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「あら、アルム様?どうしましたか?」


 スイキョウはアルムに肉体を渡してもらい、早速ドンボの家へ向かった。


 オルパナは急に訪ねてきたアルムに対して、不思議そうな顔をしつつもアルムを迎え入れる。それに対してスイキョウはにこやかに「火急のお話が」と言って客間に通してもらう。


「あ、アルムにいちゃん!」


 それに気づいたマニルはスイキョウに抱きつくが、スイキョウは頭をわしゃわしゃと撫でるとうまく言いくるめて別の部屋に行ってもらう。

 いつもマニルには凄く鷹揚な態度を見せているのに、今回はあっさり離れさせたのを見ていよいよオルパナは不思議そうな表情をする。


 そして席にもつかないうちにスイキョウは単刀直入に言い放つ。


「明日の朝、ミンゼル商会の馬車が盗賊団に襲われます。今からオルパナさんが馬車を止めることはできますか?」


 オルパナの僅かな点でも見逃さないようにしながら、スイキョウは奇襲を仕掛ける。対してオルパナの反応はーーーーーーーーー完全に呆気に取られて目をパチパチしていた。


「え?一体なんですか?」


 困惑した様子のオルパナ。スイキョウは量子の探査に過去最高の意識を傾けていたが、オルパナの血圧にも変化はなく、眼球運動や表情筋の動きの異常、体の強張り、わずかな発汗もなかった。ただただ困惑しているオルパナの様子に、スイキョウは思わずホッと溜息をつく。


 アルムの手前啖呵を切ったが、アルムの目前でオルパナを殺す事態は避けたかった。それにマニルもいる。完全に不意を突いた上での通常の探査とは違う探査を誤魔化せるとはスイキョウも思わない。それを疑っていたら何も動けない。


 なので暫定的にオルパナは白にできる。


 むしろ誤魔化せる力量があれば、例えば何か異能などがあるなら商人をやる必要もないだろうというメタっぽい考え方もしていた。




 加えてオルパナが敵になるか味方になるかでは動き易さは天と地の差。

 その点でもスイキョウは思わず安心して膝をついてしまった。気づけば心臓も凄い勢いで拍動している。予想以上にオルパナを殺める可能性があることに緊張をしていたことにスイキョウは漸く気づいた。


「アルム様!?大丈夫ですか!?」


 今もこうして心配そうに駆け寄ってくれるオルパナ殺さずに済んで、スイキョウは再びホッと溜息をつく。


「すみません。ですがもう一度繰り返します。明日の朝、ミンゼル商会の馬車が盗賊団に襲われます。今からオルパナさんが馬車を止めることはできますか?」


 それを聞いて、オルパナはようやく理解が追いついたようにハッと息を飲む。


「それは本当なのですか?」


 そしてオルパナのした質問でスイキョウはオルパナが限りなく白である事を確信した。



「どこでその情報を、とか、どうやって、とかは聞かないんですか?」



 もしこの質問がすぐにきたら少しグレーに戻す必要があった。それを激しく追求したら黒まで戻す必要があった。だがオルパナは、ドンボがアルムに向けるような同格を、それ以上を見つめる目をしてその真偽のみを問う。



「アルム様がおふざけでそんな事をおっしゃられることがないのは、短い交流ですが十分承知しているつもりです。加えて明日の朝に馬車を出すことをアルム様がご存知とは思えません。ここ最近は通常業務が完全に停止していて、明日からようやく再び本店に物資を送れるところまで落ち着いたのです。当てずっぽうで言ったにしてもそんな偶然があるとは思えません。しかし……………そうなると我々の内部に密通者がいる可能性も高いですね。アルム様は私を信用してくださったのですか?」


「正直に白状しますと、今しがた信用しました。今現在はオルパナさんだけが最も信頼できる唯一の人ですよ」


 スイキョウがそう打ち明けると、オルパナは怒るようでもなく軽く微笑んだ。


「夫が、アルム様を深く慕う気持ちがよくわかります。まるで老獪な貴族を相手にしている気分になる程、聡明で賢く用心深く人の心を掴むのがお上手です。このオルパナ、その信用に自身の身を賭けて、“神に誓って”御協力させて頂きます」


 本当に神がいる世の中で、『神に誓う』という言葉は途轍もなく重い。

命を賭ける、それ以上に重い言葉なのだ。それを違える事は何かしらの災いが起きる可能性もある。

 そしてこの誓いは自分が心から誓わないと成立しない。誰かに無理やり強いられたり、その場凌ぎの嘘だったりすると誓約として成立しないのだ。もしその誓いが嘘だったとしても、宣言者にはなんらかの災いが起こる。

 決して、ふざけてでも『神に誓う』とは軽々しく口にできないのだ。

オルパナはその危険を知っていてなお、スイキョウの信頼を深く受け止めて、絶対の忠義を示した。


「ありがとうございます。それで結論から言うと、馬車は止められますか?」


「………………なりふり構わずならばなんとか。最悪は私が妊娠休暇から永久休暇に変わるだけです。しかしそれだけ今回の馬車は大事な馬車なんです。夫がいない時に動かすのは反対だったのですが 、逆にそれで怪しい者もわかりました。夫を追い落とそうと動いているようですね。そちらの動きもなんとか封じます。ですが100%は保証できません。警備隊には御報告を?」


「正直、証拠が無いのに警備隊は動かせないと判断しました。話を大きくしても根本的解決にも至りません。ですが、僕の独自のルートで兵力を動かしてもらいます」


「わかりました。おそらく内部情報が漏れているということは襲撃地点もある程度絞られます。少々お待ち下さい。地図をお持ちします」



 オルパナは小走りで客間を出ると、ドンボの書斎から大きな地図を取ってきて客間の床に広げる。


「アルム様には詳しいルートやスケジュールをご説明させていただきます。まず予定では、混雑を回避するために明日の午前4:00 、5台編成でミンゼル商会を馬車は出発します。破格の量ですが滞っていた分を出来るだけ補填しようとした結果みたいです。他の商会では中継地の村を通過しますが、ミンゼル商会は北側への輸送はエキスパート。馬も北部仕様なので悪路にも強いのです。ですから他の商会が通過できない丘や小山を越えて村々をショートカットするルートを取ります」


「おそらく馬車がククルーツイから離れてだいぶ経った頃に襲撃する可能性が高いです。そう考えると襲撃地点は予測可能ですか?」


 スイキョウの問いかけに、オルパナはルートを指でなぞりながら考えこむ。


「出発してからは暫くは他の商会も使う一般のルートを通ります。おそらく5時くらいのこの地点で、ミンゼル商会の馬車は一般のルートから外れます。おそらく襲撃するとしたらその30分後から2時間前後。3時間もすると中継地にする村で小休憩を取るはずなので、一般道を外れてから1時間くらいの時間帯が怪しいです。1時間前後で通るこの地点、ここは一般道から見て小山の陰になるので過去に数度襲撃を受けた事態がありました。ですが不発に終わる事が殆どでしたので、それ以降は護衛を厚くして対応していました」


「今回は計画的な襲撃、そして護衛は………………」


「新規事業で人手が足りていません。警備員として戦力は新店舗などにも配置していますので。馬車にはおそらくいつもの1台分の護衛しかつけていません。本来なら日も当たらないような時間に通過するので問題はないのですが、計画的に襲撃されたらひとたまりもありません」



 ミンゼル商会とて危険な道を通るのでいろいろと対策は取っている。だがそれを逆手に取ってこられたらどうしようもないのだ。その嫌らしいまでの盗賊側にとっての都合の良さはやはり内通者の存在を感じざるを得なかった。


 オルパナもかなり深刻そうな顔で地図を見つめる。


「もしこの小山でなくとも襲撃場所はあります。丘を通ったり大きな獣道のような場所も通ると夫は申しておりました。ルートは昔から一度も変わっていないようです」


「思ったより広いですね。しかし非常に貴重な情報を得られました。ありがとうございます。この情報を僕の独自のルートに提供してもよろしいですか?」


「それがアルム様にとって有用ならば、私が責任を持ちますので御自由にしてください。私は今から商会に向かいます。アルム様は、どうかご無理はなさらないように」


「ありがとうございます、大丈夫ですよ」


 そう言ってスイキョウは足早にドンボの家を出た。




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