100
「(よし、今日も頑張るよ)」
《まあ、焦らず行こうぜ》
第2回目の金冥の森へのアタック。
昨日サークリエがアルムに与えてくれた図鑑のお陰でメンタルが好調なアルムは、ムンっと気合いを入れ、気合い十二分なアルムをスイキョウが軽くなだめる。
アルムとてククルーツイの図書館で足りない知識をかなり補ったつもりだった。だがサークリエの与えてくれた本を読み始めると、自分の知識がまだまだ全く量も質も足りなかった事を思い知らされた。
図書館にもう少し籠っておくべきかとアルムは少し後悔したが、それもしょうがない事だとスイキョウはアルムを宥めていた。なんせ図書館は入場で1万セオン、レベル2のエリアに入るだけで更に10万セオンを徴収される。アルムの図書館における出費の最終合計は今でも敢えてアルムもスイキョウも計算しないように努めていたが、それでもとんでもない額だったのがわかるほどに金を取られた。故にあの図書館でしか閲覧できない様な情報のみにだいぶ的を絞って閲覧していたのだ。
サークリエの貸し出した本は100冊以上あり、1つ1つがとても詳しい。
アルムが昨日読み込んでもまだそれは全体の一片に過ぎないボリュームで、アルムは色々と重要な知識を得ることができた。
まず新しく得た知識で最も重要なのが金冥の森の魔草について。アルムは昨日色々と魔草を回収していたが、薬草として価値がある魔草はもっと森の奥にいかなければ見つからない事がわかった。
そもそも近縁で利用価値のある魔草は辺境警備隊が根こそぎもっていってしまうし、近縁の有用な魔草の繁殖地は国が全て押さえてしまっている。元々国有地なのでそれは当たり前のこと。アルムが回収した魔草はただ希少か、観賞用が中心になってしまう。
加えて思ったより利率が高い訳でも無いことが発覚する。
そもそもとして魔獣や魔草を素材にした製品にはニッチで高い技術がいるので買い手の絶対数が少ない。なので大概は辺境警備隊が賄う分で需要が間に合ってしまう。
金冥の森を勧めたゼリエフも失念しているが、ゼリエフが認識している魔獣の買い上げ価格は国の定めている価格。国の組織だから国が全て買い上げる事を前提とした値段だ。大きな報酬でモチベーションアップを図ったり武具の整備代をケチったりする為に敢えて大きめに買取金額は見積もられている。
更に頭が痛いのが、帝国の売却価格。帝国はニッチだが強力な能力を持つ者たちの育成を促進するため、魔獣の素材や魔草などは赤字スレスレで既に売却しているのだ。なのでアルムが利益を大きく上げるには、少なくとも鮟鱇の魔獣以上の魔獣や魔蟲の討伐を必要とされるし、必要とされる魔草もっと奥地に入っていかなければ手に入らない。
アルムとスイキョウは、生態系の破壊に目を瞑ればもしかして故郷の森で全力で頑張ったほうがもっと楽に同じ利益をあげられるのでは、と思ってしまったが、もう後の祭り。
どの道戦闘力を上げなければ宮廷伯の目に留まる可能性は下がってしまう。サークリエのもとで得られる物は多少の苦労や苦痛、時間効率の悪さを考えてもかけがえの無い価値がある。
アルムに後悔は無い。
自分の甘さを見つめ直す為にも、金冥の森で戦う事を心に誓っていた。
そしてアルムは金冥の森に再び足を踏み入れるのだった。
◆
「(うーん、もう少しで掴めそうな気がするんだけどなぁ)」
アルムがバナウルルで活動を開始してから1ヶ月以上の月日がたった。
図鑑によりアルムが金冥の森で利益をあげられるようになるのはまだまだ先のことであると判明すると、アルムはだいぶ開き直って自分の鍛錬に全てのリソースを割いていた。
スイキョウも自分によって予定外に得た2000万セオンなどを考えて、アルムには最悪今年いっぱい使っても鍛錬に専念していいとアルムの背を押していた。慣れてない地でそもそも探査の魔法できずに利益を上げていこうとしているのが無謀だったと2人は納得することにしたのだ。
金冥の森で鍛錬し、イヨドの拷問鍛錬第2弾をこなし、更にサークリエの講義をローテンションする生き地獄の様な生活にもアルムは慣れつつあった。
どれも目に見えた成果はまだ出ていないが、アルムが目下最も行き詰まっているのがサークリエの講義。アルムは2ヶ月を経過して未だに最初の宿題をクリアできていなかった。
自分の魔力を見つめ直すのもまだまだ難航していると言わざるを得ない。だがアルムは直向きに努力を積み、食事の時も入浴中もサークリエの宿題について考えていた。
今日も今日とて風呂で脱力しつつ、アルムは宿題の答えを考え込む。
「(今までヒントも沢山貰った。だからなんとなく性能についても分かってはきているけど、それも全てじゃない。何か1番大事な部分をずーっと隠されてる)」
サークリエがアルムに一体なんの薬を作らせたいのか。
アルムはズルして本で調べたりもせず、自分の魔力に馬鹿正直に向き合いながら薬の正体を考えていた。特に指摘によって自分が即座に修正を入れてしまう欠点は深く自覚し、アルムは独力で課題をクリアしようとしていた。故にスイキョウは既に答えに当たりは付いていたがアルムの為にずっと黙っていた。
敢えてぬるま湯でアルムは深い思考に沈んでいると、その思考に割り込むように笛の音が聞こえる。そしてテテテテテテと音がして浴室のドアが開く。
『ピピ、ピッ、ピ、ピッ、ピーピー、ピッ、ピピ、ピッ!』
「もう、お風呂はだめって言ったでしょ、ラレーズ」
アルムが入浴中にも関わらず容赦なく浴室に突撃してきたのは、植物製幼児のリーダー格の女の子。アルムが古い言葉で“世界樹の花”の意を表すラレーズという名前をこっそりとつけた子だ。
別にアルムがつけようと思った訳ではなく、一度アルムが可愛がってからラレーズが頻繁に遊びに来るようになり、ある時にアルムがふと呼び方について考えていると、『名前をつけてほしい』とラレーズがおねだりしたのだ。
名無しはかわいそうだと思いアルムは特に考えもせず、すぐにラレーズと名前を与えたのだが、それ以来余計にラレーズはアルムに懐いていた。
最近ではベッドに潜り込んできて一緒に寝ていたり、風呂場に襲撃をかます事もザラだったが、アルムの心の清涼剤としてラレーズは大きく活躍しておりアルムもかたちばかり叱りつつもなあなあで受け入れていた。
「不思議だけど、気無しで作った方は直ぐ完成しちゃったんだよね」
ラレーズは風呂の際でしゃがみ、目をキラキラさせながら手を差し出す。そんなラレーズを見てアルムは苦笑しつつも虚空から赤い玉を取り出す。
アルムは金冥の森へアタックする際、昼休憩にぼけっとしているのも暇だったのでサークリエの言っていた植物製の生物達の為の赤い玉、スイキョウ達は栄養丸薬と呼び名をつけたが、それを制作してみたのだ。幸い金冥の森でわんさか魔草は取れるので、それをブレンドしたりして試行錯誤した結果、性能が超大幅に強化された丸薬ができてしまった。
それを試しにラレーズに与えたのが運の尽き。ラレーズはサークリエさえも拒否してアルムからしか丸薬を受け取らなくなってしまった。しかも毎度超強化版の丸薬をおねだりする始末だ。
なんだか最近ラレーズだけほんの僅かだが成長しているのを気のせいと誤魔化すには無理が出てきた気がすると思いつつも、アルムは今日もラレーズに超強化栄養丸薬を与える。
ラレーズは丸薬を飲み込むと嬉しそうに身悶えして、『ピ、ピ、ピッピ、ピピ、ピピ、ピ、ピッ、ピ〜、ピ、ピッ!』と笛を吹き、身体を揺すると、胸元からポンっと何かが出てくる。
「今日は一体なにをくれるの?」
その出てきたものをニコニコしながらアルムに差し出すラレーズ。アルムがついついラレーズに超強化栄養丸薬を与えてしまうのも、その後にランダムで何かをくれるからだ。コレがガチャガチャのようでスイキョウも密かに楽しんでいた。
今回ラレーズが渡したのは赤い毬栗に見える植物。アルムは風呂で脱力していた事もあってそのまま受け取るが、予想以上に鋭利だった針がよくふやけた肌に突き刺さり少々出血する。
「イテっ」
アルムは思わず手から落としてしまうが、ピンポイントでインベントリの虚空を落下コースに開いて回収。これはイヨドの鍛錬のおかげで異能の操作が上達した事で可能になった芸当だ。
アルムが怪我したことにラレーズはオロオロして悲しげな表情になるが、アルムは金属性魔法ですぐに傷を塞ぎ無事をアピールする。
「大丈夫だよ。それにしても最近表情も豊かになってきたよね?でも不思議だよね。多分ラレーズ達って使い魔の延長線上の存在だと思うんだけど、魔残油を欲しがる使い魔って聞いた事ないし、植物だから血は流れていないのに外部から魔残油を吸収したがるってとっても奇妙………………ん?血?」
アルムは洗い流されて穴に吸い込まれていく自分の血を見る。
血、魔残油、自らの魔力。
バラバラのキーワードが急速に繋がり始める。アルムの頭の中のエンジンが轟く様な唸り声を上げるほど回転しだす、そんなレベルの猛烈に深い思考。脳細胞がバチバチと弾けて通電する。
スイキョウはアルムがようやく気づき出したことにニヤッとした。
「(魔残油の依代は血液。血液は器の中で最も魔力と密接に関わってる。師匠が何故あの薬を作ることが僕が自分自身の魔力と向き合うきっかけになると考えたか、もう一度そこからよく考えればおそらくその正体はっ!)」
アルムは自分の中に深く意識を集中させてサークリエのように指をパチンと鳴らして薬を生成する。すると目の前に赤い液体の玉が出来上がる。それはサークリエの作る薬と反応は“大きく異なる”のだが、アルムはこれが宿題の答えである事を確信した。
「やった!できた!全部謎が解けた!」
アルムは珍しいまでの超ハイテンションで謎を解く呼び水となったラレーズをありがとうー!と言って高く抱き上げると、ラレーズも嬉しそうにニコニコと笑う。
《おいアルム、服着てないの忘れてるだろ》
「(あっ)」
アルムはスイキョウに指摘されて冷静になると、静々とラレーズを下して少し恥ずかしげな表情で風呂を出るのだった。
◆
「今日はいい表情で入ってきたね。期待していいのかい?」
アルムは宿題の答えを出せたことに歓喜しつつ、はやる気持ちを抑えて夕食をガッツリ食べる。そしてスキップでもしだしそうな雰囲気でサークリエの執務室に行くと、サークリエはすぐにそんなアルムの変調に気がついた。
「はい、答えが出せました」
サークリエの問いに自信を持って答えるアルム。サークリエは全ての作業を中止すると直ぐ奥に部屋へアルムと向かう。
「さあ、見せておくれ」
サークリエに促されたアルムは目を閉じて、自分の体内に深く意識を研ぎ澄ませる。体内を流れる魔力をより洗練させ深く息を吐き出す。サークリエを真似てパチンと指を鳴らすと赤い液体を空中に生成して見せた。
「ふむ、私の物と違うようだが?」
サークリエもパチンと指を鳴らしアルムの前で幾度となく見せた赤く透明な液体を生成する。だがアルムは首を横に振った。
「“違う”事が正解なんです。この薬は、作製者本人が最も上手に作れるようにできているのが最も肝です。何故なら、この薬の正体は作成者の“魔力を含んだ血液”をベースにしたものだからです」
アルムがサークリエをジッと見つめると、サークリエはふっと破顔してアルムの頭をわしゃわしゃと激しく撫でまわす。
「正解だっ!よくわかったねアルム、大したもんだ!
そう、コイツは私が発明した増血の魔法さ。アルムがうまく性質を読み取れなかったのも私の魔力を多く含み、私の魔力に合わせてカスタマイズをされた薬だからさ。こいつを作るには自分自身の魔力ってのがよくわかってなきゃ無理なんだ。
実はアルムじゃなければもっと早く解答に辿り着けた薬なんだ。自分の魔力ではなく手本を優先させてきたアルムだからこそなかなか気付けず悪戦苦闘する課題だったのさ。戦闘によって失った血液は金属性魔法でも容易に回復出来ない。加えて魔法の対価に魔力だけでなく血液を支払う者も多い。それを受けて私が作ろうとした血を補う薬なのさ。
残念ながら、魔力に阻まれて万人に通用する増血の魔法は作れなかったがね。今は各個人ごとにカスタマイズする事でその問題点を誤魔化してるのさ。そこに必要な栄養を添加して体に更になじみやすくすると、透明度が上昇するんだ。
正直来年迄持ち越すかもしれないと思ってたが、こうも早く本質を理解するとは思ってもみなかったよ!よくやったアルム!あんたは私が見てきた中で1番優秀だ!」
まるで少女の頃に戻ったかのように若々しい笑顔ではしゃぐサークルエ。
自分の遥か上位者と思い慕うサークリエから手放しで褒められて、アルムは幼げな表情でニコニコと笑うのだった。




