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 ただ、探索を終えても即帰還では無い。

 本当は2日に1日ずつくらいに休息日を予定していてその時に魔獣の解体などをする事を考えていたが、今やっておいても損は無いと思いアルムは地属性魔法でちょっとした解体場を拵えると、討伐してストックされた魔獣を慣れた手付きで捌いて再び虚空へポイッと投げる。


 魔残油、皮、臓器、肉、骨にざっくり分けて売っても良い所と取っておく場所は選別する。無論、切羽詰れば取っておいた希少部位も容赦なく売るが保険という意味でもとっておきたかった。


 金属性魔法で肉体を強化すれどもなかなかキツい作業だが、アルムは文句の1つもなく機械的に解体をしていく。一応回収している魔蟲の死骸も使えそうな所と分別しておく。


 そんな中でとんでもなく苦戦したのが鮟鱇の魔獣の死体。

 そもそもとしてサイズが4mもあり体も重い。毛深い癖に肌はタイヤのゴムを硬くした様に感じるほど頑強で、鹵獲品の剣を魔蟲の素材を全部触媒にしきるレベルで全力で祝福の魔法をかけて強化して、肉体もとんでもなく強化してようやくノコギリを走らせるように切り裂くことができたのだ。


 魔残油のレベルも高品質で全てインベントリに回収するにも時間がかかり、皮を剥いで、臓物も1つ1つ丁寧に解体していく。勿論提灯の部分もちゃんと切り取って保存している。

 売れば高額なのは明確……………だが逆に売るにも色々と面倒そうな雰囲気がある魔獣。アルムはスイキョウと色々相談して、1番大事な皮と提灯、それと頭部と骨はこちらで取っておき後は売ることにした。

 それは全部一度に売っても師匠だって困るだろうというアルムなりの配慮でもあった。


 

 あとは適当に回収した魔草を洗浄して根の泥を洗い流して置いたりする。そしてインベントリの虚空に入れ直せばOKだ。


 スイキョウは【極門】が如何にチートで桁外れの利便性を持つか、今日1日で深く再認識した。

 例えば、今日の鮟鱇の魔獣はアルム以外でもソロで倒す者はいない事はない。だが素材を丸ごと回収するのは不可能だ。苦労して狩っても巨体故にそう簡単に森の中を運搬できず、その場で解体など始めようものなら血の匂いで魔獣を沢山引き付ける。

 その場で必要最低限の物を回収しても臭いはどうしてもついて回るのでその時点で撤退するしかない。


 魔草も同様に、そもそも収穫しても何処かに傷つかないように籠か何かに入れなければならない。その上それを持ったまま森を移動するのだ。


 ソロでやろう物なら利益率があまりに低すぎる結果となる。



 一方でアルムは狩った物や収穫した物をその場で重量なし容量上限なしで回収できるし、傷かないようにそっと収穫などという配慮もいらない。インベントリの時間の経過の違いから即座に解体する必要もなく(魔獣は死亡後肉体が魔残油化し始めるので時間が経てば経つほど解体困難になる)、好きな時に解体も選別もできてしまう。



 因みにそんな環境で辺境警備隊達がどうやって利益を上げているかと言うと、大規模に進軍してバケツリレー方式で獲得した物をドンドン森の外へ運び出すというものだ。

 加えて解体のプロフェッショナルや索敵のプロフェッショナルなど、一芸に秀でた者をうまく活用して効率良く機械的に利益を上げるシステムが出来上がっている。

 そのため1人あたりの負担も軽減されるし、武霊術使いの戦士はアルムよりも格段に消費が少ない。よって1日に出せる利益の総量はインベントリ無しにも関わらずアルムの数十倍に達する。


 しかしそこに関わる人の量で見ると、利益率はアルムの圧勝だ。



 むしろ、アルムよりもずっと強い魔術師であろうと、1人で金冥の森で奮闘しても1日に出せる利益の総量は辺境警備隊が出せる利益の数十の一。結局1人あたりの利益率で見ても辺境警備隊の方が上をゆく始末である。



 更に、アルムは長期のスパンで考えると辺境警備隊よりずっと多くの利益をあげられる。アルムは2日に一度のペースで森へ入る計画を立てているが、辺境警備隊は兵糧の用意や武器の用意やらと出発までにかなり手間暇かけなければならないので2週間に1度できれば良い方だ。

 加えて金冥の森に行くまでの移動に用いる馬や馬車の準備にも費用を割かれる。武器も防具も使えば磨耗するので其方にも費用が割かれる。特に祝福加工済み魔宝具は魔法由来の強化を施しているので魔重地で活動するとマッハで強化はすり減っていく。

 かと言って魔化金属や元々からなんらかの能力を兼ね備えた魔獣の素材を使って武器や防具を揃えようとしたら値段も嵩むし整備にも手間がかかる。


 その点アルムは防具は付けてないし、武器も自分で数秒間効力を発揮するようにして祝福加工すればなんら問題無い。鹵獲した武器は何百とあるし、そのうち魔化金属を用いた武器は20以上所有している。

 使い減りしても心は全く痛まないし元が元だけに金銭的損失もゼロである。初日にしてアルムは大戦果をあげたと言えるだろう。



 アルムが全ての解体を終了する頃には18時を過ぎてしまったが、ここ最近のアルムには見られなかった上機嫌そうな表情だった。


 その後、アルムはルリハルルに乗ってバナウルル近郊に帰還。特に門番に呼び止められもせず中へ入ると中は帰省ラッシュで昨日同様混んでいた。


「(これじゃ歩いて1時間じゃ到着できないね)」


《やっぱり休養時間とかを考えても19時までには到着したいよな》


 アルムは少し迷ったが、人混みで再び酔いそうだったので迷う事なく乗合牛車を利用する事にした。幸い門の近くには小さなターミナルがあるので直ぐにリタンヴァヌアの方面に行く便は見つかる。

 安くは無いがその分は狩で取り返すことにしてアルムはかなり空いている座席に乗り込んだ。


「(昨日はもっとたくさん居たよね?)」


《リタンヴァヌアって官庁に勤めてるような人もたくさん住んでる高級住宅地の一角だろ?そこへ乗り合い牛車で向かう人は、そりゃ少ないだろうな。そんな高給取りなら辻牛車で十分だからな》


 バスのような大型の乗合牛車がある一方で、街の中にはタクシーの原型である辻馬車ならぬ辻牛車も運行している。ただ当然ながら乗合牛車より遥かに割高で平民お断りの辻牛車がかなり多かった。


 アルムはゆったりと進んでいく牛車に揺られ、今日の反省などをスイキョウと確認。30分くらい乗ってだいぶ人が減ってきたところで経費削減の為に途中下車。歩道をスタスタと歩き20分くらいでリタンヴァヌアに帰還する。


「(相変わらず眩しい……………)」


 相変わらず煌々と辺りを照らすリタンヴァヌアだが、流石に提灯などは手作りの物とはサークリエの談。それでも辺り一帯を全て照らしているように思われるほどの光量は圧巻だった。


 アルムが眩しさに目を細めつつ橋に足を踏み入れると、幼児達が橋をよじ登って出迎えてくれる。


 テテテテテテっと駆け寄ってくる幼児達をアルムはしゃがんで抱きとめると、頭を撫でながら「ただいま」と挨拶する。すると幼児達は『ピ、ピー、ピピ、ピ、ピ、ピッピッ、ピッピ、ピピ!』と笛を吹いて答える。



「いつか君達の言っていることが判るようになれたらいいんだけどね」

 

アルムもスイキョウが言う様に何か規則立って幼児達の笛が吹かれている事は感じている。しかしどの様な意味で吹いているかはまだ全く理解できなかった。


 アルムは出された手に1人1人ハイタッチしてあげると、ばいばーいと手を振る幼児達に手を振り返して門をノック。明るい館内に入ると、2日目ながら帰ってきた感覚と言うか、少し安心感を感じた。

 その後、リフトを利用して13階へ直行。自分の部屋をイメージしながら何となく歩いていくと、黒い寂れたドアを発見する。ドアを開けると、昨日と同じく6畳の部屋と5つのドアがあったが、部屋の隅っこにアルムから見ればエキゾチックな、スイキョウから見れば和箪笥に見える箪笥が置いてあり、1枚の紙が乗っていた。



 そこにはサークリエの伝言が記されており、足りないと思われる物を贈呈すると書いてあった。箪笥を開けてみるとふわふわの白いハンドタオルやバスタオルが5枚ずつ綺麗に詰められていて、体を洗うウォッシュタオルや謎の赤い透き通った液体とオレンジの油っぽい液体が入った細長い瓶も数本入っていた。


 だがアルムにはウォッシュタオルと謎の液体がなんのためにあるのかよくわからず首を傾げる。


「(スイキョウさん、これなんだろう?)」


《俺はなんとなくわかったぞ。多分アルムも知識として知ってるはず。ゼリエフさんとロベルタさんの授業を思い出せ。一応ヒントだが、このタオルはなんの為にあるんだ?》


 アルムの探査の魔法でもうまく性質が読み取れない謎の液体。だがスイキョウのヒントでアルムは答えに辿り着く。


「(もしかして、これ体を洗う道具かな?)」


《だろうな。掃除の魔法って汚れを消し飛ばすだけで爽快感は皆無だから、いっぺん使ったらどうだ?》


「(師匠って貴族様よりも下手するとお金持ちだよね……………こんな贅沢品を使うのはちょっと気がひけるけど、中の液体って多分師匠謹製だからプライスレスだったりするのかな?)」


 シアロ帝国の平民は体を洗う時は、獣の毛を荒く結って作るとてもゴワゴワしたタオルと、シアロ帝国の何処でも生えているタンポポっぽい植物などと、農家でタダで配ってる穀物の茎の部分と、家庭で必ず出る木炭を煮て、それを濾して作った洗浄溶液を使う。

 タオルはそのままで身体を擦ったら肌が荒れまくるので、洗浄溶液と一緒に鍋に入れて温めると同時に少しほぐして溶液をよく染み込ませる。そのタオルで身体をよく擦って身体を洗うのがシアロ帝国の平民の一般的な身体の洗い方である。


 これが裕福な家庭になれば、風呂があって大体は魔術師が湯を沸かす。貴族クラスになれば風呂専属の魔術師がいたりする場合もある。

 また身体を洗う洗浄溶液のグレードもウォッシュタオルのグレードも身分が高くなればなるほど上がっていく。特に花の香りなどをつけた洗浄溶液は貴族愛用の品物。ウォッシュタオルも極め細やかでサラサラした質の良い物になる。


 アルムが初見でそれらが身体を洗うための品々だと思えなかったのも、あまりに今までの自分の知っているものとかけ離れた物だったからだ。


「(じゃあこっちの油っぽい物は、入浴剤かな?)」


《多分な。使い方はわかるか?》


「(うーん、スイキョウさんって使い方わかったりする?)」


《想像通りなら問題無しだな》


 アルムはなんだかまだ貴族御愛用の品々を見て気後れ気味。今日の入浴はスイキョウに任せることにした。


 と言ってもスイキョウではお湯が用意できないので、アルムが用意しようと思ったのだが、小さな脱衣所を抜けた先には木と大理石で作られた浴室がありアルムは少し驚く。

 木では腐ってしまうんじゃ、とアルムは思ったがこれら全てが使い魔の体の一部であることを思い出してアルムは少し安心する。浴室には木製の桶や椅子もあり、スイキョウはどうしても和風の風呂を思い出す。


 そんな事は露知らず、アルムは温かい水を魔法で生成し火の玉をそこに打ち込んで温度を調整する。


 それからアルムにバトンタッチされたスイキョウは、服をポイッと脱いでウォッシュタオルをお湯で濡らして赤い液体をかける。それを手ですり合わせるように揉むと、花の微かな香りと共に泡が立ちアルムは驚く。


《白いクリームみたいだね》


「(食べても美味しくないぞ)」


 スイキョウはウォッシュタオルで身体を洗い、かなり久しぶりに体を洗う爽快感を感じながら頭もそのまま泡を使って洗う。そして桶に掬ったお湯で泡を流して(流した泡は隅の穴に吸い込まれていった)、湯船に浸かる。


「(あ゛〜〜〜!これは魔法では再現できない快楽だな!)」


 掃除の魔法で身体は綺麗になるし量熱子鉱を使えば身体を芯からあっためることもできる。だが風呂による温かさはそれらとは比べ物にならないほどにスイキョウを癒す。


「(そうだ、入浴剤を忘れてた)」


 湯船に浸かり深くリラックスしていたスイキョウだが、ふともう一つの瓶の存在を思い出して湯船に中身を入れてみる。油っぽい見た目に反してそれはあっさりとお湯に混ざり合う。特に臭いもなにも無いが、スイキョウは体の魔力の流れなどがかなり安定化していく気がした。


「(うーん、これはなかなかの快楽………………。このまま眠りたい)」


 緩んだ表情で深く湯船に浸かるスイキョウ。アルムはスイキョウが絶賛するのを聞いて興味が大きくなる。それを察したスイキョウがアルムと交代してやると、アルムの魔力の流れも整いなんとも言えない充足感を味わう。


「(確かに贅沢だけど、これはそれだけの価値があるね〜)」 


 全身が溶けてしまったかのようにダラーンと弛緩して、湯船に浸かるアルム。そのまま20分以上浸かってしまい、アルムは慌てて浴室を出て夕飯を食べる羽目になったのだった。



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