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『そういえば、そんな物も持っていたな』


 翌朝、アルムのメンタルとは裏腹にふかふかのベッドでぐっすり眠りについたアルムは、とぼとぼと部屋を出て朝食を通常の十人分くらいは軽く平らげて部屋に戻る。死刑台に進む死刑囚の足取りで歩き、なにも無い一室のドアを開けるとそこには既にイヨドがスタンバイしていた。


 イヨドも悪魔ではないので休息日の1日中鍛錬をやる事は強いなかった。代わりに早朝から正午きっかりまではなにがあろうと絶対に続けさせると宣言していた。


 朝食も食べ終えていざやる段階になったが、イヨドは何かもう1タスク増やすような物を用意しろという。そこでアルムはふと思い出して、虚空から音神ブネルンラトンの司祭がくれた横笛を取り出した。


『それは鍛錬に非常に向いているだろうな。魔力を流す事で真価を発揮する類の道具だ。ちょうど良いだろう』



 アルムはそんな機能があるのかと首を傾げるが、まだハッキリと性能はわからなかった。


『この部屋は既に結界で隔離しているから何をしようと構わない。異能が暴走しても我が対処してやる。さあ、笛を吹け』


 と言われてもアルムに笛を吹いた経験など無い。しかし教会で演奏していた人達のように口を添えてみて試しに魔力を流してみると、頭の中に調べが踊り体勝手にそれに合わせようとする様な感覚がある。

 アルムはそれに合わせて動いてみると、まだ下手くそだが笛から確かに音が出始める。魔力に意識を研ぎ澄ませてより魔力の流れを精密にしていくと、身体に走る感覚もハッキリとしていく。


『その調子だ。そのまま異能を発動してみろ』


 笛に意識が流されそうな中ダイレクトでアルムの脳に届くイヨドの指示。アルムはそのままインベントリの虚空を小さく開いてみる。


『では、始めるぞ。覚悟をしておけ』


 イヨドが忠告した次の瞬間、アルムの心に凄まじい焦燥感に襲われてたまらず何処かへ逃げ出したくなるが、イヨドが強く睨み付けていて行動を止められない。

 次に今すぐ雄叫びをあげたくなるほどの高揚感がきて、演奏を止めそうになる。だが氷がスコーンっと額にヒットして強制的に演奏を続行させられる。


 続いて言いようも無いほどに何故か部屋の狭さが恐ろしくなり発狂しそうになると、いきなり今度はイヨドの毛皮に奇妙なまでの強い愛着を感じ、今度は訳もなく激怒し………………そこに加えて時間感覚や平衡感覚、色彩感覚まで歪み始め、不規則に記憶の一部をフラッシュバックする。


 まるで感情と記憶の詰まった箱をガシャガシャと激しく揺すられているような、とてつも無く生理的嫌悪感の湧き上がる感覚がアルムを襲い続ける。

 だがそれでも虚空は維持しなきゃならないし、笛も維持しなければいけない。


 そして今回、いつもヘルプをしていたはずのスイキョウは黙り込んでいた。アルムの為に心を鬼にして黙っていたわけではない。アルム以上に精神攻撃の余波を喰らいまくって余裕が無かったのだ。それでも大人のプライドだけでじーーーっと我慢をし続けているが、フラッシュバックする記憶の奔流や感情の暴走で頭がイカレるんじゃないかと思うほどの責め苦を味わう羽目になる。

 そんな状態が正午まで続き、アルムは終わった瞬間に膝から崩れ落ちスイキョウ共々ハイパーグロッキーな状態で1時間ほど倒れていた。






《ア゛ル゛ム゛、生きてる、か?》


「(なん、と、か…………)」



 意識の中で喋る事も出来ず、ただただ1時間床に倒れっぱなしだったアルムは、スイキョウの呻き声でピクッと反応する。



《気分は最悪だが、いいことがわかったな。精神に直接攻撃可能ってことは俺も無敵じゃないって事らしい》


「(多分スイキョウさんじゃなくても精神体を直接破壊されたら死んじゃうから一緒だよ)」


 お互い絞り出すような声で会話するが、そのおかげで双方とも喋る感覚を思い出して少し回復する。


《過暴走の時はアルムに任せっぱなしで、強化された肉体をほぼただで使わせてもらってた。だが今回は共に同じ苦痛に伴にするわけだ。アルムの苦痛がよくわかるぞ》


「(巻き込んで、ごめんね?)」

 

 未だ感情を引っ掻き回された副作用で少し情緒不安定なアルムは、ジワーッと目に涙が浮かぶ。だがスイキョウはケラケラは笑って構わないと言う。


《一蓮托生だっての。苦楽をより確かに共有するのは、相棒の仕事だろ?》


 スイキョウも副作用で演技がかった気の大きな発言をする。だが今の気弱な状態のアルムにはそれがとても大きな救いになる。


「(うぅっ……………スイキョウさんありがとう)」


《どのみち泣くんかよ。まあ泣いてスッキリするなら泣いちまえ》


 ちょっと自分に向けるアルムの隠された想いが半端なく重い様な気がしつつも鷹揚に受け止めるスイキョウ。

 アルムはしばらくして徐々に副作用が収まり、今度は気恥ずかしさで悶えるハメになったのだった




 それから暫くして、アルムは這うように立ち上がると昼食を食べに移動する。幸い今日の食事処とアルムの部屋は近かった。アルムはビュッフェ形式の昼食をガンガン適当に虚空へ回収し、色々と気力が削がれていたので部屋に戻って食べることにした。


 アルムはのそのそと椅子に腰掛けると、未だ感情が安定しないアルムは結果的に死んだ魚のような目で、しかし食欲はいつものまま10人前をぺろっと完食した。



「(少なくとも、過暴走の鍛錬の時みたいに日常生活に大きく支障が出るタイプじゃないことは救いかな?)」


《実際、肉体への影響は無いからな。イヨドの言うように酔いに似た感覚はあるが、目が回るって感じじゃなくてフラッシュバックした記憶の整理が追いついてないって感じだな》


 自分の魔力とは一体なんだろうと思い火の矢を空中で飛び回らせながらボーッと天井を見上げるアルム。精神体が揺らいでいるせいかあまり軌道が安定しないが、アルムはそれを無理に修正せずに自分の魔力を見つめ直そうとした。

 アルムらしからぬのんびりした時間の過ごし方だが、スイキョウ共々精神体のダメージ回復がなかなか追いつかない。加えて特にやる事も無い。1時間ほどただ休養のみに当てててだらけてみる。


 そんな時、コンコンっとドアがノックされた気がした。しかし手でノックした音にしてはやけに硬い音。アルムは不思議そうな表情で緩慢に立ち上がり、部屋を出て、そして玄関である黒い寂れたドアを開ける。


「どちら様でしょうか〜?」


 元よりアルムはサークリエが直接訪ねて来たとは思っていなかった。サークリエの性格ならノックだけでなく、アルムの名を大きな声で呼ぶと思ったからだ。


 しかしアルムがドアを開けてもそこには誰もいない。あれ?とアルムが首を傾げてドアを引いて閉じようとすると、開いたドアの影からピョンと小さな物が飛び出す。


『ピピッ、ピ、ピッピッ、ピッ、ピーピー、ピ、ピッピ、ピー、ピピピ、ピ!』


 それは悪戯に成功したような無邪気な笑みを浮かべた植物製の幼児の1人。腕に赤いスカーフを巻いたリーダー格の幼女が、アルムに1枚の紙を差し出す。


『ピ、ピー、ピッ、ピッピッ、ピピ、ピ、ピピッ、ピピ!』


《手紙だとよ》


 アルムはありがとう、と言って紙を受け取り幼女の頭を撫でる。すると幼女は嬉しそうに笑ってアルムによじ登りセルフで肩車の形になる。


 アルムはしっかりとした体幹で急な肩車にも鷹揚に対応し、幼女はそのまま肩車を継続しつつ折り畳まれた紙を広げる。


「(師匠からお茶のお誘いだ)」


 そこには、今しがた少し手が空いて休憩しようと思うから一緒にお茶でもどうだい?というサークリエのメッセージが記してあった。


《1日明けて、いろいろ聞いてみたいこともあるんじゃないか?》


「(ちょうど暇だったし、タイミング的には嬉しいよね)」


 アルムはサークリエの誘いにのることにして少し身嗜みを整えていると、いつの間にか幼女はいなくなっていた。


 相変わらず不思議だなぁ、と思いつつサークリエの執務室へ向かうと、赤い門の前で幼女が待っていた。だっこ〜、と意思表示するように幼女が手を広げるので、アルムは幼女を抱っこしてあげる。


 門を開けるとそこにはサークリエはいなかったが、こっちにおいで、という声につられて声の方向を見ると、部屋の右奥の棚がポッカリと消えていて人が通れるスペースができていた。


《隠し部屋とかあるのかよ》


 ますます不思議な建造物もとい使い魔だが、アルムが幼女を抱っこしたままそこへ向かうとその先には豪華な客間があった。緻密な意匠の施された机や椅子、壁にかけられた絵などどれをとってもかなり価値のある物だ。

加えてこの部屋は何故か窓があり、暖かな陽の光が差し込んでいた。


 サークリエは入ってきたアルムを一瞥すると、赤っぽいハーブティーをこれまた高価そうなカップに注ぐ。


「その子から来ることを聞いてね、今ちょうどいいタイミングで煎れたところだよ。イヌリブも食べるかい?」


「いただきます」


 イヌリブはシアロ帝国の中央部の郷土料理で、ざっくり言えば手のひらサイズのなんちゃってピザである。ラム酒を生地に練り込み、薄い円盤状にしてチーズをかけて酒精が飛ぶ程度に焼き上げる。そこに蜂蜜とスライスした柑橘系やベリー系の果物をのせて、チーズクリームを仕上げにかけてもう一度軽く炙って冷ましたら完成である。お茶請けにしてはかなり高級な部類に入ると言えるだろう。



 いきなり話を始めるのもなんだからと、サークリエに勧められてイブリブを食べるアルム。サークリエのイヌリブはラズベリー系統のフルーツを使っていて、チーズもあっさりしていた。それからいい香りのするハーブティーを一口飲むと、アルムは目を丸くする。


「これ、リロキュスのハーブティーですか?」


「おや、良く知ってるね。美味しいだろ?」


「はい、凄く美味しいです」


 リロキュスは魔草の一種であり、乾燥させるのが難しいことで知られる高級品である。アルムもロベルタの講義で色々と実食した時に凄く美味しく感じたのを覚えていた。


「それとだね、最近取引先からもらったんだが」


 サークリエはそう言って、背後の戸棚から瓶を取り出す。


「あ、ポップコーン」


 瓶に詰められていた物に見覚えがあったアルムが呟くと、サークリエは少し驚いたような顔になる。


「コレも知ってるのかい?まだこっちじゃ売られちゃないみたいだが、試供品として貰ったんだ」


 サークリエがザラザラと用意した皿にポップコーンを出すが、それは保存性を高める為か油で炒めたり味付けもされていない状態だった。


 すると今までアルムの脚に大人しく座っていた幼女が、アレ欲しい!と言っているのかポップコーンを指さしつつアルムを見上げる。

アルムはあげていいのか迷っていると、ふとあることを思い出す。



「あ、そう言えば師匠にお聞きしたいのですが、この子達って何か与えても良いのでしょうか?魔残油をとても欲しがったのですが。あの赤い玉は魔残油が原材料に入ってますよね?」


「ん?あれかい?あ〜〜、アルムにはまだこの植物の子達については話せないんだ。実を言うと私だけの話でも無いからね。でも別に何を与えていいかは隠しちゃないよ。アルムが言ってるのはこれだろう?」


 サークリエが懐から取り出したのは昨日投げていた赤いビー玉の様な物。サークリエはそれを机の上で転がしてアルムに渡す。


「魔残油でも高品質な奴を丁寧に濾過して出来るだけ不純物を除き、水をその50倍、砂糖をその10倍くらいの比率にして、一緒に高熱で煮込むんだ。それをもう一度濾過して、状態を安定化させる薬を何種類か入れる。更にもう一度煮込んでそれを固めたのがそれだよ。人間は食えないよ。魔残油が混じってるからね。その子やそれと同類の者は見ての通り植物でできてる。だからあまり固形物は与えちゃだめなんだよ。少なくとも食べさせていいのは植物性由来の物だけだ。肉とか食っても全部吐いちまうよ。あの赤い玉をあえて固形にしてんのは、ゆっくり吸収させる為さ。魔残油を直接食べさせちゃだめだよ。元が動物素材だからこれも吐いちまうんだ。

1番いいのは、魔草を煎じた飲み物かね?次は魔草単体だね。コストが悪すぎてくれちゃないが」


 アルムが試しにリロキュスのハーブティーを幼女の口元に近づけてあげると、幼女は美味しそうにコクコクと飲み始めた。


「あーあー、舌を肥やしちまって。アルム、責任取るんだよ」


「でも僕たちだけ食べてるのもなんか忍びなくて………………」


 アルムは苦笑しつつインベントリーの虚空から昨日収穫した魔草の果実を取り出すと、幼女に食べさせてみる。


 幼女はアルムの差し出した果実を小さな手で受け取ると、見せかけの歯でハミハミして、チューチューと中の果汁を吸ってみたりする。それからアルムを見て満面の笑みを浮かべてはしゃぐ。


「あたしゃもう知らんからね、そんな高級品くれちまって。不思議だねえ、その子は普通はあんまり懐くはずじゃないんだけどね。特に貰い物なんて私の物くらいしか口に入れないのに」


 スイキョウとマニルがとても楽しそうに遊んでいるのを見て、お兄さんの気分とはどんなものかと思っていたアルムだが、こうして幼女が懐いてくれるのを見るとスイキョウの言っていたこともアルムはわかる気がした。


 なのでサークリエの忠告は聞きつつも、ついつい食べさせてしまう。


「あんまり食べさせても消化が追いつかないからそれぐらいにしときな。普通はお日様の光と水が有れば生命は普通に維持できるんだ。力を与えると悪戯ばっかりしちまうんだよ」


 サークリエは一応忠告をするのだが、果実で手や口がベタベタになっている幼女の口を拭いてあげるアルムを見て、だめだこりゃとサジを投げた。


「アルム、頼むから可愛がるにしてもその子だけにしておくれ。どの道館内の伝言の通達はその子がやるから機会はある。あんまり矢鱈に周りまで舌を肥されちまうとこっちが大変なんだよ」


「すみません、気をつけます」



 サークリエに嗜めれたアルムは素直に頭を下げるが、幼女も幼女でいじめちゃダメ!と笛を吹いたのでサークリエも既に諦めた表情になった。





 幼女は果実を食べさせてもらった後、最後に無加工のポップコーンをアルムに1つだけ食べさせてもらう。すると暫くしてアルムの膝の上で眠ってしまった。


 この子も眠るんだ、と少し驚くアルム。謎の深まる幼女の正体をアルムが考えていると、サークリエが唐突に問いかける。


「そう言えばアルム、その子に魔草をあげたってことはもう金冥の森に入ったんだろう?どうだったんだい?」


「まだ正直手探りの状態ですね。魔法が使いにくいのもそうなんですけど、魔蟲が思いの外凄く厄介なんです。魔蟲さえどうにかなればもう少し快適に活動できるとは思うんですが」


「魔蟲は触媒に向いてんだよ。辺境警備隊の連中も出来るだけ確保してる。ま、その感じだとまだ強力な魔蟲には行き合わずに済んでるみたいだね」


「え、やっぱり魔蟲も奥に行けばもっと強くなりますか?」


 予想はしていたがあまり考えたくなかった事態。そんなアルムにサークリエはニヤッと笑う。


「そうだね、当たり前だが全部厄介さが段違いになってくよ。魔草ですら、収穫が異常に難しい奴とかあるから気をつけな。そんなアルムへちょいと御褒美だ。アルムが今1番読みたいであろう本を探しといてやったよ」


 サークリエがパンパンと手を鳴らすと、出入り口から蔦が伸びてきてとっても大きな麻袋を20も持ってきてアルムの傍にドスッと置いていく。

 サークリエに手でどうぞ、とジェスチャーされて、幼女を落とさないようにしつつアルムが手前の袋を開けてみると、そこには分厚くてとても古めかしくてデカイ本、百科事典のような本が10冊も入っていた。


「其れ等は魔獣、魔蟲、魔魚、魔草について記された本だよ。特に金冥の森について詳しく書かれてる。おまけに私がその詳しい利用方法や買取価格まで書き込んだメモを差し込んである世界でも代えのない本だよ。あとそれが他の本と違うのはイラストが全部入ってる事だね。種類によっては紹介しているものの一部そのものが貼り付けてあったりするよ。

知識は時にあらゆる武術も魔法も異能すらも打ち負かす武器になる。貸し出してやるからじっくり読むといいさ」


「ありがとうございます!」


 それは今のアルムにとっては喉から手が出るほどの代物。目をキラキラさせながら、ではなく、サークリエも思わず苦笑したくなるほどギラギラした目付きでアルムは頭を下げる。


 メンタルがいろいろとまいっていたアルムも、その知識の価値の高さに一気にテンションが最高潮に。辛い訓練も乗り越えて行けそうな気分になるのだった。



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