最終章 色褪せない絶望を
19時、✕✕駅。
時間丁度に彼は現れた。
「君だったんだな、彼を隠したのは。」
出会い頭、挨拶もなしに問いかける。彼はニイッと笑うと両手を広げて花束をくださいと催促した。
「なんでアジサイなのかずっとわからなかったよ。」
「でしょうね。僕もあなたがこの答えにたどり着くと思わなかった。」
青と赤のアジサイを両手に抱えながら、微笑む小説家に私は続ける。
「アジサイの花言葉は『浮気』。指輪のモチーフにすることで彼は私に懺悔したんだ。最初から嘘を吐いていたことを。わかるだろう?浮気相手の君なら。」
「どこで気づきましたか?」
「君の小説を読んだ時から。」
「ふふ。ご案内しますよ。どうぞ。」
近くにいたタクシーを止める。駅からそう遠くない地名を指定すると花束を抱えていない方の手で私の手をそっと握った。
「夢みたいだ。何て言ったら現実の貴女は怒りますかね?」
古びたアパートの一室。異臭の中で小説家は花瓶を優雅に取り出すとアジサイの花束を活けた。
部屋の隅に原形をとどめていない肉塊がある。なぜか不思議と彼だと信じて疑わなかった。それから目を逸らすと、机の上に置いてある金槌に目が行った。あぁ、彼はこれで殺されたのだ。私の確信は不気味に笑う小説家の言葉で否定をできなくなった。
「これで、彼を殴りました。何度も、何度も。」
「なんで・・・。」
「彼はね、僕が入社した時から僕を目にかけてくれた。社員としても、恋人としても。でもね、その後貴女が入社してきて僕たちは変わった。僕たちは2人とも貴女に恋をしていた。貴女は彼と恋して楽しかったでしょう?僕もね隙あらば貴女に近づこうとした。小説を書き始めたのもその頃。イベントで出会った貴女はやはり周りの男を虜にするくらい美しかった。その中で僕を選んで来てくれるように仕向けた。その方法はすごく簡単だった。」
「彼に君のことを示唆させる。私は社内の伝手を使って君に辿り着く。そしてイベントで偶然を装って近づく。君の小説は恋愛ものだったから、私が興味を示す。理由は自分が書かないものだから。と言う体で、君に近づく口実にさせた。」
「ご名答。貴女の小説には答えが載っていた。彼を殺したいという欲望が。」
「あの短時間でそこまで読み込んだのか。」
「僕たちはお互いに『浮ついた気持ち』を相手に押し付けていたんだ。そしてそれが『浮気』になった。僕からしたら彼と貴女が、貴方からしたら僕と彼が、彼からしたら僕と貴女が。最後はもう死んだ後で浮気と言えるかは分からないですけどね。」
金槌を手に取る。振り向きざまに思い切り振り下ろした。
「残念ですが、死ぬのは貴女です。」
反対側からゴンッという音とともに衝撃が走る。
「営業職でもDIYが趣味って言うと評判良いんですよね。だから予備の工具はたくさんある。」
「隠し持っていたのか。」
「ええ、貴女がそれを使うと予想していたので。」
「彼が失踪したのは、君に殺されたからなんだな。」
小説家・・・いや殺人犯は答えない。
「ずっとこうしたかった。これで彼も貴女も僕のもの。」
恍惚とした顔が薄暗い部屋の中で浮かぶ。
彼のそばに這いずるように逃げる。そんな抵抗も空しく。
「愛してますよ、憎いくらいに。」
鈍い銀色を最後に私の視界は消え失せた。