた仲じゃないかよ?


「お前達が俺の直属の配下になったのは聞いてなかったが理解したよ。いつそんな話しになったのかは全く分からなかったけどな。


しかしそれじゃ、部下じゃなく奴隷だな。俺は奴隷は必要としてないし、そうゆうの要らない。命令はするが、嫌な事は嫌だとハッキリ言ってくれ。それでも必要な仕事はやらせるが、やりたくない事は意思表示をして欲しい。


俺は人間だし魔族の考えは理解出来ない、人間の価値感がそのまま通用するか分からないからな」


俺が彼等に伝えると、彼等は少し沈黙を保った。少し戸惑っているように感じる。こいつら一体どんな扱い受けてたんだ?まさか本当に奴隷扱いされてたのか?


「御堂様のお考えは分かりました。まずお伝えしておくべき事ですが、私達は正統な魔族ではありません。魔物ではありますが・・・


魔族とは、天から下られた方々や魔界に元々生息していた方々を差します。私達は言わば外来種なのです・・・だから正統な魔族の方々とは異なります」


少し寂しげにルードがそう答えた。違いが分からん・・・


「私達は魔界に占領された人間界や煉獄から流れ着いた者、妖精界等から生まれた魔です。例えばヤクトはライカンスロープです。人間の御堂様もライカンスロープはご存知ですよね?」


ライカンスロープか・・・それって人

狼とかがそれに当たるんだろうな。


「獣人の事か?人狼とかは知ってるが・・・」


それにヤクトが答える。


「ライカンスロープは獣人とは異なります。獣人とは亜人種です。ライカンスロープは魔の血が入っています。だから銀の武器に弱いんです。


概ね魔の眷属は銀の武器に対して抵抗力が弱いんです。吸血鬼等のアンデッドやライカンスロープ、魔族もですね。勿論、抵抗力の強弱は種族によって異なります」


なるほど・・・ゲームや小説の知識でしか知らん。俺は読書が好きだったから色々知識がある方だと思うが、それでも、それは架空の存在に対する人間の知識だ。本当に吸血鬼や人狼に銀の武器が効果があるとか知らんし・・・そもそも実在していたのも知ったばかりだからな。


「差別とか受けてたのか?純粋な魔族と、その亜種みたいな?人間世界でも人種差別はあるからな」


「それが当然だと受け止めていましたが、差別・・・そうですね。私達は正統な魔族の方々からは蔑まれる立場でした。リリス様は私達のような者達を領地で好意的に住まわせてくれていたので、酷い扱いは受けていません。私達は恵まれていました」


魔界も色々あるのね・・・俺達の世界とそうそう変わらないって事か。正直に言えば俺は差別をする側もされる側もどちらにも興味は無い。


世の中はそうゆうもんだって思ってるし、それが気に入らなければ殴るなり立ち向かうなり従うなり好きにすればいいと思っている。


「そうか、まあその辺の事情はおいおい聞いていこう。俺達の仕事には当面、関係のない話題だ。あ、だからリリスは簡単にお前達を俺に下げ渡したって事なのか?彼女にとって取るに足らない存在だからと?」


「いえ、それは違うと思います。リリス様にとって私達は取るに足らない存在なのは当然です。しかし要らない駒を御堂様に渡した。そんな事ではないはずです。魔王様が召喚した直属の部下の御堂様に、リリス様がそんな無礼を働く事は決してありません。


魔王様の全ての配下にとって魔王様は絶対者なのですから。人間だからと言って、御堂様を軽んじてどうでも良い私達を渡したとなれば、それは魔王様を軽んじる行為となります」


三人は俺の目を真っ直ぐに見てそう断言した。そうか、そうゆう事はあり得るな。確かに自分の上司の部下に対して、軽んじれば魔王自身が舐めてんのか?と言われる可能性はある。


「それに、私達は正統魔族ではないとは言え、軍功は挙げていました。御堂様がお命じになれば、私達三人でこの都市を蹂躙する事くらいはやってみせます。


逃げる者全てを皆殺しに・・・という訳にはいきませんが、魔王様に誓って、そのくらいの力はあると自負しております」


三人は厳かに跪き俺に対してそう述べた。この城塞都市を蹂躙するだと?彼等の強さは未知数だが、魔王の名を出してまでの言葉がハッタリな訳がないだろう。


俺達の世界の、信じる者の心の中にしか存在しない神とは違い、そこに魔王はいるのだから・・・


「顔を上げてくれ、お前達を侮辱するつもりはなかった。ただ、もし奴隷のような扱いを受けていたならそうゆう事もあるのか?と思っただけなんだ。俺は魔族の価値感やお前達の立場を全く理解していないから、済まなかった」


俺は少し頭を下げた。全く知らない世界の住人で、彼等の世界構造はある程度、フェルナードから聞いたが、それは魔王の認識であって庶民と大きなズレがあると思う。大体、王様ってのは下々の事は分からない場合が多いだろう。


頭を下げた俺に対して三人は恐怖すら感じた瞳で訴えた。


「頭をお上げ下さい!主が下僕に頭を下げるなど、あってはならない事です!私達は御堂様の所持品に過ぎません!どうぞ、そのように扱って下さい!」


「お前達がどう考えているか分からんが、お前達は三人しか居ない俺の部下だ。下僕として扱う気はないし、簡単に使い潰して死なせるつもりもない。


大切な仲間とまでは言わない、上下関係はキッチリとしてもらう。だが卑屈になるのは止めろ。俺はそうゆうのは嫌いだ。


お前達が俺に言いたい事があったら意見を言うんだ。俺が一人で考えるより知恵は沢山あった方が良いに決まってる。決断するのは俺だけどな」


三人は俺の顔をじっと見つめた後に声を揃えて言った。


「良き主と巡り合せてくれた魔王様とリリス様に感謝を・・・そして新たな主に最大の敬意と奉公を改めて誓います」


俺は少し感動していた。バビル二世ってこんな気持ちだったのだろうか?


「・・・皆さん、何をしているんですか?演劇の練習なら部屋のドアを閉めて静かにお願いします・・・」


宿屋の少女に苦情を言われて俺は素に戻った。もう少し浸っていたかった。


「さあ、遊びはここまでにして飯食いに行こうぜ!」


三人とも微妙な空気の中で微笑んでいた。


「納豆は無いのか・・・俺は納豆と味噌汁が無いと生きて行くのは辛いな。お新香も欲しい。あー牛丼食べたいな」


「納豆って東方の食材ですよね?今は出せませんけど、ご要望があれば仕入れておきましょうか?」


俺の独り言を聞いていた奥さんがそう声を掛けてきた。少女のお母さんだ。子供を見れば分かるが、この奥さんも美人だ。30歳くらいに見えるが、実際そのくらいの年齢だろうか。女将さんと呼べばいいのか?


「え?納豆あるんですか?そりゃ欲しいですね。味噌汁とお新香も手に入るならお願いします。ところで料理美味しいですね。インスタント食品ばっかの生活だったので、家庭的な料理は久しぶりです」


「ご挨拶が遅れました。私はこの宿の主人でエクレアと申します。先程から接客させて頂いていたのは娘のクレアです。料理がお口にあって何よりです」


「どうもご丁寧に。暫く厄介になりますね。俺は御堂と言います。連れは順にヤクト・ルード・カゲミです」


三人は軽く頭を下げて、エクレアさんと挨拶をした。エクレアとクレアか、覚えやすくていいな。俺は人の名前を覚えるのが苦手だ・・・


「二人で宿を?大変ですね。部屋数は多くはなさそうですが、お客さんは少なくないでしょう?」


周囲を見回して、それ程広くはないが喫茶店くらいはある店内を見回した。空いている席が無ない。


入れ替わり立ち変わり食事に来る客や、腰を据えて飲んでいる客、冒険者がよく使うようなイメージの殺伐とした空気は全くない。常連が通う店のようだが、閉鎖的な空気は全くない。


「近所の娘さん達が働いてくれているんです。食事は私が作りますが、洗い物やお洗濯、お掃除をしてくれるので助かっています」


「失礼ですが、ご主人は?ああ、答えたくなければ黙っていてくれて構いません」


「主人は冒険者でしたが、二年ほど前に亡くなりました。この宿はそれ以前からやっていたので、店の営業には困りませんね」


笑いながら答えるエクレアさんの表情には全く陰りが無い・・・吹っ切れる訳はないが、営業トークだからだろうか?深くツッコム気は勿論無い。


「冒険者は命の危険と隣り合わせです。結婚した時から覚悟は出来ていましたから気にしないで下さい。店に来てくれる皆さんも主人の友人や近所に住む方々で、昔からの知り合いです。


冒険者ギルドの方達がお客様を紹介してくれているので、お蔭様で繁盛しています」


そう言って周囲の席を見回すと、グラスを挙げたりこちらを見て声を掛けてくれる。冒険者だけでなく老人や女性客もいる。


みんな新しい友人を迎えてくれるような雰囲気だ。生まれも育ちも東京で、こんなほのぼのとした空気を感じた事のない俺は少しだけ心が温かくなった。


「・・・おい!お前らも黙々食って飲んでしてないで何とか言え!」


さっきから会話に参加せずに黙って食って飲んでいた三馬鹿に声を掛けた。三人は顔を上げるとそれぞれが声を上げた


「このジャガイモの料理のお代わりをお願いします」

「ビールのお代わりをお願いします。あとからあげも追加で」

「ずばげでぃのびぃどぼぉるを・・・」


会話ではなく追加注文をする二人と口に物を入れながら喋りだしたカゲミをジト目で睨んで黙らせた。本当に大丈夫なのかこいつら?


「はい、ご注文ですね?スパゲティはお代わりですか?ミートボールを増やして?御堂さんは何かご入り用は?」


じゃあ俺もビールのお代わりとポテトフライと唐揚げをセットを・・・そう頼むとエクレアさんは微笑みながら頷いて奥へ下がって行った。


「・・・お前ら、普段ロクな物食ってなかったとか?俺もそうだが、お前ら酒や食事に目が無さ過ぎだろ?買収とかされないだろうな?」


心配になって尋ねると、三人はどうやら普段の食事が料理とは言えないような単純な味付けをしただけの物を食べたりしていると話し出した。


野蛮人かよ・・・魔物だから仕方ないのか?ちょっと自棄になった俺は店内に声を張り上げた。


「クレアちゃん!店の客全員に一杯奢ってやってくれ!俺(魔王の金)の奢りだ!」


店内から一気に歓声と嬌声が上がった。一度やってみたかったんだよ。しかも他人から貰った金だからな!


「いやぁ、初めて会った人が店にいる客に奢るとか兄ちゃん豪気だな!」

「男前だな!遠慮なく頂くぜ!」

「お兄さんカッコイイ!隣でお酌していい?」

「ちょっと私が行くからアンタはそこに居て独りで飲んでなさい!」

「この後空いてますか?良ければ二人で・・・」

「兄さんすまんのぅ、じゃあワシのツケ払って貰ってええじゃろか?」


ヒートアップした店内で口々に上がる声に手を挙げて応えながら俺は席を回って軽く自己紹介をして回った。処世術だ。人の第一印象は見た目と雰囲気とこちらの態度で決まる。本当だぞ?


それから二時間程、宴会をしてから部屋に戻った。


「ルード、今日あった事をリリスに報告しといてくれ、他の二人はもう寝ろ。お前達は子供か・・・」


飲みすぎ食べすぎでグッタリした二人を他所にルードにだけ指示を出した。


「畏まりました。報告が終わったら今夜の夜伽は私がお相手を?」


いらねえよ・・・そう告げて俺もベッドに入った。色々と疲れた。



魔王城の執務室


「失礼します、ルードから報告がありました。問題なく人間の街に潜入したとの事です」


「そうか、着いて早々、何か出来る訳でもあるまい。お前は御堂についてどう感じた?」


「童顔ですね」


「そういう事を聞いてはいない・・・」


「冗談です。そうですね・・・フェルナード様が召喚した人間ですよ?私は全てにおいて何の疑念も湧きませんが、人間があれ程に今の状況をすんなりと受け入れられるものでしょうか?」


「自分で召喚しておいて何だが、あの状況は普通の人間なら失神するか震えるだけで会話も出来ない状況だっただろうな。


しかし、奴は状況を把握して私と話し合うだけの余裕があった。余裕ではなく理性だとしてもな。それは私の知る人間の態度ではない」


「フェルナード様が召喚した人間なのです。ご自身が驚かれる事ではないのではありませんか?」


「本気でそう思うのか?」


「・・・いいえ、失礼しました。例えどのような人間であろうと突然、異世界に召喚され、人ではない異形の悪魔の群れに囲まれながら魔王を相手にまともに会話をするのは困難なはずです・・・」


「・・・私は数十億の人間の中から選んで召喚した訳ではない、しかし私の召喚に奴が応じたのはただの偶然ではない。そう、奴は私の呼びかけに応じたのだよ。適性が合ったと言うべきか?いや違うな」


「フェルナード様、楽しそうですね?」


「そう見えるか?そうだな、私は少し楽しんでいる。この世界を手に入れるより今は課程を楽しんでいる。奴はその中心にいる・・・


我等は土地が欲しくて世界を手に入れている訳ではない、敵を倒すのもこちらが傷つくのも全てが楽しめる。だから多くの世界を侵略して魔界に変えて加えるのだ。違うか?」


リリスは静かに頭を下げ、妖艶に笑みを浮かべた。



ドアをノックする音が聞こえた。朝だな。もっと寝たかったが・・・


「御堂さん起きていますか?朝食の時間には少し早いのですが、ちょっとお話ししたい事があって」


この声はエクレアさんだな。どうぞーと声を掛けて扉を開けてもらった。


「すみません。朝早くから・・・実は、馬達が飼葉を食べないんです。ニンジンや他の食べ物も与えてみたのですが一向に・・・水は飲んでいましたが・・・」


「肉を与えて下さい。奴等は肉しか食べません」


ヤクトがそう答えた。肉?肉を食う馬?そう言えば外国では牛の餌に肉を入れたりしたって・・・それが狂牛病の原因になったとかニュースで見た事あったけど・・・


「肉・・・ですか?馬がお肉を?・・・分かりました。与えてみます」


「はい、何の肉でも構いません。飼葉やニンジンでは奴等も腹を空かせている事でしょう。宜しくお願いします」


そうヤクトが伝えると不思議そうな顔をしたエクレアさんが頭を下げて部屋を出て行った。


「食事の時間まで二度寝するか・・・起きて何か飲むか・・・二度寝すると冒険者ギルドへ行って仕事するのを止めたくなるしな」


「分かりました。ルードとカゲミを起こしてきます。御堂様は着替えて先に下りていて下さい」


俺は言われた通りに先に下りると、人がチラホラと居た。昨夜飲んだ人達も何人かいるようだ。カウンターに座ろうかと思ったが、三馬鹿が来るので席を取った方が良いだろうと空いているテーブルに腰を降ろした。


「おはようクレアちゃん。早いね?日本茶・・・無いな。コーヒーをお願い。ミルク無しで砂糖をお願い」


「おはよー御堂さん!すぐに持って行くね。他の人達は?」


「すぐに来るよ。あの三馬鹿は腹空かせて来るだろうね。朝から山盛り食いそうだわ・・・」


「冒険者は体が資本です!いっぱい食べて飲んで寝ましょう!」


そうだね・・・カゲミは見た目まだ成長期って言っても通じるが、ルードまで大食いだとは思わなかった。


「冒険者って普通は昼飯どうするんだろう?戻って来て食べる人なんていないよな。ここで弁当とか作って貰える?何か捕まえて食べるって事も出来るけどさ・・・多分・・・」


小声で多分と付け加えた。しかし、野生の動物をいきなり捕まえて食うとか、目の前で捌かれたら食欲失せる。


慣れるのだろうが、出来ればしたくない。ウサギとかリスとか捕まえて食うくらいなら一食くらい我慢するわ。動物好きなんだよね俺・・・


「お弁当ですか?勿論作りますよ。日替わり弁当があります。ランチメニューをお弁当にするので。


他の宿ではあまりやっていませんね。市場で適当に露天から買っていく人もいますね。勿論、現地で動物捕まえて食べる人達もいます」


日替わり弁当!なんて助かる宿なんだ!もうここに住んでモンスターだけ狩ってれば生活出来るんじゃないか?あ、俺は冒険者は仮の姿だった。目的を忘れてたわ。


「では、そのお弁当を私は5人前でお願いします」

「私も5人前で」

「同じく」


まだ席についていない三馬鹿が朝から胃が重くなる事をお願いしだした・・・コイツら高校の柔道部か?


朝食を終えて冒険者ギルドへ顔を出した。


「おはようございます。御堂さんパーティですね。昨夜はよく眠れましたか?」


昨夜会った受付嬢が気さくに声を掛けてくれる。


「おはよう。良い宿を紹介してくれて助かったよ。それで、仕事を請け負うにはどうしたらいいんだい?その壁に張ってある依頼から好きなのを選ぶの?」


「ええ、それでも構いませんが、冒険者登録したばかりの方でしたら、私が初心者向けのオススメを選ぶ事も出来ます」


「初心者向けって事は依頼料も安いよね。普通なら最初は・・・って事なんだろうけど、こいつら強いんだよ。


そこらのモンスターなら余裕で狩れる。流石にドラゴンとかは止めてくれると助かるが」


「あー・・・傭兵だった方とか、初心者とは言えない強い方達がいらっしゃいますね。それでしたら指定の討伐ではなく、倒せる範囲内の好きなモンスターを自由に狩るのはどうでしょうか?


討伐して、身体の一部を持ってくれば討伐報酬が出ます。更に素材を剥いだりして持って来るとそれを買い取る事も出来ますよ?」


「そうなの?おい、お前達すぐ向かうぞ。要は適当にモンスター狩って身ぐるみ剥げば良いって事だよね?」


「まあ・・・そうなります。身ぐるみ剥ぐって山賊みたいな言い方は止めて下さい・・・立派な治安を守る仕事なんです・・・」


俺はその苦情を聞き流して別の質問をした。


「地図って売ってたりする?あれば買いたい、そしてどの辺りにモンスターが多いかとか危険地帯とか教えてくれると助かる」


「冒険者セットを買うべきですね。新しい街へ行った場合、冒険者セットを頼むと地図と必要な物がセットで売っています。セットから要らない物は除いて買う事も出来ます」


そんな便利な物が・・・当然と言えば当然なのか?フェルナードから貰った物資があるが、何が必要か分からないから買っておこう。


受付嬢から初心者向けではないが、上級者向けではないモンスターが出る地域を聞き出して向かう事にした。


「なあ・・・あんまり面倒な奴だと思われたくないから言いたくないんだが、お前らって朝から飲むの?」


俺は耐え切れずに馬車の中で樽から酒を酌み出して普通に飲み出している三馬鹿に小言を言ってみた。


昨日は途中で会った冒険者達、そして宿での宴会で散々飲んだ俺は二日酔いとは言わないが、酒の臭いにうんざりしていた。


三人共、え?駄目だったの?と疑問系の顔をしながらこちらを見ている。おかしいだろ?魔物って酒が水代わりとか?酒呑童子かよ?


「私達は普段からお酒は飲んでいますね。無ければ飲みませんが、あれば飲むのが普通です。御堂様が止めろと仰るなら控えます」


マジかよ・・・文化の違いか。ロシア人に酒飲むなとか言ったら喧嘩になるだろうしな。


「そうなんだ・・・まあいいや、控えめに飲んでくれ。これからお前達が戦うんだし。つーか酒強いなお前ら・・・そうだ。


何が無いって煙草ずっと吸ってねーよ!俺は喫煙者なんだよ。こっちだとキセルとかしかないのか?きついな・・・」


「これで良ければ吸いますか?」


ルードが差し出して来た物を見ると紛れもなく煙草だった。


「魔界怒セブン・・・だと?何だこの日本の煙草の外国製パチ物みたいな煙草は・・・」


「魔界で普通に流通している物ですよ。一番人気がある銘柄ですね。私は時々しか吸わないので、御堂様に差し上げます」


「あ、ありがとう・・・何かもう・・・いいや、素直にありがとう」


吸ってみた魔界怒セブンは某日本煙草の俺の吸ってる銘柄によく似た味だった・・・



「なあ、馬車は本当に置いたままでいいのか?盗まれたら俺達、無一文だしフェルナードに怒られるんじゃないか?」


モンスターを次々と倒しているヤクトとカゲミを少し離れて見ながら俺は横で時々、魔法で援護射撃をするルードに聞いてみた。


「ご安心下さい、あの馬達は魔物です。その辺の冒険者や盗賊程度では勝てないと保証します」


森に入る時に言われたが、どうにも不安だったから再度聞いてみた。する事がなかったせいもある。全く疑ってはいなかったんだが、こいつら本当に強いわ。


あの都市を三人で蹂躙すると言った言葉は伊達じゃない。魔物達が次々と倒されていく。しかも三馬鹿はまるでキャッチボールでもしているような気軽さだ。本気になったらどんだけ強いんだ?


「それより御堂様、余計な事とは存じますが、私が魔法を、ヤクトが剣を御堂様にお教えする事が出来ますよ?


私達と人間の使う魔法はやり方も全く異なるので、人間にあった魔法の使い方になるので詠唱が必要だったり不便ですが・・・」


「教えて下さい!魔法使えるとか超凄い!才能とか必要じゃないの?簡単にはいかないよね?魔力がどうとか色々な制限は?触媒とか必要なんじゃないの?」


俺は興奮の余り、矢継ぎ早に質問を浴びせた。俺の食い付きの良さにルードは驚いたようだった。


「は、はい・・・色々と制限や条件が本来はありますが、御堂様なら何の問題もないと思います」


マジかよ・・・俺tueeeにはそこまで興味のない俺でも、魔法が使えますよ?とか言われたら飛びつかない訳がない。


「じゃあ、教えて下さい」


俺は自然な動作で土下座をしていた。慌てたルードが本当にそうゆうの止めて下さい!と怒り出していた。


「実は魔道書を持って来ていたんです。こうなるとは思っていたので、少々お待ち下さい」


ルードは肩から下げた鞄から一冊の本を取り出した。そして失礼します。と断ってから俺の額に手を当てた。額が少し暑い・・・身体が熱くなって来た。何かがおかしい・・・


「はい、終わりました。これで魔法が使えます。この魔道書は初心者でも使える簡単な魔法で恐縮なのですが・・・」


そう申し訳なさそうに言ってルードは頭を下げた。そして俺に魔道書を渡してきた。え?終わり?何が?意味が分からずにその魔道書を開いてみると、見た事のない文字だったが、全てが頭に入った。


そうとしか言い様がない。魔道書に書かれている全ての知識や術を完全に理解した。


「何だこれは・・・?俺はどうなったんだ?全てが分かってしまった・・・」


「はい、魔法の力をお試し下さい。標的は目の前に幾らでもいます」


俺は比較的近くにいた一匹の狼のようなモンスターに手をかざす。火は駄目だ。森で不用意に火は使えない・・・


風だ。風で・・・熱にうなされたようなぼんやりとした頭で、しかし澄み切った頭で敵に向けて突風が巻き起こる事をイメージした。


「ゴアァアアアア!!!」


俺が手をかざした標的は一瞬で吹っ飛び後ろにあった木に凄まじい勢いでぶつかって動かなくなった。


「これは・・・俺は一体何を・・・」


意識が遠くなってその場に崩れ落ちた。気が着いた時には馬車の中でルードに膝枕をして貰っていた。俺が目を開けるとルードが優しく頭を撫でながら俺に謝罪した。


「申し訳ありませんでした御堂様・・・私は人間に魔法を教えるのは初めてでした。魔物同士でも魔法を教える場合、急激に目覚めた魔力と膨大な知識のせいで気を失う者はいます。


ですが、どうかご安心を、はしかのようなものです。御堂様が動けるようになるまで、私達が必ずお守りします。どうかそのままお休み下さい・・・」


ルードの言葉が合図だったかのように、俺は再び目を閉じた。


「それで、事情を説明して貰おうか?魔法を教えてくれと頼んだのは俺だが、まさか一瞬で使えるようになっていきなり倒れるとは思わなかった」


俺が目覚めたのは宿屋のベッドの上で傍にいたのはカゲミだけで他の二人は夕食中らしい(怒)


「主様、話しは食事をしながらでも出来ます。私達も食べに行きましょう。主様は昼食も食べていません。お身体に障ります」


カゲミは俺を見据えてそう訴えた。お前が腹減ってるからだろ?分かるよ。分かるんだよお前の様子で!・・・まぁいいや。確かに俺も異様に腹が減っているのは確かだ。


ルード・ヤクト「御堂様!」


二人は席から立ち上がり俺の名を呼んだ。口から飛び散った食い物が辺りに散らばって周囲から悲鳴が上がった。


俺は顔に飛び散った汚物を拭きながら泣きそうな顔をしている剥げ頭のおっさんに、懐から銀貨を数枚取り出して、謝罪しながらルード達の席へ向かった。


直立不動の姿勢を保って食事を中断している二人に、俺はヨシ!と声を掛けると二人は食事を再開し出した。


「エクレアさーん!今晩のオススメはなんですか?シチューがあれば大盛りで、パンは少しでいいですけど、マッシュポテトも大盛りで。あ、先にビールを下さい!」


「私も主様・・・御堂様と同じ物でお願いします。それにミートボールスパゲティの大盛りとソーセージとポテトの盛り合わせと焼いたベーコンを三人前お願いします・・・」


それは同じ物とは言わないと思うが、俺はツッコまないでおいた。食事中のコイツらには何を言っても無駄な気がするからだ。多分間違っていないだろう。


「御堂さん大丈夫でしたか?森で強力な魔物が出て、御堂さんが強力な魔法で一撃で倒したけれど精神疲労で倒れたと聞きました。


御堂さんって剣だけではなく魔法も使えたのですね?それは一流の冒険者に匹敵する手連の成せる技・・・初心者だと勘違いして失礼しました」


エクレアさんはビールを持ってきながらそう話し掛けてきた。三馬鹿がそう話しを作ったか。少々盛りすぎじゃないのか?


強力な魔物なんて倒してないだろうとは思ったが、ルードが黙々と食べるヤクトへ目配せすると、彼は鞄から大きな袋を取り出して俺に差し出して来た。


「今日の討伐報酬です。素材の報酬は数えて明日渡すそうなので、明日の朝にギルドで受け取りましょう」


袋を受け取るとズッシリと重かった。中を見てみると銅貨かと思った中身は金貨と銀貨だった。


これってどんだけあるんだ・・・?一体何をどんだけ倒したんだ?俺は袋から金貨を一枚と銀貨を数枚、三人にそれぞれを渡すと、不思議な顔をしてこちらを見返してきた。


「・・・お小遣いだ・・・自分達で色々買いたい物とかあるだろ?必要な物は俺がまとめて買うけど、買い食いしたりとか色々と・・・」


俺がそう言うと、三馬鹿は放心したように俺を見ると、自分達を捨てないでくれと懇願し騒ぎ始めた。


「ウルサイよ!?捨てるとか言ってねーだろ。それはお前達の取り分だよ!少ないけど、小遣いだよ小遣い!好きに使え!」


俺がそう言うと疑わしい目で俺を見ていた連中は、なかなか金を受け取ろうとしなかったが説明してようやく受け取った。


捨てる気がない事が分かってくると、金まで貰える事が余程嬉しかったのかしきりに感謝しだした。


ヤダ・・・なんかコイツら可愛い・・・元々、俺が稼いだ金じゃないだろ。

俺達の様子を遠巻きに眺めて居た周囲の客達は喜劇でも見ているような顔をして笑っていた。


「それにしても一日でその金額稼ぎ出したのか?流石に荷馬車で移動してるだけあって凄腕だな。中堅のパーティを軽く超えてないか?」


「そりゃ突然現れて奢るとか言い出すだけの事はあるな」

「パーティに入れてくれませんか?嫁としてでも構いません!」

「老人ホームに入る金を都合してくれんじゃろか?」

「うちの孫を今から呼んでもいいかい?気立てが良くて器量善しと評判なんだよ?」


皆が勝手な事を騒ぎ出したので適当に相槌を打ちながら食事をしていると、エクレアさんがポンと手を打った。


「そうでした、昨夜何も食べなかった馬達ですが、お肉を上げたら凄い勢いで食べましたよ!余程お腹が空いていたようですね。肉を食べる馬なんて珍しいから色々と食べさせちゃいました」


そうか・・・あれ馬じゃないしね。腹を空かせていたのか・・・近所の人でも襲って食べ出さないで良かった・・・


「ありがとうございます。飼葉なんかより肉の方がずっと高価です。宿泊料金に奴らの餌代も割り増しにして請求して下さい。その分は問題なく支払いますから」


そう俺が伝えるとエクレアさんは、お客さんに出さない部位の肉や切れ端を食べさせているから大丈夫ですよと言ってくれた。資金には困ってないから気を使ってくれなくていいのに・・・


それからは暫くモンスターを狩り、冒険者ギルドへ報告して帰って飯食って寝る。その日々を続けた。その間に俺達のパーティの名は城塞都市で知らぬ者は居ない位には知名度が上がっていた。


冒険者ランクも中級に達した。一ヶ月と経たずに最下級から中級に達するのは異例との事だった。普通は早くとも2~3年はかかるらしい。死なずにいればの話しだそうだ。


冒険者の死亡率は相当高い、最下級の冒険者の死亡数は冒険者を目指す者の心をたやすく折るくらいには多い。


しかし、それでも冒険者を目指す者が後を経たないのは、貧しい身分から金と地位と名声を得るには冒険者になるか、戦争で大きな武勲を挙げるしか方法が無いからだ。


冒険者・・・それは人間同士の戦争で武勲を上げるより遥かに難しい職業だと言える。考えてみてくれ、俺の世界だったらアサルト・ライフルやショットガンを持っていても勝てるかどうか怪しい怪物達を相手に剣・槍・弓などで戦う事になるんだ。そりゃ死ぬだろう、人間は剣や弓では熊にだって勝てない。


多くの最下級冒険者はゴブリン、コボルト等の小型の亜人種やジャイアント・ラビット等の猪ほどの大きさの獣系モンスターと戦って日々の糧と経験を得る。


その段階で多くの者達が死ぬか手足を失って運良く生き延びて残りの人生を大きなハンデを背負って生きるハメになる・・・俺達の後に冒険者登録していった者達が何人も帰らぬ人となっていた。


初々しい顔で、それまで冒険者になるために必死に貯めた金で買った武器を誇らしげに握り締めた彼等の顔がふと目に浮かぶ時がある。


ろくに使われないうちに主を失った武器や防具がモンスターの生息地域には落ちているのが珍しくない。


それらを拾い集めて武器屋に売って生計を立てている者達もいるようだ。それを蔑む人達はいない。


使い手を失った装備は武器屋で新人冒険者が安く買える装備となって店先に並ぶからだ。だから初心者用の装備というのは良心的な価格で売られている。


冒険者の中には自称に等しい、ならず者のような者達もいる。しかし、そうゆう者達は意外と少ない。何故なら本物の冒険者とならず者では素人ですら一見して違いが分かる


。サバゲーしかやった事のない者と戦場で戦っている本物の兵士とでは筋肉の付き方や貫禄が違うのは当然だ。


ギルド長が俺に会いたい?冒険の帰りに報告と報酬を受け取りに戻ったギルドで受付嬢にそう言われた。


「はい、ギルド長がこの都市の軍を統括する方と、帝都から派遣された方と一緒に御堂さんにお話しがあるそうです。明日、冒険が終わった後に少し時間を取って頂いても構いませんか?」


いずれはこうなる事は分かっていたが、少し早い気がする。確かに中級には異例の早さで昇格したとはいえ、ここは城塞都市だ。


中級冒険者等は結構居るし、上級冒険者も何組か居たはずだ・・・しかも軍のお偉いさんとか?別に誰と会っても緊張なんてしやしないが、軍の高官と?


「構わないけど、軍に目を付けらるような事を俺はやらかした?犯罪には手を染めていないと思うけど」


「もし御堂さんが犯罪者だったとしたら憲兵が出張ってくるでしょうね。わざわざ指揮官自ら逮捕に出る事はあり得ませんね」


受付嬢は俺の軽口にそう返した。俺の評判は都市内でもギルドでも悪くはないはずだ。新進気鋭の冒険者が他者に妬まれる・・・と云う事は現実には殆ど無いようだ。


大きなモンスターを討伐する時等は複数のパーティーで共同戦線を張って討伐依頼が来る事もある。強い奴が増える事は冒険者達に取ってもありがたい話しなんだ。余程性悪な連中でなければの話しだが・・・


「よく分からんが分かった。明日、帰ってきたら寄って話せばいいってだけだろう?構わないよ」


受付嬢は頭を下げて感謝の言葉を述べた。今日の稼ぎも上々だった。何か普通に冒険者生活でいいかな~って思わなくもなくなってきた。小箱亭は居心地がいいし。世界征服とかかなり面倒くさい・・・


「なあ、うちのパーティって回復役が居ないよな?神官や僧侶が必要じゃないか?」


俺は食事をしながらハラペコ三馬鹿にそう尋ねてみた。


「私はライカンスロープなので、銀と魔法と、魔法の武器以外の攻撃はダメージを受けません」

「アサシンは前衛職じゃない、攻撃は受けないから問題ない」

「私は後衛ですし、怪我すると思った事がないので今のままでも・・・」


そうだった・・・こいつら人間じゃないから怪我の心配は人間に比べて格段に意識が低い。人間のように少しの怪我でも命に関わる・・・と云う意識が彼等には無い。人間とは生命力が全く違うのだ。


「神官や僧侶って魔族には少ない職業なんです。必要だとお思いでしたら人間からパーティに誘う方が宜しいかと思います」


「そうか・・・俺達の立場から考えると人間から選び出すのって難しいよな。まぁ、早急に必要って訳でもないから、いずれ機会が合ったら回復役をパーティに入れる事を考えておくべきだと思う」


ちょっと冒険者思考になりすぎな気がするが、回復役が居ないのはやっぱり心細い。うちのパーティは前衛職がヤクトと俺(殆どヤクト一人だが)、アサシンのカゲミは遊撃、魔術師のルードが後衛だ。回復役無しのパーティって普通は考え辛いが、うちの場合は特殊だからな。


こんな会話を他者に聞かれないように気を遣いながらしているかと言えばそうではない。俺達はそうゆうキャラなんだと、既に小箱亭の客達にも思われている。


いわゆる設定のようなものだ。誰も本気で俺達が魔物だとは考えている訳じゃない。時々、俺達の会話に客からツッコミが入る事がある。


「よーし、それでラストか?じゃあ今日はもう終わりにしよう。今日はギルド長やらと会わなきゃならん。お前達は帰ったら小箱亭で飯食って飲んでていいぞ?」


「今日も頑張りましたね!私は美味しい料理を毎日食べられて幸せです!」


「前に雑な食事とか言っていたよな。そこまで不味いの?」


「ただ焼いただけの肉だったりします。生肉が皿に乗ってるだけの事も・・・」


「そ、そうか・・・それは人狼のヤクトならともかくきっついな・・・一度、まともな料理の味を知ったらそんな食事に戻るのはきっついな」


「御堂様、それは種族差別です。私だって美味い物が食べたいんです。人狼だからって生肉を喜んで食べると思われたら・・・」


「そうか、すまなかった。何となく犬と変わらないって思い込みがあったのは否定出来ない」


「それは酷いです・・・」


生態系がメチャクチャな魔族を理解しろって方が無茶だろう。人間っぽく回復役が必要だと思ったら必要ないって意見が出るじゃないか・・・お前らどっち寄り何だよ?大怪我した場合、輸血とか必要ないんだろうか?


そうこうしている間にギルドに着いたのだが、普段は見ない馬車が停まっていた。これが例の・・・受付嬢に案内されてギルド長の執務室へと赴く。


「失礼します。御堂様が到着されました」


「入って下さい」


ノックした部屋からの返事に応えて中へと入る。さっと三人を見回す。真ん中がギルド長だな。何度か見掛けた。冒険者ってより学者に見える華奢な優男だ。その両脇には五十絡みのイカついおっさんと、もう一人は長い赤髪で長身の女性がいた。


「・・・へぇ、カッコいいな」


俺は無意識にその女性を見て呟いてしまっていた。美しい赤い髪に長身でスタイルが良く、キリッとした眼差し。女からもキャーキャー言われそうな感じだ。彼女は笑みを浮かべながら俺に礼を言った。


「ありがとう、君が御堂龍摩殿だね?私は帝都から派遣されたマリーナ・フォン・ヘルトハイム大佐だ。一ヶ月と経たずに中級冒険者となった新鋭だと聞いている。マリーナと呼んでくれて構わない、私は強い男は好きだよ。」


「済まない、今のは口にするべきじゃなかったが、つい口が滑ってしまった」


そう俺が応えると彼女は微笑んで気にするなと言ってくれた。慣れているんだろうな。


「私はこの城塞都市軍を統括するライオネット・ベル・クラーク将軍だ」


「初めましてクラーク将軍、イカついですね。前職は山賊ですか?」


「褒め言葉と受け取って良いのだな?君は聞いていた通り変わった男のようだ」


彼は少し戸惑っていたが笑ってそう答えた。


「お二人の紹介はそれで充分でしょうか?ギルド長のベルナルドです。御堂君とは何度かお会いしてますね」


「ああ、何度か見かけた程度で話しのはこれが初めてだ。早速だが用件を聞いてもいいか?」


4人でテーブル席へ移動するとクラーク将軍が話し始めた。


「船に乗ってやって来る蛮族の襲撃が不定期にあるのを君は知っているか?」


「あー・・・話しには聞いた事がある。この都市が城塞都市となっているのもモンスターよりも、主にその蛮族の襲来が原因だとか」


以前に聞いた事がある。俺は要するにバイキングの類だと理解していた。商船を襲い、上陸して近辺の村々を襲ったりして略奪の限りを尽くす。


だからこの都市の周囲には小さな街や村が少ない。無い事はないが、彼等が襲撃して来る時には、皆で一時的にこの城塞都市へ避難するのが通例のようだ。


「・・・忌々しい連中だが、我等はきゃつ等の拠点すら掴めていない始末だ。上陸した奴等を叩き潰すのは比較的容易なのだが、奴等は軍を差し向けるとすぐに逃げる。


それはそうだろう・・・蛮族は正規軍ではない。まず装備が違う、彼等が正規軍に勝てる訳がない。


海の上での仕事を生業としている彼等が、重装備だとは思えない。重い鎧を身にを付けて海に落ちたら簡単に死ぬのは馬鹿でも分かる。


「我等が奴等を駆逐出来ない理由は、奴等が神出鬼没だからだ。我が国の主力は陸軍で、残念ながら遠征出来る海軍を持っていない。


だから奴等の拠点を付きとめて叩く事も出来ない。奴等はこの大陸の人間ではないだろう。我が国だけでなく、他国も被害に合っている。気ままに商船を襲い、上陸して村を襲う。厄介な連中だ。


奴等は精々が20~50人の小勢だ。その襲撃に備えて我等が対応するのは非常に難しい・・・クラーク将軍は心底ウンザリしていると云わんばかりの顔をしている。


「現状は把握出来た。それで、俺が呼ばれた理由は?船を持っていない俺達に海賊討伐って話しでもないだろう?」


「ここからは私が説明する。実は奴等が大規模な攻勢を仕掛けてくると云う情報が入った。奴等は一枚岩ではない、捕らえた者に金を与えてわざと逃がす。様々な方法で奴等の情報を手に入れる事が出来る。正確性には欠けるがな・・・」


「続けてくれ」


「大規模な攻勢と言っても、この城塞都市を狙う訳ではないようだ。奴等は自分達の力量をちゃんと把握している。ここに攻めてきてくれればいっそ話しは簡単なのだがな」


そんな事する訳がない。ここを落すには相当な規模の正規軍が必要だ。ここに常駐している軍は5000を超えると聞いている。


軍事機密だから正確な数は不明だが・・・この都市の人口や規模を考えれば一万相当の軍が居てもおかしくはない。


「奴等の迎撃に君のパーティも加わって欲しい。他の有力な冒険者達にも声は掛けるつもりだ」


・・・話しを聞いていて、そうなんだろうなと思ったよ。


「・・・俺達冒険者は基本的に人間とは余り戦わない。盗賊団の退治を頼まれる事はあるけどな」


「承知している。だからギルド長殿にもこうして頭を下げて頼みに来ている。」


「ギルド長の意見は?」


「私はお引き受けするしかないと思っています。私達は戦争に介入する事は殆どありませんが、相手は国なのかどうかも分からない蛮族です。野盗退治の延長のようなものです。そこに政治的問題が発生するとは思えません。」


「なら決まりだろう、俺は参加するのに異論は無いよ」


俺がアッサリと承諾した事に三人とも拍子抜けしたようだ。


「・・・正直、君はもっと難色を示すかと思っていたよ。こちらから持ち掛けた話しなのにこんな事を言うのもなんだが、本当に良いのか?」


マリーナ大佐は俺の事を見ながら気を遣うように聞いてきた。軍のお偉いさんってもっと高圧的かと思ったが、どうやら人によるようだ。


「新人の俺ですら真っ先に引き受けた。そう宣伝すれば他の冒険者達が要請を断り辛い、そうゆう事なんだろ?」


クラーク将軍とマリーナ大佐は顔を顔を見合わせてから俺の方を向き直り。頭を下げた。詳細はギルド長から後日通達があるとの事で、二人は帰って行った。帰り際にマリーナ大佐はもう一度俺に礼を言った。


「正直に言って、無教養の冒険者風情と君に会うまでは多少侮っていた。こちらの事情を理解した上で汲んでくれたのだな。非礼を許して欲しい。この礼は家名に誓って必ずする」


「大袈裟だな、冒険者は大抵の事は一杯おごれば許してくれるものさ、そして俺は美人には弱い」


俺の胸をこつんと拳で軽く叩いて去っていた。


「冒険者としてはまだ新人と言ってよい君に、いきなりこんな国の仕事に巻き込ませて済まないと思っている。この都市もギルドも君に小さくない借りを作る事になってしまった」


「軍人さん達は気にする事はないが、アンタには大いに気にして貰おうと思っている。上司に借りを作っておいて損は無い」


ベルナルドは苦笑した。十分に気に掛けておくと彼は約束してくれた。それでいいだろう。


「お帰りなさい御堂様!まずはビールをどうぞ!」


「クレアちゃん・・・こいつらの真似して俺の事を様付けで呼ばないでね。俺はこいつらの飼い主だからそう呼ばれてるだけだから・・・」


クレアちゃんは分かりました御堂様!と笑顔で答えた。もういいや・・・


「何でギルドに呼ばれたの?」


エクレアさんがビールを持ってきながら俺に尋ねた。俺は今日のオススメ料理を頼みながら三馬鹿にも聞かせるつもりで説明した。


「海賊退治です。近々、大規模な作戦をにやる事になりますね。俺はその作戦に参加を要請されて了承しました。他の冒険者達も参加する事になるでしょね。ああ、この都市は安全だから安心して下さい」


話しが聞こえた他の冒険者達からブーイングが起きた。気持ちは分かるが俺に言うなよ。文句なら海賊と軍に言え。


「あぁ~ 海賊達の襲撃って時々あるみたいですからね。根こそぎ持って行かれた村や街があるって聞いてます。物騒ですねぇ・・・」


エクレアさんは額に手を当てながら声を落とした。この城塞都市はモンスターも入って来ないし盗賊被害とも無縁だ。しかし、冒険者の妻をやっていて夫を亡くしたのだから思う所があるのだろう。


「モンスター退治より正直、人間相手の方がやり辛いかもしれません。モンスターはいきなり弓を撃って来ないし、待ち伏せや頭を使って戦わない。いざ戦闘が始まれば、軍と冒険者からすれば相手にならないと思いますけどね。」


それに何より相手は人間、つまり人を殺す事になる。俺はこれまで人を殺した事はない。必要に迫られれば俺は人を殺す事を自分が躊躇うとは思わないが、気持ちの良い体験ではないだろう。


しかし、遅かれ早かれ人を殺す事にはなる。良心が痛まない相手が最初の相手になる事に感謝するべきだろうか・・・


「海賊って、実際にやってみなければお宝探したり夢がありそうな職業だが、実際には人を殺し略奪して女を売る最低の職業だ。この仕事でクズ共を消すと考えれば断る理由はありません。」


「御堂様は偉いですねぇ、好物のからあげをサービスしちゃいます♪」


「ありがとう、エクレア様♪」


「海戦になるんですか?」


そう聞いてきたヤクトに、そうはならないと思うと言うと少し安心したようだ。泳げないのだろうか?


「海で斬り合えば、血の流れた死体が海に落ちて、海の魔物が寄って来る。地上での戦いの方が助かる・・・」


カゲミがボソボソと答えた。なるほど、海のモンスターとは戦った事がないが、海の中に落ちて食われるのは嫌だからな。大型のモンスターなんか来た日には船ごとバックリ逝かれたりするのだろうか?


部屋に戻った俺は読書に勤しむ。この世界の文字を読めるようになるためと、趣味と実益を兼ねたモンスターマニュアルがお気に入りだ。モンスター本って楽しいよね!


この世界のモンスター達は概ねは俺の知っているファンタジー系で、ほぼ合っている。聞いた事のないモンスターも沢山いるが、やはりスライム等のお決まりのモンスターは必ずいる。


ギルドや他の冒険者にも、この世界に登場しているモンスターについての情報収集は欠かさずやっている。ゲームでよくあるスライムが弱い、とかって設定が合っているかどうか?等がそうだ。


スライムは普通の武器では効果が無く、魔力の篭った武器や魔法で対処しなければ討伐は難しいらしい、火には弱いとも書いてある。間違った先入観は命に関わる。


この世界の強力なモンスターと言うと、やはり最強の呼び声が高いのはドラゴンだ。


中には殆ど神獣の域に達しているのもいるらしい。それらの力は神の域に達しているから、とても人間の太刀打ち出来る相手ではないし、地域の信仰の対象になっているものもいるようだ。


ヴァンパイア、リッチなどの皆さんご存知モンスターもいれば、悪魔種でも強力な固体が確認さているらしい、天使も存在するようだ。但し天使はモンスターとしての討伐対象ではなく、稀に見かける程度で、人間に対しても好意的ではあるようだ。


だが無礼を働くと戦闘になる場合もあると書いてある。冗談の通じない連中なのだろうか?俺とは相性が悪いかもしれない、注意しておこう。



「あれ大佐?軍人の装備って国から支給されてるんじゃないの?」


俺が武器屋で皮鎧を新調しようと物色していたらマリーナ大佐とバッタリ出会った。


「やあ御堂殿、武器の新調かい?私は・・・ウインドウショッピングだな。武器は確かに国から支給されるよ。


でもそれを使っているのは一般兵だな。士官以上になると好きな装備を買うようになる。私も家伝の武器や鎧を使っているしね。」


そりゃそうか、馬鹿な質問をした。大佐ともなれば支給品の武器を使う訳が無い。彼女の鎧は見事だし、剣は鞘だけ見ても一級品だろう。


「私の家は軍人家系でね。武器や防具は家に売るほどあるよ。でも、こうして店を訪れて掘り出し物を探すのは趣味だな。武人として、やはり武具には目が無い。君は軽装だな、前衛なのだろう?」


「前衛もやるけど、後衛で魔法撃ってるだけの時もあるよ。主に前衛はもう一人の仲間のヤクトがやっている。大体、俺のこの小さな身体で盾役は務まらないでしょう・・・」


「なんだ、君は身長が低い事を気にしていたのか?」


「・・・人並みにはね」


「意外と繊細なんだな。そんな些細な事は全く気にする事ないだろう?街を歩けば君より背の高い男だらけだが、君より若く、強く有能な男など近隣諸国まで捜してもそうはいないはずだ」


「この前会ったばかりでしょ?俺の事はよく知らないんじゃ?」


「やれやれ、この街で君を知らない者はいないだろう?最速で中級冒険者まで登り詰めた、遣り手の冒険者チームのリーダー殿・・・」


彼女は笑いながら俺の肩を叩いた。


「強いのは俺の仲間だ。パーティの中では俺は最弱だよ」


「それを他の者の前で言わない事だな。魔法剣士とは、そうそういるものではない。謙遜を通りこして嫌味に取る者もいる」


真面目な顔をしてマリーナは俺に忠告した。


「そうだな、気を付けるよ。だが俺がパーティで最弱なのは本当だ。うちの三馬鹿は強い」


「だとするなら、その仲間にリーダーとして絶対の忠誠を誓わせている君は、やはり只者ではないな。御堂様」


「・・・19歳で帝国軍の大佐のアンタの方が只者じゃないだろ。マリーナお嬢様♪」


「フゥ・・・私のは誇張無しに家の力が働いている。私の家は代々将軍を輩出している。私の父も祖父も現役の将軍で、軍の重鎮だからな」


彼女の家が名門中の名門なのは事実らしい、しかし彼女が並みでない事はギルド長からも聞いた。彼女は部下から絶対の信頼を勝ち得ていると。


お飾りで勤まる程、この軍事国家バーンシュタイン帝国は甘くはないと・・・彼女はあと数年で、おそらく准将になる。将軍の末席に加わる英才だ。


しかし19歳の女性に生粋の軍人達が本物の忠誠を捧げているのは間違いなく彼女の器量の賜物だ。俺のような冒険者が敬語も使わずに話していても不快な様子など微塵も無く、それを楽しんでいるようにも見える。そういった懐の広さも部下に慕われる要因の一つだろうな。


「・・・親に結婚しろとか言われない?孫の顔を早く見せろとか・・・」


「・・・それを言わないでくれ、見合いの話しは本当に多すぎて困っているのだ」


彼女は心底うんざりした表情でそう言った。そりゃそうだろうな、これだけ美人で家柄も人柄も良いとくれば引く手あまただろう。


「君が私を貰ってくれると言うなら、軍を早々に引退して身を固めないでもないがな」


マリーナは目を細めて猫のような表情を浮かべて身を少し屈め、俺には顔を近付けた。


「・・・君を口説くのは男として腕の見せ所なんだが、今はしがない掛け出し冒険者でね。時期を見てからにしようと尻込みしているところだったんだよ」


「では、君が腹を括るまで私はのんびりと待つ事にしよう」


ああ、残念だ・・・と言いながら彼女は大仰に手を広げて見せた。


それから数日して、いよいよ海賊退治の作戦が始まった。奴等が来る日は予め情報を得ているので、こちらは待ち伏せする事になる。


軍は軍船を出して海上で囮になって奴等がまともな攻勢をし掛けられないように牽制する。冒険者達は各村に伏せている。


村人達には海賊の襲来は教えている。しかし、村が空だと海賊が怪しむので、通常通りの生活をお願いしている。彼等は勿論、襲撃を恐れている。


しかし、名のある冒険者チームが村を守るとギルドが確約しているのだ。彼等も不安はあるだろうが従ってくれた。


マリーナ隊は敵から見えない後方に布陣して、形勢の悪い村へ増援を出す予定でいる。ヤバい時には狼煙が上がる手はずになっている。


「のどかですねぇ・・・ほら、鳥の群れがあんなに・・・」


干草に大の字になりながら、のんびりとしているルードが平和に鼻歌を歌い出した。


「おい、気は抜くなよ。恐らく殆どの村が襲撃に遭う、俺達だけが・・・鳥の群れが飛び立っただと?」


「御堂様、敵襲です」


「後手に回ったな。みんな行くぞ!一人も生かして帰すな!」


俺は三馬鹿に非情な指示を出した。ここで誰一人帰さずに、手痛い損害を与えられば恐れて敵は二度と来ない。三馬鹿の動きは早い。ルードは魔術師だけにのたくさしているが、ヤクト、カゲミの二人は既に敵の数人を仕留めている。


「風よ・・・我が意に従え!」


俺は魔法を使って数人まとめて吹き飛ばした。村の中だ。火災は起こしたくない。剣を抜き払って敵に斬り込む。普段、モンスターを相手に戦っている俺達から見れば、やはり敵では無いな。大人と子供くらいの差がある。


「ルードはもういい!村人達を守れ!俺達三人で敵を殲滅する!


・・・30人程は居ただろうか?海賊共と切り結んでから5分と経たずに殲滅を終えた。


「カゲミ、他の村の様子を見てきてくれるか?応援が必要そうな所があれば行ってやろう」


3分と経たずに、戻ってきたミカゲから50人程度の海賊と交戦して苦戦しているチームがあると教えられた。比較的場所は近い・・・


この村の守りはルードに任せて、俺、ヤクト、カゲミの三人はその村に救援に向かって、見事その海賊達も撃退した。幸い、冒険者達の粘りもあって村人の被害は一人も無かった。


「・・・本当に助かった。5人対50人では流石に戦いにならないよ。こちらが全滅するところだった」


その村を担当していた冒険者達のリーダー格と思しき男が、血だらけの剣を拭きながらこちらに近付いてきた。


「仕方ない、この数は予想外だっただろう。お互いの受け持つ村が近くて良かった。村人に被害が出なくて良かったと喜ぼうぜ。


村人に被害が出るような事があれば、この作戦は失敗と言えるからな。俺達、冒険者も軍も信用を失う」


「君は御堂だな?君の受け持った村は当然・・・」


「うちは30人程度の敵しか来なかった。一人だけ村に残して、殲滅してからこっちに救援に来たんだよ」


「30人を相手に4人で苦も無く殲滅、それから俺達の救援に来てくれるとは・・・噂以上の凄腕だな君達は」


「だが、あんたらも自分の仕事は確実にこなした。村にも仲間にも一人も被害が出ていないのは大したもんだ」


「そう言ってくれると助かるよ。皆で頑張った甲斐があった。今度、いっぱい奢らせてくれ」


「それじゃ俺達は別の村に向かうよ」


「え?これだけ戦って、アンタらまだ戦うつもりか?」


「必要ないかもしれないが、俺達はまだ余力がある。ここで休んでても仕方がないからな。ちょっとした街があっただろ?あそこへ行ってみるよ。またな!」


三馬鹿を引き連れて別の街へ向かう俺達を彼等は見送った。


「本当に凄いな彼等は・・・戦闘力も体力もあり過ぎだろ・・・」


この戦いで海賊達には壊滅的な被害を与える事に成功した。殆ど仕事をしなかったのは囮になった軍船の部隊だけだ。


囮だから仕方ないが、最大戦力が戦闘無しってのも・・・マリーナ隊はあちこちに援軍に赴いて獅子奮迅の活躍だったそうだ。


一同:「乾杯!!」


店内に集まった冒険者、そして軍人達の掛け声が広がった。後はもうワイワイと、お祭り騒ぎだ。みんな大規模な戦闘の後での気分の高揚もまだ収まっていない。


そして飲むのが嫌いな者など、おそらくここには一人もいないだろう・・・


「いや~将軍!流石はこの都市の守護神だ!バッタバッタと敵をなぎ倒す姿はまさに軍神のようだったよ!」


初っ端から殆ど活躍出来なかった将軍が酒のつまみにされた(笑)


「今回は何を言われても仕方がないな・・・お前ら存分に飲め!全て軍の奢りだ!


「当然だろう!アンタら何にもしてねーじゃねーか!マリーナ大佐の部隊の活躍がなかったら、軍が居る意味なかったぞ!」


全体的に言えば殆どの海賊は冒険者とマリーナ隊で片付けたと言ってもいい。マリーナの率いる部隊の活躍は目覚ましかったが、元々は軍の作戦であって、招集された13組の冒険者チームは傭兵扱いだったはずだ。


俺は作戦を聞いた時に、実は冒険者が主戦力になるだろうとは思っていた。敵はゲリラ戦で街や村を襲う、街や村が主戦場になるのは当然だ。ざっと仕留めた海賊の数は500を超える。


それを冒険者とマリーナ隊でやってのけたのだ。逃げ帰った海賊も勿論いるが、500の首級は戦争に匹敵する大勝利だ。


「流石に上級冒険者チームの【ラダ】と【ストーム】の活躍は凄まじかったな。100人近い海賊達を数人のパーティで壊滅させてたんだからな」


活躍した冒険者チームの名をそれぞれが挙げる。


「それを言うなら【御堂様】も凄かったぞ。合計4つの海賊集団を壊滅させたからな。数で言えば100人以上だ・・・」


うちのPT名は【御堂様】じゃないんだが、いつからそうなった・・・まぁ、あれから二つ移動して、それぞれ撃破していったのは間違いないが・・・


「ところで将軍、軍が手に入れた海賊共の船はどうなる?ちょっとした軍艦規模の大きさもあったと思うんだが」


「当然、軍に組み入れる。改修はするがな」


「海賊船にあった武器、食料などの物資は?」


「・・・軍の物資とする」


俺「じー・・・」


「・・・・・・冒険者諸君の報酬を上乗せしよう・・・」


・・・海賊船だの物資だのは全く考慮していなかった冒険者達から歓声が広がる。基本、冒険者が無学のならず者だと言うのは間違いない。


こういった事には後でアレはどうなった?と気付く者もいるだろうが、いきなり海賊船や物資がどうのこうのと頭が回る者はほぼ居ない。嘆かわしいが・・・


そういった無学なところが軍や貴族に知らず知らずの内に搾取される原因ともなる。


「御堂様すげえ!軍から報酬を上乗せさせたぞ!」

「俺もPTに入れてくれ!」

「神官探してるなら、ここに適材がいます!」


「はっはっは、御堂殿には敵わないな。海賊船や物資を軍が手に入れる事まで気が付くとは目敏い」


今日はいつもより上機嫌なマリーナがジョッキ片手に肩に腕を廻してくる。


「普通、気が付くだろ?物資に関しては、これからこっちで沢山奪って詰む予定だったんだ。少しは減らしているだろうが、食料や水まで無い状態で来る訳がないだろう」


「大抵の奴は気にしないだろう、気付く奴がいたとしてもそんな事は後から気が付く。戦果を挙げて酒飲んでる最中にそんな事を気にする奴はまず居ない・・・」


「・・・そうか、いやそんな事ないだろ?分け前を気にしない者はいない」


「それが金銭だのであれば誰でもそう気付くはずだ。しかし船と物資なんて盗賊でも無い限り気にしないよ。冒険者は日銭を稼いで暮らしている。目の前の金や儲け話にしか興味が無い」


うーん・・・脳筋なのを完全に見透かされてるな。腕は立つが、商魂逞しい冒険者ってあまり居ないかもしれん。


ふと誰かの視線に気がついて、そちらに顔を向ける。あれは【ラダ】のリーダーだな。俺は彼に向けてジョッキを挙げて挨拶する。彼も涼やかに笑いながらジョッキを掲げて見せる。貴族風の、冒険者には珍しいタイプのイケメンだ。


「おい御堂殿、私がこんなに近付いているのに余所見か。君は童顔な見た目と違って女慣れしているな?」


「違うっつーの・・・ちょっとラダのリーダーと目が合っただけだよ。童顔言うな・・・」


「ああ、この街の上級冒険者のうちの一つだな。私はあの男が好きではない」


「なんで?男の俺から見ても貴公子っぽいイケメンに見えるが」


「あれは貴族に多いタイプの狐だ。私は普段、ああゆう連中を宮廷で相手にしているから分かる。将軍も奴が気に入らないようだ。奴には気を許すなよ」


「分かった。マリーナの観察眼に間違いがあるとは思えん。【ラダ】とは距離を置く事にする」


短い付き合いではあるが、彼女の力量を認めている。その彼女が言うんだ。信じるに値する忠告だ。


「ありがとう、君があんな連中とお近付きになるのは耐えられん。私は冒険者達を気に入っているんだよ。宮廷で常に保身と政敵を蹴落とす謀略ばかりに頭を使っている無能共よりもずっとな・・・」


「御堂様のリーダーの御堂殿だな!!貴殿と手合わせ願いたい!」


いきなり張り上げられた大声にびっくりした。見ると軍人だな。誰?


「おいロバート、突然どうしたんだ?」


マリーナが声を掛ける。ああ、マリーナの部下か・・・なんだ突然?


「ハッ!隊長が目をかけている冒険者がどれ程の者か、手合わせしてみたく思います!」


なるほど・・・コイツ、マリーナに惚れてるな?見て分かるわ。


「・・・いいだろう、剣を抜け。相手になってやる」


酒場が歓声で包まれた。冒険者も軍人も気が荒い連中が多い。喧嘩はみんな大好きだ。実は俺も嫌いじゃない。


「御堂様に剣を向けるなら俺が相手になります」


それまで飲み食いに夢中になっていたヤクトがすっと立つ。他の二人も顔がマジになっている。


「私達の主に剣を向けるのは許さない、八つ裂きにしてやる」

「消し炭にして宜しいですか?一瞬で終わらせます」


カゲミとルードまでやる気だが、俺は奴等を手で制止した。


「彼は俺と戦うのを望んでるんだ。俺が相手をする。絶対に手を出すなよ?それとも、俺が負けると思っているのか?」


そう言われた三馬鹿は大人しく引っ込んだ。彼等は俺の指示には絶対に従ってくれる。この都市を壊滅させられる奴等が暴れたらたまったもんじゃない。


「場所を空けろ!これは見物だぞ!みんな、どっちに賭ける!?」


冒険者の一人が帽子を投げ込むと、その中に金銀が次々と投げ込まれる。みんな喧嘩と博打好きだな。


「私達は今日の報酬全てを御堂様の勝利に賭けます」


「私は・・・うーん、立場上、部下を応援しなければならんな。負けたら許さんぞロバート・・・」


そう言いながら金貨を一枚、帽子に投げ込む。既に帽子に入りきらない金銀があちこちに散らばっている。


「待った!俺も自分に今日の儲けを全て突っ込む!さてと、ルールは?なんて、ぬるい事は言わないよな?」


「当然だ。負けた場合、死を覚悟して勝負を申し込んでいる」


ロバートはかなり腕に自信があるようだ。多少の緊張は見て取れるが、自分が負けるとは考えていない様子だ。自分から喧嘩吹っかけて負けると思ってる馬鹿もいないだろうけどな。


「では、私が立会人を勤めよう」


マリーナがそう言って俺から離れる。

俺とロバートは剣を抜いて向き会う、ロバートは剣を上段に構えている。一方の俺は構えていない、剣を抜いてだらっと下げているだけだ。


「・・・では、両者、始め!」


マリーナの掛け声と同時にロバートが一気に距離を詰めて斬りかかってきた。騎士剣法か、それなり早い踏み込みだ。


俺は身体を少しずらして、ロバートの剣をかわすと刀を返して峰打ちでロバート手首を叩いた。


「っ!!!」


ロバートは声にならない呻き声をあげて剣を取り落とした。


「勝負あり!勝者、御堂殿!」


「折れてるぞ、誰か回復魔法かけてあげて~」


俺が辺りに声を掛けると、ハッと気付いた神官らしき冒険者が駆け寄って彼の腕に回復魔法を掛けた。勝負は一瞬で終わった。こんなアッサリと勝負が付くとは思ってなかったらしく、酒場の喧騒は一瞬にして止んだ。


「・・・良かったな。ヤクトと戦ってたら間違いなく死んでたぞ。俺はPTで最弱だ」


放心したロバートに声を賭ける。骨折した腕はすぐに治して貰ったが、先程までの激痛の残滓は腕に残っているようだ。


「・・・完敗です。自信はあったのですが、まさかこうまで・・・」


「言っちゃあなんだが仕方ない、軍人は常に戦争してる訳じゃないだろ?毎日、剣の鍛錬はしてるだろうが、こっちは毎日モンスターと戦ってるんだ」


ロバートは悔しそうだが、こうまで一瞬で勝負がついては、ぐうの音も出ない様子だ。仲間の軍人達も、まだ放心している者もいる。


冒険者達はある程度の予想はついていたようだ。ここまでアッサリと勝負が付くとは思ってなかったようだが、御堂様って仲間に戦わせてるだけじゃなかったんだな(笑)とか感想を言い合っている。


うん、普段は殆ど仲間に戦わせてばっかだわ俺(笑)


「いやぁ、御堂殿!一瞬で終わってしまったな!」


酔った高揚感もあるのだろうが、マリーナがバシバシと俺の背中を叩く。いや・・・部下が目の前で負けたんだぞ?それでいいのか隊長・・・慰めてやれよ・・・


「ロバート、少し剣の腕が立つからといって調子に乗ったな。上には上がいる。精進しろ。帰ったら稽古を付けてやる」


あ、思った程、酔っ払ってなかったのか?まともな事を言い出した。


三馬鹿はドヤ顔している。膝をついてるロバートを指差して笑ったり、我が主の力を思い知ったか!と軍人達を煽っている。止めとけって・・・


実のところ、異世界からやって来たばかりの俺が強い事には理由がある。それは【魔力】の影響だ。俺は魔力に目覚めてからは、それまでとは天と地の差がある程の身体能力を手に入れた。


何故、こんなに身体能力が上がる?魔力を持つ者が全て驚くべき身体能力を持つとしたら、魔術師なんて全員が前衛になれるだろ?とルードに尋ねた事があった。


「魔力の使い方が違うんです。魔術師になろうと志した者は、殆どが魔法を行使する事に魔力を使います。身体能力を強化する事に魔力を使おうなんて普通は思いません。御堂様は意識してそうしているのではないのですか?」


逆にそう聞かれて、俺は無意識にやっている。身体能力を強化しようと思った事なんて一度もない、そう答えると。


「流石です。我が主・・・」


ルードはそう言って膝を折って頭を垂れた。俺は更にルードに色々と質問した。それじゃ俺の魔法の威力は低いのか?とか、本当に細かく色々と疑問をぶつけた。結論として、俺の魔法の威力は魔術師と比べて低い事は無い、デメリットも大して無いとの事だ。


魔力による身体強化をしている者は、人間ではそうは居ないらしい。実のところ人間に比べて魔物が圧倒的に強いのは、俺のように自然と魔力で肉体を強化している部分が大きいらしい、それでデメリットがあるかと言うと、特に無いのと同じ事だ。


俺の魔力による身体強化について、ルードの方が不思議そうにしていた。しかし、俺は少し思い当たる事があった。それは俺自身の知識と実験によるものだ。


俺は魔力を得てすぐに、下っ腹に意識を集中するようにしていた。ほら、丹田とかって言うだろ?アレだよアレ。一方、魔法を使う時には額に意識を集中するようにしている。


チャクラと呼ばれる人体に7つあると言われている力の源・・・のようなものを回すと不思議パワーが得られるって考えは古くからある。密教やヒンドゥー教タントラ信仰、仙道にヨガや武術なんかでもそうだ。


読書が好きだった俺はそういった無駄な知識が沢山あった。オカルトとかも超大好き。ムーも購読していたしな。思わぬ所で役に立った!


数少ない魔力強化のデメリットの一つは筋肉痛だ。それまでとは比べ物にならないくらいの力を発揮するんだ。毎日、筋肉痛で辛い・・・だから、必要最小限しか戦えない理由がある。


最初の頃は、筋肉痛が酷すぎて動けなかったくらいだ。力加減を間違えたら骨折し兼ねない力を使ってるんだ。最初の頃に比べたらマシな方だ。少しずつ筋肉や骨が今の力に追いついてきてくれている。


まだ当分は筋肉痛と付き合う事になるだろうが、とてもじゃないが全力なんて出したら俺の骨が砕けて筋肉が千切れる。


「くわーっハッハッハ!愚民共、今日はご苦労であったな!」


酒場のドアを開け、突然入ってきた子供がつかつかと寄ってきて大声で呼び回った。


・・・ゴンッ!!!


「ぐああああ!頭が割れたのじゃあああああ!」


俺は近くに居たので、その少女の頭を小突いた。


「駄目だろう?子供が夜に酒場なんて着たら・・・あっ?ここに親父さんとかいるのか?おーい!誰だよ!子供ほったらかして酒飲んでるのは!さっさと帰ってやれ!」


俺が酒場を見回して呼びかけると、辺りがシーンとしている。どうした?


「ん?どうした?親はどいつだ?俺が説教してやる」


「・・・御堂殿・・・その方は、辺境伯殿だ・・・この辺り一体の領地を治めるれっきとした貴族の・・・」


マリーナが額に手を当てて教えてくれた。


「そんな馬鹿な、どう見ても小学生だろ。うちのクレアちゃんよりちっこいわ、こんな領主が居てたまるか」


「先年、お父上を亡くされて、その方が辺境伯となられて領地と爵位を継がれたのだ・・・小学生とは何だ?」


上から下まで執事です!と主張している服装の男が、少女の頭に氷袋を載せている・・・


「貴様!いきなり領主の頭をカチ割るとは良い度胸じゃな!そこへなおれ!首を刎ねてくれるわ!」


「・・・あー悪い、俺はここに来たばっかで領主の顔とか知らんかったわ。仕方ないだろう?領主がこんなチンチクリンだとは思わなかった?俺に落ち度は無い!」


そう俺は胸を張って言い切った。周囲の数人が、そりゃ仕方ないな。とばかりに、うんうんと頷く。


「カトリーナ様、冒険者とはそういった者達です。新参者であれば、カトリーナ様の事を知らないのも無理はありません。どうか、お怒りをお静め下さい」


「仕方ないな。これやるよ、ほら飴ちゃん」


俺は懐から取り出した飴玉をお嬢ちゃんの口に突っ込む。モゴモゴと口を動かしてそれを舐める。


「きっさま・・・飴玉程度でこのワシが懐柔される等と・・・甘くて美味しいな!許す!」


ふむ、この小さな領主様の機嫌も治ったようだ。一件落着


「それで辺境伯殿、どういった御用向きでしょうか?こんな場所へお越しになるとは珍しい・・・」


事の成り行きを見守っていた将軍が、ちびっ子へ声を掛けた。


「・・・なに、今日は大捕り物があったのじゃろ?わらわが労いに来たのじゃ」


「それはご足労頂きました。ささ、こちらへお掛け下さい」


うーん・・・クラーク将軍と並ぶとお父さんと子供にしか見えないな。実際、将軍が彼女を見る目は、優しく親しげだ。


「・・・いきなり辺境伯殿の頭を殴るとは思わなかったぞ。私は吹き出しそうになった」


「辺境伯だと思ってやった訳じゃない、誰も言わなかったら知らないままだったろ。早く言えよ・・・」


「彼女は有名人だ。あちこち歩き回って遊んでいたからな。この都市の者なら先の領主であった、お父君よりも彼女の顔の方がよく見知っているくらいだ。あの服装を見れば貴族だと分かりそうなものだが・・・」


「そうか・・・あの歳で父親を亡くすのは可哀想だな。後でもっと飴玉あげとくか・・・」


「おい貴様!さっき決闘をやっていたそうだな?わらわも見たい!誰かと戦え!」


出たよ・・・子供はすぐこうゆう事を言う・・・


「もう今日は散々戦ったよ。勘弁してくれ・・・」


「そうか、では仕方が無い。貴様は御堂と云うそうだな?」


「そう、この街に来て一ヶ月くらいしか経ってない冒険者だよ。宜しくな。お嬢ちゃん」


「辺境伯と呼ばんかー!カトリーナ様でも構わんぞ!」


「奇遇だな、俺も皆に御堂様って呼ばれてるよ」


「なに?そうなのか?貴様、貴族の出身か?」


「いや、全く違う。俺も何故、そう呼ばれてるのかよく分からん」


三馬鹿の飼い主だと説明するのが面倒なので、そう答えておいた。


「辺境伯殿、彼のPT名が御堂様と呼ばれているのです」


そうマリーナが嘘を教える。いや、嘘ではないのか・・・?


「そうなのか、名前は聞いた事がある。新人なのに腕が立つと評判じゃな?今度、わらわも仕事を依頼しよう」


辺境伯って依頼とかすんの?軍だの家臣にやらせりゃいいだろうに・・・花を詰んで来てくれとか言わないだろうな?


「ギルドに依頼を出せばいいだろ。使いっ走りの依頼なら誰でもやるんじゃないか?」


「誰が使いっぱだと言った。ほれ、森の外れにある城に住む吸血鬼じゃ」


シーン・・・その言葉を聞いた途端に酒場が一瞬で静まり返った。この酒場が静まり返るのは何度目だ・・・?


「あの城の吸血鬼を討伐するのですか?しかしあれは・・・」


今日、一言も言葉を発していなかったギルド長のベルナルドが声を発した。


「え?近くに吸血鬼いるの?何で討伐しなかったの?」


逆に驚いた俺が質問した。吸血鬼が近くにいるなんて聞いた事ないぞ?


「・・・うーん、何というか、被害が無いんです」


「はい?吸血鬼いるのに被害が無い?もしかして居ないんじゃないの?」


「いえ、居るのは間違いありません。もう10年近く前になりますが、討伐に行った冒険者達が吸血鬼になって戻って来て、冒険者達でそれを討伐しました。それ以来、手は出さないようにしているんです・・・」


なるほど、障らぬ神に祟り無しってやつか?普段、実害無いなら無理に狩る事ないよな・・・


「愚か者!その吸血鬼が無害だとどうして言える?実は密かに下僕を増やして、いつぞやこの街を襲うつもりかも分からぬではないか!」


確かに、辺境伯嬢ちゃんの言う事も一理ある・・・すぐそこに吸血鬼が居て、それでも放置するのも何だかなぁと思う・・・


「しかし、辺境伯、実際この100年以上、あの吸血鬼の被害にあったのは、私達が送った討伐隊だけなのですよ?冒険者も暇ではありません、他に人々の暮らしの害になるモンスターは沢山いるのです」


「むー・・・貴様はどう思う?」


俺に突然、振られても困る。さっきまで存在すら知らなかったんだからな・・・


「ヤクト、お前はどう思う?」


「さあ・・・?私は吸血鬼に詳しい訳ではないのでなんとも・・・邪魔なら討伐すれば良いのでは?御堂様がやると仰るなら私は戦います」


「狼男と吸血鬼って親戚みたいなものじゃないのか?」


「全く違います・・・」


・・・そうか、セットみたいな関係かと思っていた。


「お主、ライカンスロープなのか?」


「はい」


辺境嬢ちゃんに聞かれたヤクトはそう答えていた


「そうか、この場で変身とか出来るのか?」


「出来ますが、服が破れるので意味なくしたくはありません」


「そうか、残念じゃ・・・見たかったのぅ」


そんな二人の会話を周囲は優しい目で見守っていた。設定と、それに合わせて子供に付き合う大人。そんな風に思ってるのだろうか、こいつら・・・


「正式な依頼が来ればやるけどさ」


結論の出ない話しに俺はボソっと呟いた。


「御堂さん、ヴァンパイア討伐は難易度の高い依頼です。そこいらのモンスターとは格が違う」


ギルド長がそう言った。それはそうだろう、モンスターマニュアルの愛読者である俺はよく知っている。ほぼ俺の知ってた情報との違いはなかった。


怪力、不死に近く普通の武器は効かない、速度が速い、強大な魔力、等がそうだ。長年生きながらえた吸血鬼は様々な特殊能力を得ていると云う・・・


「中級冒険者じゃキツい?ギルド的に受けさせられない?」


「そうではありませんが、新たに加わった有力な冒険者を失う可能性は極力避けたいかと・・・」


「上級冒険者チームは?二つもあるんだ。やれるだろ?」


俺が彼等の方に目を向けると、彼等は依頼なら否応は無いと答えてみせる。


「お主にやらせたい」


辺境嬢ちゃんが即答する。何でだよ・・・


「わらわの頭を、カチ割った実力が本物かどうか知りたい!」


それは近所の悪ガキ達でも出来るよ・・・


「あ~もうメンドくせぇ、やるよ。やるやらないでウダウダしてる方がメンドくせぇ」


俺がそう答えると、酒場から歓声が上がった。え?そんな大層な事か?冒険者が危険な相手は止めるとかありえないだろ。危険を冒すと書いて冒険者だろ。


「・・・分かりました。それでは依頼の成立をギルドは許可します」


「報酬は弾めよ?お嬢ちゃん。辺境伯だろ?気前の良さを見せろ」


「勿論じゃ、ギルドの難易度評価額の倍出そう」


酒場からまた歓声が上がる。この嬢ちゃん・・・場の盛り上げ方を知っているな。なかなか侮れん。


「足りないな、辺境伯から名指しの依頼だろ?もっと甲斐性見せてみろ」


「ほぅ・・・言うではないか、何か欲しい物があるのか?」


「どっか屋敷くれ、家が欲しい」


「なんじゃ、そんな物で良いのか。良かろう、わらわの別荘の一つを、お主にくれてやる。他にはあるか?」


「屋敷で掃除とかしたくない、メイドさんとか手配してくれ」


「心得た。わらわに任せよ。セバスタン!」


「お任せ下さい、私が全て手配致します・・・」


この執事・・・セバスタンって言うんだ。セバスたん?(笑)


「君には次々と事件が起きるな、本当に見ていて飽きないよ。気を付けろよ?ヴァンパイアは一軍に匹敵する難敵だ」


「まあ、やってみるさ。負けて逃げ返ったら慰めてくれ」


「任せろ!私の隊で仇打ちしてやるさ、添い寝もしてやる!」


・・・負けた方がいいか?



数日後、ギルドから渡された地図を見ながら現地へ着いた。この辺りは来た事がなかったが、これはなかなかの城じゃないか?意外と綺麗だし・・・


「さてと、馬車はここに置いておくとして・・・準備は万端だな?魔族の精鋭が、まさか現地の吸血鬼に遅れを取ったりしないよな?」


「私達も現地魔族出身なので・・・しかし、御堂様のご期待を裏切る事など無いと、お約束致します」


「任せてご主人様、吸血鬼なんて首ちょんぱして焼けばいい」


「私の武器にはルードが魔法を付与してくれます。やってみせます、ご覧になって下さい!」


俺はこの三人の戦闘力に絶対の信頼を置いている、そして俺は最近、エーテル魔法を覚えた。これは実体のないゴースト等のアンデッド、そして悪魔や魔族にも有効な魔法だ。なんなら武器に付与しても使える優れものだ。


吸血鬼の弱点である銀の武器は使えない。何故なら、こちらも狼男だったり魔族だったりするからだ。討伐するこちらも銀の武器を持てないのだ。まぁ、銀の武器って、基本的に魔法が使えない連中が使う物だから、俺達には特に必要は無いんだけどね。


「それじゃ行ってみようか」


俺達は城門を飛び越した。普通の人間には無理な芸当だが、俺達には可能だ。アサシンのカゲミが罠を感知するために先導する。それに続いて、ヤクトと俺が並び後列にルードが続く。


「扉に罠は無い、このまま行く」


カゲミはボソっと呟いて扉を開けて前進する。全員で広間に躍り出た所で声が掛かる。


「なに用か?我が城に人が来るのは10年ぶりか・・・おや?人ではないな。いや・・・人もいるな」


広間の会談の上に、お約束のように登場した吸血鬼・・・女だな。吸血鬼って男は美男子、女は美女って相場が決まってるが、ご期待通りの美女だな。


プラチナブロンドの艶やかな髪に赤いドレスがよく似合っていて、ちょっと浮世離れしている。


「見ての通りの冒険者だよ。アンタを討伐しに来た。悪いな、死んでくれ」


「・・・人間とは本当に野蛮じゃな。我は人を襲いはせぬと云うのに、我を滅ぼすと云うか・・・」


「・・・それなんだが、アンタどうして人を襲わない?吸血鬼って人の血を飲まないと死ぬんじゃないのか?」


「我は齢1300年を超える吸血鬼ぞ?蛇の道は蛇じゃ、ツテで人から買っておる」


「え?金出して人から血を買ってるの?マジで?」


「我が人を襲った事があるか?10年程前に、お前達のように我を倒しに来た冒険者達は見せしめのために、悉く血を吸い我が眷属として街へ送ったがな。報復か?それにしては遅いが・・・」


「いや・・・報復とかじゃなくて依頼を受けて・・・」


ヤバい、やり辛い・・・問答無用で襲ってきた場合、そのまま戦闘に持ち込めるが、人語を理解する相手から【人を襲ってないのに、お前達は私を殺すのか?】と論理的に言われたら、完全にこちらが悪い。


そう、討伐する理由なんて最初から無い・・・貴族の我が侭に付き合っているに過ぎないんだから・・・


「それに、お主らはなんじゃ?あの街では魔物と人が共存しているのか?そんな話しは初耳だが・・・」


「それは、話すと長くなるんだが・・・話し聞く?」


「聞こう、我は【退屈】しておる」


それから、部屋に通されて、お茶を出されながら(三馬鹿は酒と食事を所望した)彼女は俺の話しを興味深そうに聞いていた。


「・・・面白い!異世界から来たじゃと?魔王とな?信じ難い話しだが、魔が人に従っておる!疑う訳には行かぬな」


「街の人間達には勿論、言ってないけどな・・・言ってみれば、俺達は魔王の尖兵だ」


「連れの魔が、お主に従うのは何故じゃ?魔王から借り受けたのか?」


「違う、私達は御堂様の従者、魔王様に言われて従ったのは事実だけど、今の私達は御堂様の所有物・・・」


カゲミがキッパリ答える。


「ほぅ・・・魔が人に従うか、契約した悪魔でもあるまいに・・・興味深いのぅ・・・」


「そんなこんなで、俺達はここに来た。どうする?このまま戦うってのも何だかなぁ・・・って気がしてきた。なぁ、ここを立ち去ってくれってのは、かなり無茶なお願いだよな?」


「・・・ここに数百年、住んでおるからな。突然、出て行けと言われて、そのまま従う道理もあるまい」


そうだよなぁ~これって自分で言って、かなり無茶な話しだと思う。かと言って、じゃあ交渉は決別だな!とか言って斬りかかれるか?


何の悪さもしてない、こんな美女に吸血鬼だからと言って?無理だ・・・俺はそこまで非情になれないわ。


「うーん・・・どうしよう・・・」


俺が困っていると、食事をしながらルードが提案した。


「貴女も御堂様の配下になれば良いのではありませんか?そうすれば何の問題もありません」


どんな無茶振りだよ?いっそ強盗のように襲い掛かるよりも無茶な要求だろそれ?


「ふぅむ・・・我がその人間の配下にか・・・出会って早々、とんでもない要求じゃな」


仰る通りです・・・こいつ馬鹿なんで。悩ましく考えている彼女の姿を見ながら沈黙が辺りを包む。俺には妙案が無い。


「仕方が無い、ギルド長には討伐失敗したと報告するよ。こりゃ駄目だわ」


俺がそう彼女に伝えて立ち去ろうとすると、彼女は結論を急ぐな。そう言った。


「数日、泊まって行かぬか?我はお主の話しをもっと聞きたい」


えぇ・・・?吸血鬼の根城に泊まるの?ホラーな展開にならないか?


「・・・久々に人間見たから血が欲しくなったとか言って襲って来ないか?」


「襲わん、襲わん」


「じゃあ、数日ね?あまり遅くなると俺達が吸血鬼にされたと街の連中が心配するから・・・」


そうして、俺達一行は数日間、吸血鬼の城に滞在する事となった。


彼女の名前は《ヴァネッサ・エクシール》と云うらしい、齢1300年を越すヴァンパイア(吸血鬼は自分達をヴァンパイアと呼ぶ)だそうだ。以前住んでいた西方から引っ越して来て、ここに移り住んで300年以上、経つらしい。


ヴァネッサは俺の話しに目を輝かせながら根掘り葉掘り、様々な質問を浴びせてくる。異世界での暮らしぶりや、数百人乗せて空飛ぶジェット旅客機の話しなどしてやったら食い付きが凄い。


この世界は、およそ1000年前から殆ど技術革新のような物が無くて、変わり映えしてないそうだ。そりゃそうだよね。


魔法がどんだけ発達しても、ジェット戦闘機は作れないし、精々が魔法で電気の替わりに電灯が点くようになった程度だろう。


そして、魔法が使える人間は極一部だ。それらが自分達のために快適な生活のための魔法を使うかと云うと、細かい物ではあっても、ゴーレムやホムンクルスに雑用やらせるくらいだ。それは錬金術の部門だそうだが・・・


「なあ、ここのメイドとかの連中ってやっぱり吸血鬼?」


「いや、殆どがホムンクルスじゃ、我はあまり眷属を作るのが好きではない、近くの村から時々、人間が助けを求めに来て、そのまま掃除等を手伝ってくれる事はあるぞ」


「人間が助けを求めるって、魔物被害?」


「うむ、冒険者に頼むと安くはない費用がかかる。それを払うのは難しい村は我のところに頼みに来る。それを狩ってやると、お礼に血をくれたり掃除や家事を手伝ってくれる」


それって領主の仕事じゃ・・・吸血鬼って貴族っぽいから、彼等の方がよっぽど貴族らしい仕事してるな。


「じゃあ近隣の人間達とか上手くやってるって事だな?」


「我は人間に欲する物は血しかない、無理やり吸わなくても、ちょっと手を貸してやるだけで向こうから渡して来るのだ。こちらから支配しよう等と面倒な事はしたくない」


「金とかは必要だろ?必ずしもではないだろうが、調度品を買ったり、服だって買うだろうし・・・」


「錬金術で時々、金や宝石を作る。それくらいの芸当が出来なくてどうする?我は齢13000年のヴァンパイアぞ?」


需要と供給で持ちつ持たれつの関係が出来てる・・・そりゃわざわざ近隣の村を襲って、血を吸う必要ないわな。


「千年以上生きるってどうなの?飽きないか?」


「だから退屈しておると言ってるだろう、代わり映えのしない毎日に飽きたわ。かと言って自殺したいかと言われると微妙じゃな・・・」


「何かしたい事とか無いの?そんだけ強いんだから欲しい物とか・・・」


「我に人間のような物欲を求めるのは間違いぞ。人間を蹂躙して世界征服を目指せとでも?くだらん、家畜を無駄に増やしてどうする」


「性欲は・・・」


「ある。何じゃ?我と一夜を共にしたいのか?お主は中々の美形じゃし、話しも面白い、我は構わぬぞ。誰かと同衾する等、久しくなかったわ」


「それは是非、お願いしたいけど・・・他の連中の目があるから、取り合えず、また今度お願いする。人間とセックスした場合、子供って作れるの?」


「つまらんな。お主、男としての甲斐性無しか?我は引く手数多だったぞ。我を求めて戦争までした馬鹿もいた程だ。人間との間に子は作れるぞ。但し、簡単に妊娠する事もない」


戦争はどうかと思うが、彼女を手に入れたいと思う男は世の中に沢山居ただろうな。傾国の美女って言葉もあるくらいだ。昔の戦争なんて、他国から金と女を手に入れるためってのが殆どだったようだ。後は宗教問題な。


「のぅのぅ、お主、我と一緒に、この城に住まぬか?我はずっとお主と話しがしたいぞ。場合によっては婚儀を交わしても良い」


「いやそれは・・・一生、この城で茶飲み話ししながら余生を過ごすには、俺も若すぎるだろ」


「我は夜伽も存分にこなしてみせるぞ、それは貴族の嗜みじゃ。人間などでは味わえない快楽をお主に与える事が出来る」


「我はお主ともっと話しがしたいだけじゃ、眷属になるか?永劫に共にいられるぞ」


「・・・クッ、人間の弱い心につけ込む気か、卑怯な!殺せ!」


「ハッハッハ、お主が欲するのは不死ではなく、我が美貌のようじゃな。それでこそ男だ。愉快愉快♪」


俺は逆くっころをやってみた。確かに魅力的な提案だ。しかしなぁ、フェルナードとの約束もあるし、三馬鹿もいるし、この世界は、まだまだ見て無い場所だからけだ。城塞都市近辺しか行ってないからな・・・


実のところ、彼女との会話は楽しい。千年以上生きている者の知識は計り知れない。それが例え、異世界のものであったとしてもだ。


「魔王との約束?世界征服か?我は興味が無い。そんな事より自分の好きなように楽しんで日々を暮らした方が良いではないか。お主が世界を欲しているならば、それも良し。そうすれば良いだろう」


「いや・・・俺自身は世界征服とか、超どうでもいいな。しかし、色々と自由が許されてるからな。今の立場に不満はないよ。魔王を敵に回して勝てるとも思えんからな」


「賢い選択じゃ、お主から聞いた限り、お主には従うしか選択肢は無かった。しかし、今からどうするかはお主自身の選択じゃ。当面、魔王と事を構える気がないのも当然じゃな。勝ち目のない敵に挑むのは気狂いだろうて」


「ところで、そろそろ帰ってもいいか?街に戻りたいんだが・・・もう討伐失敗でいいよ。こんなに馴染んじまったら、もう戦う気なんて無い」


「もう暫し待て!」


こんな毎日が続いて、十日が過ぎた。カゲミを行かせて無事だと状況を報せているんだが、それもそろそろ限界だ。マリーナは俺の救出に、隊を率いて自ら乗り込もうと真剣に考えているらしい・・・


翌朝


「すまん、マジで帰るわ!そろそろヤバい、じゃあまた遊びに来るよ!」


そう言ってヴァネッサに別れを告げたのだが、彼女は引き下がらない。


「戦おう・・・」


ヴァネッサが声を落として言った。マジで・・・?朝だからか、目の下にクマがあって怖い・・・


「お主は我に従者となれと言ったな?我もお主が欲しくなった。ならば共に、自らを賭けて戦うしかない!」


「俺はそんな事言ってねーよ!?ルードが勝手に言った事だ!時々、遊びに来るから駄々をこねるな!」


「問答無用!行くぞ!」


「ちょっ?そう来たか!お前等は手を出すな!俺がやる!」


ヴァネッサめ!相手との会話を一方的に打ち切り、いきなり戦闘を仕掛ける高等戦術に出やがった!


普通は頭の良くない連中が取る手段だと思われがちだが、これをやられると、例えどれ程の智者であっても戦う以外の選択肢が無くなってしまうと云う恐ろしい戦法なのだ・・・伊達に1000年以上生きてないって事か。


血相を変えてヴァネッサへ攻撃を仕掛けようとした三馬鹿を制して、俺は剣を抜いた!


ヴァネッサは爪を剣のように伸ばして斬りかかってきた!


「常しえより来たれ、光の聖雷!ホーリー・ライトニング!」


俺は距離を取って、聖属性を掛け合わせた雷をヴァネッサに放ちながら次ぎの呪文の詠唱に入る。魔法は無詠唱でも放てるが、威力が格段に落ちてしまう。


走る時に、腕を振らずに走ったら遅いのと一緒だ。重い物を持ち上げる時に、掛け声を掛けながらと、黙って持ち上げるのとでは掛け声を掛けた方が持ち上がり易い。


「無より生まれし光よ、来たりて我が剣に集え!エーテルブレード!」


そして、刀にエーテル魔法の加護を与える。これでヴァネッサを斬れるし、剣がエーテルで守られる。俺の聖雷を避けて突っ込んで来たヴァネッサの剣を受け流す。


とてもじゃないが、ヴァンパイアの本気の一撃を、まともに受けたら吹っ飛ばされるか、刀ごと押し切られる。


接近戦で剣を打ち合うが、まともに打ち合うのは分が悪い、俺はまともに打ち合わないように、距離を取って魔法を放ち、刀で受け流す戦い方に集中した。


「死ぬなよ!食らえ!」


どっちなんだよ?とツッコミを入れる余裕すらない俺に向かって放って来た魔力球を横に飛んでかわす。あぶなっ?当たったら死ぬじゃねえか!


こうなったらアレをやるしかない、普段は一個しか廻してない下腹部のチャクラから更に下のチャクラを回す。こうする事で身体能力だけでなく、感覚が鋭くなったり力が湧きあがる。しかし、維持し続けるのは難しい。


「見事だ御堂!お主の力の源は、その下腹部の光か?人体にある神秘の力を操るとはな!だが、その輝きごと、お前を手に入れる!」


チャクラの輝きは常人には見えない、チャクラから流れる力は生命の光だ。アンデッドである吸血鬼には忌々しく見えるのだろうか?それとも羨ましく思うのだろうか?


俺達の攻防は、人間が見たら目で追いきれない域に達している。一流の冒険者ならいざ知らず、並みの人間では何が起きているか分からないだろう、俺の身体は悲鳴を上げている。限界が近い・・・一か八か、やってみるか!


「風よ!我が意に従い剣に宿れ!」


俺は刀を覆う魔法をエーテル魔法から風魔法に切り替えた。


「我の攻撃を受け流し易くしたのか?長期戦はお主にとって不利だろうに!」


俺は構わずに彼女に斬りかかった。俺の刀を彼女は爪剣で受けようとしたが、俺の刀は彼女の爪剣と打ち合う事なく彼女の爪剣をすり抜けた。


「なっ・・・!?」


俺は構わず、斬り下げた体制から彼女の腹に刀を突き刺した。これはノーダメージだろう、ヴァネッサは状況を理解出来ていないようだ。呆気に取られているが、気にしている余裕は無い。


「エーテルブレード!」


腹に刺さった刀の魔法をエーテル魔法に切り替える。


「ぐぁああああっ!?」


「残念だったな、こっちは本物だ」


俺はすぐに刀を引き抜いた。別にヴァネッサを滅ぼすつもりはない。これは・・・子供の喧嘩と同じだ。


大の字になったヴァネッサが、自分の剣は確かに俺の剣を受け止めたはずだ。何故?そう聞いてきた。


「あれは風魔法で光を屈折させて、刀の見える向きを変えたんだよ。実際には俺は刀を逆さに持っていた。だから、お前の受けた刃は幻だ」


「まさか、我が目眩ましの類に引っかかるとはな・・・それで、我を滅ぼすか?」


俺は刀で少し手首を切って、彼女の口に血を垂らした。彼女は無言でそれを飲む。


「これで治るだろ、すぐには無理だろうけどな・・・」


俺はそのまま彼女に覆いかぶさった。


「・・・このまま我を犯すのか?敗者を蹂躙するのは勝者の権利だ。戦いで気が高ぶったか?」


「・・・・・・動けねーんだよ。身体がボロボロで言う事を聞かん」


後は任せた・・・そう言って俺は意識を失った。



「おう、目覚めたか、三日寝たままだったぞ」


そう言ってヴァネッサは読んでいた本を閉じた。後ろには三馬鹿が直立不動で見守っていた。


「身体の具合はどうじゃ?まだ痛むか?」


少し身体を動かしてみるが、あちこち痛い。動けるが、まだ暫くは運動は避けたいな。


「凄く痛い、身に余る力を使い過ぎた。だが、ギルドへ報告へ戻らないとな」


「お主は勝ったのだ。人間のお主が齢1300年を越すヴァンパイアの我にな。誇るが良い、お主は我を欲しいままにする権利を得た・・・」


「ヴァネッサ、お前かなり手加減したな。もし本気だったら俺は今頃、八つ裂きにされてただろう」


俺は戦いの初手ですぐに分かった。コイツは俺を殺さないように、そして手加減し過ぎないように絶妙に戦っていると・・・


「我はお主を殺す事が目的ではない、お主を手に入れるために戦った。瀕死の重傷を負わせた上で眷族にして従えると云う方法もあったが・・・それで、これからどうする?」


俺はベッドの傍らに立てかけてあった刀から小柄を取り出すと、手のひらを切り裂いて彼女に向けた。


「・・・飲めよ。傷は完治してないだろ?これから宜しくな、ヴァネッサ」


「・・・心得た。我が主殿。このヴァネッサ・エクシール、汝が死すまで、傍らにあって共に在る事を誓おう・・・」


厳かにそう告げた彼女は跪き、俺の手を両手で包みこみ、杯のように押し戴いて血溜まりに口を付けた。



「・・・えーと、どうゆう事です?」


俺は夜になってからヴァネッサを伴ってギルドに赴き、ギルド長・辺境伯嬢ちゃん・マリーナに集まって貰ったギルド長執務室で事の次第を説明した。


話しを聞いたギルド長は青ざめて顔が引きつっていた。マリーナは言葉を失っていた。辺境伯嬢ちゃんだけが分かっているのかいないのか、分からん顔をしていた。


「つまりだな、彼女は俺の配下となった。パーティに登録してくれ」


呆けた返事をするギルド長に俺は簡単に要求を告げた。


「冒険者登録が駄目なら仕方ない、ヴァネッサはそのまま連れ歩くしかないな。冒険者登録が無理でも、連れて行っちゃ駄目なんて規則はないはずだ」


「それはそうですが・・・吸血鬼の仲間ですか?」


「おかしいよね。分かる分かる♪でも、こうなっちまったんだから仕方ないだろ。それとも、何の悪事も働いていないヴァネッサを殺すのか?吸血鬼だからと言って?俺に従うと言ってるのに?」


一同:・・・・・・・


「ヴァネッサは強いよ。1300年を生きるヴァンパイアだ。俺は彼女にメチャクチャ手加減されながら、かろうじて勝った。ヴァネッサを討伐すると言うなら仕方がない。俺はヴァネッサを守るために、アンタらと戦うしかないな。正当防衛だ。あ、アンデッドだから生きてないか(笑)」


一同:・・・・・・


「・・・良いのではないか?」


「辺境伯?」


意外な所から返事が出た。


「一軍にも匹敵する強大な力を持つ吸血鬼が、人間の敵としてではなく味方として我々の側に立つと言うのだ。儲け物ではないか、何か問題があるか?」


・・・何も分かってなさそうな奴が一番分かっていた。コイツ、名君になるかもしれないな。後で飴ちゃんあげよう。


「・・・御堂殿の従者となる。それなら致し方ないと私も思います。御堂殿が留守の間に、近隣の村に調査しに行きましたが、ヴァネッサ殿が無害などころが、村人を守って感謝される存在だと云う事が判明したではありませんか?」


ああ、俺の留守中にヴァネッサの身辺調査してたのね。戦支度してると聞いてたから焦ってたが。


「分かりました。ではヴァネッサさんの冒険者登録をしますか・・・」


・・・あれ?何かギルド長も書類を作り始めた。展開早くない?


「おい・・・渋ってたのは演技か?」


「いやぁ~、この地を治める辺境伯と、帝都から派遣されているマリーナ大佐の手前、私が簡単に了承する訳にはいかないでしょう?」


狸め・・・狐か?だが、どちらでも悪い方向じゃないからいいや。話しの分かる上司で良かった。


「では、我はここに在って良いのか?主殿のお傍を離れる必要はないのじゃな?」


「今、書類を作っているから待って下さいね。幾つか質問がありますが、他の冒険者と同じような質問です。必要事項をここに書いて下さい」


ヴァネッサは書類にサインと使える技能を書き込んでいく・・・


「御堂、依頼達成じゃ、報酬の屋敷は用意してあるぞ。メイドと執事も屋敷で待機しておる」


思い出したように辺境伯嬢ちゃんが俺に告げた。ああ、そういう話しだったな・・・


「それ、要らないや・・・」


「・・・は?」


「ヴァネッサの城が手に入ったから、そこに住む事になったから・・・」


エクレアさんに、宿を引き払う事を話しに行かないとなぁ・・・あそこは居心地良かったからな。でも、装備や荷物も増えて来たし、仮宿では手狭になってきたんだよなぁ。


「おい・・・屋敷が欲しいと言うから手配して、掃除も人も手配を済ませておいたのじゃぞ?」


「仕方ないだろ・・・城が手に入ったのに屋敷を貰ってどーするよ・・・」


「むぅ・・・それは確かに仕方ないのぅ」


「今回は報酬とかいいよ・・・城が手に入ったし、みんなにも迷惑掛けた

みたいだしさ・・・」


「そうゆう訳にもいかんじゃろ?無報酬で冒険者を使ったとあれば、わらわの沽券に関わるわ!何か欲しい物は無いのか?」


いきなり、そう言われてもなぁ~ 大体、必要な物は揃ってるし、金には全く困っていなかった。三馬鹿の食費は相当な物だが、奴等が稼ぎ出す金額は、その軽く数十倍以上だ。文字通り、馬車馬のように働いてくれる。


「じゃあ・・・何かマジック・アイテムとか魔力を持った武器とか無い?それか魔道書とかあったら欲しいかな・・・」


「そんな物なら沢山あるぞ、わらわは辺境伯じゃ、家伝の品で渡せない物もあるが、城へ来て好きな物を選んで持ってゆくが良い」


そんな感じで話しは進んで行った。一仕事終えて疲れたな・・・


「じゃあ、俺達は小箱亭に飯でも食いに行くわ」


そう言って俺達はギルドを後にした。


「えぇ~!御堂様達、出て行っちゃうの?」

「それは寂しくなりますね。でも、時々顔を見せに来てくださいね?」


エクレアさんと、クレアちゃんに事情を話して、小箱亭を去る事を話した。


「大丈夫だよ。夕飯は大体、ここで食う事になるんじゃないかな?ギルドに報告した帰りに寄るよ」


「それにしても・・・吸血鬼さん?お姉ちゃん、綺麗だねぇ・・・」


ヴァネッサを見ながら、見惚れたようにクレアちゃんがため息をつく。クレアちゃんだけではない、店内の全員がヴァネッサに見惚れている。まあ、無理もないな・・・


「人間が我に見惚れるのは慣れている。童や、こちらへ来い。膝に乗せてやろう」


意外と子供に優しいヴァネッサだった。


「ああ、クレアさん。ヴァネッサにはワインか、羊、兎の血って出せますか?トマトジュースは飲めないそうです」


「ワインですね?動物の血は普段は取っておいてないですねぇ。今度からら小さな樽に詰めて取っておきます♪」


「宜しくお願いしますね」


人間の血ほどの滋養?はないが、獣の血も飲めるらしい。ヴァネッサは中でも、羊か兎の血が比較的好みらしい。豚とかは生臭くて飲めないそうだ。チュパカプラも羊の血を吸うんだよな。山羊だったか?


ヴァネッサに抱っこされているクレアちゃんを真似て、ちゃっかり着いて来てホットミルクを飲んでいた辺境伯を抱えて膝に乗せた。


「おい・・・わらわを子供扱いするのか?」


実際、子供じゃねーか・・・サイズ敵にクレアちゃんよりちっこい。俺はチビッ子の耳に口を寄せて呟く。


「さっきはアリガトな、領主の《カトリーナ》の鶴の一声が無かったら、どうなっていたか分からなかった」


俺は密かに感謝の言葉を述べた。カトリーナは声を潜めてこう言った。


「・・・知らんな。わらわは我が領地と領民の利益を秤に掛けたのじゃ。お主もその領民の一人よ。じゃが、感謝の言葉は心に止めておくとしよう」


やっぱりコイツ、ただのガキじゃないな。


「カトリーナ様、そろそろ城へお戻りになって、お休みになられる時間です」


執事のセバスタンが、そう告げる。当然、この初老のおっさんも来ていた。


「ふぁ~あ、もうそんな時間か?では帰るとするか、では、またの~」


生あくびをしながらカトリーナは去って行った。


「カトリーナ様は、みんなから慕われてるよ。だから御堂様も、何かあったら力になってあげてね!」


クレアちゃんが、そう言って俺に手を合わせる。ああ、街中をよく歩いているって聞かされたけど、領民に慕われてるのか。本当に名君になりそうだな。


「ああ、今回はちょっと借りを作ったからね。任せてくれ、カトリーナに何かあったら必ず手を貸すさ。元々は、あの子の依頼だったんだけどな・・・」


小箱亭で食事を終えて、ヴァネッサの城へと向かった。


「ほぅ・・・この荷馬車、普通の馬車ではないのぅ、馬も魔物じゃな」


「ああ、魔王が用意してくれたからな。普通の馬車じゃない、しかも浮いてるから、人目が無い所でなら、馬の三倍の速度が出る」


「それなら、街から主殿の城まで15分で着くな」


「・・・ヴァネッサの城だろ?」


「我が全ては主殿の物じゃ、我が身、我が魂までもな」


そう言ってヴァネッサは笑った。え?俺って城持ちなの?それは男なら一度は夢見る望みだぞ!


「・・・改築してもいい?中はイジらないから、城壁の外に外堀を掘りたい・・・」


「・・・主殿の望みなら何をしようと我の許可は要らないが、蚊が出るぞ?」


「え?マジで?それはちょっとウザいな。蚊は嫌だ」


それは知らなかった。昔の人ってどうしてたんだ?


「普通、城って外堀りがあるもんじゃないのか?」


「それは、近くに川がある場合じゃな。近くにあるのは湖じゃからのぅ・・・水が流れていれば、ボウフラも湧かないが、湖の水で作るとなると、止まった水となってしまうかもしれんな。我も詳しくはないが・・・」


ああ、そう言われれば平城は川から外堀りの水を引くような気がする。平城の近くには川が多い気がする。山城なら天険だから、外堀りは無い場合が多いだろうな。


「御堂様、堀に虫除けの魔法を掛ければ良いのでは?それくらいの魔術なら私に心得があります。獣避けの魔術は御堂様にもお見せした事がありますよね?」


「ああ!あったな!しかし、永続させる術ってあるのか?いや、あるだろうな。何か、俺にも出来そうな気がする。やってみるか・・・」


「はい、初歩中の初歩です。御堂様にも必ず出来ます」


うんうん、と頷きながら俺は考えた。そうこうしているうちに城に着いた。


「城門って、勝手に開くのか?魔術で?」


「いや、中から執事のバトラーが開けているのじゃろう、自動ドアだったか?勝手に開く扉の細工などはしていない」


・・・執事のバトラーって・・・頭痛が痛いみたいな名前だな。


「バトラーは父の代から我が家に仕えてくれている。我の元にいる数少ない眷属じゃよ」


ああ、ホムンクルス以外にも吸血鬼っていたんだな。城門を抜けて、正面扉の前で馬車を止める。


ズラーっと出迎えが並んでいる。こうゆう待遇を自分が受けるようになるとは考えた事もなかったな。


「お嬢様、お帰りなさいませ。皆、新たな御主人様のお帰りをお待ちしておりました」


「うむ、今戻った。主殿は食事は済ませて来たゆえ、湯浴みでもして頂くが良かろう」


何か、本当に貴族って感じだな。いや、元々貴族って風習はひょっとしたら彼等から学んだ仕組みじゃないのか?人間よりも昔から存在していたのだろうしな・・・


「ご挨拶が遅れました。私はヴァネッサお嬢様にお使えするバトラーと申します。以後、何なりとお申し付け下さい」


「ああ、俺は御堂龍摩だ。あっちから順に、ルード・ヤクト・カゲミだ。これから厄介になるよ。分からない事だらけだから世話を掛ける事になる」


「それでしたら、お付きのメイドをお決めなさいますか?この中で気に入った者が居ればお申し付け下さい、身の回りのお世話をさせて頂きます。皆、顔を上げなさい、御主人様に皆の顔を見て頂くのです」


・・・えぇ~?この中から選ぶの?何十人も居て誰が良いとか全く分からん。


「御主人様のお好みの容姿で決められた方が宜しいかと存じます。飽きたら別の者にお世話をさせますので・・・お情けを頂ければ、更なる励みとなりましょう・・・」


お情けって・・・ソッチの事か?まさかのハーレム展開?


「バトラー!出過ぎぞ!我とて主殿との同衾はまだじゃ!」


「ハハッ!申し訳ありません、お嬢様。差し出がましい事を申し上げました」


「良い、しかし専属を決めると言っても主殿は女に関しては優柔不断の気がある。全てお前に任せる」


・・・そんな事ないぞ。バトラーは委細承知とばかりに深々と頭を下げた。


つかつかと歩き出したヴァネッサに着いて行く、こういった経験が全くないから、犬のように付いて行くしかない・・・どう見ても俺達はヴァネッサの護衛にしか見えないだろう。


歩いていると、マントを外されてビックリした!コートを預るようなものか?マントを外したメイドは流れるような動作で、一歩下がり頭を下げている。


俺は浴場へ通された。ここの風呂は広くて気持ちが良い!スーパー銭湯の大浴場くらいある。しかし、メイド達に服を脱がされてゆくのは正直、あまり気分が良くはなかった。


そのまま薄物を纏っただけのメイド達に身体まで洗われる。それも、俺はあまり好きじゃない・・・なんとゆーか、風呂ってのはプライベードな時間だ。一人っきりになりたいんだが・・・


「その方らは下がって良い、後は我が主殿のお世話をする」


え?ヴァネッサ?お前も来たのか?と振り返って言葉を失った。ヴァネッサは全裸だった。別に女の裸くらいで動揺する程、ウブじゃない。


言葉を失ったのは彼女の裸体のあまりの美しさにだ。まさに神が作り上げた芸術品のようだ。


「主殿が見惚れてくれるのであれば、女としてこれ以上の果報は無いの」


ヴァネッサは全く恥らう様子もなく、俺の背後で背中を流し始めた。背中だけではなく、前にも手を回して、彼女の細く長い指が、俺の股間に手を伸ばす。


「・・・こんなに猛っておる、主殿、我慢は身体に毒ぞ?」


俺はヴァネッサに唇を重ねて口を塞ぎ、そのまま彼女を少しだけ強引に押し倒した・・・



「・・・少し、騙された気分じゃ。主殿は奥手で、あまり女を抱いた経験がないと思い込んでいた。とんだ間違いであったわ」


俺達はその後、風呂から出て部屋に戻ってからも、朝までずっと彼女を抱き続けた。俗に云う《朝まで寝かせなかった》とゆーやつだ。


「俺はそんな事は、一度も言った事は無いけどな」


「だから我の勘違いだと言っておる。疲労というもの殆どないヴァンパイアの我でも、これは少し疲れたわ・・・」


気だるそうにベッドにうつ伏せになったままのヴァネッサは、まだ息が荒い。吸血鬼も呼吸ってしてるんだな。と妙な事に感心した。


「気付くのは遅かったな。そっちから誘ってきたんだ。こっちの世界に来てから、女は一度も抱いてなかった。それにヴァネッサは・・・」


そう、ヴァネッサは信じられないくらいに良かった。美しさとセックスの良さは必ずしも比例はしない、しかし彼女は素晴らしかった。俺は溺れたと言ってもいい。


「フゥ・・・主殿に満足して頂けたようで何よりじゃ、前に言っただろう?人間の女など比較にならないと」


「ああ、それは・・・間違いなかったな。別に疑っていた訳じゃないが、本当に・・・というか、あんなに自身満々に言ってたのに、処女だったのに驚いたぞ」


「我も今、女の喜びに震えているところだ。初めて得た主が自らの身体を獣のように貪ってくれるというのは、至福の喜びよな・・・初めて?当然であろう、我が身体を許すに値する者など、今まで現れなんだわ」


気だるげにこちらを見るヴァネッサは妖艶だ。こんなに色っぽい処女なんていねーだろ・・・もう処女ではなくなったが。


「さて主殿、少し休んだら湯浴みをして食事にするが良い、我は身支度を整える」


そう言ってヴァネッサは唇を重ねてきた。俺は目を閉じると、すぐ眠りに落ちた。



「・・・おはようございます。御堂様、昨晩は随分とお楽しみだったようですね」

「主様、私達が夜伽をすると言っても聞かなかったのに・・・女として屈辱」


ルードとカゲミは俺がまだ何も話していないのに、そう愚痴をこぼした。いやだって・・・まあ、何を言っても言い訳だから黙っていた。ヤクトはいつものように黙々と食事をしていた。気を遣ってくれてるのかもしれん。


「お主等は主殿の御身を守るために魔王から遣わされた従者であろう?なら、その役目に励めば良いではないか」


別に煽っている訳ではないのだろうが、育ちが良すぎて相手に気を遣う事がなかったのか?ヴァネッサがそう二人を見もせずにワインに口を付ける。


二人:「くぅ~~~~!!」


メチャクチャ悔しがっていた(笑)


今日は出掛ける予定は無い、ヴァネッサとの戦いで受けた傷は、擦り傷程度で大した事はなかったが、筋肉痛や昨晩の疲労が癒えていないからだ。俺はこの城を見て廻る事にした。


これから住むのだから、全ての構造を把握しておかなければならない。勿論、個人の部屋の中とかまで見るつもりはないが。


案内はヴァネッサがしてくれた。俺は武器庫や宝物庫を見て唖然とした・・・これってどんだけあるんだ?


「なぁ・・・この武器や宝物ってどうしたの?前に言ってた錬金術で作ったのか?」


「いや、宝物の殆どは献上品じゃな。武器や防具は、我を倒して富と名声を得ようとした馬鹿者共の遺品じゃな。


ここ100年程は、我に挑む者は居なくなったが、それ以前は時々来ていた。まだ冒険者ギルド等は存在しない時代じゃよ」


なるほど・・・昔の英雄とか腕自慢とかか?確かに一流の英雄達が持つ品であれば、装備も一級品のはずだ。


魔力装備は見て分かる。どんな性能かまでは鑑定能力を持つ者でないと分からないだろうけどな。


「献上品って?この辺りの連中って、昔は献上品とか持って来てたの?」


「それもあるが、殆どは同族が我との友誼や婚姻を求めて送りつけて来た物じゃな」


ああ、なるほど・・・吸血鬼の中でもモテたのね。かなり名門の家だって言ってたよな。しかし、どんだけあるんだよ・・・


まるでドラゴンが貯め込んだ、お宝とかみたいに山のようにあるぞ。ドラゴンの宝物なんて見た事ないけど・・・


「あ、これ貰っていい?金には困ってないが、武器はそろそろ、ヤクトの剣とカゲミの短刀を買い替えなきゃと思ってたんだ。


魔力の品は少ない。店にある物は大した魔力剣は無い。後は高級品でもミスリル製の装備ばかりだな」


「我の許可は必要ない、全て主殿の物だ」


「・・・城だけじゃなく、急に大金持ちになったな。もう何か、100年以上遊んで暮らせるだけの財力がここには詰まってる。あ、俺達の持ってる金や貴重品もここに運ぶから」


そう言うとバトラーがメイド達に荷馬車にある品を、ここにまとめて運ぶようにメイド達に指示した。


「ああ、メイドじゃ運べないだろ。いいよ、俺達でやるから」


「心配は要りません。この者達は並みの人間よりもずっと力があります。荷馬車の荷物を運ぶ事など造作もありません」


「ホムンクルス達は戦闘でも使える。身の回りの世話だけでなく、兵が必要な時にも使うのでな」


そうなの?みんな普通の女の子にしか見えんが・・・まぁ、一々、ヴァネッサが戦うのも億劫ではあるだろうしな。


「おい、その武器を振り回して見せよ」


ヴァネッサが命じると、一人のメイドが斧を振り回して見せた。それは並みの冒険者が振り回すより余程、力強かった。マジか・・・


「それなら、俺達がこの城に来た時に、何でヴァネッサ自ら出て来たんだ?まずメイド達やバトラーに戦わせれば良かったんじゃないのか?」


「久方ぶりの兵の来訪じゃ、我が出迎えてみようと思ったまでの事、暇つぶしのつもりだったのだよ。それに、こやつらでは相手にならぬのは窓の外から見ても分かった」


なるほどな、俺達の立ち居振る舞いだけ見ても腕が分かるのか、俺はそれからも半日以上掛けて、この城を見て廻った。隠し通路や隠し部屋、地下室なんかもあって面白い。地下のワイン蔵とかも凄かった。本当に何でもあるな。


俺はそれから数日、街へ赴かずに城で休養して過ごした。その間に、この城の書庫へ篭って、読書に勤しみながら文字を読む訓練をした。


見た事無い文字とかの本も多かったが、何とか現代の文字に近い本を探して読んだ。カゲミに命じて、未発見のダンジョンを探させるのも忘れなかった。


金も装備もあるとは云え、それに満足してはいけない、何より身体を動かさなければ鈍る一方だ。別に最強を目指している訳じゃないが、今の自分に更なる強さが必要なのは重々理解していた。それに誰も入った事が無いダンジョンとか心が躍る。


そしてフェルナードにも連絡を取った。新たに仲間となったヴァネッサの紹介と、城という拠点を得た事や魔王軍の状況、こちらの世界に召喚された俺の世界の連中の情報が入っていないか等、様々な近況報告だ。


報告はルードが定期的に行っているが、やはり自身で行った方がスムーズに行く。


「ふむ、1000歳を超える吸血鬼を仲間にしたか、それは戦力として申し分ないな。やるではないか御堂」


「戦力としてだけじゃないな。知識も豊富だし、これから色々と役立って貰うよ」


「魔王殿、お初にお目にかかる。ヴァネッサ・エクシールと申します。最初に断っておくが、我は御堂様を主とした、いかに魔王殿とて我は主の命でなければ従わぬ。そこは、はっきりと申し上げる」


「好きにするが良い、御堂が見つけた配下だ。私がどうこう言う筋合いは無い」


俺は黙って見ていた。魔王と吸血鬼、同じ魔に属する者同士がどうゆう立場や見解を持っているのかサッパリ分からない以上、何も口出しする事は無い。


会話を見る限り、全ての魔物は魔王だからと言って従う訳ではないんだな・・・


「御堂、そちらの様子はどうだ?特に他に何か変わった事などあるか?必要な物があれば従者を通じて言えば可能な限り用意するぞ」


「こちらの状況はルードが教えているんだろう?特別変わった事は、このヴァネッサの件くらいだ。だから直接連絡した。


物資は必要ないな、もう永久に必要ないんじゃないかってくらいある。こちらの世界に呼ばれたって俺の世界の者について、何か情報は無いか?」


「無いな。こちらで調べる事は難しい、それはお前に任せるしかない。なに、そこまで神経質になる必要は無い、私はそこまで警戒していないからな。そちらで分かる範囲で調べてくれれば良い」


「ああ、言い忘れていた。こちらの世界に別の魔王が居るらしいぞ?方向で言えば南西になるか?俺もこの世界では、今いる城塞都市から別の街には、まだ行ってないからな。詳しい場所は分からない」


「なに?そうか、居てもおかしくはないが、それは重要な情報だな」


「で、どうするんだ?その現地魔王とは事を構えるのか?」


「当然だろう、魔王は二人必要ない。とは云え魔界にも私以外の魔王は沢山いる。それらを潰して領土を拡張する事もあるからな。その者が黙って私に従うと言うなら話しは別だが・・・」


それは以前に聞いていた、魔界はとてつもなく広く、魔王もフェルナード以外に沢山いるって話しだ。


「そんな事あり得ないだろう?相手も魔王を名乗っているんだから・・・まぁ、情報はおいおい集めて行くが、そこは遠い。どうなるにしても、さっき言った召喚者と同じく、すぐにどうこうはならないだろうな」


「・・・御堂、実はな。魔界で少し揉め事だ。私は暫くこちらの世界から魔界へ戻る事になりそうだ」


「・・・は?揉め事ってなんだ?内乱か?それとも外敵か?」


「外敵だ。私が留守にしたと知って隣国の魔王が攻めてきた。軍団の殆どを残して来たのはこのためでもあった。小競り合いで終わらせる気はない」


「マジかよ・・・俺が召喚されてこっちの世界へ来て、まだ二ヶ月と経ってないぞ?いきなり、お前が居なくなるだと?放置プレイか?」


「お前には済まないが、こうなる事は予め想定済みだった。許せ」


えぇ~・・・そんな事言われても・・・それは聞いてないぞ。


「・・・それで、どれくらいで戻って来れそうなんだ?まさか負けるなんて思ってないよな?それならわざわざ、隙を作って人間界に出て来ないだろ」


「負ける事などあり得んな。しかし、場合によっては10年はかかるかもしれん。この大陸などより広い領土を持つ魔王が相手なのだぞ?人間のお前に言っても分からんだろうが、我々と人間では寿命が違う、何事も急ぐ必要がないのだ」


10年て・・・それ、俺がこの世界で生きているかも死んでいるかも分からん期間だぞ。


「だから必要なら言え、物資でも人員でも置いてゆく。1000人程度の軍をお前に預ける事も可能だ」


「いや、軍は全く必要無い、俺が世界征服するんじゃないし・・・それで、魔王城からも全軍撤退か?」


「リリスは置いていく、いずれリリスも魔界へ呼び戻す事があるかもしれないが、その場合は代わりの者を越させる」


「しかし、とんでもない話しだな。そちらは折りこみ済みだったようだが、喚ばれた俺はいい迷惑だ」


「すまん。だからお前に必要な物はあるだけ渡そうと思ったんだがな。もし必要だったらリリスに言うと良い」


「御堂殿、これまで何のサポートもしていませんが、私が残るので何でも仰って下さいね」


「ああ、何かあったら宜しく頼むよ。いざ侵略開始って時点でない限りは特に助力を請う事もないと思うけどな」


「そして、私と連絡が付かなくなる訳でもない、この城を中継して魔界の本物の居城へと連絡を取ることが可能だ。お前達で言うところの通信が可能だ」


「そうか、話せるならそれだけで気持ちが変わるな。保護者が居なくなった幼児のような気分が少しあるが、まぁ何とかやって行くさ。


これまでだって、特にフェルナードの助力を頼んだこともないしな。逆に、すぐこの世界の情報収集が可能な訳でもない。1~2年は暮らさないと、そっちに渡せる有益な情報も少ない」


「御堂・・・世界征服に協力しろとは言ったが、お前の人として生きる人生を捧げろとは私は言わない。


お前はもっと楽しんで良い、この世界で充分やっていけるようだしな。情報さえ与え続けてくれれば、私達でやる事をやる」


「分かってるさ、俺はお前に協力はしてるが召使いって訳でもない。これからも情報は送るし、好き勝手にやらせて貰うさ。それじゃそっちは忙しいだろうから通信は切るよ。フェルナード、帰って来いよ?」


「勿論だ。再開する日を楽しみにしている」


・・・心配させないように、出来るだけ動揺を隠していたがバレてただろうなぁ~フェルナード帰るの?俺は奴が結構気に入ってたんだが・・・


「なあ、ここで念のために最後の確認をしておきたいんだが、ルード、ヤクト、カゲミ。お前達はどうする?魔王は居なくなる、その上で、まだ俺に付いて来るか?


ヴァネッサは魔王関係なく、最初から俺の配下として決まっていたから、お前達とは立場が違う」


「御堂様、今更何を・・・それは何度も言ったはずです」

「我らは何処までも、御堂様に付き従います」

「全ては主様のために」


うん、そう言ってくれるのは分かっていたが、やっぱり最後に確認はしときたかったんだ。


「分かった、じゃあこれからも宜しくな」


三人は片膝をついて頭を下げた。


「主殿、今後はどうするつもりだ?我は最初から魔王などはどうでも良かったが、これは好機ではないか?主殿は計らずとも自由の身を手に入れた。最早、魔王は関係無いと言えよう」


「そうだとして、俺に何をしろと?魔王に代わって、俺が世界征服でもしろと?」


「そうは言わぬが、我の主じゃ、ただの冒険者で世を終えるつもりもあるまい?主が命じれば、我はこの都市を瞬く間に手に入れ、すぐさま隣国まで蹂躙してみせようぞ」


「・・・それって楽しいか?敵も味方も多く死ぬ。お前達だって死ぬかもしれない、俺だって死ぬかもしれない。


多くの人が死んで、そこまでして得られるものってなんだ?生きるためには人を殺す事もあるだろう、この前の海賊討伐なんかがそうだ。


だけど、俺は何の理由もなく憎くもない人を殺すつもりはない。俺は戦いが嫌いじゃない、どちらかと言えば好戦的だと思う。


だが、人殺しを楽しいとは思わない。モンスターだって、害がなければ危険を冒して殺す必要なんてないだろう、人を襲うからモンスターは討伐されてるんだ」


「主殿、その考えは分かる。今は主殿に野心など無いようだ。我は主を得て勝手に心が躍っていたようだ。我の勇み足だったな、許せ」


いいよ・・・と俺は言った。だが、ヴァネッサは俺にそうして欲しいのだろうな。でも俺は知っているつもりだ。


多くの本を読んで、英雄譚の類も読んだ。結局、多くの人を殺して英雄と呼ばれようとも、それは唯の我が侭なガキのやる事だ。止むに止まれず戦いになる事はあっても、自ら進んで戦いに明け暮れた果てには、得る以上に失う物が多い。


本で読む分には楽しいが、それを自分でやってしまったら、俺は必ず後悔する。


「暫くは冒険者として腕を磨く、強くなって損する事はないし、何か未知の物を発見したり、手に入れる事には興味がある。


俺は最強とか目指してないし、なれるとも思ってないが、二ヶ月も経たないうちに、結構強くなっただろ?


それに、他の国にも行ってみなくちゃな。せっかく異世界に来たんだ。可能な限りを体験して楽しまなくちゃ損だ。お前達とだって、こうして仲間になれたんだ。きっと楽しい事が待ってるさ」


「そうですよ!御堂様は何だって出来ます!」

「我らに任せて下さい、御堂様のために何だってやってみせます!」

「私達に任せる。主様と一緒なら魔王様とだって戦ってみせる」

「やれやれ、騒がしい奴等じゃな。これなら退屈しないで済むだろう」


俺は笑った。皆が好き好きに騒ぎ立ててる。それでいいじゃないか、今が楽しけりゃそれでいい。先の事なんて誰にも分かりはしないのだから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ