表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/159

77



「(こ、これでいいかな?)」


《一応アルムが持っている中で1番いい服ってこれしかないだろ?》



 リリーからデートについての説明を受けて、そのままデートの約束を結んだ(結ばされた)アルム。


 因みに、一応デートの意義について『仲睦まじい男女がする事』と聞いてアルムも僅かに難色を示したが、リリーに「1日の半分くらいを2人きりで1つ屋根の下で数ヶ月過ごして、ハグもお姫様抱っこもして自分達の秘密も打ち明けあって、私たちってどんな関係なの?」と悲しげな表情で問われるとなんとも言えず、アルムはそのまま丸め込まれている。



 そんなリリーは少し用意する時間が欲しいとの事で、約束してから1日開けてデート当日をアルムは迎えていた。


 アルムもただ1日持て余した訳でもなく、スイキョウからレクチャーを受けてデートでの動きや服装を確認していた。

 そしてデート当日、まだ日も昇らないほどの早朝にアルムはソワソワとしながら服装をチェックしていた。


 ローブは今やもう一体化しているレベルで愛用しているし、見た目も実際に1番立派なので着ることは確定しているが、それ以外が難しい。

 普段のアルムはローブの温度調節の効果などで、着ている服は動き易ければいいという感じの雑なものだったのだ。


 だがそれ以外の服が無いわけではない。今まで祖母から贈られて、動きに若干難があるのであまり着ていない“お高い服シリーズ”が虚空で死蔵されていた。スイキョウはそれを取り出させてアルムをデート用にコーディネートしてみた。

 結局は雪食い草の一件で貴族と面会する際に用意された礼服に落ち着いたが、普段動きやすい服ばかりのアルムにとってバッチリと決めた衣装であるだけでも落ち着かない。


 アルヴィナと連れ立って動く事は多かったアルムだが、アルムの街にデートスポットと呼べる者も無ければ、2人の知名度が高いこともネックになり、デートと呼べる事は一切した事が無かったのである。

 故にその手のノウハウはさっぱりなかった。



「(凄い緊張するよ。どうしよう?)」


《俺は代行しないからな。助言も事前にした。今回はHelpも無しだぞ》


「(更に追い討ちが…………)」


 ショボーンとするアルムにスイキョウは苦笑する。


《リリーの言う事も一理あるからな。アルムはもっと色々な事を経験して自分で乗り越えていく必要がある。普段アルムが乗り越えていることに比べれば、とっても小さな事だ。俺だって失敗は多かったからな》


「(ねえ、スイキョウさんって………………)」


《いや、関係はとっくに切れた遊びの関係みたいなものだから。それでも最初は色々と調べてみたりはしたけどな。まあ、大事なのは相手を気遣おうとしている態度や努力の後を見せることができるかって事と、アルム自身が楽しむって事だ。

 アルムも一緒に行動する人が緊張でガチガチだったら気を使ってしまだろ?楽しそうにしてる人と一緒に行動した方が、やっぱり楽しいってもんだよ。

それに一度何か失敗しただけでアルムに失望するような、そんな狭量な人がリリーなのか?》


「(そんなこと絶対に無いよ)」


 力強く断言するアルムにスイキョウはうんうんと頷く。


《よくわかってるじゃないの。過度な失敗の恐れは相手への無礼にもなるんだぜ。難しい事は言わない。無理に楽しませようって気もいらない。そもそも一緒に居て楽しめる相手だからデートするんだろ?》


 スイキョウがアルムにそう諭すと、アルムの緊張もかなり緩まった。


「(ありがとう、スイキョウさん。でも、言葉の端々からやっぱりすごく女の人に慣れてる気がするんだけど)」


《教えませーん。こんな幼少からリア充やってるアルム君なんか知りませーん。まだあんなお子ちゃまの本で顔が真っ赤になるアルム君にはまだ早いでーす》


 揶揄うような口調で質問を躱すスイキョウ。アルムは少しごねたりしてみるのだが、そのうちに緊張はきえていたのだった。




「お待たせ、アルム」 


 アルムが貴族居住区の待ち合わせ場所となった看板の前で待っていると、トンとその背に軽い重みが乗る。


 もちろんアルムは地属性魔法の探査でその接近に気づいているし、リリーも今回は異能を発動して近づいていないのでそれを承知している。

 なので2人は様式美に沿っているだけなのだが、振り向いたアルムは言おうとしたセリフが全部すっ飛んでいった。


 それはスイキョウから見れば、魔改造が施されているが原型は高校などの制服だったと事を思わせる服装だった。

 まだ少し寒いので黒色のショールを肩に羽織り、天色のYシャツの半袖タイプを思わせるシャツと、紺ベースのチェック柄のスカート。シャツは裾がギリギリで動くたびに腹が見えかける。スカートも丈は短く、反面長い黒いソックスを履いている。

 いつもは何も手を加えていない顔もほんの少し化粧をしており、頭にはカラフルな花の髪飾りがある。耳にも青い小さな宝石をつけたピアスをしていてアクセントにしていた。


 今まで見かけはアルムと同い年の少女だったが、この格好ではそれなりに出てるところは寧ろ平均よりはっきり出ており、少し背徳感のある若々しい色気があり、急に大人びた印象を受ける。


「…………その、食い入る様に見つめられると流石に恥ずかしいんだけど。だって普段は戦闘用の服だし、サラシで身体をキツく巻いてるし、武器も仕込んで無いから体型とかが違って見えるだろうけど、盛ってないからね?それよりもこんな格好初めてで正直色々と不安があるんだけど、ご感想は?」


 いつもの頑丈な紐履とは違う、高級感溢れる茶色の革靴の足でクルッとリリーがターンすると、軽くシャツやスカートが舞って絶妙なチラリズムを醸し出す。


「凄く可愛くて、それにとっても綺麗だよ。そのふわふわした布が色と相まって物語の水の精霊みたいに綺麗でね、いつもよりも凄く大人っぽくて印象が変わって見えるし、その、化粧もしてていつもより更に綺麗だし、それと」


 何かスイッチが入ったように喋りだすアルムの口を、リリーは目を泳がせながら人差し指で押さえて封じる。


「私の想定だと、もっと簡素な感じの感想だと思ってたの。かわいいね、とか綺麗だね、って恥ずかしげに言ってくれればそれだけで良かったんだよ?そんな予想外なレベルでしっかりコメントされる心の準備なんて全然してないの。その手のびっくりは嬉しいけれど別の意味で心臓に悪いの。でも、そこまで言われたらやっぱり嬉しいかも。無い知恵絞って選んだコーデだし。ありがとうね、アルム。貴方も今日はバッチリ決めて、心なしか更に美麗で大人っぽくなったかな?」


 少し顔を赤らめて柔らかに笑うリリー。

 今のリリーとアルムなら兄妹や姉弟の関係には見られない程度には容姿だけで無く雰囲気も釣り合っていた。


 余談ながらリリーの衣装は全てリリーの私物である。


 服は子爵家が懇意にしている商会からの贈り物だが、後から子爵家が手を加え、微量に魔獣素材を使って動きやすや防汚、温度を上げるなどの効果が付加された準一級品。

 髪留めやピアスは子爵家当主、リリーの父親からの贈り物で髪留めには祝福付加済み。特にピアスは、精神強化・精神治癒力上昇の効果がある魔化宝石化したターコイズを使用したとても高価な一品。


 子爵家当主にとってリリーも愛すべき娘。しかしリリーを一度影の護衛にすると決めたら心を鬼にして鍛え上げねばならない。手を抜くのはリリーの為にはならない。半端に鍛えて半端な実力しかなければ直ぐに使い捨てにされてしまう。子爵家当主はただ実直に家に伝わる教育方法の沿ってリリーを教育したのだ。


 そして元々妾の子を本妻との養子にしているだけで、決定当時かなりの反発があっただけに甘やかして更に子爵家を乱す事はできない。なので表面上は冷徹な当主としてリリーの前では振る舞うしかなかった。

 その代わりとして理由をつけて動きの邪魔にならないアクセサリーを、商人が贈与した様に見せかけてプレゼントしたり、仕官までの1年の自由行動を許したのだ。


 子爵当主にとってもリリーを宮廷伯に仕官させるのは苦渋の決断だった。妾から取り上げるのも、妾をリリーと遠く離れた場所へ移動させたのも本意ではない。


 全てはリリーの為だった。


 リリーの異能【幻存】は余りにも強力すぎた。

 暗殺に於いては類をみないほど有用な異能だ。事が露見すれば誰もが警戒してしまうほど、危険極まりない強力過ぎる異能だった。それは家族にすら伝えてはならないほどに危険な異能。

 故に子爵はまず家族にも使用人にもリリーと親しくする事を禁じた。リリーが


 人前でその能力を明かさないように、他人を排他する性格になるように仕向けた。


 ただ、やはり一介の子爵では手に余る。だが皇帝に差し出せばどう使われるかわからない。自分との関係も断たれてしまう。故に寄親で信頼できるテュール宮廷伯に頼った。テュール宮廷伯なら娘を守る事ができると信じたのだ。

 実際、相談を受けたテュール宮廷伯も事態の重さを理解し、リリーに配慮しその責任を持つと明言した上で自分の元に置くことを承諾した。


 リリーの父である子爵は、リリーが自分に好意的で無いのもわかっている。

 そして実の母親と引き剥がし、家の中でリリーに孤独を強いた自分を許せなかった。リリーに優しくして自分がリリーを守れる存在であり拠り所だと思わせてはいけない。それに秘密は何処から漏れるか分からない。子爵は全てを自分の胸の内に秘めて、心が引き裂かれる様な思いを味わいながらもリリーに全て打ち明ける事を出来なかった。

 自分が楽になる事を許容できない、そんな性格なのがリリーの父親だった。


 愛はあってもそれを素直に表すことができない。


 それもまた貴族が背負う悲しみだった。



 そんな事情があるのかもしれないと悟れるには、リリーもアルムもまだ幼かった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ