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「あと2週間しかここにいないの?」


「うん、昨日の夜に急に連絡が来てね」


 アルムが軽身の魔法をある程度マスターし、リリーもアルムが厳選して伝授した毒の生成ができるようになった頃、その報せは急に伝えられた。


 ドンボが『2週間後に1500万セオンを渡す目処が立ちました』と宿経由で連絡してきたのだ。

 スイキョウが5ヶ月前に発起人として提案した『ポップコーン』事業は、先月から本格的にスタート。ポップコーンという新たな菓子は既にククルーツイを席巻している。


 砂糖や蜂蜜を使った甘い菓子が贅沢とされて、菓子=甘いもの、という印象が強かったが、塩味のポップコーンはその固定観念を破壊した。他にも蜂蜜味や胡椒を利かせた高値だがつまみにもなる塩胡椒味、チーズ味など、性別も問わず幅広い世代・身分・種族に対応可能なフレーバーを用意した事も革新的な商法として注目を集めた。

 そして何より調理中にでる独特の音が客を惹きつける。


 だが予想外に1番大きな注目を浴びたのが、スイキョウが考案した紙の器だった。

 ミンゼル商会が最も得意とする分野が食糧品と日用雑貨なのだが、スイキョウはミンゼル商会が販売している紙に目をつけ、それを使った器を作り出した。

その器に天属性の祝福の魔法で性能を強化する事で、紙素材でも器として機能しうる物を作るのだ。


 世の中には魔法の適性があっても魔力対価が大きすぎたりうまく使いこなせないケースも多い。加えて天属性魔法が使えても物質にかける祝福は年単位で維持できないとお話にならない。


 だがスイキョウは、ドンボにどんなに弱くてもいいから天属性魔法の素養を持つ者を集めさせて『そんなものは必要ない』と断言した。

 ポップコーンを食べるのに精々3時間以下。最低3時間だけでいいから祝福の魔法の効果を持続させれば、あなた方には新たな仕事が生まれるのだとスイキョウは演説し、集まった彼等を時間のある時に(アルムが)教育した。

 因みにこれはリリーとの相互教育中、再びドンボの家に顔を見せに行った際に提案して、別途で料金を請求している。


 これにより更に新たな武器を得たミンゼル商会。天属性の素養を持つ魔術師を先に全て押さえたことで他の商人はおいそれと真似できない。事前に器が持つのは3時間程度とは伝えてはあるが、持ち帰りも可能になったポップコーンは飛ぶように売れる。

 協力要請に応えた屋台が低価格の味だけに販売対象を絞ってテイクアウトの客を担当し、ミンゼル商会が別で土地を押さえて作った“本店”はテーブル席を用意してお高いフレーバーやドリンクも用意する企業形態も商人たちには高く評価された。

 それにより、ミンゼル商会は度々起きる問題の解決に奔走しつつも猛烈な勢いで利益を上げていた。


 そしてドンボの計算よりも早く安全マージンを確保した上で1500万セオンを現金で用意できる見込みができたのだ。



 アルムは店が開く前の早朝から活動し、店が閉まる夜に帰還するのでどれほど盛況なのかを全く把握していない。期限まで数ヶ月縮めて用意できるとは予想もしていなかった。



「ごめんね、急な連絡になって」


 アルムとしてはリリーとの交流は得るものがとても多かった。そして楽しく何処となく癒される時間だった。


 それはアルムの境遇にも関係しているとスイキョウは分析していた。大人びていて自立しているように見えるアルムだが、根は純粋な12才、近々13才の少年。まだまだ母親に甘えても良い時期だ。しかし自分があれこれ手を煩わせ、アートが精一杯頑張っていることを大人びるあまりにより正確に理解してしまう。

 なのでアルムは、何処か無意識にアートに甘えることを我慢する。我慢してしまう。

 親元を急に離れてアートを寂しく思わせている事もわかっているので余計に複雑な思いがアルムにはある。



 そこに現れたのがリリーだ。



 リリーは今まで誰かに教え続けられるばかりだった。本家にも養子として迎えられて育っていて、家の中のみならず常に独りだった。

 もちろん普通に会話はあるし周りとも一切の交流が無いわけでは無かったが、リリーの孤独を埋められる者はいなかった。


 そんなリリーにとってはアルムは自分と同じ、それどころかリリー以上の“異端”だった。

 リリーよりも年下でありながら自立し、リリーにも手を差し伸べるだけの余裕を持ちながら、いい意味で図太く明るいアルムにリリーは救われていた。


 その一方でアルムは年相応な所があり、純粋で、ややズレた発言をたまにする。

 しっかりしているがどこか隙があり、何かとぼけた失敗をしそうで放って置けない。

 そのアンバランスさとギャップにリリーは癒され、今迄一度として感じたことのない深い母性本能を呼び起こされた。


 自分が年長者として振る舞う事に楽しさを覚え、アルムを甘えさせたくて仕方がない。なのでからかいまじりにハグしてみたり、撫でてみたり、膝枕してみたり、髪を切ってあげたりと半ば暴走しながら(強引に)アルムを甘えさせていた。


 そんなリリーの言動は積極的に自分から人との触れ合いをする事が苦手なアルムにはプラスに働いた。


 独り立ちしアートもアルヴィナとも直接的な接触が断たれ、(スイキョウを除き)誰かと密なコミュニケーションを取る事や、誰かとスキンシップを取ることが無くなっていたアルムの無意識に蓄積された寂しさを癒したのだ。


 自分を積極的に受け入れて、むしろどんどん甘えてくれと言葉のみならず態度でも示すリリーは、アルムの孤独を癒したのだ。

 アルムはその実力や大人びた振る舞いから、周りもそして自分自身でさえも実年齢より上の言動をする事を無意識的に求めてしまう。期待してしまう。

リリーは、アルムにとって初めて徹底的に自分を年下の少年として、甘やかすだけの存在として見ていた人物だった。


 その関係を定義するならば、親愛や恋情などが複雑に混じった深い共依存。


 アルヴィナとの関係が高め合い幼くも純粋な好意を示し合う比翼連理の関係なら、リリーとアルムが互いに向けた好意は男女間のものだけでなく本来家族に向けるようなものも混同している。

 アルヴィナの存在やお互いの複雑な境遇や将来、年齢差、必ず訪れる別れを理解している事が余計にその好意を複雑にしたのだ。


 大人になればなるほど3年の差は短いものだが、まだ子供のうちは大きな差となる。

 一度築かれた保護者と被保護者の感覚を互いに拗らせているのだ。



 そんな関係性のアルム達。

 予想もしない交流の切れ目は、互いに大きな影響が発生した。








「そう、本当に行ってしまうのね」


 リリーが思い返せば、アルムと過ごした時間は濃密だった。秘密基地の製作や数々の知識や技の伝授。アルムにも様々な知識を教授され………………そこまで思い返してリリーはハッとする。


「おかしい、訓練とかそんなに好きじゃないはずなのに鍛錬バカのアルムに引きずられて自己研鑽ばっかりの日々。猶予として与えられた期間はもう少し普通の女の子らしい事をするつもりだったのに、これではアルムと同じだよ」


「え、まって。どうして急に批判されてるの?」


 アルムは森に囲まれて育てられカッターに英才教育を施されたので、遊びといえば魔法の研鑽だった。

 それは家に篭りきりだったアルヴィナも似通った部分があったので、アルムほどの鍛錬には流石に呆れるが共感し苦もなく寄り添うことができた。



 だがリリーは普通に貴族の子女としての常識などがあるし、鍛錬にいい思い出が無い。

 アルムと過ごした事は楽しくて幸せで誤魔化されていたが、やっていたことは全く楽しくない。その事実にリリーは気付いてしまった。



「ねえアルム、このままだとアルムが再会する迄に人間を辞めてる気がしてきたの。休養も成長に不可欠って格言があるし、アルムもお休みしよ?」


「ん?内職もしてないし塾もないしずっと休みみたいなものでしょ?」


「ちがーう!全然ちが〜〜う!」


 アルムが不思議そうな顔をすると、リリーは軽身の魔法で浮き上がりアルムに飛びかかる。

 そして優しくだがアルムの両頬をグイーっと引っ張る。


「それはお休みって言わないの。休暇、っていうの」


「でもぼふにとってふぁおんにゃじものなんだふぇど」 


 アルムが平然と答えると、リリーは「ダメだ、こいつ早くなんとかしないと」と顔に書かれているのを幻視しそうなほど呆れたような困ったような顔をしていた。


「アルム、それでは貴族社会に出て困るよ。貴方の考えや習慣は素晴らしいし高潔で頭ごなしに否定できないけれど、他の一般的な休日の過ごし方も知らなきゃダメなの。ね?」


 リリーはなんとか自分の思いを伝えたいのだが、アルムから返ってきたのは大暴投だった。


「それって家事を覚えろって事?」


 あまりにズレた発言にリリーは思わず溜息を吐き、目を覚ませと言わんばかりに不意打ちでアルムの耳を甘噛みする。


 アルムはビクッとして硬直し顔が赤くなるが、勢いでやったはいいが流石にリリーも微かに頬を赤らめる。


「なんでそうなるの?休みって言ったでしょ?」


 リリーは色々と疲れを感じて思わず深々とため息をつきながらアルムの肩に頭を乗せて寄りかかってしまう。


「だって父さんは狩の道具とかの点検とかしてたし、母さんも商会で働くようになってからはたまった家事とかをしていて、僕もお手伝いしてたし………」


 それを聞いてリリーは溜息をつく。


「ごめんね。言い方が悪かったかも。貴族を基準に休日を考えてくれる?」


 リリーがそういうと、アルムも少し納得したような顔になる。


「お茶会とかあるんだよね?でもそれも貴族としての立派な仕事だって教えてもらったけど」


「そう、平民から見れば贅沢三昧のお気楽な人達に見えるかもしれないけれど、肉体労働などの代わりに知能労働や人間関係に苦しみ、自由は狭い籠の中だけなのが貴族なの。

でも全部が全部休日の催しという名の権力闘争だけじゃない。純粋な休養も取らなきゃ病んでしまうもの。

それが運動だったり女だったり、食事や賭け事や知的遊戯だったりと人それぞれだけれど、ショッピングもかなり多いの。

無駄遣いに見えるかもしれないけど、貴族がお金を使わなきゃ社会は動かないの。……………という名目の元に買い物を休養にするの」


 リリーは丁寧に説明したが、アルムは苦笑する。


「それも習ったけれど、買い物が楽しいって感覚は分からないよ」


 アルムにとって買い物とは足りない物を得る為の行動。そこに喜びを見出す感覚をいまいち理解できていない。



「まさか、ククルーツイに来て一度もショッピングしてないの?」


「ん、いや、もちろんしたよ?」


 厳密にはスイキョウがしていたが、それを内から眺めていてアルムは十分満足だった。


「じゃあ聞くけれど晶神グラィデのツークオ教会に行ってみた?猫神ルタアのルールタウ教会は?海での物を取り扱うイラヤトトプってお店は?」


「ひ、ひとつも行ってません………」


 詰め寄るように言葉を紡ぐリリーに気圧されるアルム。リリーは再び溜息を吐く。



「どれもククルーツイでは超のつく主要な観光スポットなんだよ?他にもまだまだククルーツイには観光スポットがたくさんあるの。もしアルムがククルーツイに行った経験があると知られれば、貴族にとっても人が多過ぎて気軽に行けないからどんな場所だったか聞かれる可能性が高いんだよね。

よし、決めた。アルム、私とデートしましょう」


「で、でーと?って何?」


 だした勇気が勢い余って顔をスレスレまで近づけて言いよるリリーに、アルムは顔を赤くしながら再びズレた解答をするのだった。





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