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7 私たち、結婚します

『え!? 結婚することになった?』


 紗奈子は思わず耳をスマホから離す。それくらい大きな声だった。

 息を吸って口を開く。


「正月に帰ったときに言ってたでしょ? 付き合ってる人はいるって。その人と結婚することになったから」


 嘘だ。だが、そんなことは言わなければ母にはわからない。問題は無い。


『……それは、そうだけど。急じゃない?』

「そう? お母さんもすぐに結婚した方が安心とか言ってたでしょ? だから、あれからちゃんと話したの」

『でも……、結婚したらこっちには帰ってくるの?』

「このままこっちで暮らすことになるよ。もう、引っ越し先のマンションも決まったし」

『ええっ!? そうなの? それなら、こっちでお見合いでもした方がよくない? 近くにいてくれた方がお母さんもお父さんも安心だし……』


 ため息が出そうになって堪えた。この前はいい人いるの? なんて聞いていたのに、やっぱり一つ何かが叶えばすぐに次のことを要求してくる。思ったとおりだ。


「でも、もう決めちゃったから。また、色々進んだら連絡するから」

『え、あ』


 紗奈子は電話を切る。会話が聞こえない適度な距離で待っていてくれたシノの元へと向かう。


「どう? 大丈夫だった?」

「ちゃんと伝えてきた」


 ある程度話が進むまで、親には伝えないでいようという話になったのは紗奈子の提案だった。シノも同意してくれた。準備を進めた後ではないと反対される可能性もあると思った為で、案の定だった。シノの方も何も言われなかった訳では無さそうだったが、もう決めたことだからと乗り切ったらしい。

 今日は二人で決めたマンションに置く家具を買いに来ているところだ。一人でいるときに親に電話をするのはなかなかやる気が起こらなかった。だから、シノがいるときに思い切って電話をすることにしたのだった。近くにいてくれると思うと決心が付いた。

 あれから数回シノと会ううちに意気投合して、とんとん拍子に進んだものの親に伝えるのはさすがに躊躇したからだ。


「シノさんの方は大丈夫?」

「ええ、結婚式もやらないってもう伝えてあるしね」

「それは私も伝えないとな。本当にアレ、私は子どもの頃から憧れでもなんでもなくって。大勢の前であんな見世物になるとか、苦痛でしか無いって言うか」

「あはは、紗奈ちゃんらしいわね。アタシもね~、タキシード着るとか苦痛よ。ドレスならちょっといいと思っちゃうけど」


 いつの間にか、シノからの呼び名は本田ちゃんから紗奈ちゃんになっている。一歳しか違わないということで、紗奈子も敬語ではなくていいと言われて今はタメ口になっている。


「シノさん、すっごく似合いそう。私は貧相だし、ドレスとか似合わなそうなんだよね」

「そんなこと無いわよ。紗奈ちゃん、細身でかっこいいでしょ。スレンダーラインのドレスとか絶対似合うわよ」

「スレンダーライン?」

「ボリュームがないシンプルな無いドレスのことよ。そういうの好きじゃない?」

「確かに、ふわふわの可愛いのよりは好きかも」

「でしょでしょ! あ、そうだ。今度髪も切らせてくれない? お店にいらっしゃいよ。素敵にしてあげるわよ。サービスでタダにしちゃおうかしら」

「それは駄目!」

「え、嫌だった?」


 シノががっかりしたような顔をする。拒否されたと思ったらしい。


「そうじゃなくて!」


 紗奈子は慌てて否定した。


「切ってもらうのが嫌だって訳じゃなくて、タダとか絶対ダメだから。プロの方にやってもらうならちゃんとお金払わないとってこと」

「ああ、そういうこと。もう、紗奈ちゃんってば、嬉しいこと言ってくれるわねえ」

「そう?」

「そういうところもいいと思ったのよね」

「当たり前じゃない?」

「うん、そうね」


 嬉しそうにシノが笑った。


「じゃあ、そろそろ買い物再開しようかしら」

「って言ってもお互いに元々一人暮らししてたし、後は足りない物か」

「後はお互いに一人暮らしが結構長かったから、ガタが来てるものもあるものね」


 久しぶりに来た家電量販店には最初に一人暮らしを始めたときよりも、シンプルで洗練されたデザインの物が並んでいるような気がした。


「あら、このトースター可愛いわね。あ、冷蔵庫も。最近はこういうレトロ可愛いのって流行ってるわよね」

「でもちゃんと機能はしっかりしてるみたいだし、いいな。うん、私もこういうのって結構好きかも」


 二人ではしゃぎながら店内を見て回る。そうしながら、紗奈子は高校生の頃に友達と買い物をするでも無く、こうして色々な店内を見て回っていたことを思い出していた。アレに似ている。

 逆に以前に彼氏と買い物をしたときのことも思い出してしまう。いるものだけをピンポイントで買おうとする人で、こんな風に楽しく買い物をするなんて出来ない人だった。

 そもそも、あの人は紗奈子のペースなんか全く考えない人だった。今思うと父親に似ていたのかもしれない。勝手に盛り上がって告白してきて、押されるままに付き合うことになって、合わないからと一方的に離れていった。

 最初にハッキリと断らなかった紗奈子も悪かったが、好きだったのなら少しくらい紗奈子のことを尊重してくれてもよかったのではないかと思う。

 元々恋愛事に淡泊な性格も手伝いつつ少ない恋愛経験の中で、恋愛や結婚に夢を持てなくなっていたのは正直ある。


「ねえねえ、これも可愛くない?」

「あ、ほんとだ」


 男性からはよくクールに見えると言われる紗奈子だが、買い物もさっさと目的の物だけ見て済ませるような性格では無い。好きな物や長く使う物に関してはゆっくり見たい。

 シノとの買い物は、テンポが似ているから楽だし楽しい。

 西原の言うとおりだ。契約結婚だからと言って、条件だけに妥協して性格が合わない人だったら、きっと苦痛だった。

 しかも、恋愛なんか関係無い関係だと思えるのが紗奈子にとってはとても気楽でありがたい。


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