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《予想より時間が掛かったな》


「(この規模だからね)」

 

 殺戮マシーンと化したアルムは、盗賊団全構成員200人余りを呆気なく皆殺しにした。

 怒っていると言っても痛ぶる趣味はアルムにはないので殲滅まではかなりの短時間だったのだが、時間がかかったのはその後。


 アルムが火事をわざわざ起こしたのは、ただ盗賊の包囲網を作るためだけではない。証拠隠滅を図るためだ。


 アルムが直接動いた時点で、スイキョウはこの状況から最も穏便に状態に落ち着かせる方法を考えていた。

 レイラが子爵家に報告をしていないので、現場で盗賊団の襲撃計画を知る者はアルム、レイラ、オルパナの3人。このまま盗賊団の壊滅の一連の出来事を闇に葬り去る事もできたはずだった。

 だが元々火事により小山から煙が上がっていた。この小山の近くにはそう遠くない位置に村もあるのでその煙はおそらく目撃された。ならば山の様子を誰かが偵察しに来る事は確実。壊滅した盗賊団の根城も自ずと発覚する。


 なので一度時間を稼ぐ為に火事の規模を拡大させた。

 盗賊団員の死体をワープホールで根城の中に戻して、金目の物を多少回収する余計な一幕もあったが、その後はスイキョウが磁力の魔法で中を滅茶苦茶に荒らす。死体が装備していた鎧や武器などが磁力によって暴れ回り、何がなんだかわからないようにしてしまう。

 そこにアルムが超大火力の炎を穴から送り込み、中の物を死体もろとも全て焼き尽くす。


 仕上げにスイキョウが通路の中で熱の魔法を圧力特化で解き放ち次々と通路を崩落させる。物も死体もバラバラに破壊され、業火で炭になるかけるまで燃やされ、更に埋められてしまえばろくな調査も行えない。


 一応武器を装備して襲いかかりあっさり返り討ちにされた死体などはあえて外に放置して、内輪揉めか何らかの事故があったかのように装う。そんな後処理をしていた為に時間がかかった。アルムとスイキョウは誰にも責められていないのにそう主張する。



 ただ、それだけが理由ではない。どうせ全て燃やして埋めるのだからと根城の中の反魔力石を使った罠(ワープホールで丸ごと回収した)や高価な魔宝具類、何かに使えるかと取引における重要な書類と思われる物も回収。頭目や幹部連中が装備していた魔宝具製の装備類も獣の素材を剥ぎ取るように回収。ただでは転んでやるものかと、予定外の大きな利益を回収し尽くしてから漸く根城を破壊したのだ。


 もちろんこんな事を提案するのはスイキョウなのだが、アルムも薬の効果で精神が異常な安定性があるので、利益を考えたらやる以外の選択肢はなかった。

 

 それに、ハイエナ根性も結果的に今回の一件に関わる重要な代物の回収に繋がった。

 それはミンゼル商会の数人の幹部相手にした契約書だ。


 契約を結んだ幹部達は、ミンゼル商会やその他の商会の情報を盗賊団側に提供して、近いうちにドンボを会長の座から引き摺り下ろす契約をし、支店長についた暁には盗賊団に恒久的な商会に関わる情報の提供をする。

盗賊団側はドンボを会長から引き摺り下ろす事に出来る限りの範囲で協力し、また幹部達に多額の報酬を支払う。

 幹部達が裏切らないように、ただの契約書ではなく血判状にしてある。魔残油が元は魔獣の血液であるように、血液は生物の中でも魔力を集め易い。血判状の血に魔力はほんの僅かに残る。


 ただのサインよりも格段に誰が関わったか確認可能な物なので、これを押さえる事ができたのは非常に大きい。その上、裏で手を引いていると思われるもっと大きな商会などの存在を匂わせる書類まで押さえた。


 書類にはいろいろと呪いなども厳重にかけられていたが、ワープホールでそれが収められた金庫ごとインベントリの虚空に放り込めば何の問題もない。


 海外の迷宮産の素材を用いた武器や防具、装備品も手に入れ、アルムが今まで触れてこなかった罠なども丸ごと鹵獲できたし、法的に危ない薬品類なども研究材料として回収できた。流石に麻薬は危ないので全て焼き払ったが、アルムも心残りなどなくむしろ清々していた。

 その他根城に納められていた物資、現金約550万セオン、盗品と思われる宝飾品、それらも全て回収した。



 だからこそ入念に焼き払い根城を潰すという手間のかかる事をする羽目になったが自業自得である。



 全て終わり山を見渡せば、未だ山は勢い良く燃えている。おそらくイヨド製作のローブがなければアルムも活動不可能な熱気が辺りを支配する。

日は既に暮れ、暗闇が広がる中で山は煌々と燃え上がる。おそらくその炎の激しさと規模はスイキョウの狙い通りククルーツイからでさえ目撃可能なレベルだった。


 しかし火は登っていく性質があり、火は下へは降りて行かない。近くには川があり、その他接している場所も草はらでジメジメしているので万が一の大規模な延焼の可能性は極めて低い。元々盗賊団が根城に選ぶだけあり、この山は背丈の高い草木で影が多くあり基本的に地面が湿っている傾向にあるのだ。

 1つ懸念があるとすれば、大陸性気候により夜に冷え込み斜面下に向かって吹く山風の発生だが、小山自体が燃えて上昇気流を発生させている。それに賭けるしかない。


 自然破壊もいい所だが、今のアルム達にそんなことを考えているまともな思考は存在していない。

 アルム達は最後に周辺に自分達の痕跡が残っていないか確認すると、闇夜に紛れて空を駆け抜けていった。





 アルムは第二秘密基地まで戻ってくると、漸く全てが終わった気がして思わずその場に座り込む。


 思い返せばデートは遠いことのようにアルムは感じる。


 昼頃からは昼食も食べずに動き回り、子爵家にレイラを連れて行きミンゼル商会へ直行し、そこから更にドンボ家へ移動。子爵家に戻ってそこから第一秘密基地へ。そこから長時間の超高度な外科手術、200人以上の盗賊の“駆除”、数時間以上のわたる証拠隠滅。


 とてもではないが、小さな少年が、多少はスイキョウという助力があったものの、1日でこなすスケジュールの密度ではない。

今のアルムが動けているのは劇薬ブーストのお陰。もしそれがなかったら今日一日で百は下らない回数死んでてもおかしくない事をし続けていた。


 しかしアルムはこれで全て終わりではない事に気づき、ガックリと思わず床に手をついてしまう。



《ブーストが維持されてる、てか体の稼働限界までのタイムリミットか。それまでにミンゼル商会っつうかオルパナには話をつけなきゃならんし、目下やるべき事はリリーを家に送り届ける事だ。時間もかなり進んで、もうそろそろ夕食の時間だ。いくら自由ったって門限は有るだろうよ。

まあアルム、そうへばるな。リリーの件に関わる事以外は俺が全部代行してやるから、頑張れよ》


「(いいの?)」


 何処か弱々しく訪ねるアルムに、スイキョウは気取らずに肯定する。


《朝からアルムは十分がんばったって断言できる。それぐらいはしてもいいだろうよ》


 スイキョウもアルムが自分が頼り過ぎないように色々と配慮をしている。肉体の交換もアルムからの提案の時はよく考える。甘やかすだけではアルムも成長しないからだ。

 スイキョウが介入すればもっとスマートにいく案件も、敢えて黙ってアルムに考えさせて行動をとらせる。スイキョウ自身沢山の失敗を積んで苦渋も舐めると言わず呑み下し自分が成長した自覚がある。


 

 アルムは自分のラジコンロボットではない。


 自分の心にそう言い聞かせて、口出ししそうになるのを強い理性で封じる。


 だがそんなスイキョウを悩ませるのがアルムの境遇。自分の常識と照らし合わせても、此方の常識を照らし合わせても、アルムが背負おうとしている事は非常に重く、進まなくてはいけないのは大人ですら根を上げる茨の道だ。


 純粋故に愚直に茨の道をズカズカと突き進んでしまうアルムが、いつの間にか綺麗なまま壊れていたら。

 いや、既にその片鱗はアルムは見せていた。

 アルムの心を守るギリギリのラインをスイキョウは見極めてフォローをしなければならない。あまりに自由にやらせ過ぎて手遅れのレベルも回避しなければならない。


 そんな綱渡りをスイキョウは孤独にやり続けている。自分でも損な性分だと思いつつ、最低限よりも世話をやいてしまう。しかしそんなスイキョウだからこそアルムは深く心を開き、アルムの価値観や性格にまで大きな影響を及ぼしている。

 それ故にスイキョウの受容はアルムの心を何よりも深く癒す。



 アルムはスイキョウに深く感謝をすると、あともう一踏ん張りと気合を入れて立ち上がる。


 その視線の先には寝台には穏やかな表情で眠るレイラがいる。アルムはその光景を見て、何故か目から涙が零れ落ちる。


《ほら、お姫様を起こしてこいよ》


「(うん)」


 スイキョウに背中を押され、アルムは静かに寝台まで歩み寄る。そして気つけ薬をレイラの体内に作り出してレイラを優しく揺すると、レイラの目がパチっと開く。急にレイラが起き上がろうとしたところを、アルムはギリギリで覆いかぶさるようにして阻止した。


「ア、アルム!?私、えっと、あれ?」


 激しく混乱した様子のレイラにアルムは優しく話しかける。


「えっと、話したい事は沢山あるんだけどね、実はもう結構遅い時間なんだよね。門限って何時?」


「門限?一体何が …………」


「それは明日全部説明するから。とりあえず今の状態で起き上がらないで。リリーさんには悪いけれど服の背面側は全部消滅させちゃったんだよ。ごめんね。秘密基地にはリリーさんの予備の服ってあったよね?」


 そこで漸くレイラは自分の身体が今どんな状態か気づく。そして顔を真っ赤にして掛布を目元まで上げる。


「色々と聞きたい事があるけれど、見たの?」


 レイラがか細い声で問いかけると、アルムは目を逸らすしかなかった。治療中はそんな事を考えている場合ではなかったが、火傷は背中や脚だけでなく当然臀部にもあったし、反魔力石のカケラも刺さっていた。

 アルムも全てが落ち着いて冷静になったからか、その光景を思い出して少し顔が赤くなる。


「色々とごめんね、リリーさん」


 アルムがそう謝って頬をポリポリ掻くと、そのままレイラは涙目で布団の中に潜っていってしまった。




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