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8 顔合わせ

 シノとの相性には全く問題が無かった。もうすぐ新しく契約したマンションの一室で一緒に暮らすことになったが、それにも不安は無い。最初に西原に伝えた条件の通り、部屋はしっかりと別々になっている。それに、二人の希望もあってセキュリティを考慮した、二階以上の角部屋。それなりに壁が厚くてプライバシーが守られること。この辺は求めるものが合致していてありがたかった。もちろん、この先一生一緒にいる契約を交わしている訳ではないので賃貸だ。

 家事の分担をもきっちりと話し合った。どちらかといえば、結婚というより女子同士のシェアハウスと言った方が近いような状態だ。

 紗奈子としては、そういう状態を望んでいたので願ったり叶ったりだ。契約結婚の相談所でなく普通の結婚相談所では、シノのような人を見付けるのは難しかったと思う。

 けれど、一つだけ不安なことがあった。

 両方の両親にはきっぱりと断言して、結婚式はしないことになった。その代わりに顔合わせだけはすることになった。それくらいは仕方ないと思ったので、二人とも了承した。婚姻届を出す前に会うことになった。一緒に暮らす前でもある。

 一応、ケジメみたいなものは付けた方がいいという考えからだ。それで何かを言われたからと言って、親の決めた親にとって都合のいい相手と結婚させられるのも嫌だから、シノとの契約結婚を覆すつもりは無い。契約結婚だということも、もちろん二人だけの秘密だ。

 で、その顔合わせが今日だ。

 レストラン内にある個室で、紗奈子は両親と共にシノとその両親の到着を待っていた。こういう時は、女性側の方が先に男性側を待つのがマナーらしい。


『変なマナーよねえ』


 なんて、シノは不満げに言っていたし、紗奈子もそう思わないでもなかったが、お互いの両親に配慮してそのマナーに従っておくことにしたのだった。


「お父さん、ネクタイが曲がってますよ」


 母が隣に座る父のネクタイを神経質そうに直している。

 田舎に住んでる紗奈子の両親は、この日の為に紗奈子の住んでいる町に来ていた。今住んでいるアパートは片付け中で寝る場所が無いということで、昨日は近くのホテルに泊まってもらっていた。


「こんなに急なんてどんな人なの? 本当にちゃんとした人なんでしょうね」


 あんなに結婚しろとうるさかった母が、今は文句ばかり言っている。一体本音はどちらなんだと言いたくなる。なんでもいいから文句を言いたいだけなんじゃないだろうかと勘ぐってしまう。


「大丈夫だって」

「あんたも着物とかじゃなくてよかった? そんなワンピースなんかで」

「だから、大丈夫だって。レストランなんだから」

「こんなところでよかったの? 和食とかの方がよかったんじゃない? 相手に失礼になったりしない?」

「彼と選んだところだから、大丈夫だってば」


 答えながら、シノを彼と呼ぶことに強烈な違和感を覚えてしまう。

 それこそが不安の種でもあった。シノはちゃんとした格好で行くから大丈夫と言っていた。

 今日は胸を張ってシノを紹介するつもりだった。紗奈子自身はシノのあの格好をとても似合っていると思っているし、シノにはシノの思うまま振る舞っていて欲しいと思う。

 だが、こんな風に何にでも文句を付けたいだけの母がシノを見たらなんと言うだろうか。破談にするなどと言い出さないだろうか。

 そう思うと不安になる。が、文句は言わせないつもりだった。

 ノックの音がして、個室のドアが開いた。

 そこにいたのは、


「……!」


 一瞬誰だかわからなかった。シノのお父さんにしては随分若いと、そんなことを思った。兄弟がいるとは言っていたが、今日は両親と本人だけでという約束のはずだ。遠くから来るのは大変だということで、本人とお互いの両親だけという話になっていた。

 文句ばかり言っていた母が、個室に入ってきた男性を見て固まっている。


「初めまして、お忙しいところ私たちの為に時間を設けて頂きありがとうございます。本日はよろしくお願い致します」


 パリッとしたスーツを着こなした男性が、綺麗なお辞儀をする。

 紗奈子は言葉を失っていた。男性の後ろには、紗奈子の両親と似たような年頃の男女が並んでいる。彼の両親なのだろう。


「こちらこそ、本日はよろしくお願いします」


 紗奈子の父が椅子から立ち上がり、頭を下げている。母も紗奈子も慌てて立ち上がった。あまりのことに反応が遅れてしまった。

 いつものシノではなかった。だが、よく見ればシノだった。あの顔立ちは見間違えるはずが無い。ついこの前までは他人だったが、ここ最近仕事以外で一番多く会っている人間だ。

 格好が少し違うだけで一瞬でもわからなかった自分が恥ずかしい。

 目が合うとシノは、他の誰にも気付かれないくらいにほんの一瞬、悪戯っぽく微笑んだ。その顔はいつものシノで、紗奈子はちょっぴりほっとした。

 男性の姿をしているシノは正直、道を歩いていれば振り向く女性がいるのではないかというくらいの容姿だ。いつものシノからは想像が出来ない姿だった。

 しばらくはとても和やかに会が進んだ。上辺だけの中身の無い会話。こういう場所での会話なんて、ほとんどそんなものだろうと思わせるようなものだった。元々、紗奈子の父も母も人からどう見られているのか気にする人達だ。田舎の人間にありがちな、いわゆる世間体が大事というタイプだ。


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