第1章 忘れられない人がいる
彼女は、美しかった。
小説家の仲間内でお互いの作品を見せ合おうと集まった時、自然といた彼女に惹かれる男は少なくなかった。声をかけてみようかというものもいたが、大抵がしり込みしてしまう始末。そんなこと知らないよというように彼女は僕に話しかけてきた。
「ねぇ。あなたの作品見てもいいかしら。」
「え、えぇ。どうぞ。」
僕の前の空いていた椅子に腰かけ、彼女が頁を捲る。周りの目線もあって、その時間がなんだかくすぐったくて、彼女の作品に同じように目を通していた。最初は照れ隠しだったのに、サスペンスな展開をする作品に面白さのあまり没頭してしまって、気が付いて顔を上げたら嬉しそうに微笑む彼女がいた。
「あなたって優しい人ね。」
「い、いや、そうかなあ。」
「こんな優しい文章書く人だもの。あなたの人柄がきっと出ているわ。」
「君がサイコパスを書いたからって君がサイコパスってことにはならない。」
「ほら、そんなこと言ってくれる。あなたって優しい人。」
ほぼ初対面にもかかわらず、彼女とは砕けた口調で話せていた。不思議と居心地がよかった。集まりが終わる時まで彼女とお互いの小説を読みあい、感想を言い合うということをしていた。彼女もとにかく嬉しそうで、帰り際片づけを終えると僕のところに来て、
「これ君だけね。」
と、名刺を差し出してくれた。電話番号と簡単な連絡先が書かれたそれを受け取るとその時は何事もなく別れた。
集まりからしばらく、彼女とメッセージのやり取りをしていると、ふとこんなメッセージが来た。
「忘れられないひとがいる。」
最初は新しい小説のモチーフかと思ったが、よく話を聞けば作り事ではないらしい。
曰く、失踪した恋人が忘れられないとのこと。どんなに新しい人を好きになっても恋になることはなく、新しい恋もすることなく、結局はいなくなってしまった恋人を思い出しては小説に落とし込んでいるとのことだ。
僕は既読を付けたまま、5分ほど固まってしまった。
一寸期待していたのだ。僕の方を向いてくれることを。
それくらい、彼女は容姿も性格も作品も、周りから頭一つ抜き出ていた。
「ごめん、こんなこと言って。」
続けてこんなメッセージがきて慌てて返事を打つ。
「大丈夫、話したかったら続けて。」
「ありがとう。実はね・・・。」
彼女が続ける。
その恋は僕が知っている中で最も惨く、そして最も美しかった。