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やられ損にはなってたまるかと、根っこから丸々毛の生えた植物群を回収したアルムは更に奥へ足を進める。
途中で見つけた植物は地面下にワープホールの虚空を生成して、出口のワープホールの下にインベントリの虚空を開いて半全自動で回収する事を確立してガンガン回収している。ただしうっかり生物をインベントリの虚空に落っことすと非常に危険なので、射的ゲームの様にワープホールの出口から生き物が出てきた瞬間に魔法で吹き飛ばさなければならなかった。
なので大型の植物の回収は現在控えている。
何故なら大型の植物に巣くっていた虫をそのまま虚空に入れてしまい、命辛々全力で逃げる羽目になったケースが何度もあったからだ。即座に全力で逃げに徹したから助かったものの、後で確認しに行くと木や植物が捻じ曲がったり枯れていたり逆に超肥大化していたり変色してたりと異常現象がしっかり起きていた。
《便利だか使い辛いんだか、よくわからんな》
「(うーん、わりとめちゃくちゃな運用方法している僕たちにも問題はあるよね?)」
《何故かインベントリの虚空って動いていない物質は吸い込んでくれない弱点があったが、ワープホールを経由して落下状態にすると収納してくれる性質の有効活用だと思ったんだがな》
「(探査の魔法をもっと鍛えなきゃダメって事だよね)」
森の探索するにあたりアルムを予想外に苦しめたのは、魔獣の多さではなく、魔蟲の存在だった。
確かに、1個体のスペックを比較すれば、平均的に魔獣の方が遥かに手強い。魔蟲は元々の肉体が大きくない傾向にあるからか、魔獣の様な魔法らしい魔法を殆ど使ってこない。だが、その代わり魔重地でも効果が落ちない人に於ける金属性魔法に極めて特化していた。
なのでやたらタフで素早い上に小さい。更には魔重地の高濃度の魔力に混じってしまうので物理的にも魔法的にも隠密性能が高く攻撃も当てづらい。
別に全ての魔獣や魔蟲がアルムを襲う訳ではない。
草食の魔獣や魔蟲は攻撃しなければ襲ってこないし、アルムが近づけば逃げる事が殆ど。だが魔獣と違って魔蟲は草食かどうかの判別がなかなかつかないし、蜂系の様な草食の癖に近寄る物全てに全力で攻撃を仕掛けてくるタイプもいる。
故に魔蟲を察知すると反射的にアルムは駆除せざるを得ないので、全体で見た時に魔力の大きな無駄が発生していた。
例えば、足し算的に考えれば低レベルの蜂系の魔蟲5匹分の力と、低レベルの犬系の魔獣のスペックの軍配は、絶対魔獣側に上がる。
しかしこれが金冥の森の中で実戦となれば、何方が戦いたくないか問われたらアルムは絶対に魔蟲側を選択する程に面倒なのだ。
的が小さい故に仕留めづらい。大きくないが故のアドバンテージを十全に生かす魔蟲達にアルムは苦しめられる。
むしろ低レベルの魔獣なら察知までも速いし、ワープホールを魔獣の近くに開けて、自分の手前にもう1つ作って急所をいきなり奇襲という卑怯な手を使って攻撃できる。
幸い、盗賊を討伐時に鹵獲した魔宝具の武器がある。素人でも獣の喉元に全力で武器を突き出せば確実に仕留める事ができてしまう。最悪魔獣が避けても前脚か何処かを割いて機動力を削げる。
だが魔蟲は的が小さい。回避されたらノーダメージの上に武器を引っこ抜くロスタイムが発生する。何より頭が痛いのが確殺しようとすると身体の5割は破壊する。結果的に手間がかかる癖に身入りが魔獣より遥かに少ないのだ。
アルムの邪魔をする為だけに存在しているのではないかと思うほど魔蟲がとにかくアルムの手を煩わせていた。
「(1番いいのは氷漬けにして殺してしまう事だけど、魔力効率が絶望的に悪いんだよね)」
《魔蟲対策は小細工効かねえのか。やはり結論は探査の魔法の性能をとにかくあげるっきゃない、て感じだな》
地面の土ごと回収している魔草と共にインベントリの虚空へ落ちていく百足の様な魔蟲を水弾で吹き飛ばしながら、アルムは溜息を吐く。
「(それにしても、魔草って本当に面白いね)」
《奇想天外な物が多いよなぁ。魔法が能動的に使えない代わりに生態そのものがイカれてるって感じだ》
今までアルムが見てきたものでかなり印象に残った物をあげてみると、1番にランクインしたのはデカいヒトデの様な花を付けた魔草。花弁の中心にはポッカリ穴が開いていて、奥に液体らしき物が見える。花弁の下の方は巨大なパイナップルの様に膨らんで凸凹している。それはアルムが遠くからでも嗅ぎとれるほどとっても甘い果実の良い香りする花で、アルムもついつい近づいてしまった。だがその匂いに寄せられたのか魔獣の小鳥が花弁にとまった瞬間、アルムでも反応できないスピードで花弁が一斉に閉じて小鳥を閉じ込めた。
小鳥はそのまま下の穴に落ちたが、暫くして探査の反応から消えた。
食虫植物ならぬ、食鳥植物。これもアルムは根っこから丸ごと回収した。使えるか分からないが、物凄く良い香りがしたのと、鳥を殺した液体に興味があったからだ。
次点は色々と思いつくが、印象に残る一点で言えばスイキョウはドラゴンフルーツの様な果実を沢山つけた瓜系の植物を思い出す。薔薇の刺のようなトゲトゲだらけ実がなっていて、緑色のまだ熟れてないやつと熟れた赤い実がなっていた。生き物に喰われた感じは無いことからおそらく毒系だが、アルムは取り敢えず収穫してみた。
だが、その時に事件が起こった。それは赤を通り越し、茶色になって少し萎れ始めているような実に触れた時だった。エアガンを撃ったようなパンっと乾いた音と共に茶色の実が炸裂したのだ。咄嗟に顔を庇ったが、顔の横あたりをアルムは負傷した。服はイヨドのローブでなければズタボロになっていた確信するほどの威力と刺の鋭さで、しかも1つが炸裂すると近くの枯れた果実にも棘がヒットして連鎖的に炸裂する傍迷惑な植物だった。
あとはあり得ない程粘着質な液体を分泌していた松の木のような魔草や、葡萄が地面から逆さに生えているようなキノコ(一応カテゴリーでは魔草)、蛸をそのまま乗っけたような花をつけた魔草、高い木の天辺から寄生して生えるラッパの様な形の花をつける魔草、赤と黄色のマダラの苔や、タラコパスタを地面にぶちまけたような魔草、地面からバネが生えたような形状をとるぜんまい系の魔草など、個性最強を謳う様な魔草などがあった。
それと、これは魔草では無いが、アルムが最も死の危険を感じた瞬間が午前に一度あった。それは森の中に明るく光る果実を見つけた時の事だった。
小規模な沼地から1本だけ、少しお辞儀をするような黒っぽい茎の先に淡い青い光を放つ桃の様な果実がなっていて、その周りを蝶系の草食系の魔蟲が飛んでいて非常に幻想的な光景だった。
何か凄く惹きつけられるような気がして、アルムはもっとよく見てみようとそれに近づいた。これも回収してみようか、アルムがそう思いワープホールを根の部分に作ろうとした所で、違和感を感じた。
原則として【極門】の穴は数ミリ以上の大きさの物を貫通して展開できない性質がある。茎を切断するように真ん中ら辺でワープホールの穴を作って回収はできないのだ。なので全て根からごっそり回収しているのだが、その光る魔草の根がデカい。感じる反応がデカすぎる。
その時スイキョウが咄嗟に叫んでアルムの注意を促さなかったら、アルムの生死は非常に不透明になっただろう。アルムがその植物に異常を感じてハッとした瞬間、沼から巨大な生物が飛び出しアルムに飛び掛かったのだ。
それは提灯鮟鱇のような頭に、熊と蜥蜴を掛け合わせたような胴体をした珍妙な魔獣。アルムの上半身をそのまま一口で喰いちぎれる程の大きな口を開けて沼からいきなり飛びかかってきたのだ。
もしスイキョウが、その光る果実に何か見覚えを感じて叫ばなければ、あと1コンマ遅れていたら、少なくともアルムは避け損ねて肩からガッツリ喰いちぎられていただろう。
反射的に軽身の魔法を使い、魔力塊で自分の身体を上へ思いっきり打ち上げなければ、よしんば身体は守れても巨体に轢き殺されていただろう。
沼そのものが魔法で生成されており、人払いとは逆の生き物を引きつける魔法を周囲に発散。更には思考力を下げるような魔法を周囲に展開して、まずは光で虫を集めて、それに引き寄せられた魔獣をバクンっと飲み込んでしまう恐ろしい魔獣。
スイキョウが提灯鮟鱇の先っぽに似てるな、と思ったのはその実、その発光する桃の様な物は同じ役割をしていたからだ。
今まで対応した低レベルの魔獣とは一線を画す程の強大な魔獣。なにが恐ろしいかと言えば、それだけの力がありながらきっちり魔力を隠してアルムを引きつけるほどの魔法を周囲に放っていた事だろう。
アルムが光の矢で攻撃しても、即座に泥の鎧の様な物を纏い大幅に威力を削ぎ、その巨体から考えられないほど身軽に水掻きの付いた足で太い木を登る。
そして口から黄色の泥をアルムめがけて吐き出した。
アルムはワープホールの虚空を開き魔獣にお返しするが、魔獣は凄まじい反射速度で躱す。黄色の泥が付着した木は白い蒸気をあげて腐食し、メキメキと倒れていった。
太い木と木の間を猿のように移動して、空中をかけるアルムを確実に追跡してくる。しかもその間も魔蟲やら鳥型の魔獣も隙の多いアルムに襲いかかってくる。
アルムは全部ワープホールで提灯鮟鱇っぽい魔獣にそれらの魔獣をワープホールでぶつけるが全部丸呑みされただけだった。
ワープホールの落とし穴などで罠にもかけようとするが、異常な反射神経と知能で罠を擦り抜けてくる。逃げられたのが悔しいのか、執拗に底無しの体力でアルムを追いかけ続けてくる。
凡ゆる魔法を泥の鎧でガードしてくるのが非常に厄介で、その魔獣の表皮自体も極めて分厚い。ワープホールからの全力刺突をアルムは試したが、まるで全く耕してない土地に弱々しく鍬を振り下ろしたような、何かを刺す手応えがほとんどないのだ。
提灯鮟鱇の魔獣とのデッドチェイスは10分以上続き、アルムは着実に差を詰められていた。使ってくる魔法は精神系統か、黄色の泥の腐食か、泥の鎧の3つだが、精神系統の攻撃にだいぶ意識が割かれるのもアルムには辛かった。
アルムはその距離が10mまで詰められた所で、腰につけた“モーター”を勢い良く回転させつつ魔力残量度外視で魔力塊を全力でぶつけて一気に上昇。鮟鱇も距離をつける時と判断したのか大ジャンプのモーションに入る。
そこでアルムの目つきが変わり、アルムの目の前で白い強烈な光が弾ける。
ジャンプして身体を浮かせようとした瞬間、鮟鱇の魔獣が避けられないスピードで“電撃”が突き刺さった。
ビクンッと硬直した鮟鱇はそのまま真っ逆さまに木から落下。
それでも鮟鱇がまだ生きてる事にアルムとスイキョウはドン引きしたが、スイキョウは追い討ちの様に熱の魔法を魔獣の近くで制御一切破棄で解き放ち、強烈な圧で地面に魔獣を叩きつける。
素早く交代すると、アルムが継続時間無視の効果向上のみに集中して、手に持つ鹵獲品の魔宝具の槍を祝福の魔法で貫通力と耐久力を超強化。
継続時間はたった5秒とかなり短い。その分効力は大きい。
再びアルムとスイキョウは入れ替わり、スイキョウは手に持つ槍を下に投げると、磁力を操作して槍を超加速させる。身体は硬直し地面に激しく叩きつけられて、それでもなお魔獣は泥の鎧を展開する。だが物理特化の高速の槍の一撃は泥の魔法を易々と貫き、喉を貫通して地面まで刺さり、大きく身体を震わせる。
しかし、鮟鱇はそれでもまだ生きていた。生命を魔法で維持して奥の手の魔法を発動させようと大きく魔力を揺らめかせている。
だがアルム達がそれを待っている訳がない。槍が刺さった瞬間には鹵獲した武器でも最高レベルの武器を宙に撒いてアルムは祝福の魔法で強化して、呪いの魔法で窒息の効果を超短時間の代わりに効果大にして付ける。
そしてスイキョウが其れ等を全て磁力を操作して喉へ超高速で飛ばす。
喉は瞬く間に針山と化して、魔獣の魔法発動を妨害する。だがそれでもまだ生きている事にスイキョウは既に謎の感動すら覚え必殺技を使うことにした。
高熱を量熱子鉱から取り出して、魔獣の頭に強引に送り込んだのだ。
治癒の魔法が超高難度なように、自分以外の生命の内部へ魔法を作用させるのは極めて難しい。当然、ラインの制御に極めて長けているスイキョウも熱を直接送り込むと瞬く間に制御など失う。しかしそれでいいのだ。
スイキョウのコントロールしている熱は取り出した物であって魔法で生み出されたものではない。魔力のラインが魔獣の中に入った瞬間、ラインは破壊され包まれた高熱は魔獣の頭で解放される。
今までで1番大きく震える魔獣の身体。少しして目や口から蒸気を漏らして沈黙した。スイキョウがやったのは至ってシンプル。魔獣の脳味噌を直茹でしたのだ。頭の中で制御を失い解き放たれた高熱は脳味噌や頭部の血液などの水分を瞬時に沸騰させて、茹で上げた鱈子のようにしてしまう。
如何なる獣であろうと、脳味噌を茹で上げられたらどうしようもない。茹で上がった卵が2度と元に戻ることはないように、脳味噌もしっかり熱が通ったら絶命するのだ。
しかしこれほどの魔獣を倒そうが余韻もクソも無い。魔力を強引に使いすぎたスイキョウと直ぐにアルムは交代して寄ってきた魔蟲や魔獣を殴り殺す。
素早く露払いをすると、アルムは鮟鱇の魔獣の死体を丸ごとインベントリの虚空に素早く押し込む。その時点でアルムの魔力残量も1割を切っている。アルムは勝利の余韻に浸ることも出来ずに命辛々大慌てで森から脱出したのであった。
◆
それからは幸運にも大きなトラブル無く何とか金冥の森を脱出。
魔力の操作が途端に楽になったアルムは小さなドームを地属性魔法で作って、そこで4時間もの休養を強いられた。
アルムは失った血を取り戻すべくフードファイターの様に飯をガツガツと食べて、(魔重地の物を買い上げてもらう時点でアルムは諦めてインベントリの虚空の方はサークリエに既に明かしているので、沢山昼食も持たせてくれたのだ)、仮眠ではないがクッションを敷いて寝転び、ガッツリ休養モードに入って漸く全体量の魔力を6割まで回復した。
それからは魔重地の近縁だけを歩いてせっせと魔草集めだけに集中する。
1番得意な水弾なら射程10mくらいなら通常と同じくらいでコントロールできるようになってきたので魔蟲弾きは上手くなってきたが、探査の魔法はなかなか上達しない。
アルムは肉体、精神ともに限界を感じスイキョウの勧めに従って16:30過ぎには初日の探索を切り上げるのだった。




