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「ドンボさんがいない?」


「た、大変申し訳ございません!帝都の方へ新規事業に関するの会合に出向していまして」


 なんとも間の悪い事だが、アルムは事情を伝えるわけにはいかない。



《具体的に情報が漏れてるって事は内部にも危険分子がいる可能性は極めて高い。おそらくポップコーンの騒動で人事も甘くなったところにつけ込まれたな》



 スイキョウの懸念がアルムの行動に制限をかけていた。

 アルムは会長の孫だったり辺境伯のメダルを持っていたりと商会では丁寧な扱いをされる立ち位置だが、だからといって公的な権力は一切持っていない。

 アルムの事をよく知っているドンボなら、半分身内に近い立ち位置の彼なら、朝の馬車を止めるぐらいなら聞き入れてくれる可能性があった。


 だがドンボがいないので有れば事はスムーズにいかない。大きく騒げばアルム自身に注目が向いてしまう危険性がある。盗賊団やそのバックにいる連中と事を構えられるような能力は今のアルムにはない。


 ドンボに話をつけることすらかなりリスキーなのだ。しかしドンボが動いたことととアルムをいきなり結びつける頭のおめでたい奴はいないだろうという見通しという名の賭けだった。


 なのでアルムは手を引くしかない。


「(どうしよう。このままじゃ……………そうだ、オルパナさんなら)」


 ドンボの妻、オルパナ。アルムと交流があり尚且つ話がわかり、商会にも伝手がある人物。ドンボの代わりになれる人物はオルパナしかいない。

アルムがそう考えるとスイキョウがまったをかける。



《アルム、オルパナさん結構黒に近いぜ?》


「(え?)」


 その言葉はアルムにとって予想外すぎて意識が真っ白になる。


「(そんな、ありえない!だってあんなにしっかりしていて、妹さん思いで!!)」


 アルムの知るオルパナはまだ粗はあるが良妻賢母そのもの。そんな不義を働く人物とは到底思えなかった。


《だからだよ。妹思いで責任感が強くて、クソみたいな親元から生まれて間もない妹をわざわざ引き取ってきたわけだ。その頃のオルパナは例え1セオンでも欲しかっただろうし、妹の面倒も見なきゃいけないから心に余裕がない。そこをうまくつけ込まれて、いや漬け込むのがプロだ。切羽詰まると案外責任感強くて真面目な奴が足を踏み外す。

一度何かしらの情報を売ってしまったら後は粘着質に張り付かれるぞ。守るべき妹を盾にされたらオルパナは逃げられない。前の商会からミンゼル商会に移ってきたのもそう捉えてみると変だぜ?ククルーツイでもミンゼル商会は中堅どころでわざわざ籍を移す規模のものじゃないだろ?

これはあまり言いたくないが、ドンボへの距離の詰め方もうま過ぎる。全部疑ってみれば怪しいところは盛り沢山だ。

それに、ミンゼル商会の名もあっさり出てきたあたり前もって情報を持っていた可能性が高い。そしてドンボの不在。ドンボのスケジュールを1番把握している人物は、おそらくオルパナさんだな》


「(でも!)」


《まあ落ち着けアルム。俺もオルパナを根っからの悪人だとは思えないし、ドンボへの愛は本物だと心では思ってる。でなければあんな天真爛漫な妹は育たない。心根が真っ直ぐで相当に自分を犠牲して育て上げたはずだ。

加えて怪しい連中は他にもごまんと居る。そもそもドンボが急にトップに座った事が面白くない奴は一定数いる筈だ。そこに自分達が一切関わってない所で新規事業を立ち上げて売り上げを出していれば余計に面白く思わない連中は絶対にいる。唆すには絶好のチャンスだ。

しかもドンボ不在で大きな問題を発生させれば、新規事業を強引に進めたドンボを槍玉に挙げる事は可能だ。となると責任問題にまで話を大きくして退任まで追い込めるかもしれない。支店の幹部連中の誰かがそうやって唆されたら?俺だったらきっとそうやって唆すね。

そう考えるとオルパナは白かもしれない。ドンボは自分の妹まで引き取ってくれてそれに対する深い恩があるし、ドンボの子供まで身籠った。万が一夫が退任まで追い込まれる危険があれば、オルパナはどの道、路頭に迷う。妹を盾にされても辿る道が大方同じなら黙秘する。そんな肝の太さを持つのがオルパナだ。

正直、オルパナを黒って言ったのはかなり大袈裟だ。だが万が一、オルパナが黒だった場合はアルムの情報が確実に流れる。一生アルムは追いかけられる。それならまだいい。最悪のケースじゃミンゼル商会ごと全てを潰されるかもしれない。それを盾にアルムを引き入れてくるかもしれない。リスクが大きすぎるんだ。

言い方は悪いのは百も承知だが、馬車が襲われる事とアルムが実際に背負うリスクが全く釣りあってない。雪食い草の一件だって色々とギリギリだった。その上で問う。

アルム、本気でオルパナを信じるか?》



 数百人の命を守りきろうとした雪食い草の一件も、総括してみればアルムにとって大きなマイナスを発生させた。アルヴィナとの距離が縮んだのは結果論であって、考慮すべき事ではない。

 それにスイキョウは雪食い草の一件で簡単にGoサインを出した事を少し後悔していた。アルムの選択や考えを責めるつもりはない。だが自分がもっとリスクを考えて行動すべきだったと思っていた。もっと上手く立ち回れたのではないかと考えていた。

 だからこそ、残酷だが知りもしない御者数名と引き換えにアルムの一生を左右していいのか、そう考えてしまう。スイキョウはどうしてもアルムを強く引き留めざるを得ないのだ。



 だが、アルムの答えはスイキョウの裏を突いたものだった。



「(だったら話は早いよ。ドンボさんがピンチになるなら、僕は恩を返す。スイキョウさんが納得できるように言えば、ここで大きな被害が出れば1500万セオンが渡されるかも不透明になるよね?幾ら追加でお金を積んでくれても時間だって十分消費しているんだから。それにドンボさんとの個人契約だから、ドンボさんが万が一退任したら僕達は5ヶ月以上を無駄にした事になっちゃうよ?)」



 アルムの回答を聞いて、一拍の間を置きスイキョウは大声で笑った。



《なるほど!そうきたか!確かにアルムの意見は正しい!放置すれば1500万セオン以上がぱあになるリスクがあるわけだ!うまい所を突いたな。はぁ ………………段々口も立つようになってきたな。誰の影響を受けたんだか。よし、わかった。アルムに1つ約束してもらう》


「(なに?)」


 スイキョウとて本気で言いくるめようと思えばこの状況からでもできる自信がある。しかしアルムが冷静に返し、そしてそれに或る程度納得してしまった。なのでスイキョウの頭の切り替えも早かった。


《なあアルム。その年で、自分の手を血に染める覚悟はあるか?》


「(それは …………)」


《いや、甘い言い方だったな。はっきり言うぞ。万が一の時、一切の温情なく敵を皆殺しにできるかって聞いてるんだよ》


 簡単な話、アルムが直接動けば決着をつけられる。情報も漏れないほど一切合切を殺害すればいいのだ。しかしスイキョウはその重責をアルムに背負わせるには早いと判断した。スイキョウ自身がやってもいい。しかしそう割り切れないのがアルムという少年である事をスイキョウはよくわかっている。

 加えて自分自身が冷静に人殺しができるのかも未知数。不透明なリスクが大きいのだ。だがそれは自分の中だけ解決すればいい話で、自分の制御不能なリスクは発生しない。


《少しでもオルパナさんにおかしな動きがあったら殺す。イヨドに頼んでもだ。それだけの覚悟はあるか?》



 アルムは長い沈黙の後、重々しい声で答えた。




「(僕は今まで、たくさんの生き物を殺してきた。それは食べる目的以外でも、殺してきたよ。罪の無い動物を殺めた。でも彼等は罪を抱えている。金銭のために殺した動物達よりも、彼等を殺す方が罪が重いのかな?人だけが特別じゃない。それはイヨドさんとかシャリュパを見ても思った。みんな同じ生き物だよ。でも……………僕の周りに害を成すなら、それは害獣と変わらない。ただ駆除するだけだよ)」




 純粋過ぎるあまりに、そして超常の存在と接触し過ぎたあまりに、アルムは人間として綺麗なまま歪みを生じ始めていた。アルムの視点はまるで、人間よりも更に高位から見ているような、人間と動物を区別しないもの。


 『駆除する』。その言葉に一切の偽りはない。アルムは本気でそう言っている。それはアルムと感情を共有しているスイキョウにははっきりと分かってしまう。


 純粋で優しい奴ほどキレたらヤバい。


 スイキョウがアルヴィナの一件で懸念していたように、スイッチの入ったアルムは危ない。だがスイキョウは否定しなかった。

 ただの誤魔化しや詭弁で乗り越えようとしているなら止めた。しかしアルムは自分の罪を受け入れた上で進もうとしている。約13才の少年の出した答えを、スイキョウは受け入れてやろうと思った。


 アルムはまさしく異端だ。実力のみならず、心の奥底に眠る価値観も異端だ。


 だからこそ、自分だけは受け入れてやらねばならない。アルムを理解してやりたい。スイキョウはそう思ったのだ。



《何かあったら、オルパナは俺が殺す。いいな?》


「(……………はい)」



 そうして吹っ切れた獣達は遂に解き放たれた。


 しかして、スイキョウをほんの少しだけ引っかかっていた。


 盗み聞きした内容が、あまりに都合が良すぎやしないか、と。まるでこうなることを仕組まれていたように。


「(何か言った?)」


《いや、何も》


 お世辞にも冷静とは言えない今のアルムに色々と言っても混乱させるだけだろう。

 スイキョウは罠である事を考慮しつつ、静かに心の中で覚悟を決めた。




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