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「どうしてこう、穏便に終わらないのかな?」


「ごめんね、リリーさん」


「責めてないよ。ただ面白いって言うか不思議っていうか、飽きないってのが正しいのかも」


笛に続き今度は毛玉。教会を出た後は、弟分の異常さに怯えるわけでもなく、リリーは楽しそうにアルムの腕に抱きついて歩いていた。


「次も何かあるかな?」


「ねえ、凄く面白がってるよね?」


「だって貴重な光景を観れるから。刺激的なデートになってすごく楽しいよっ」



 アルムはリリーのペースを乱し続けている事に少し不安を覚えていた。せっかくのデートなのに失敗ばかりな気がしてならない。だがリリーはそんなことを気にした様子もなく快活に笑い、アルムは心がくすぐったいような変な感覚がして頬を指で掻く。



「でも今度は何も起きない可能性がずっと高いかな?」


「どうして?」


 やけに確信めいた言い方をしたリリーにアルムは思わず問いかける。


「今度は見るだけだからね。アルム、すこーしだけ目を瞑ってね」


 道の曲り角まで来てリリーが急に指示を出す。リリーに言われるがまま目を瞑るアルム。リリーに軽く手を引かれて角を曲がり、しばらく歩くと目を開けるように言われる。


「 ……………凄い、凄く綺麗だね」


「でしょ?此処が晶神グディラのリタルクス教会なの。今迄の教会は神の分体がいらっしゃるし神殿って言ったほうが正しいけれど、今回は分体はいないよ。それに立ち入りは禁止だし。だから何も起きないって思ったの。それでも、凄く綺麗でしょ?」


 それは水晶などを基本とした結晶のみで作り上げられた様に見える、ゴシック様式の7つの塔だった。

 使われている結晶の色も様々で見る角度によって色が変わって見えてくる。まさしく晶神の教会といえる建物だった。


 晶神グディラはカテゴリーにおいて司神に相当する。特にこれといった中心的に信奉をする種族はいないが、とにかく多くの種類の種族が崇めている神である。

 捧げ物は有機物以外が推奨されていて、強力な物を下賜した事は今まで一度もない。しかし気紛れにちょこちょこ小分けで何かを遣す事があるので信奉する者も直接的な利益を受け取れる機会が多く、それが人気の理由となっている。


 昔は今のような教会では無かったが、とある時に本拠地から司教が来訪し、その記念として建造されたと言われている。建造には何らかの異能が関わっているとされていて、結晶同士が何かで接合されているわけではないのに、一切崩れる事なく建物として機能している。

そのような意味でも色々と神秘的な教会だった。


 アルムとリリーは10分ほど色々な角度から教会を見て周り、今度こそ何事もなく次の場所へ移動した。



 その後はこれといってアルムが何かを引き起こす事もなく、植物神トムゥヴールの“生きている樹木”を使って作られている教会や、シアロ帝国でもただ1つしかない疫病神タスクハーリの教会、灯籠のような建造物に夥しい量の謎の文字が刻まれたまさしく封印するための建造物にしか見えない教会を見たりと、ククルーツイでもユニークな教会を見て回った。



「祓神ドェジメの教団員って不思議な僧服だよね」


「シーツみたいな真っ白な布を頭からかぶって脚は出して他は眼のところだけ穴を開けてる衣装でしょ?あれは外部からの不浄をできるだけ断ち、悪きを見通す為らしいね。祓神の目からは浄化と消滅の魔法を合わせたような光が出るらしいよ」


「目から?目から出るの?」


 リリーもまわっている教会を全て訪れた経験があるわけではない。最初の3つ以外の教会はほとんど見たことがなかったり行ったことがないケースがほとんどなので、リリーもテンションが高めになっていた。



「ねえアルム、少し時間が押してるから、ショートカットしてもいい?」


「そんな道があるの?」



 楽しさのあまり時間の管理が甘くなっていたリリーは、予定を元に戻す為にショートカットを提案。アルムの手を引いて少し進路を変える。


「ここを通っていくと早いの」


 大通りから逸れて、少し細い道を進み宗教区と商業区の境目付近に辿り着くアルム達。リリーの指し示す先の道はかなり暗く、怪しげな雰囲気が漂っていた。


「 ……………通って大丈夫なの?それにここって立ち入りしない方がいい危険な場所だった気がするんだけど」



 ドンボに昼間でも立ち入らないでくれと頼まれた幾つかのゾーンがククルーツイにはある。ドンボは地図を指差して大まかに言っただけだが、アルムは類稀なる空間認識能力でそのエリアと現在地が重なっていることに気づく。



「さすがにここは通らないよ。でも屋根の上ならいけるでしょ?」


「屋根の上?」


「少し前から【幻存】は発動させているよ。このまま私を抱えて、屋根の上を行けば問題ないでしょ?」


「成る程ね」


 そしてさも当然の如くはい、とアルムの方へ手を伸ばすリリー。アルムも慣れたようにそのままリリーをお姫様抱っこする。

軽身の魔法の伝授の一件で、あれ以来本当に宿と第二秘密基地の往復時はリリーをお姫様抱っこして運んでいたアルム。嘘なんて言わないよね?とリリーに詰め寄られるとアルムもうんとしか言いようが無かったのだ。


 なので1ヶ月以上は毎日お姫様抱っこをしていることになる。そうなれば2人もだいぶ慣れたものだが、今回は2人とも少し顔が赤かった。

アルムは慣れないリリーの柔らかな感触が伝わる事で、リリーはデートという事で少し緊張感があり凛々しい顔立ちのアルムを間近で見つめる事で、加えてお互いデートなのを少し意識してしまう。


 別れの時期が示された事で、擬似姉弟の関係に僅かな綻びが両者に生まれていることが微かに伝わる光景だった。


 アルムは特訓した軽身の魔法をリリーも範囲内に入れて発動させる。そしてアルムがジャンプすると2人はフワッと浮き上がる。屋根に軽やかに着地するとそのままアルムはロングジャンプを繰り返して屋根の上を歩いていく。


 リリーは抱き抱えられての軽身の魔法の移動で、体が浮き上がるような独特の感覚を味わい楽しそうに笑っている。いつもは宗教区側は上空を通らないので、アルムにとっても少し変わった光景が見えていて、それを楽しんでいた。


 だが屋根の上の道は思ったより長く、アルムは3/4ぐらいの所で直方体型のしっかりした大きな倉庫っぽい建物の上に着地。しばし小休憩を取る事にした。



「アルム、抱き抱えられての移動って体が波のように浮き沈みして面白いよ」


「そうなの?」


 少しどんな感覚があるか興味があるアルムだが、リリーに抱き抱えられて体験するのは恥ずかしいと思う程度に成長したアルム。

屋根に座ってリリーと談笑しつつ魔力を整えていると、アルムが急に黙り込む。



「どうしたの、アルム?」


「ちょっと静かにして」


 アルムにしては珍しく強い口調。

目を閉じてじっと何かを聞いているアルム、それをソワソワしながら見守るリリー。暫くするとアルムの目が開く。


「アルム……………?」


 不安そうに顔を覗き込むリリー。それに対してアルムはごめんね、と小さく謝った後に問う。


「ねえリリーさん、一応確認。この、ちょうど僕らがいるこの地点に商会とかがあったりする?」


 アルムの奇妙な質問に、リリーは不思議そうな顔をする。


「ここは主に宗教の教団員とかが住んでたりするとてもアンダグランドなエリアだよ?商会なんてあるわけないでしょ?」


 ただただ不安そうなリリーを他所に、アルムはスイキョウを頼る。


「(ねえスイキョウさん、デート外のヘルプなんだけれど)」


《ああ聞こえてるとも。怪しいに決まってんだろ、あの会話。ただ……………》




 アルムはリリーとの談笑中に魔力を整えていたが、そのために視力や聴力を強化したりして一度感覚を強化していた。アルム達の下の建物はプライバシー保持の為か魔法を弾くような結界が張られていたが、この近距離で聴力を強化したアルムにもギリギリ聞こえるぐらいの、しかし言い争って声が大きかったからかハッキリと会話が聞こえてしまった。


 アルムの結界があるから大丈夫だと思って聴力をかなり高めてしまった結果プライバシーを侵害してしまったが、そこで聞こえた会話のせいでアルムは魔法を解除できなかった。



『だから、もうブツが足りてねんだよっ!“箱”はなんでこうも遅いんだっ!』


『第五皇女ガ結婚するから、多くノ商会ガ動いている。なので確かな情報ヲ集めづらい。検閲モ厳しい。全く忌々しいガ“箱”モ慎重二動くしかない』


 聞こえてきたのは怒鳴り散らす若い男の声、それと奇妙なイントネーションの冷ややかな低い男の声だった。


『だったらその情報をくれってんだ。俺も上からせっつかれてる。用意できねえなら“取り引き”で調達するしかねえだろ?何処なら手薄かあんたわかってんだろ?』


『足ガつくようナ軽率ナ真似ヲするな。お前らだけノ話でハないのだぞ』


『じゃあこの倉庫ん中をよく見ろよ!飯も何も足りてねえ!“野菜”も在庫が一切無い!穴蔵に少しあるだけだ!奴ら”野菜“がキレたら暴れるぞ!』


『いちいち唾ヲ飛ばして怒鳴るな。第一私ハこの事態ヲ想定して、売りハ控えるよう前々から忠告しただろうに。何故それヲ上二言わなかった?それハ我々ノ過失でハない。あまり勝手な真似ばかりするなら契約ハ切るぞ』


『俺の言伝がどこまでちゃんと上まで伝わるか知らねえんだよ!俺はあんたの言葉を全部報告してんだ!だってのに頭に”花が咲いてる“連中にどんどんうっちまう。とにかく、”野菜“はあんたが急がせりゃいいが、食料や金を貰えなきゃこっちもどうにもなんねえよ!』


『金ハ十分渡しているであろう?なぜ無くなる?』


『なんか知らねえが新しく雇った奴とかが何人かいて、そのうち1人が塾でトラブル起こして逃げてきた問題児だった。だが腕が立つ。クソ餓鬼だが”野菜“を食べさせちまえば世間知らずのガキなんかもうこっちのもんだ。ただ思ったより手がつけられねえ。その“後片付け”に金が持ってかれてる。その上、長とかがまた女を壊したみたいで次の奴を買ったみてえだ。それが重なって”野菜“も金もねえって事だ』


『チッ、阿保どもめ。もういい。私ガ後々で直接話ヲつける。しかし現場デ間に合わんのは明確。一度だけいう。確実ナ“取り引き”ハ明日ノ早朝、貴様らノ穴蔵ノ近くヲ通るミンゼル商会なら可能だ。あそこハ今、ぽっぷなんとかとかいう菓子ヲ売り出していて動きガ大きく雑になっている。だからろくナ護衛がついてない馬車ガある。特二今ハ北側へ物資を運ぶ馬車が手薄。それなら確実ニ“取り引き”可能だろ?』


『明日ァ!?無茶言うなっ!こっちだってそう簡単に動けるわけねえだろ!』


『それしかないぞ、生活ニ必要ナ物資ヲ積んだ手頃ナ物は』


『チッ、話は終わりだ!“野菜”の手配はすぐにしろよな!!』


 バンと蹴破るように建物を出て行く若い男。その側に黙って控えていた者達も別々の道で街に散っていく。そこでアルムは聞くのをやめた。

アルムが聞いた言葉をリリーに向けて諳んじると、リリーの顔が微かに青くなる。


「アルム、ミンゼル商会って確か貴方の…………」


「その前に、やっぱり僕の考えは間違ってないんだね?」


 アルムが強い口調で問いかけると、リリーは弱々しく肯く。


「限りなく真っ黒。今の会話は恐らく、盗賊団の会話だよ。アルム、会話していた2人は追える?」


「先に出た人達は居なくなった。リリーさんの異能とは違う消失の仕方だから、何か魔宝具由来だと思う。まだそれで追えるけど、複数人いたみたいで散り散りなっちゃった。人混みの中に入られたら魔法じゃ攻撃できないし、多分、4人出たけれど北門に2人、東と西に1人ずつ行ったから捕まえてる間に1人は逃しちゃうよ」


「そこで衝動的に追いかけないあたりアルムらしいね。でもそれでいいの。もしここで急に捕らえたり仕留めたりしたら大事になってたから。どちらかといえば、理性的な男をマークした方が重要なの」


「うん、それはまだ下に……………あっ、やられた。これデコイだ。凄く用心深いよあの人」


 アルムはずっと建物の中から出ていない男をマークしていたが、その反応が急に乱れたことに気づく。超高度な獄属性魔法で、姿から存在までを一時的にコピーしてその場に固定する『身残しの魔法』、そのデコイにアルムは引っ掛けられてしまった。


 いつものアルムなら看破可能だったかもしれないが、軽身の魔法という超高難度の魔法を長期継続して発動して魔力のコンディションが万全といえず、ミンゼル商会という名に動揺を誘われてしまった事による集中力の低下。

 それによりアルムは反応を追えなくなった。


「それは手痛いけど、逆にはっきりした。完璧に黒だよ。多分プロだから簡単に仕留められる相手じゃない。とにかく今やるべき事は、情報の共有。まずアルムが私を抱きかかえて私の家まで直行して。私は当主に話をつけてみる。多分普通に警備隊に言っても対応が追いつかない。だから私の家を使うしかない。それでも博打だけれど、やるしかないの。

アルムは私を送り届けたら、直ぐにミンゼル商会に話をつけて、どんな手を使ってもいいから馬車をストップさせて。それができたらまた夜に私の家に来て結果を伝え合うの。両方ダメだったら別の手はあるから」



 アルムはスイキョウに確認を取るが、スイキョウもアルム達が直接盗賊に対して動くことに反対した。なのでアルムはリリーの指示に従い、リリーを家に送り届けるとミンゼル商会の支店に向かった。


 だがそこで出鼻を挫かれる。



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― 新着の感想 ―
[一言] エジプト神話まで来たか・・・これはどれかの神話に絞って考えるのは悪手か・・・? 1番楽しい楽しみ方してる気がする・・・
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