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「ねえ、アルムの一族って何者なのかな?」


 相互教育を始めて4ヶ月。

 その日はアルムがリリーに獄属性魔法での劇薬の生成方法を教えていた。だが長時間に渡る解説と超精密な魔力操作には流石に精神疲労が溜まるので一度昼休憩を取ることにした。

 アルムとリリーが魔力回復兼精神休養の為に昼食を食べて長めの食休みをしていると、ソファーで寛いでいたリリーが徐にアルムに尋ねた。


「え、何、どういう事?」


 ガバッと寝台から体を起こし、その質問に慌てて問い返すアルム。リリーは不思議そうな顔をするが、そのまま答える。


「だって、アルムの知っている薬毒って、龍の毒だったり、温暖な気候に住むカエルの毒だったり、海の奥底にいる魔魚の毒だったりって、模した元となる毒がおかしいんだよね」


 てっきり自分が人間における魔獣みたいな物だとバレたかと勘違いしたアルムは、内心で少しホッと胸を撫で下ろして直ぐに答える。


「当然だけど、珍しかったり効力が強い方が解毒もされ難いでしょ?」


 毒を作る一方で解毒薬の生成も勿論可能ではある。しかしその毒のレベルと解毒のし難さが高ければやはり簡単に解毒はできない。


 しかしそんなアルムの解答にリリーは首を横に振る。


「そうじゃなくて、アルムの一族ってカッター様やアルムみたいな化物揃いの一族なのかってこと。例えば龍の毒って、そもそもその毒を余程深く研究しなければ作れないでしょ?でもそんな危険物は国が確実に買い上げるし、となれば自分で狩るしかないよね?

温暖な地域の蛙の毒とか海底の魔魚の毒とかその他諸々の毒も一体どうやって研究したのかわからないし、全てが一子相伝級、むしろ私にこんな気軽に伝授してはいけないと思われる魔法ばかりなんだけれど、でもそれを一族で秘匿するには、一族に必ず1人は獄属性魔法の使い手がいなくてはならない。

でもカッター様の御家族の話って噂にもなった事が無いし、でもそれだと実力が釣り合わない。一体何者なの?アルムの一族って」


 もしカッターを育てた人物がいるなら、喜んで名乗り出たくなるほどの功績をカッターは収めている。

 しかしついぞカッターの師匠は誰も名乗りでず、カッターも明かすことは無かった。ただ、魔法などの才能は子供に受け継がれやすいので、最初の師匠を務めるのはその親が一般的である。

 カッターが自分の家族についても一度も語らなかったので、一般ではカッターの父=カッターの師匠だと思われており、カッターが故郷を飛び出してきたのも何らかの災害で家族を失ってしまったから、という美談が広まっていた。

 なのでリリーもそれを信じてアルムに聞いたが、アルムは肩を竦めるだけだった。



「実は僕も全く知らないんだよ。父さんは僕に出自を話す事はなかったからね。けど、4代前の御先祖様の手記が残っていてね、その人は他国からシアロ帝国に渡って来たことが読み取れるんだよ。シアロ帝国にいない生物の毒もそこで研究されてたみたい」


「他国の血筋なの?亡命だったのかな?」


 シアロ帝国でも黒髪や黒目はいるが、両方とも混じり気の無い漆黒なのはシアロ帝国でも途轍もなく珍しい。それを聞いてリリーはアルムの見た目の稀少さに納得できてしまった。


「亡命………じゃないんじゃないかなぁ?手記を読む限り凄くのんびりと気ままに旅してきた様子が伺えるんだよね。どうして家を出てこっちに来たのかは一切触れられてないけれど、凄く楽しそうな感じが手記から伝わってくるんだよ」


「御先祖様も知識欲の化け物だったのね。でもそんな手記がよく残ってるね?」


「手帳に施すにはおかしな強度の劣化防止の魔法とかかかってるからね。取り敢えず話を戻すけれど、結局僕が言えるのは御先祖様が異国の出身だった可能性がとても高いってだけかな」


 アルムがそう締めくくると、リリーはうーん、と思案する。


「カッター様の出生地のカウイルって、実際はカッター様の存在が初めて確認された獣人の村の名前でしょ?アルムの出生地名のウィルターウィルも、なんだかシアロ帝国の言葉の響きじゃないよね?」


アルム・グヨソホトート・ウィルターウィル。

カッター・グヨソホトート・カウイル。


 シアロ帝国では平民は最初に名前、次に信奉する神様の名、最後に出世地の名を名乗る。

 しかし出生地は大昔に行った戸籍整理の時の名残で、出世地と言いつつも育った街だったり、先祖が大きな名を挙げた一族にとっての重要な地名だったりするので、割とあやふやだ。大体名前と信奉する神さえわかれば困ることはない。苗字があるのは貴族だけなのでそのおまけみたいなのが最後の名前だったりする。


 そもそもとして大きく引っ越しをするケースが極端に少ないから、出生地やその近辺を言えば大体みんな知りたい事はわかるのだ。



「多分これが1番驚かれると思うけど、実はウィルターウィルって僕自身でも何処なのか知らないんだよね。育った場所のずっと北にあるって父さんは言ってたけれど、真っ直ぐ北側って完全に森だったし。特に興味もないし、後々で父さんが連れて行ってくれるって言うから気にしたこともなかったんだよ」



 アルムがあっけらかんとして言うと、リリーは思わず溜息を吐いてしまう。


「言うまいか迷ってんだけど、アルムってたまに絶望的にズレてる事があるよね。自分の生まれた場所でしょ?もう少し興味とか湧かないの?」


 リリーは呆れた様に言うが、アルムの反応は鈍かった。


「うーん、正直どうでもいいかな?それを問い詰めるくらいだったら魔法の事を聞いた方が比べ物にならないほど為になるし、何処で生まれていようと僕は僕だし、今はそんなことしている余裕があるなら別のことを調べたいってのが本音だよ」


 アルムほど無関心なのは確かに珍しいが、アルムが平民として物凄く異常かと言われるとそうでも無かったりする。更にアルムの生育環境を考えれば大きな違和感はない。アルムは11才までほとんど他者との関わりを絶って育てられている。あったとしても親類くらいで、出生地を名乗り合うほど他人でもない。


 一方、リリーはずっと貴族社会の裏まで気を張り巡らせて生きるように教育されている。その貴族の支配領域と名乗った出世地に違いがあれば何か理由を考えなければならない。よって名前に対して平民よりもとてもアンテナが高いのだ。


 この感覚の違いが出生地への感覚の違いを生み出していた。


「全然アルムの一族については分からないね。何か、アルムの一族だけに伝わる一品ってないの?」


 リリーとしたらあったらいいな、くらいのつもりの問いかけだったのだが、アルムの解答はYesだった。


「だったらこのロケットペンダントとか?」


 アルムが普段から首にかけている3つの物。1つが辺境伯のメダルで、2つ目が銀の鍵状のペンダント、そして3つ目がスイキョウがアルムに宿る前からずっとかけている精密な意匠を施した本型の黒いロケットペンダントだった。



「ロケットペンダント?それって開くの?」


「父さんはロケットペンダントって言ってたよ。でもこれがどの様な経緯で継承されているのかもわからないし、そもそもロケットペンダントと口伝はされてるけれど誰1人として開けられなかったらしいよ」


 それは黒曜石を素材にしたような光沢を持っているが、探査の魔法からそれは結晶でも金属でもない魔法を弾く特定不明の物質で出来ている事がわかっている。様々な幾何学模様を縦横3cm×2cm、厚さ1cmの小さなペンダントに細かに彫り込んでおり、製作にもかなりの苦労があった事が窺える。

 それは妙に軽く、カッターからアルムが受け継いだ時もそれが何でできているか調べたりこじ開けようとしてみたが、一切開く事はなかった。


 そしてアルムが普段使いしないのに虚空に収納していないのは、このペンダントが“異能や魔法の力などを一切受け付けない”異常な性質を持つからだ。アルムの代々では、これ自体が異能の力、しかも【極門】が関わって生成された物質であると推測されていた。


 なのでその内側の構造を探る事もできなければ、ワープホールの虚空で中身を探ることもできない。ただただ奇妙なロケットペンダントだった。


 流石にアルムもなんか変だとは思いつつも、性質の口外はカッターに禁じられているので伝えていない。リリーもソファーから立ってアルムの元まで行き近くペンダントを興味深そうにじっくりと見つめていた。


「どこの国にも見られない凄く独特な意匠ね。素材は見た事もないから外国の迷宮原産かな?」


「かもね。旅に出たらこの元となった物質を一緒に探してみる?」


 それはアルムの何気ない提案。

 しかしそれはアルムが暗に脱走後もリリーと行動を共にする前提での話。リリーはアルムの言葉にどうしても頬が緩む。


「どうしたの?ほっぺたグニグニ引っ張ったりして?」


「何でもないよ」


 リリーにしては珍しく表情の制御ができず、少し恥ずかしくてアルムから顔を逸らす。

 そのせいか、アルムのペンダントの模様が魔法陣に似ていると思った事はそのまま言いそびれてしまうのだった。





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