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『して、何用だったのじゃ?』


 あ、色々なことが起きてすっかり忘れていたけれど、僕は本題を見失っていた。


「えっと、これから狩りに行くんですけど、一緒に付いてくる……まではいかないけれど、見守ってくれたらなぁ……と思った、んです」


 スイキョウさんがさっきから丁寧な言葉で話せと言い続けるので、少し頑張ってみるけれど、たしかにそうすると彼女は機嫌が良さそうだった。


『狩りなど好きにやれば良かろう?』


 彼女は不思議そうにこちらを見やるが、まだ大丈夫そうだ。多分この時点でいつもならだんまりを決め込むから。


「実は、父さん……父に、危ないから1人で狩りをしてはいけないと言われていて……言われたんです」


『それは我に狩りに協力しろと言っているのか?』


「いえ、そうではなく、ただ見守ってほしいんです」


 そういうと、彼女は要領を得ないようで不思議そうに首を傾げたが、冷たくあしらう感じでは無さそうだった。


『…………まあ、良かろうて』


 彼女はそういうと、自分の毛を器用に口で咥えて2本だけ抜くと、息と共に吹き飛ばす。その毛が光り輝き、僕でもわかるほどの濃密な魔力が空気を満たすと、ポシュッと音を立てて毛が彼女をそのまま小さくしたような白狐に変わった。


 尾は二本だが、それでも十分強そうだ。しかも2匹だ。


『これを付けておく。ここいらの動物程度では相手にはならぬ程度の強さはある』


「これは…………?」


『ただの分体じゃ。半日もすれば消えるだろう』


 また失伝した伝説の魔法をあっさり扱った。しかも依代が1匹につき抜け毛一本だけ。やっぱり彼女も伝説に類する何かなのだろうか?でもそれなら何故僕の召喚に応じたのだろう?謎ばかり深まる。


《まあ考えても仕方ない。強力な助っ人ができたならさっさと行こうぜ》


「(切り替えの良さは凄いと思うけど、僕はもう少し感動してもいいと思うんだよね)」


 僕があまりにあっさりしてるスイキョウさんに憮然としながら歩き出すと、地面に寝そべった彼女は手を振るように尻尾をゆらゆら揺らしていた。






《ところでアルム、狩りの前にルールを決めておこうぜ》


「(ルール?)」


 初めての一人での狩り。林の中にゆっくり脚を踏み入れるが、いつのまにか白狐の気配がない。けれど彼女の魔法のお陰かなんとなく位置がわかる。多分魔法で隠れているのだろう。本当に見守るだけみたいだ。


《そうだな、散々煽った俺が言うのもなんだが、まだアルムは狩りに関しては初心者もいいところだろう?しかも10才だ》


 本当にどの口が言うのだろう。煽りまくったのはスイキョウさんなのに。


《とりあえず、深追いをしないようにしよう。あと体力と魔力の残量の管理も実戦では難しい。腹八分目ってわけじゃ無いが、魔力が6割を切ったら即帰還くらいの気持ちでいるんだ》


「(6割?かなり厳しいね。4割じゃダメ?)」


 様々な属性が使えることを前提とした魔術師の理想的な狩りは、金属性で身体と感覚の強化を維持しつつ、地属性魔法で周囲の状況を探り続けることだ。これだけで不意打ちなどはだいぶ回避できる。


 しかしこの状態を維持するとなればどんなに効率を高めてもやはり魔力はそこそこ必要。6割となるとかなり慎重に魔力の管理をしないとすぐに撤退になってしまう。


《事故ってのは大体帰り道に発生するんだよ。更に保険をかけるなら5割以上は残ったまま帰還したいな。いいか、常に最悪を想定しておけ。魔力が尽きればお前はただの頭のいい10歳児だ。彼女の援助は無いものとして行動をしろ》


 何故だろう、この慎重さ、臆病とまで言えるほどの慎重さは。まるで父さんソックリだ。


《優秀な魔術師はコントロールもピカイチなんだろう?俺に手本を見せてくれよ》


「(…………わかった)」


 そうだ、僕は優秀な魔術師になるんだ。これぐらいやってみせる。


《あとはエリアだな。移動しても家から最大でも500mが限界だな。それ以上はやめておけ》


「(近すぎじゃない?)」


《うーん、どうにもまだ地面が軽くぬかるんでるしな。それに平地と森林の500mはだいぶ違うぞ。しかも往復で1kmだ。(…………そういえば、なんで距離単位は通じるんだ?)》


「(なんかいった?)」


《いや、何でもない》


 500m…………僕として1kmを想定してたんだけど見通しが甘かったかな?


《それと、1匹も狩れなくてもそれはそれでいい。別にそれで飯を食いっぱぐれるほど食う物がないわけじゃない。今は経験を積む方が優先だ。そりゃぁ一緒にいるからアルムが優秀なのはよく分かってる。たまに見かける動物とかの強さを考えたらだいぶ不満を感じるほどに慎重すぎだと思う。まああくまで心がけて欲しいって事だけだ。ダメだったら俺がストッパーになる》


「(わかったよ)」


 確かに、心の何処かで必ず成果をあげようと思う心があったけど、別に急ぐ必要はないんだ。僕はスイキョウさんの言葉に頷くと、林の奥へと静かに足を踏み入れた。





「(うーん…………イけるかな?)」


 『出来るだけ魔力は温存して体力もつけようぜ』というスイキョウの提案のもと、アルムは金属性魔法はセーブして林を徘徊し続けた。そして15分後、アルムはようやく狩れそうな獲物を見つけた。


《あれなんだ?》


「(スプリスだよ。味は可もなく不可もなく)」


 体長は約50cm。妙に突き出た腹と大きな後脚が特徴のリスに似た生物。

 3匹のスプリスがこちらに背を向けて小川の水を飲んでいる。


「(距離にして約20m未満。十分に射程圏内)」


 金属性魔法で肉体を強化して、アルムは静かに矢を弓に番える。

 そして更に矢の先に黄色っぽい靄をかける。


《それは?》


「(父さんが教えてくれた麻痺毒。獄属性魔法で作れる無味無臭の麻痺毒でもかなり強めだよ)」


 アルムは一呼吸おくと、地属性魔法で風の動きを読み、狙いを定めて静かに矢を放った。


 放たれた矢は真っ直ぐに飛んでいきスプリスに向かっていく。しかし多少の緊張もあったのだろう。アルムの矢は1匹を掠っただけだった。


 慌てて逃げ出すスプリス。まるでカエルのような動きで跳ねながら逃げていくと、木に思いっきり飛びつく。そこからどうするのかとスイキョウが見ていると、なんと上に飛び上がりながら別の木に掴まり、それを繰り返してと、三角飛びのように木々を登っていく。


《うわぁ……なんか動きが変態じみてる》


 これには流石にドン引きするスイキョウ。しかしアルムは特に気にすることもなくゆっくりと歩いていく。


《おいおい、追っかけても捕まるスピードじゃねえぞ》


「(ううん、もう決着はついたよ)」


 アルムがそういうや否や、木の上に避難したうちの1匹だけが緩慢な動きになり、ふらふらとすると遂に木から落ちた。


《あーあ、首折れてるわ》


 だいぶ高いところから落ちた上に打ちどころか余程悪かったのか、木から落ちたスプリスは首があらぬ方向に曲がり絶命していた。


 近くで見ると、スプリスの前足の爪は非常に厚く鋭かった。この爪でがっちり木を掴み上へと跳ねるように登っていけるのだ。


「(スイキョウさんは、こういうの平気?)」


《うーん、野良猫がネズミで遊んだりするともっと酷い有様だからな。まあ、平気だな》


 父から狩りを教わり始めた当初、アルムは解体する前ですら死体がかなり苦手だった。今でこそ平気だが、やはり見ていて気持ちのいいものではないと思っていた。


《ところで、今のは麻痺毒の効果か?》


「(そうだよ。尻尾を掠っただけでも、この大きさの動物ならもうアウトだよ)」


《そんな強力な毒使ったら食べれないんじゃないのか?》


「(ここが父さんの凄いところでね、この毒はかなり熱に弱いんだよ。ちゃんと火を通せば簡単に解毒できるの。でも、どのみちこれは食べないけどね)」


《…………ん?》





 そこから約30分。


 アルムは林を慎重に探索し、ポンチョ豚と呼ばれる小さめの毛深い豚とバーバーラ鳥という頭と首が大きく足の短い鳥を仕留めることに成功する。


 ポンチョ豚の特徴は首から前脚にかけて異常なほど立派な剛毛。毛は指に刺さるほどかなり硬く、突進されると敵を剛毛で引き裂き怯ませる。加えて鼻が良く逃げ足も速いのでなかなか狩るのは難しいが、味自体はかなりいい。

 バーバーラ鳥はそこまで逃げ足は早く無いが、びっくりするととてつもなく大きな鳴き声を出すのが特徴だ。人間ですら昏倒しかねないレベルの音量で、人間達より耳の良い動物達は更に大きな被害を受ける。この大声で外敵を行動不能にさせて逃げてしまうのだ。

 また警戒心も強く臆病な鳥で、こちらも仕留めづらい。

 因みに発達した喉の部位は高値で取引されるほど美味な珍味である。


 小物は無視して探知の魔法で見つけたこの大物のみに目標を絞ったアルムは、長い時間をかけて2体を仕留めた。この時点で魔力残量は7割強。普通なら10歳児の身体では1匹でも運んで帰るのは難しいが【極門(プラダ・エスヴァギア)】のお陰でそこはだいぶ楽ができる。


 アルムは初めての1人の狩りの成果に大満足しゆっくりと余裕を持って家への道を戻る。しかし家まで約25mの所でアルムが立ち止まる。


《どうした?》


「(最後に1匹だけ、狩ってもいいかな?)」


《今から引き返すってのか?》


 スイキョウの声は明らかに難色を示していたが、アルムは首を横に振る。


「(ほら、最初にスプリスを仕留めたでしょ?もともと地属性魔法で探った時からあたりはつけてたんだ)」


 そういうと、【極門(プラダ・エスヴァギア)】からスプリスと父から預けられていた特注の鉤手付きの長い縄を取り出した。そしておもむろにアルプはスプリスの胴に勢いよく鉤手を突き刺す。スプリスから血が溢れ、血の独特の錆臭い香りが林の香りと混じっていく。


《…………罠か》


「(正解)」


 アルムは金属性魔法で肉体を強化すると、少し盛り上がった地面の手前に向かってスプリスを投げた。そして縄の端を適当な木に括り付ける。


《これでいいのか?スプリスも草に隠れて見えないぞ》


「(多分ね。いつもならわからないけれど、まだ冬眠から覚めてそう長くないから、きっとお腹が空いてるはず。それにあそこの少し背の低い草むらはテリトリーの印だから、迂闊に入っちゃいけないんだよ)」


 そういうとアルムはしゃがみ込み、自分の魔力をスプリスの落ちた周りの地面まで浸透させて準備を整える。多分これで終わり、しかも家も近いからだろう。スイキョウはアルムが大技を披露しようとしていることに気がついた。


《周囲への警戒は怠るなよ》


「(うん)」


 ジッと待つこと約3分間。適度に縄を揺らして待ち構えていると遂に縄がビンッと張った。


「ハッ!!」


 アルムにしては珍しく、大きく気合いを入れて魔法を発動。なにかが暴れて草むらが派手にガサガサ揺れたあと、静かになった。


《やったか?》


「(手応えありだね)」


 アルムは金属性魔法で肉体を最大強化すると、縄を一気に引っ張る。しかしそれはとてもズッシリしていて、強化してなおアルムの額から汗が滲む。


「そーーれっ!!」


 ガサガサッと草むらが大きく揺れる。そしてその巨体が出てくる。


《何これ……》


 それは背中に鶏冠のような物が付いた胴の超長い蜥蜴か、脚の生えた蛇か、そんな形容し難い生き物。しかし奇形の生物はスイキョウとて最早見慣れている。問題はそのサイズ。直径50cmオーバー、長さは約10mに及ぶ巨体だった。


「(やった!まだ“幼体”だっ!)」


《待てい、これが幼体?》


 スネセスヘムノグ。

 草むらに丘状の穴蔵を作り獲物を捕らえる巨大な蛇である。狩りの方法はシンプル。その巨体に見合わないスピードで飛びかかると獲物を丸呑みしてしまう。また、怒ると鶏冠状物が肥大化する。そして最大の特徴は非常に突出したタフネス。丸呑みされても中を切り裂けば脱出可能…………そんな考えを鼻で笑うほど体の内側も頑丈で、毒などにも異常に高い耐性を持つ。

 しかし幼体の頃はまだ肉は柔らかく、正しく処理をすれば美味しく食べることが可能なので、森林の外縁近くに巣を作ってしまった幼体は狩人の貴重な収入になる。



「(スネセスヘムノグの成体は最低で直径2m長さ40m。その巣は小山レベルらしいよ。だから人間の立ち入れる領域に出てきちゃった個体は狩ってしまうことが推奨されてるらしいんだよね。今まで発見された中での最大サイズは、70mだったかな?本当に小規模な山1つが巣になっていたらしいよ。ひいおじいさんの手記にそう書いてあったんだ)」


 成体は馬鹿みたいに頑丈で、肉厚な体はただの剣では全く刺さらずに跳ね返される。なのでそもそも調理が異常に困難。なんとか薬を使いながら切り刻んで餌にするか肥料にするしかないが、頭周りだけは珍味や薬の素材として利用できる。


 デカくて倒すのも困難なのに、価値が高いのはその極一部。おまけに刺激しなければあまり巣から出てこないので戦う必要もない。成長体は狩りの対象としては不人気の生物だ。


《そんな生き物が家の目と鼻の先にいるって大問題じゃないか?》


「(場合によっては放置の方が多いよ。繰り返すようだけれど、そもそも刺激しなければ巣からあまり出てこないしね。それに人間は食べづらいのか知らないけれど襲いかかることも稀だって聞いたよ)」


 それにどこかの宗教は保護対象にしていたし、そう締めくくるとアルムは【極門(プラダ・エスヴァギア)】の虚空から一本の槍をとり出した。


 そして金属性魔法で体を強化すると槍を全力投擲。スネセスヘムノグの首を刺し貫く。


 いやオーバーキルなんじゃ、とスイキョウは思ったが、ビクビクビクッとスネセスヘムノグが元気に動いたので口を噤んでドン引きした。


「(ほんっとうにタフなんだよ。『スネセスヘムノグは三度殺せ』、って言われるぐらいだし)」


 アルムは最後の仕上げとして地面を魔法で弄りスネセスヘムノグの頭が下になるように傾斜を作る。


「(1番信頼できるのは失血死。首が半分切られようと動くような生命力を持ってるけれど、流石に血を失えば動けないみたいだよ。血抜きも兼ねてるけどね)」


《ファンタジー全開な生き物ではないが、地味に嫌だな》


 なんだかまだ目に生気があるような気がして、スイキョウはその生命力にげんなりする。


《…………でもよ、こんな家の近くでやって大丈夫か?これだけの血の量だと、別の生き物を引きつけかねないぞ》


「(そうだね、地属性魔法にも反応がある)」


《そうだね、じゃなくてよ》


 アルムも言う程落ち着いてるわけでもなく、火の魔法を蛇の頭にぶつけて完全な死亡を確認すると地面を動かして【極門(プラダ・エスヴァギア)】になんとか巨体を押し込む。


 そして別の虚空から呼吸を止めて木の棒の様な物を引っ張り出す。


《おい、一体何を……うわぁ…………》


 スイキョウが木の棒だと思ったものは、ピザを乗せる台のように先に板がつけてあった。問題はその板の上に乗っていたものだ。


 アルムはそれをおもむろに棒ごと捨てると、ダッシュで家へ逃避した。


「っはぁ〜〜…………」


 金属性魔法で肉体を強化し脱兎のようにかけて家に到着。再び大きく呼吸をするが、その匂いを嗅ぎ取り顔を顰める。


《そんなに臭いか?》


「(身体を交換してみる?)」


 スイキョウは怖いもの見たさのようなもので体を交換すると、直ぐに「うっ!」と声を上げる。


「(なんだこの世界の腐臭を集めたような凄まじい匂いは…………)」


《知りたい?》


 スイキョウが板の上で見たのは原型を留めていない何かだったので、実際よくわかっていない。


《えっとね、凄く臭いことで有名な川魚の干物と、生ゴミと、動物の糞、それと匂いのキツい毒を5種類、死んだ池の水、雪ヤギのミルク…………これをよくすり潰して混ぜて、一日放置した後に時間経過の早い虚空に突っ込んでおくとできる最強の獣除けだよ。多分【極門(プラダ・エスヴァギア)】が使える僕じゃないと臭すぎて使えないと思う》



 25m離れていても吐き気を催すレベルの激臭。人間よりも嗅覚の鋭い動物にとっては最悪のレベルだろう。


「(獣避けになるだろうが、家にまで被害が出るぞ)」


《30分したら氷で封印して再利用だね》


「(逞しいなぁおい)」


 スイキョウと再び肉体を交換すると、アルムは地属性で周囲を探る。あまりの激臭のせいか動物は殆ど居なくなってなっていた。残っているのも動きがないあたり、気絶しているのだろう。


 魔力残量は4割と目標よりは下回ったが、それに見合う大戦果を打ち立てて意気揚々と帰宅するアルム。しかし家の前に、たいそう不機嫌そうに尻尾を地面に打ち付けていらっしゃるお方がいた。





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