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「(よし、行くよ)」
《気合は十分だな。油断だけは気を付けろよ》
アルムはサークリエに慰められ数時間にわたり号泣した事で、心にあった色々な感情の整理がついてスッキリとした表情になっていた。
強引に不自然なまでに成長させられていた精神が穏便な所に落ち着いたのだ。
そしてアルムは決意を改めて心に深く刻み、人間としてまた1つ成長した。
アルムはククルーツイに居た時にできた習慣により4時半頃に目を覚まし、5時には朝食も食べ終えてリタンヴァヌアを出ようとしていた。
日はまだ昇っておらず、館の明かりも消されていて昨日とはまた違う荘厳な雰囲気が建物から漂っていた。精神的にも久しぶりに心から安心できる場所で眠れたからか、身体の調子も頗る好調だ。
アルムがしっかりとした足取りで橋を進んでいくと、昨日の幼児達が橋をよじ登ってテテテテテっとアルムの元まで駆けてくる。
「おはよう。昨日はありがとね。すごく助かったよ」
アルムがしゃがんで対応すると、幼児達はニコニコして『ピピッ、ピ、ピッピッ、ピッ、ピーピー、ピ、ピッピ、ピー、ピピピ、ピ!』っと笛を鳴らす。
相変わらず笛はよくわからないけど、とアルムは思いつつマニルにスイキョウがしていたように幼児達の頭を撫でてみると幼児達は嬉しそうに笑う。
《多分今の笛は挨拶だな》
「(なんでわかるの?)」
《なんとなく》
スイキョウさんの頭は一体どうなってるんだろうとアルムは驚くも、言われてみればアルムもそんな気がしてきた。
植物でできたこの幼児達は使い魔の様だが、またそれと違った様な雰囲気もある。かと言って精霊とも違う。アルムは正体不明の幼児達の正体を色々考えてみたが、納得のいく回答は生まれなかった。とにかく意味があってちゃんと笛を吹く知能があることに、ただの使い魔とは一線を画す何かがあると思った。
「あっ、そういえば昨日くれた実って僕が貰ってよかったの?」
彼等の生態をふと考え込んでしまうアルム。そこでアルムは昨日の出来事を思い出す。今はもう虚空に収納したが、アルムは寝る前に貰った実について色々と調べていた。
だがアルムでも未知数な部分が色々と多過ぎる果実で、雰囲気がアルムの飲んだ劇薬と同類で、使い方を間違えたら天に召される系統の絶大な力を秘めている事は理解した。
それが9つもアルムの元にある。どのような意図でアルムにそれをくれたのか、そもそも実の正体も、アルムにはわからなかった。
しかしこの幼児達が小難しい説明をしてくれる様子もなく、アルムの問いかけに『ピピッ、ピ、ピッピ、ピッ!』っと返すだけだった。
《いいって言ってるぞ》
スイキョウさんは翻訳の異能でも持ってるのかな?とアルムは思うが、確かに幼児達は頷いて肯定しているように見えた。
それともう一つ、アルムには気になった事があった。
「ねえ、そう言えば君達が昨日飲み込んでた物って、原料はコレかな?」
サークリエが放り彼等が嬉しそうにのんだ赤いビー玉のような何か。アルムは探査の魔法の反応から主原料は何となく当たりが付いていた。
アルムがこっそり虚空から取り出したのは、魔残油の入った瓶。赤黒くドロっとしているが、アルムがそれを見せると幼児達は嬉しそうに頂戴!と言わんばかりに手を伸ばす。
「うーん、師匠の許可なしにはできないんだよ。ごめんね。それ昨日見た奴は透き通っててもっと精錬された感じだったし、これをこのまま与えたら君たちの体によくないのかもしれないからあげられないよ」
一応アルムの言っていることが理解できてるしらしく、プクッとむくれる幼児達。強引に奪い取ったりはしないが膨れっ面でアルムをペチペチと叩く。
「ごめんね。サークリエさんにも聞いてみるからさ。ちょうど売り払えない魔残油もあるから、加工出来たら君達にちゃんとあげるよ」
それはスイキョウが実験に使って熱やら電気やらが溜め込まれた魔残油。雪食い草の時に回収した魔獣の死体からとれた魔残油は、品質がまばらで低い物は大体実験に使われて死蔵しているのだ。それを有効活用できるなら、アルムはこの子達のために使ってあげてもいい気がしていた。
だがその言葉に反応したのか、庭から幼児以外にもアルムに近づいてくる存在がいる。昆虫や鳥、虎のような獣…………全て使い魔の反応アリの植物製の生命体。それがアルムの周りにワラワラと集まったが、アルムは物怖じせず近寄ってきた生き物を撫でていた。
「君たちもこの子達と同じなのかな?この庭園の守護者みたいだね」
ますます不思議なサークリエの庭だが、アルムは恐れもなく興味を唆られるだけだった。だがいつまでも和んでいられず、アルムはスクッと立ち上がる。
「ごめんね、もう行かなきゃ。何かあげられるものがあったら後であげるからね」
アルムがそういうと、植物製の鳥獣は素直に道を開ける。
幼児達がアルムにばいばーいと手を振って、差し出された手にアルムはハイタッチする。
アルムはいつの間にか大所帯に見送られながら、笑顔でリラックスしてリタンヴァヌアを出るのだった。
◆
「(本当におもしろい子だねぇ)」
アルムが使い魔達に見送られリタンヴァヌアの敷地から出る頃、リタンヴァヌアの最上階から昨日受け取った手紙を片手に持ち、サークリエはそれを眺めていた。
「(2つの大いなる輝きを持つ神に愛されし子供“達”、か。アグンヴァウルの奴が私の元に送りつけたのも納得だね。自分の思いに関わらず、良くも悪くも強大な物を惹きつける生来の素質が有るんだろう。
普段なら成長する前にあの手の子は壊れちまうんだが、何かが余程しっかりとあの子を護ってるようだ。2つの輝きも子供“達”ってのもなにを暗示してるか書かねえ所にあのクソじじいの適当さが見えるが、答えは自分で見抜けってかい?)」
サークリエが今まで出会った人物の中でも異常のカテゴリーに入るほど濃密な神の気を漂わせていた子供。深く愛され過ぎた者の最期は大体似通っている。サークリエもアルムに似たよう子供と出会ったことはあるが、皆が皆、非常に早すぎる別れを告げることとなった。
しかしアルムの様な、底の見えない迄の独特のオーラと生命力を同時に兼ね備えた者はサークリエも早々あったことがない。あの齢の子供の瞳の奥にいる老獪なナニカは見たことがない。
「(カッター、いい息子をこさえたじゃないか)」
この子ならば、器に足り得るかもしれない。
サークリエは一時期自分の弟子だった黒髪黒目の男を思い出しながら、アルムを楽しそうに見つめていた。




