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 その日1日、アルムとレイラは添い寝しつつ語り合い、お互いの気持ちなどの整理に専念した。必ずまた再会する事を誓い、お互いの将来を見つめ直す。

 時は無情にも進み、レイラの門限まで時は至り別れの時は迫る。



 アルムはこのまま出発を引き延ばしたい気持ちを押し殺し、色々な想いを噛み殺しながら、虚空からとある物を取り出す。


「レイラ。レイラにはこれを受け取って欲しいんだ。多分これなら仕事中にも邪魔にならないと思う」


 それは銀色ベースで、金色の毛がアクセントで使われた糸製の腕輪。スイキョウから見て所謂ミサンガに近い物だった。艶やかな毛は非常に手触りが良く、肌に不思議と馴染む。


 アルムはレイラの左手をそっと手に取ると、そのミサンガをレイラの手に通す。するとミサンガは勝手にレイラの腕のサイズに調整された。


 今まではただの綺麗な毛糸の腕輪だったが、レイラはそれを装備した瞬間、アルムが途轍もない物、神賜遺宝物に匹敵しかねない物を自分に与えた事に気付く。


「シャリュパって猫に貰った毛玉を全部使ってみたんだ。それと幾つか口外できない素材も混じっているけどね。基本的な効果としては使用者はレイラに固定済みで、身体能力の超向上、感覚超向上、温度調整、防水、防腐、防汚、防火、防呪、防斬、防盗、防魔、魔力性質向上、肉体保全、成長強化、精神防御、精神強化、自然治癒力強化、解毒、形質調整、自己修復、性質隠蔽の加護に加えて、僕の生存判定と現在地の捜索、あとは1日10単語ぐらいが限界だけど僕と言葉のやりとりができるよ」


「まって、呪文の様に列挙したけどとんでもない事口走ってるよね!?」


 慌てふためくレイラ。そんなレイラに『肯定』と言うメッセージが頭に直接伝わる。


「とにかく大事なのは、僕と簡単な念話ができちゃうって事かな?」


 このミサンガ擬きは、5日間の間、一生懸命アルムがイヨドの毛とシャリュパの毛を編み込んで作った手間のかかっている代物であり、更にはイヨドに土下座をして半ば泣き落としの様に頼み込み、かなりイヨドに呆れられつつもなんとか作ってもらった規格外の超一級品である。

アルムやヴィーナのローブより形状的に防御域は狭いが、元の素材が素材だけに単純な性能ならローブの2段階上なので結果的に同等レベルの性能を誇る。


 加えていつ如何なる時でも装備可能という強力な強みが有る。影の護衛として仕えるであろうレイラでも日常的に身に付けられるものを考え、スイキョウのアイデアを採用して作られたミサンガ擬き。決してまたレイラが瀕死になるような事がない様に、アルムはこれをなんとしてもレイラに渡しておきたかったのだ。



「アルムってびっくり箱の生まれ変わりじゃなくて、神様の子だったりするの?」


「流石にそれは絶対ないかな」


 ポカーンとして妙なことを口走るレイラにアルムは苦笑する。


「レイラは僕が仕官できるか心配しているけど、レイラだって影の護衛を担うんだから、命の危険だってあるかもしれないでしょ?僕、レイラが死んじゃうなんて絶対に嫌だからね」


 アルムが真剣にレイラに訴えかけると、瞳から一雫の涙が流れて、レイラは苦笑する。


「もう、私の方が凄いプレゼントをするはずだったんだけどなぁ。これの後じゃ霞んじゃうよ」


 レイラが懐から出した手のひらサイズの黒い小さな箱。その中には、銀色のリングが2つ光っていた。


「これはね、私の産みの親が唯一私に遺してあげることができた物なの。これは、魔化金属でも超どころか超絶希少なプラチナの魔化金属、デルミスリルをふんだんに使い、魔化ダイヤモンド、通称アダマスをあしらったリングピアスだよ。デルミスリルは唯一、“霊力の高活性化”の作用を持つ金属なの。霊力の活性化は相手の体のあらゆる機能向上に繋がり、贈る相手の健康長寿を願う物なの。アダマスは強力な防呪、精神強化、精神防御、肉体保全の効果があり、デルミスリルとの相互作用は抜群だよ。

私は当主から、父からこれを最近渡された。私の産みの母親は手切金などの一切の受け取りをしない代わり、デルミスリルを使ったリングピアスを作り成人の時に私に贈る事を約束させてたみたい。でも私は来年には家にいないから、前倒しで渡されたの」


 そう言ってレイラはリングピアスの片方だけを左耳に付けた。そしてもう片方のリングピアスをアルムに渡す。


「プラチナには強き絆と永遠を齎すという言い伝えがあるの。だからアルムに片割れを付けて欲しいの」


 アルムは渡された強力な力を齎すリングピアスをジッと見つめる。


「レイラ、これは僕に渡しちゃダメだよ。お母さんの遺した大切なリングピアスでしょ?」


 客観的にリングピアス単体の片方だけで見てもその価値は異常に高い。

アルムは反射的に頭の中で算盤を弾いてしまったが、使われている金属や宝石の特殊性、加工難度、貴族しか作れないであろうという付加価値や、細工の細かさを合わせて試算される金額は、“最低でも”1250万セオンに到達する。


 そこに生みの母親が唯一贈ることを許されたプレゼントなどと聞けば、どうしたって受け取れない。


 しかしレイラは首を横に振る。


「大事だから、凄く大事だからこそ、貴方に片方をあげるの。お願い、アルム。貴方だけに受け取って欲しいの」


 レイラは懇願するようにアルムの瞳を見つめる。

 アルムはその瞳を見て、レイラの想いを受け止める事にした。


 虚空から取り出した細い針を魔法で清め、右耳の耳たぶに小さな穴を開ける。その傷を完全に治さないように微弱な金属性魔法で血だけ止める。

そして慎重にリングピアスを付けると、レイラが仕上げにしっかり固定してくれる。

 そのリングピアスをレイラは愛おしげに触れた。


 

 レイラの乙女心によるほんの少しの対抗意識。


 デルミスリル、加えてアダマスを使った装飾品は婚約を強く暗示する。指輪ほどハッキリとはしないものの、特に片耳だけのピアスというのは、もう片方があるという事を指し示す。もちろんアルムも知識としてそれを知っている。知った上で自らの意思でピアスをつけた。

 アルムに余計な虫が付かないように、強い牽制になるように、レイラは敢えて片方だけをアルムにプレゼントした。


 加えてレイラにはこのピアスは2つの大きな意味を持っている。


 レイラの生まれたナール子爵家は裏方の武闘派。暗殺技能などにも特化しており、身軽で繊細な動きを要求される。なので一般的な宝飾品、例えば指輪やネックレスなどは付けることが許されない。

 なので婚約指輪も結婚指輪も、一線を退くまでは付けることはできない。その中の唯一の例外がピアス。特に一対のピアスを片方ずつ付ける事で互いの関係を表すのだ。


 そしてもう一つ。指輪の箱にとある細工がされており、レイラはそこから隠された紙片を見つけていた。そこには短くも丁寧な、しかし少し滲んだメッセージが記されていた。


『貴方の大切な人と此れを分つ事を願います』


 レイラには、本当に何一つとして生みの母親の残した物は今まで与えられなかった。手紙も言伝さえも残されていなかった。徹底してレイラから切り離された。レイラが生みの母親に一切の情を抱かぬように、全ては葬り去られた。


 だが生みの母親は、ちゃんとレイラを母親として深く愛していた。自分が離れる事が結果的にレイラの為であると理解して従順に子爵家の指示に従った。

 

 そんな母親が唯一諦めきれず行った、最後の足掻き。


 母親は自分で木を削って箱を作り、それにぴったり入るリングピアスの作成を最後に当主に託した。箱にほんの少しの細工を施し、そこにメッセージをこっそりと仕込んで。

 たった1cm程度の、紙のカケラ様な物に悩んで悩んで悩んだ末に書いたメッセージ。愛していますでもなく、母より、とも書かず、いつか会いたいでもない。もし万が一当主に気付かれたとしても見逃してもらえるメッセージを考えて、涙を堪えながら自分の想いが残るように丁寧に記した。


 当然素人の細工程度は当主に見抜けないはずもなく、当主は託されてすぐにそのメッセージを見つけた。だが破棄する事はできなかった。自分が妾になり最後は娘とも切り離されたこそ、その娘の幸せな結婚を願うメッセージを、当主は、当主だからこそ、それを破棄できなかった。


 母よりなどと記されていれば、愛していると書かれていたら心を鬼にして捨てていたかもしれない。だがそれをわかった上で残されたメッセージに、最後の強い抵抗を当主は感じた。妾でも子を成す事を求めた相手だ。当然、女性としても愛していた。その女性が従順に指示に従ってみせた一方で、最後の足掻きをした。その気持ちだけは当主は無碍にできなかった。



 実はレイラがこれを受け取ったのは4日前の事。

 レイラがアルムの所に顔を出せなかったのは、別れの悲しみと同時に母親からの愛の証を見つけて精神的に大きく動揺していたからだ。感情の制御、特に涙など自在に操れるように訓練されているにも関わらず、レイラは涙を止めることが出来なかった。


 早まっているかもしれない。若さが自分の冷静さを削いでいるかもしれない。勝手に盛り上がっているだけかもしれない。けれどこれを絶対にアルム以外に渡したくない。

 複雑な感情が荒れ狂い鬩ぎ合い、レイラは数日かけて漸く答えを出せた。

 たとえアルムが私を忘れようと、私だけは絶対に忘れない、と。自分の母の様に。


 その決意の証として、そして母の残した唯一のメッセージに従い、レイラは大切なピアスをアルムに託した。



「アルム、いつか私を本当にお嫁さんにしてね」


 レイラは涙を流しながら、しかしとても綺麗に微笑んだ。

 アルムも涙を流しつつ、無言で頷く。


 ククルーツイでの7ヶ月に渡る活動は、アルムに大きな成長を与え、再び愛する者との別れを経験させる事となったのであった。



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