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 サークリエの威厳に圧倒されていたアルムだが、サークリエにデコピンされて再起動すると、サークリエの指示に従って薬毒生成を披露する。

 風呂でじっくりと回復したのでコンディションは快調と言ってよく、アルムからしてもかなりの出来栄えだったと言えた。


「ほ〜………………よく仕込まれてる。自己研鑽も積んでいるようだ。多才でありながら1つ1つの分野も丁寧にやろうとしている努力が見られる」


 サークリエはアルムが一通りできる事を見終わるとすぐに総評を始める。

 サークリエは大変満足そうな表情でアルムを褒め、アルムも自然と頬が緩む。だがサークリエはニヤッとしてマシンガントークを開始する。


「けどね、全てに於いてその年にしては、多才にしては、と言う条件がつく。一点集中でそれだけに心血の全てを注いだ連中には及んじゃいない。理解が足りない。ライン制御の繊細さも足りない。あんたはもともと持ってるスペックが高いあまりに多少の強引さで困難を突破してる傾向がちょこちょこ見える」


 アルムは少し思い当たることがあり、ウッと息を呑む。


「いや、今まで大きな挫折が無いって言えばいいのかね?できない事にぶつかって、それを自分の持ってるリソースだけでどうやって乗り越えようか何ヶ月と頭を捻って生み出した工夫とかが全く無いんだよ。川に例えりゃ清流でまっすぐなんだが底がちと浅いんだ。深みが無い。御手本を非常に綺麗になぞってるだけだ。それでなまじ出来ちまうから面倒なんだがね」


 アルムは今まで魔法という分野で深く欠点を指摘されてこなっただけに、サークリエの指摘に一々体がピクピクと動いてしまう。


「もっとアルムだけの、アルムに合わせた魔力の使い方ってのが有るはずだよ。そうだね、今度は料理に例えてみようか。アルムは他人に料理を教えられると、要領がいいから直ぐにやり方を呑み込めるんだ。そこから正しい切り方、正しい分量などを突き詰めて、とっても美味しい御手本通りの料理が作れる。だが料理ってのはそうじゃない。新しい具材を入れてもいいし、茹で時間や焼き加減も好みに合わせて変えていいし、手順だって楽な方に変えたっていい。大体はね、どっかしらで上手くいかなくなって、自分で工夫して乗り越えようとして、自分の得意なやり方ってのがわかってきて、場合によってクセみたいになってくるんだ」


 完全に圧倒されているアルムはコクコクと肯き、なんとか動揺を抑えようとする。


「その点、アルムは癖がなさ過ぎるんだ。多方面に適性を持ちそれに応える制御能力もあるから色んな料理に手をつけて全部御手本を極めちまう。御手本から見ればアルムは無駄がない動きができてるよ。拍手していいくらいだ。だが、アルムが本当に作り出せる最高の料理から考えたら、皿ごと突っ返すレベルだね。あんたは自分の最大効率のやり方ってのがちっとも理解出来ちゃいないんだ」


 生まれて初めて、アルムは自分の魔法を酷評されて色々な感情が胸のうちをぐるぐる回っていた。しかしハッキリと、胸の内でサークリエの指摘を深く認めている自分がいることはわかっていた。


「残酷だが、才能ってのはある。周り大多数が工夫した結果の最大効率とアルムが手本通りに研鑽した魔法を比べた時、アルムは才能だけで上回っちまうんだ。だから周りも気づかなかったし、あんた自身も自覚ってのが無かっただろうね。逆を言えばあんたはまだまだどでかい伸び代を全分野に残してるって訳だ。まあ、手始めに……」


 サークリエがパチンっと指を鳴らすと、サークリエの頭上に赤い透明な半径5m大の弾が現れた。だがアルムには魔力の揺らぎもなにもかも一切感知する事が出来なかった。これが光の矢ならアルムは無抵抗で刺殺されていたと断言するほど、なにも感知できなかった。



「これぐらいは研鑽してみな。自分の最適解をよく探しな。御手本は捨てろ。自分と深く向き合え。あんたの当面の宿題は、私の上に浮かぶこの薬を作ることだ。性能、元となった薬も素材も一切教えないよ。探査の魔法で感覚は掴んだだろう?それだけを頼りにやってみせな。30分に一度成果を見させて貰う。それと作った薬は必ず自分で飲みな。失敗は体で覚えるんだ」


 帝国の薬師の頂点の講義は、初回からロベルタすら霞むほどのスパルタでスタートし、珍しくアルムの顔がはっきりと青ざめるのだった。







「(気持ち悪い…………)」


《代わるか、アルム?》


「(師匠は失敗を体で覚えろって言ったから、僕が頑張)オエっ」


《完全にえずいてんじゃねえか》


 4時間に渡るサークリエの超スパルタ講義。30分毎に「さあ見せておくれ」と言う死神の宣告に等しい呼び出しがなされて、アルムは感覚だけを頼りにサークリエの前で薬を生成する。


 普通、薬毒の生成は元となる薬について深い理解が必要だ。使われている原料、正しい製法、正しい効能を学びイメージをガッチリを固めるのだ。


 サークリエがアルムに要求している事をわかりやすく喩えるなら、ボールとバットとグローブとベースを持って行って、野球をまったく知らない人達に『これらの道具を使って行うスポーツをやってみてください』と要求しているのと一緒である。


 はっきり言って無茶振りもいいところなのだが、アルムはなんとか感覚を頼りにして似たような物を作ろうと必死に努力していた。

 効能が派手じゃないのはなんとなくわかっているが、逆を返すとそれしかわからない。結果生まれる失敗作達。苦い、甘すぎ、辛いと味覚でもダメージを負い、失敗した薬の作用でもダメージを負う。死に至る様なものは一切無いが、それでもダメージはある。


 サークリエの前で生成するときだけ穏便に済ませる事はできない。何故ならサークリエはずっと研鑽中のアルムの魔力を観察しているからだ。手を抜こう物ならきっと激しく失望される。アルムにはそっちの方がずっと嫌だった。

 生まれて初めての魔法での明確な挫折。厳密には強引に挫折させられたのだが、アルムは無意識にも自分の魔力というものを再認識しつつあった。


 確かに実際はサークリエが細かく教えた方が早い。しかしアルムの今の最大の欠点は教え通りに完遂してしまう事だ。サークリエはアルムが自らの魔力を見つめ直し、全てトレースする癖が抜けるまでは細かい指導は一切しないと決めていた。

 無論、サークリエも嫌がらせをしているわけでもないし鬼でもない。


 アルムが上達していると見れば、僅かなヒントを与えてやる。

 野球の分厚いルールブックの中の一文の半分だけを言う様な至極微妙で分かりづらいヒントだが、それでもアルムにとっては自分の研鑽に成果が認められるのが形として現れるのは精神的にも救いだった。反面上達してないと無言で突っ返されるという怖い一面もあったりするのだが、それもサークリエなりにアルムに1番適した指導方法を考えた結果なのだ。



 アルムに細かい指摘をすると、アルムは愚直にそこを修正してしまう。普通なら短時間で修正できるはずが無いのにできてしまう。なので問題点も具体的に指摘はできない。アルムの魔力はアルムが最もよく理解している。故にサークリエは一切の口出しをする事ができないのだ。

 それに失敗した薬を飲むという鍛錬方法は、サークリエが薬学を学んだ時も同じようにしていた方法だ。自分自身の身体で効能を覚えることで更に薬学的な感覚を育てていくのだ。




 だが辛い事には変わりなく、風呂を上がった時からは考えられないほどヘロヘロになってアルムは寝室に直行するが、ベッドの上には先客がいた。



『本当に忙しい奴じゃの、全く。この短時間で3回目の引越しだぞ』


 アルムのオアシスである超フカフカベッドには、我が物顔でイヨドで寛いでいた。それも久しぶりに見たミニミニモードだ。

 アルムはベッドへピョーンとダイブした最中に気付いて機動を変えようとして、顔面だけベッドに突っ込むと言う情けない状態になっていた。

 そして弱々しく顔を上げる。


「こんばんは、イヨドさん。レイラへの腕輪とルリハルルの件については本当にありがとうございました」


 時刻も23:00を超えてアルムも流石に眠い。少しボーッとしながら言おう言おうと思っていた礼を言うと、イヨドの尻尾で顔をペシペシ叩かれる。


『それで、魔重地はどうだったのだ?』


「すっごく大変でしたよ。魔法は使いづらいし、探査の魔法もうまくいかないし、魔蟲はとっても邪魔だしで、問題は山積みです」


 目を擦りながら、イヨドの前では珍しいほどに気の抜けた様子でアルムはふわぁぁと欠伸する。そんなアルムを咎めるようでもなくイヨドは静かに呟く。


『そうか。探査の魔法が効かない、か。そんなもの“鍛錬”すれば改善は可能なのだがな』


 鍛錬………………その言葉にアルムの眠気が限界まで膨らんだ風船を思い切り割ったように吹っ飛んだ。そして錆び付いた絡繰の様に、ギギギギギッと非常にぎこちない動きでイヨドを見る。


『そういえば、最近アルムは変な薬を飲んだようだな。あれの正式な効能を理解してるか?あれは以前アルムが我に投げかけた問いの答えだぞ』


 アルムは妙な汗が背中に滲むのを感じつつ、首を傾げる。


『霊力を魔力に置換したら一体どうなるか?尽きない魔力は凄まじい全能感だったであろう?』


 イヨドの言葉にアルムの記憶が走馬灯のように流れ、全てのピースがピシャリとハマる。アルム自身、冷静になってみれば魔力が3日間無尽蔵にある状態になる薬がどれほど異常なのか、そもそも何故そんな事が可能だったのか不可解だったのだ。


『あの薬の正体は、アルムの一族に宿る異能を強制的に活性化させる物だ。異能が活性化させられる事で、肉体・精神体・霊体まで強引に活性化させる。荒れ狂うエネルギーが異能を通して混じり合い相互の強化を引き起こし、一時的に精神体の層を厚くするのだ。無論、本来なら異能を元に3つの層を軽くでもシャッフルすれば身体が負うダメージは凄まじい物になる』


 アルムは9日間寝たきりで魔力も空っぽだった状態を思い出すが、イヨドは首を横に振る。


『あの薬、アルムの一族以外が飲めば凄まじい拒絶反応で絶命する代物だぞ。アルムですら我が鍛えておかねば寿命の10やそこらを失っていただろうよ』


 アルムは自分がいかに危ない橋を渡っていたのか漸く気付き生唾を飲む。加えてサークリエの講義の一件もあり、自分が無意識に奢っていた部分が多分にあったと思いアルムはシュンとする。


『………………色々言われていた様だが、一応フォローはしてやる。アルムは薬師供と違って、常に無意識化で実戦に利用か否か、それで全てを判断している。だからこそ自分の定めた一定のラインまで到達すると、次の魔法の研鑽に移る。到達できてしまう。多才ゆえにレパートリーは他の魔術師よりも一気に増えていく。それを戦術に組み込む。この時基本的なお手本に魔法を全てを添わせているから簡単に新たな魔法が組み込める。我もレパートリーがもっと増えるまで放置しても良いかと思っていたのだが、魔重地で活動するならそうも言ってられん。

自分の魔力に魔法を最適化すると同時に、精神体の層を厚くすればその能率も上がるであろうし、魔重地だから探査の魔法がどうとか寝ぼけた事も言わなくなるだろう』


 アルムは初めてイヨドに親切にされて思わず目が潤むほど感激していたのだが、話の方向性がだんだん怪しくなってきて再び冷や汗をかき始める。


「せ、精神体の層って厚くできる物なんですか?」


『厳しい“鍛錬”を積めばな。これもまた困難な鍛錬方法だ…………………』


 イヨドは遠い目をして、アルムは思わず後ろへスリスリと移動をしてしまう。そんなアルムをイヨドが急に見つめ、アルムはビクッと硬直する。


『さっきから何を黙っている。貴様がやるんだ!人ごとの様な顔をさっきからしているでない!』


 その時アルムの喉からは、鳥が絞められる時に漏らすような押し潰した悲鳴が漏れた。


「い、痛いやつですか?」


『痛い………………とは違うな。特に魔重地へ入るのに身体のスペックを下げてもしょうがない。どちらかと言えば、死にそうになる程の緊張や歓喜や絶望に揺さぶられる。鍛錬の方法自体は難しくないぞ。アルムは異能に強く意識を集中しながら、魔力を体内で回転させて、もう1つのタスク、例えば何かの書取りとか演奏とかをしつつ、精神体への直接攻撃に耐え続けるのだ。頭も魔力も異能も精神体も4つ同時に鍛えられるぞ。

ただ、精神体を直接刺激するが故に制御できないレベルで感情のアップダウンを経験することになる。暫くは酔いに似た感覚がずーーーーーーーーっとアルムを付き纏うと思うぞ。考案者も最初は大変苦戦していたからな』


 アルムが真っ青になり「もしかして」と思うと、イヨドは肯定するように頷く。


『アルムの想像の通り、過暴走による鍛錬を考案した人物と同じ考案者だぞ』


 アルムは床に手をついてがっくりと項垂れる。そして潤んだ瞳で御慈悲を……………と初めて弱音を漏らすが、イヨドは目をかっと見開き一喝する。


『探査も出来ない癖にろくすっぽ対策もせず魔重地に突っ込むなど言語道断!加えてあの珍妙な薬を飲んだ事と言い、自分の身の防御に隙がありすぎるわ!それにだ、魔術師が9日間魔力が空など正気を疑うぞ!あの小娘が穏便に甲斐甲斐しく看病していたからいいものの、下手をすれば無抵抗で奴隷の契約を結ばされてあの地に縛り付けられる可能性だってあったのだぞ!』


「レ、レイラはそんな事しないです!」


 アルムの一瞬ひやっとしたが、恋人を悪く言われるのは嫌なので咄嗟に言い返す。すると尻尾で顔面をベシッっと叩かれる。


『いいか!とにかくやるったらやるのだ!そうでなければルリハルルは没収だ!』


「そんな!?どうしてみんなそんなにスパルタなんですか!?」


『お前が馬鹿で向こう見ずだからだ!』


 こうして。アルムはイヨドにでかく雷を落とされ、休息日にはイヨドと鍛錬をする事を誓わされるのであった。



 だがスイキョウだけは気付いていた。イヨドがこれでもアルムの事を気遣い、精神的に落ち着くまでちゃんと鍛錬をするタイミングを待っていた事を。素直じゃない奴、と思いながらアルムの祖母か何かのように親身にガミガミと叱るイヨドに、スイキョウは心の中で礼を言っておくのだった。




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