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「(もう直ぐつくか……………?)」


 それはククルーツイを経ってから4日の事。


 ククルーツイから都会である衛星都市バナウルルへの道のりは流石に人通りが多く、召喚獣などでの移動は目立ってしまってできない。

 なのでククルーツイとバナウルルの間を行き来する大型の駅馬車、正式には象と馬の中間の様な動物が牽引する車での移動をする事になる。


 現在のアルムは、アルヴィナの時でもかなり堪えていたのに、再びすぐに別れる事となり絶賛レイラロス中。バナウルルまではスイキョウが代行する事にしていた。


 甘やかさないようにと心がけているスイキョウも、アルムの出会いと別れを短期で繰り返した状態には同情をせざるを得なかった。だが慰めるのも何か違うので、考える時間を与えやろうと思い肉体を長い時間代行している。今のアルムにはスイキョウのその気遣いが、そっとしておいてくれる事が嬉しかった。


 

 幸い、駅馬車はこれといって何かトラブルもなく、穀倉地帯を通り幾つかの街や村を経由して目的地であるバナウルルまで近づいていた。


 帝都周辺ということもあり土地の開拓は非常に進んでいるので、道中はただ野原や林が広がることもなく、ほとんどの人の手が加えられていた。アルムの故郷とククルーツイ迄の道中とは大違いである。その光景により、アルムの故郷がかなり田舎な街であることに改めてアルムは気付かざるを得なかった。



 馬車は直接バナウルルに止まると余計な混雑を招くので、バナウルルから目と鼻と先の停留所街と呼ばれる街の1つで終点となる。魔重地が近くにあるだけあって、街1つが防壁に囲まれている光景はスイキョウでも「すげーファンタジーしてる!」と少し感動を覚えていた。


 因みに停留所街は複数存在しており、正式には巨大なターミナルを中心としてできた宿場街である。バナウルルまで直接乗り込める馬車は貴族や帝国公権財商の商会の馬車のみ。平民はこのような街で1度降りて徒歩でバナウルルに向かう。

 大体はあまり環境がよろしくない乗合馬車で疲れ切った身体を宿で回復させてからバナウルルに向かう。停留街ができたのも事情を考えれば割と自然な事であった。


 しかしアルム、もといスイキョウはそれほど疲れてはいない。ダミーの荷物はあれど相当絞っているので軽く、バナウルルへ馬車を降りて直ぐに向かう事にする。

 向かうと言っても直線に伸びる道を1.5km程度と目と鼻の先だが、バナウルルの防壁は停留所街の物よりも遥かに大きく頑丈に作られていた。そこから横に視線をずらすと、遠くの方に周辺の開拓具合からすると不自然な迄に大きな森が広がっていた。


 それこそがバナウルルの近郊に位置する魔重地『金冥の森』である。


 スイキョウはそれを遠くから眺めつつ、いよいよバナウルルへと近づく。



「(えーっと、何処へ行けばいいんだったかな?)」


《薬屋リタンヴァヌアだったよね?》


「(そんな名前だったな。薬屋に着いてからはアルムに任せるが、大丈夫そうか?)」


《うん、ありがとう。大丈夫だよ》



 バナウルルはククルーツイに負けず劣らず人が多かったが、密度的な問題からかアルムもそこまで圧迫感を感じない。街道はアルムの故郷の2倍近く広く、馬車の通る車道と人が通る歩道もちゃんと分けられていてスイキョウは一気に都会に来た気分になった。


 また1つ1つの建物が比較的大きく、景観も考えれているのかクリーム色を外壁塗装によく用いられている気がした。少なくともククルーツイのあのカラフルすぎる商業区よりは目にとても優しい。

人種も人間が9割以上を占め、ククルーツイに慣れてきていたスイキョウからするとやはりククルーツイはかなり特別だったのかと納得する。


 だがスイキョウが都会さを感じたのはそこだけでは無い。

 外灯は当然ながら、水道や下水道の整備もされていて街がかなり綺麗なのだ。

 バナウルルがククルーツイよりも数倍の規模を誇る大都市でありながら、この末端からすでにちゃんと整備を施されているのにはスイキョウも驚きを隠せない。

 また、魔重地が近いせいか、魔術師や戦士など戦闘に身を置く者がかなり多くいる。時にはアルムやスイキョウも反応するほどの強者も稀に居た。まだまだ自分は井の中の蛙と思い、アルムの心も自然と引き締まる。



 やはり色々な意味でバナウルルに来たことは良かったかもしれない。


 アルムがそう思いほんの少し前向きになってきたのを感じ、スイキョウも少し安心する。






 スイキョウがあてどなくバナウルルを彷徨うこと20分ほど。めんどくさくなったスイキョウは手頃な人を捕まえて薬屋の場所を聞くことにした。



「薬屋リタンヴァヌア?一体何のようで?」



 だが既に日暮れも近く、往来を行く人々はなかなか捕まらない。スイキョウはすっぱりと諦めてカウンターのある手頃な食堂に行き、休憩がてらジュースを一杯頼んで、ついでに店主に場所を訊ねてみる。


 すると、リタンヴァヌアの場所を問われた店主はコップを布巾で拭きつつ非常に訝しげな表情をする。



「ちょっと野暮用です」


「野望用って、君、冷やかしならやめとけよ。あそこの店主の婆さんは貴族だろうが紹介状持ってなきゃ容赦無く店から叩き出すぞ。加えてトンチキな奴に紹介状を渡した奴にも絶縁状送りつけるおっかない婆さんだぞ」



 口調はぶっきらぼうだが、スイキョウを心配して言っているのはわかるのでスイキョウも笑顔で答える。


「その点は大丈夫です」


 スイキョウがやけに自身ありげに答えるので、店主はますます眉を顰める。


「君は一体どう言った素性で……………いや、やめとこ。俺ぁこう言った好奇心が大概危ないってよくわかってんだ。とりあえず道を教えてはやるが、あとは好きにしてくれ。頼むから俺から聞いたとか言うなよ」


 なんだか独特なペースの店主だと思いつつ、彼のザックリとした説明にスイキョウは耳を傾ける。


「----------------って訳だ。わかったかい?」


「成る程、街の中を走る大牛車に乗った方が1番確実って事ですね」


「今から普通に大牛車の停留所に歩いていけば最後の1便には間に合うだろうよ。停留所は此処を出て右に真っ直ぐ行けば直ぐわかるさ」


 スイキョウはバスのようなシステムがあることに少し驚きつつも、文明の発展具合に少し驚く。


「停留所で乗った後は、18番目の所で降りろよ。寂れた感じの場所だからそう言っときゃわかるだろうよ。そっから見える1番大きな建物が薬屋リタンヴァヌアだ。赤い色の柱でな、薬屋だって思うと見つからん。デカイ屋敷と合体している薬屋なんだ。すっごくでけえから先入観にとらわれなきゃすーぐわかるって寸法だ」


「18番目の停留所についてしまえば案内入らずなほど分かりやすいって事ですね?」


「これから暗くなってくから余計にはっきり分かるぞ。ほれ、そろそろ最後の便が来る。早く行った行った」


「御丁寧にありがとうございました!」


 スイキョウはジュース代と多めのチップを加えて足早に店を出る。店主の指示通りに進んでみると、そこには列ができていてスイキョウはその1番後ろに並ぶ。


 スイキョウが乗ってきた乗り合い馬車よりもその車は大きく、ちゃんと座席もあった。車を牽く牛はかなり大きく黒くて筋肉質。最後にスイキョウが乗り込み8番の停留所の切符を車掌から受け取ると、パシンと鞭を打たれて牛が動き出す。


 道自体がかなり整備されてるからか振動も殆ど感じず、スイキョウは座る場所が無くて立っていても問題ない状態だった。スイキョウが外を眺めながらボーッとしていると日はがちょうど沈む頃で、外灯が次々に点灯される。



 日が沈んでから更に牛車に揺られる事40分ほど。最初はぎゅうぎゅう詰めでスイキョウが端っこに立って乗るしかなかった牛車も今は8割ほど席が空いている。

 途中、隣に座った超美人で超スレンダーな森棲人のお姉さんがえらく気さくな人で、スイキョウが軽く談笑しながらバナウルルについて情報を集めていると、今まで大きな道を走行していた牛車が少し細い道へ逸れた。


「あれ?主要道路から外れるんですね?」


「そうよ。主要な道路に面しているのって大体大きな商店とか宿屋で、ここから更に中央に進めば官庁街に行ってしまうわ。エリアの区分けをここって結構細かいから、慣れるまでは大変よ。気付いたら全然違うエリアを彷徨ってたとかあるしね」


「貴方は元々ここの出身ではないのですか?」


 スイキョウが素直そうな子供のように訪ねると、目にかかった白っぽい金髪を手で払いつつ、お姉さんは宝石の様な翠色の目でスイキョウを見つめて微笑む。


「そうね、かなり遠くから来たわ。貴方も、随分遠くから来たみたいね?」


 まるで全てを見透かすような、しかし穏やかさと色っぽさを兼ね備えた目付き。スイキョウは少しドキっとするも同時にギョッとする。


「え、分かります?」


 スイキョウは従来の要領の良さで、特にアルムと自分が霊的に融合している存在なのではないかと思い始めてから、アルムの動きのトレースがかなり上達していた。アルムの記憶に同調するように貴族の立ち振る舞いもスイキョウにはできている。それに寄せているとはいえ、喋り方は都会とそう変わらないはずだ。

 何か田舎っぽい香りでもするのかと思うが、ククルーツイに7ヶ月も滞在しているはず。なにを持って見抜いたのかスイキョウにはわからなかった。


「そうねぇ、ここの事情に疎いってのもそう思った理由の1つだけど………………」


「だけど?」


 含みをもたせる彼女にスイキョウが問うと、彼女は優しげに微笑む。


「私を見る目がとても好意的だったからね。やっぱりここって人間プレーンが多いから、異種族ってほんの少し肩身が狭かったりするのよ。加えて人が多ければそれほど比例して危険な人も多いし、こうして会話にここまで積極的にのってくる子供って見た事ないわね」


「ああ、なんとなく言いたいこと分かりました」


 スイキョウの知っている事例に当てはめてみると彼女の言わんとする事がよくわかった。

 極端な例だと超ど田舎だと家の戸締りが適当だったり、近所の爺さん婆さんとやけに仲が良かったり、これが都会になるともっと警戒心の強めな動きが増える傾向にある。人が集まればクソが混ざる確率も高まる。よって田舎より都会の人々の方がある意味では警戒心が強いのだ。


 だがそこでスイキョウは少し不思議に思う。


「でしたら、なぜ僕に話しかけてきてくれたんですか?」


 会話の始まりは、今までの光景と違う街中をスイキョウが思わずキョロキョロと眺めていたところに、「何か面白いものでもあったかしら?」と女性が話しかけてきてスイキョウが当たり障りなく回答したところから。

 田舎者っぽい仕草に興味を惹かれて声をかけたのだろうか。しかし彼女がそれだけで声をかけてきたとは思えない。何故ならスイキョウが感じている彼女の強さ、それはアルムが全力でぶつかっても勝てるか不明な程に強力な物だったからだ。

 身につけているタイトな紺のズボンも白いブラウスに羽織っている黒と白のチェックのジャケットも、ピアスも質素なネックレスも、全て隠蔽処理済の魔宝具かそれに類する物。

 更には護身用なのか、相当業物と思われるロングナイフが2本、ブラウスの下、肩にかけた革製のショルダーに仕込んである。レイラの様に服と一体で仕込む様な手のかかった事はしていないが、ただの一般人とは到底思えなかった。


「そう、その目よ。最初は私のローブを着ている子がいたから少し気になっただけだったの。けれどその後に私を見た君の目が凄く気になって」


「目?私のローブ?これは僕のですよ?」


 スイキョウが不思議そうに問うと、彼女はクスクス笑いながら首を横に振る。


「ごめんなさい、言い方が悪かったわね。私がデザインしたローブって事よ。私、同じ服は2度と作らない代わりにデザインした服は全部覚えているわ。それはただの布製品だけで作った試作品だったけど、随分前に捨てるのも勿体無いから適当にオークションに出したはずよ」


「なるほど、デザイナーさんだったんですね。凄くお洒落な格好の方だったので何方で服を購入にしているのかと思ってました」


「あら、そう言ってくれると嬉しいわね。自分自身のデザインの服を着ると広告にもなって結構いいのよ」



 アルムの故郷では、服は基本的に買う物ではなく各家庭で作ったり、近所で針仕事が凄く上手な人に何か別の事を手伝う代わりに頼んだりして手に入れる事が多い。ミンゼル商会でも服を取り扱っていたが、基本的にそれらを買うのはそれなりの規模の商人以上。

 平民が既製品の服を購入するとなると、もっぱら商人などが着なくなった服を回収して売る古着屋にいく。量産して薄利多売で儲けるシステムも帝都周辺では出来つつあるが、金持ちの多い帝都や衛星都市ではオーダーメイドの服が多い。

 なので服屋という商売が成り立っているのだ。


 肩の隠しショルダーも自作なのかとスイキョウが考えていると、女性はクスッと笑った。


「貴方って、普通の子供が純粋に興味を持って周りを見ているのと違って、凄く精細に“観察”しているでしょ?特に私を見た時、目線が脇の下ぐらいにやけに集まってたから面白い子がいると思ったの」


 気づいている事を知った上で近づかれていた事に、スイキョウは自分の迂闊さを少し反省しながら苦笑する。



「すみません、不躾に見つめて」


「いいのよ。1人で子供が出歩くには遅い時間だけれど、貴方はその心配がないくらい強そうね。少し経験不足なところはあるでしょうけど、そこは年の功ね」



 女性は非常に自然に滑らかな動きで、アルムの腕に人差し指で触れると、スーッと上へ指を滑らせて肩から胴、腿までなぞる。


「やっぱり結構鍛えてるわね。それなのにしなやかさもある。本当に不思議な子ね。将来が凄く楽しみ」


 スイキョウは咄嗟に反応できず触れられるがままだった事に、女性が相手の呼吸や意識の隙を突くのに非常に長けていることに気づくき、少々動揺する。


「ごめんなさいね、不躾に触れて。貴方の正体も、何のためにここへ貴方が来たのかも分からないけれど、好感の持てる子だったわ。それじゃ、元気でね」


 見た目よりは低めのアルトボイスで囁くと、スイキョウの動揺に合わせるようにスルッと席を立ち、切符を御者に渡して軽やかな足取りで美女は去っていく。


 まるで妖精のような自由で掴みどころのない振る舞いに、自分が良いように扱われていたことに、自分がまだまだ井の中の蛙である事を改めて思い直すのだった。



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[一言] 年のk……おっと誰か来たようだ……
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