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 だいぶ時間がかかったが、ミンゼル商会は如何にか出来そうな状態になった。


 アルムはスイキョウと交代して、すぐにリリーの家に向かった。

だがリリーは門のところで待っていなかった。


「(あれ………………?どうして?まだ手間取ってるのかな?)」


 アルムは子爵家にバレるリスクも考慮した上で、探査の魔法を最大範囲で発動させるが、リリーの反応はなかった。


《家の中で異能を使う必要はない筈だ。いや、内密な話のために当主にも異能を発動させて話し合っているのか?》


「(でも、構造的に子爵様の書斎って辺りがつくけど、そこに人がいたよ。でも、なんか普通に何かを書いているだけで慌ただしい感じはないよ)」


《アルム、嫌な予感がするのは俺だけか?》


 スイキョウの重々しい声を聞いて、アルムは弾けたように駆け出した。なりふり構わず誰の目にも止まらないほどの全速力でのダッシュだ。


 軽身の魔法とその他諸々を駆使したアルムは凄まじいスピードで走り抜けると、懐かしい場所へ駆け込んで叫んだ。


「イヨドさん!聞こえますか!?」


 それは長らく利用していなかった初期の秘密基地。そこは防音などの結界も張られているセーフティーポイントでもある。


 アルムの叫びから一拍挟んで、氷の霧が発生してイヨドが現れる。



『アルムが我を呼びつけたのは初めてだな。呼び出しは本当に命の危機が迫った時のはずだが、如何様で呼び出した?』



 イヨドは気怠げに、しかし何処か不機嫌そうに寝台に寝そべる。



「リリーさんを、イヨドさんが前に捕らえた少女の居場所を探して欲しいんです。お願いします」


 アルムが深く頭を下げると、イヨドは興味なさげに顔を逸らす。


『我はアルムの便利屋ではないのだがな』


 その言葉に僅かにアルムの身体が硬直する。

 そもそもとしてイヨドにはアルムの為に動いてやる義理も動機もない。今までのはイヨドが自分から行った施しが殆ど。

 アルヴィナやアートへの魔宝具製作の助力なども、イヨドが両名と直接会っていてその人柄をよく知っているからこそ、アルムのプラスになると思いアルムの願いを了承した。


 しかしリリーはアルムの周りをうろちょろと嗅ぎ回っていた怪しい奴としかイヨドは捉えていない。俄然モチベーションも高くならない。


 冷酷とは違う、ただただ無関心なだけなのだ。雪食い草の一件でもイヨドは一切関与しなかった。アルムが本気でやれば生還できる事はわかっていたからだ。

 もしイヨドがアルムを見放せばこの関係はあっさり消滅する。それほど危うい関係。

 しかしアルムにはイヨドを頼る事が最も確実だと信じたのだ。



『何かを履き違えている訳ではなく、それを承知の上で助力を願っている事はわかった。だが我がやるのは座標を探してその場所まで送るだけ。あとは一切の助力はしない。自分自身の力で解決せよ』



 だがまるっきり跳ね除けるほどイヨドも根性がねじ曲がっている訳ではない。アルムの目を見て真意を読み取り、一つ咆哮をするとククルーツイに転移したときのような氷の塊を生み出す。


「ありがとうございます、イヨドさん」


『次は無いぞ』


 アルムはペコリとイヨドに頭を下げると、氷の亀裂の光の中に飛び込んでいった。





「(あれ?なんでここに………………)」


 アルムの光の先に飛び込むと、以前に転移した時のような軽い“酔い”が発生するが、それ以上にアルムを混乱させたのは転移した場所だった。


《第二秘密基地だよな?》


「(座標的にも、そう思われるけど)」


 アルムが転移した先には、リリーと共同製作した第二秘密基地があった。アルムは首を傾げるばかりだが、そこでようやくあることに気づく。


「(ドアが空いてる?)」


 普段は閉じられているはずのドアが空いている。だが中に明かりはない。

もしやリリーが中にいる、そう思ったアルムは中に入ろうとしてドアのところで思いっきりスッコケそうになる。それは地属性魔法で常に空間内を3Dマッピング状に把握しているアルムにあるまじき事。

 咄嗟に下を見れば、そこには煤塗れのボロ雑巾………………もとい、満身創痍のリリーが倒れていた。リリーが異能を発動していて気づけなかったが、触れた事でアルムは異能の効果から外れたのだ。


「リリー!?」


 脚は特にズタボロだが、強引に金属性魔法で傷を塞いだ形跡がある。背には何本の矢が刺さり、背面が特に酷い火傷を負っていた。幸い肺など内側には致命的な火傷を負っていないが、既に虫の息だった。


《落ち着けアルム。まずは探査の魔法で全身をチェックしろ》


「(わかってるよ!)」



 アルムにしては珍しく衝動的に怒鳴る。皮膚に癒着しかけてる戦闘衣は体に付着している汚れごと纏めて掃除の魔法で消し去ってみると、アルムの想定以上に凄まじい火傷の跡があり、相当の熱で焼かれた形跡があった。


《これは神経ごと焼かれてる可能性大だぞ…………………》


 アルムは素早く身体をチェックしていくが、リリーが金属性魔法で生命維持ができる本当にギリギリのラインまでは治癒していることが判ったが、何かが著しくアルムの探査の魔法を妨げていてそれ以上がわからない。


 最高レベルの集中力でもう一度探りを入れると、リリーが強引に塞いだ脚の中に何かの破片が大量に刺さっていることを突き止める。


「(反魔力石………!?どうしてこんな代物が!)」


 反魔力石とは非常に扱いが難しい物質である。

 それは主に超高濃度の魔力の漂う魔重地などに生息する魔獣から獲れる結晶体に、魔残油で特殊な加工を施した黒曜石の様な物質である。厳密には魔力を弾いているのではなく、次元が違うレベルの高濃度すぎる魔力を蓄えた結果、常に魔力障壁を展開しているような物質になっている。それにより魔術師殺しの異名も持っており、コスト的に大量に用意はできないが手の平サイズの物を直接触れさせられたら魔術師のほぼ9割はまともに魔法が使えない。



 強力すぎる魔術師を捕らえる際に開発された物体だが、当然一般のルートで出回る代物ではない。

 その破片が大量にリリーの脚に突き刺さっている。それに背にも少無くない数のカケラが臓器に達するほどに深々と刺さっている。


 手の内のようがなくパニックになるアルム。

 そこでスイキョウが一喝した。


《アルム!!何を茫然としてるんだ!》


「(だって、この石がある限りは、僕の治癒の魔法の効力じゃ太刀打ちできないよ!)」


 アルムは咄嗟に言い返すが、次の瞬間、スイキョウが本気の怒鳴り声を上げる。


《大馬鹿野郎!思考停止すんな!アルムの異能を試せ!ワープホールの虚空は空間と空間を繋げられる!石を取り出すことができるのはお前だけだ!》


 スイキョウが提案したのは、超常の能力を用いた外科手術。魔法による干渉ができなくても、異能ならば反魔力石も関係ない。


 スイキョウの本気の怒鳴り声で冷静さを取り戻したアルムは、全神経を集中させて石の正確な座標を探る。そしてまず極細の針を2本用意して掃除の魔法で潔める。

 そしてワープホールの虚空を作ると、もう一方の虚空を背中の1番大きな欠片スレスレで作る。他の組織を巻き込まない極微小な虚空。アルムは金属性魔法で感覚を最高度に高めると、両手に1本ずつ持った針を虚空に差し込み、硬い物を挟んで引っ張り出す。

 そこには黒い石がちゃんと挟まれていた。


「(できたっ!本当にできたっ!)」


 喜びもひとしおだが、状況は未だ切迫している。アルムは虚空に指を微かに突っ込み、治癒の魔法を発動させて繊維を回復させていく。

 治癒の魔法は魔力の反発により祝福などよりを更に数段難しい魔法で、加えて六属性全ての複合魔法なので発動できる者自体が異能保持者よりも更に少ない。加えて発動できても直接患部に触れる必要があるほど扱いが難しい。

 本来は不可能な治療だが、異能で空間を繋げる裏技でそこをアルムはクリアする。


 今のアルムの一連の行動を別の物で喩えると、頭の上に水の入ったお碗を乗せてそれを落としたり中の水を溢したりしないようにしつつ、脚では激しいダンスゲームをして、歌を唄いながら尚且つイライラ棒をクリアするという人外の脳の処理能力を必要とする動きをしていた。


 もしうっかり1つでもミスしたらリリーは死ぬ。

 アルムでも頭がオーバーフローを起こしかけているが、そこは緊張感からくるアドレナリンなどが打ち消す。


 2時間程その作業を繰り返し、アルムは背中の破片と矢を全て摘出する事に成功。ズタボロだった背中なども内側から丁寧に全て治療して、後遺症の無いレベルまで治療をしきる。


 とりあえず、リリーがこのまま1日内に死亡のラインは回避できた事にほっとして気絶しかけるアルム。

 無茶苦茶な魔力の使用などに激しい吐き気や目眩を覚えるが、そこでアルムは切り札のうちの1つを切る事を選択した。



《アルム、それを飲むってことは………………》


「(もういいよ。僕が全部やる)」


《そうか。覚悟の上なんだな?》


「(うん。絶対に“駆除”するよ)」


 インベントリの虚空から取り出したのは透明な液体の入った瓶。だが中に入っているのは正真正銘、凄まじい効力を持つ劇薬である。


 それはカッターが教えた薬の中でも最も危険な部類に位置する薬。

 正式な名前はないが、先祖代々が改良に改良を重ねた鬼札レベルの効果を持つ薬だ。

 その効力は至ってシンプル。飲んでから3日間の間、肉体のリミッターを外して体内の魔力を強制的に活性化させるというもの。

 簡単に言えば、痛みも疲れなども何も感じず、ずっと魔力残量をフルの状態で動くことを可能にする。


 だがその代償はとてつも無く重い。

 体の至る所に故障が発生するし、1週間以上は魔力が枯渇した状態が続く。死にたくても死ねないほどの苦痛に苛まれ身体はほとんど動かせない。

 完全な回復までは1ヶ月以上はかかってしまう。


 だがこれは、アルムの一族だからこそできる無茶である。

 代々が異能を有し、類稀なる魔法の使い手であるからこそ、復活できるのだ。

 これを一般人に飲ませたら10分は狂戦士の如く活動できるが数時間で死に至る。人型の魔獣に近いアルム達でなければ耐えうる事はできない劇薬である。

 アルムの血族の血を用いて作られた秘薬の中でも異端の秘薬だ。


 吐き気や目眩を抑えるなら自然回復を待ってもいい。アルムは魔力の回復力も人並外れている。

 しかしリリーの一命を取り留めた事で恐慌から完全に解き放たれたアルムが抱いた感情は、憤怒。アルムは今までの生涯で怒りで声を荒げた事も、激しい言い争いも、喧嘩すらしてこなかった。

 

 それはアルムが周りからとても愛されていて、かつアルム自身が良い意味でも悪い意味でも鈍感で大人びていたからだ。



 今のアルムの中には生涯で感じた事のない凄まじい憤怒が沸き立っていた。


 頭はオーバーフローを起し、思考力も薄れている。

 その中でアルムの心の奥底に眠る感情が鎌首をもたげる。理性と優しさで封じ込めていた怪物が解き放たれる。


 アルムの優しさは、心の奥底にある性質から来るものではない。自分に愛を注ぎ続けたカッターとアートを見て、他人を思いやる事は“当たり前”なのだ。

 それが転じて万人への優しさにすり替わっている。その温情をかける相手を特別に区別したりはしていない。


 全て一纏めで、優しくするべき『カヨワイモノ』なのだ。


 それはイヨドが周りを無価値と見て無関心な態度をとる事にも通ずる、異端故の視点。アルムが本当の意味で人間的に感謝をし、それを返そうと思う存在は極めて少ない。

 その存在はアルムにとってカッターとアートのみだった。

 しかしスイキョウの交流からアルムは少し変わり、その対象はスイキョウやイヨドへ広がり、自分を心から迎え入れたザリヤズヘンズやドンボ、師匠として自分を育てたゼリエフ、ロベルタ、そして自分に心を捧げたアルヴィナに広がった。


 アルヴィナへの想いが“重い”のはそう言った背景がある。


 そこにまた新しい存在が増えた。

 自分の全てを積極的に受け入れ、それを楽しみ、アルムをとことん甘やかそうとする存在。リリーもまた、アルムが個体認識をし特別に想う女性。


 その存在に明確な害が成された。死の間際まで追い詰められていた。

 そもそもとしてドンボの周りに害を為そうとしている動きが見られる時点でアルムは無意識に感情を溜め込んでいた。

 それが完全に爆発した。今まで蓄積した全ての負の感情が決壊した。


 キレるなどという生易しいものではない。今まで感じることがなさ過ぎて芽生えさえしていなかった感情が産声をあげたのだ。



 アルムは今、自分が腹わた煮えくりかえると表現しても足りないほどに激怒している事に気づいてすらいない。それは結果的にアルムの中で純粋な破壊衝動に昇華された。



 あと先考えないまさしく暴走状態。

 アルムは迷う事なく瓶の中身を飲み干した。


 それは劇的な変化ではなかった。ふつふつと何かが湧き立つような、世界がゆっくりと塗り替えられていく感覚。生まれてこれほど好調な時は無いと断言できるほどに、体と魔力のコンディションが強制的に整えられていく。

何より異能が使えと言わんばかりに荒れ狂う様な、そんな感覚をアルムは覚える。


 全ての感覚が人間の領域を超え、アルムは反魔力石の干渉を跳ね除けて正確にリリーの身体を探査の魔法の行使を強引に行う。そして3Dマップ状に全てを認識するとリリーの体に触れて、体にある異物の座標を全て捉えると、軽身の魔法の応用で反魔力石の力を弱めて、掃除の魔法で消滅させる。『魔法のエネルギーを減少させる力』を、それ以上に暴力的な消滅のエネルギーで消し去ったのだ。


 こんな力技をすれば、本来ならアルムでも一瞬で昏倒するレベルの魔力が必要だ。それが今はたちどころに回復していく。むしろ魔力を使わないと体が弾けてしまいそうなほどに魔力が活性化していた。


 続けてアルムですら苦手としていた治癒の魔法も、強引な力技でかけてリリーの身体を強制的に治療する。


 アルムは寝台の掛布でリリーを包み、抱き抱えて寝台にゆっくりと寝かせる。アルムが優しく呼びかけながらリリーの肩を揺すると、リリーはぼんやりと感じで薄ら目を開いた。


「リリーちゃん、体は大丈夫?」


「あれ?………………わたし、は、にげて、それで」


 リリーから漏れるとても幼げな声。アルムがリリーの手をギュッと握ると、リリーの目に微かに光が灯りアルムにようやく気づく。


「アルムだ…………そう、わたし、アルムにあやまらなきゃいけないことがあってね」


 まだ夢現なのか、リリーは何処か虚な目で独白する様に喋りだす。


「わたし、あなたにうそをついたの。わたしのほうこくではすぐにいえがうごかないことがもともとわかっていたの。それで、ふくをきがえてすぐにいえをでたの」


 アルムの口からは色々な問いかけが生まれようとしていたが、リリーがまだ話そうとしているのを見てなけなしの理性が自制する。その代わりに更に強くリリーの手をアルムは握った。


「もしとうぞくのほんきょちをみつけたらね、きっとまやくがあるとおもったの。それをもっていきとうしゅにみせればね、とうしゅもかならずうごかざるをえないとおもったんだよ。でもアルムにきけんなめにあわせたくなくて、うそをついてひとりできたのほうへさがしにいったの。きゅうにうごくならわたしでもおえるほどうごきもみだれてるとおもって。ごめんね、アルム」



 リリーは最初から、商会の馬車が襲われるかもしれないというだけで自分の家も、警備隊でさえも腰を上げることは無いと理解していた。しかしそれを伝えたらアルム自身が動いてしまうかもしれない。


 そこでリリーは、当主でも腰を上げさせるには、盗賊の根城を自分が発見しそこから大量の麻薬を回収して当主に見せればよいと考えた。盗賊の本隊ごと奇襲をかけて討伐できるチャンスがあるなら、貴族ならば、更に言えば武門の名家であるナール子爵は確実に動くと踏んだ。


 だがそこでリリーはアルムが危険な目に遭うかもしれない事を恐れた。恐れてしまった。初めての感情に判断を鈍らせた。

 故にミンゼル商会に向かわせて時間稼ぎをし、自分一人で根城を探し始めた。武門の名家だけに警備隊にも伝手があるナール家にも盗賊の本拠地があると予想されている地点は共有されており、リリーもその情報が頭に入っていた。


 加えてリリーには本拠地を突き止める勝算があった。

 エリアが北側まで絞られ、更には明日の早朝までに襲撃準備を整えさせるために相当慌てて盗賊達はククルーツイを出て行った。

 もし理性的な男だったらそれでも追跡できるか不透明だったが、がなり立てる男は直情的な傾向があり焦りが確実に出る。リリーは異能を発動させて、家の馬に飛び乗り南門から出て北側に馬を走らせた。

 そして怪しいとされている付近を捜索してみれば、幸か不幸かリリーは盗賊が移動したと思しき痕跡を発見する。

それを辿り、リリーは根城を突き止めた。それは小山の中にトンネルの様な物を張り巡らせた手のかかっている根城で、丈の高い草木により非常に見えづらい位置にあった。


 リリーは叩き込まれた技術で罠を躱しつつ、その穴の1つから侵入。

異能の効果でリリーはスイスイと内部に侵入して遂には盗賊団が最も大切に護る薬物を溜め込むエリアの1つに到達した。その入り口では何人かの男が言い争っていたが、それも華麗にスルーして張り巡らされた罠も回避する。


 そして遂に薬物を回収できる所まできて、ここでリリーが全く予想しない出来事が起きた。

 言い争いをしていたうちの1人が急に暴れて、凄まじい火の魔法を解き放ったのだ。その業火は言い争いをしていた者達も焼き殺し、その射線上にいたリリーまで迫った。その時咄嗟の判断で頭と肺などのみに全魔力を傾けるつもりで金属性魔法で強化を施した。


 それにより背面が業火に呑まれたが、生命を維持するのにギリギリのラインは死守し切ることに成功。神経まで焼き切れていたリリーは逆に痛みを感じなかったお陰で行動をすぐに取ることができた。


 だが業火は回収しようとしていた薬物の一角も燃やしてしまい、その煙をリリーは吸い込んでしまう。既に極限状態であるところに、大量の薬物の煙を吸い込んだ事で意識が激しく乱され、回避したはずの罠をうっかり発動させてしまう。

 それでもリリーは躱そうとしたが、反魔力石が仕込まれていた仕掛けが炸裂し背面に直撃。更には毒の塗ってある矢まで背に刺さる。

 

 毒自体は強力であるものの一般的な物だったので魔法で解毒は可能だ。だが反魔力石の影響で想定よりかなりの量の魔力を消費してしまった。


 リリーは脚だけは残りの魔力を全て使い切る勢いで強引に治して、騒ぎが大きくなる前に本当にギリギリでなんとか穴蔵から脱出した。フラフラと幽鬼の様に移動し、朦朧とする意識のままで、リリーは小山の近くを流れる川に落ちた。

 移動の為にほぼ無意識で軽身の魔法を発動していたのと、半分意識が無いのが幸いした。リリーはそのまま浮き上がり川に流された。それがまた結果的に超重度の火傷の応急処置になっていた。暫くしてリリーはようやく薬が少し体が抜け始めて、意識が軽く元に戻る。

 そして自分が今流れている川に見覚えを感じた。


 これは第二秘密基地の横を流れる川であるとリリーは朧げな意識の中で幸運にも気付いた。

 本能的に感じている自らの死。その中でリリーの身体は、最も安心できる場所を求めた。半ば無意識に川から上がり、リリーは自分が1番幸せでいられた場所、第二秘密基地に辿り着き、心の中で延々とアルムへの謝罪をしながら意識を失った。



 リリーが夢現で語った事の顛末。リリーはポロポロと涙を流しながらアルムへの謝罪をうわ言のように繰り返す。そんなリリーにアルムは優しく語りかける。



「リリーさん、ううん、レイラ。レイラは生きているよ。なんとか治療が間に合ったんだ。レイラが僕の為を思って行動してくれたことはよくわかったよ。だから僕は、レイラ“は”怒ったりしないよ。一人で動かれたのは少し寂しいけど、レイラが無事ならなんでもいい。でも今度は僕が謝る番かな。レイラ、僕は君が盗賊から僕を遠ざけようとした思いを裏切るよ。盗賊団は…………………ここで駆除する。一切合切を残さず、全てを消し去る。ごめんね、レイラ。行ってくるよ」


 アルムは全能感のままに、眠り薬をレイラの胃の内部に直接生成する荒技を行いリリー、もといレイラを強制的に眠りにつかせる。  


 掴んでいた手を敷布の中に入れて、もう一枚敷布を上からかけると、アルムは静かに立ち上がる。そして第二秘密基地を出ると、立ち止まる。


 そこには完全体のイヨドが静かに佇んでいた。



『自分の為そうとしている事を、理解しているのだな?』


「はい。僕は今から害獣を駆除しに行きます」


 アルムのやけに静かな言葉に、イヨドは何かを考え込むように瞳を閉じる。


『その魔力の荒れ狂い方、冷静とは言い切れんな。肉体も妙な状態だ』


 イヨドの静かな声に、アルムも奇妙な、現在のその内面を考えてみれば悍ましさを感じるほど静かに返す。


「自分が今、普通とは程遠い事は重々承知です。でも、僕が決着をつけます。結果的に僕はレイラを巻き込み、命を危機に晒した。その責任の一端は僕にもあります。イヨドさんと約束した通り、僕が全ての決着をつけます」



 アルムが魔力を荒れ狂わせながらも、イヨドに静かに言い切ると、イヨドはそのまま霧になって消え始める。そして去り際にイヨドはアルムの目を真っ直ぐに見つめる。


『アルム、決して力に支配されるな。力を支配せよ』


 その言葉は、アルムにとある言葉を想起させ何よりも心に響く。


『闇雲に魔術を使うのではなく、力のままに解き放つのではなく、精密にコントロールできてこそ魔法が“使える”と言える』


 カッターが口を酸っぱくしてアルムに幾度となく教えこんだ理念。

 アルムはそれを思い出して僅かに冷静さを取り戻し、イヨドに頭を深々と下げる。


 それを見たイヨドは、僅かに目を細めそのまま消えていった。




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