表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/159

73




「アルム、元気?」


「ビックリするから急に飛びつくのはやめて?」


「あれ?ハグは平気?」


 アルムにとって初めての年上のお姉さんになるリリー。小動物を可愛がるように散々可愛がられて、アルムはそれに弱ったところで幾つかの約束を結ばされた。


 1つが毎日会うこと。完全にアルムを信頼しきれていないから、監視の名目でリリーはアルムに毎日会うことを義務付けた。滞在場所も疾しい事がないならお姉さんに言えるでしょ?と言われしまいアルムは喋ってしまったので、こうして現在はリリーの方がアルムに会いに来る状況がここ2週間続いている。


 その時に毎回毎回異能を使ってアルムに近づいて驚かせるのだが、アルムの初心な反応がリリーには楽しくて可愛くて仕方がない。彼女自身も裏方に生きる者として知識としては覚え込まされているが、こうして実際にアルムの、男の生の反応を見る事に年頃的にも非常に興味があるお年頃なのだ。


 スイキョウから見れば『中学1年生の世間擦れしていない純粋な男の子を玩ぶ見た目中学1年生、実際は高校1年生のJK』という状況であり、薄い本が厚くなりそうだと思って半ば野次馬的に傍観に徹していた。



 アルムもスイキョウにHelpを出しているが心底恥ずかしくて困っているだけで、嫌そうでは全く無いし、この際免疫をつけておいた方がこの無自覚スケコマシにはいいのではないのかとスイキョウは思ったので放置してる。


 だがアルムもことハグに関してはだいぶ慣れている。更に言えば背面から飛びつかれるのはドキドキよりも警戒の方が先行してしまう。



「僕の彼女がハグ大好きだったから、ハグは慣れてるよ」


 今回は恥ずかしめられずに済んだ事にホッとするアルム。だがリリーは悔しがる訳でもなくふーんっと軽く流す。


「その彼女さん、やけに大事にしているのね?故郷を飛び出してきたみたいだけど、その子とは結婚の約束でもしてるの?」


「しているよ。必ず迎えにいくって約束した」


 アルムが恥ずかしげもなく堂々と言うと、リリーは今度は何かを考えるようにふーんっと呟く。


「じゃあ私が2番目に立候補しようかな?」


「え、なにが?」


「アルムのお嫁さん」


 リリーがアルムの前に回り込み顔を近づけて微笑むと、アルムの顔がみるみる赤くなっていく。


「だ、だだだめだって!そんなことできないよ!」


 ブンブンと首を横に振るアルムだが、リリーの方は気にした様子もなく思案する。


「現実的に考えて、アルムって凄く優良物件だと思うよ。それに逃避行するならより確実な縁を結んでおきたいし。あ、安心して。1番はその娘でいいから。きっと将来、アルムはもっとカッコよくなっていくはずだし、私はアルムのような男の子、1番好きよ」


「からかわないでよっ!」


 アルムは真っ赤になってベッドに飛び込むが、からかってないわよ〜とリリーに頭を撫でられてしまう。


「さ、アルムで遊ぶのもこれぐらいにして、早く行きましょうか」


「待って、今アルム“で”遊ぶって言ったよね!?アルム“と”じゃなくて“で”って間違いなく言ったよね!?」


「何の事かな?さ、いきましょう」


 リリーはアルムの手を取ると異能を発動し、2人して忽然と消えた。








 リリーがアルムに結ばせた約束の2つ目が、リリーへの獄属性魔法と体術の伝授。その見返りとしてリリーからアルムへ貴族の派閥の知識と超高難度の獄属性魔法と奥義級の金属性魔法の伝授が行われた。



 リリーは初遭遇時にアルムが見せた魔法から、アルムが自分の知らない獄属性魔法と体術を体得している事に気づき、その技術を得ることを望んだ。

代わりに、貴族についての知識を叩き込まれているリリーはアルムの将来の為にそれを伝授する事にした。

 またリリーの様な仕事に従事する者が体得する魔法技術などもアルムに教えてみることにした。アルムが自分の願いを叶えられる存在なのかをしっかり見極めたかったのだ。加えてアルムの戦闘力が上がれば仕官できる可能性は上がる。双方に利のあるリリーの提案だった。


 しかしそれを教え合う場所がなかなかない。


 今のリリーは翌年に成人するので既に一通りの必要な知識は全て会得している。なので現在は街のパトロールの名目で街を出歩くことは許されているのだが、アルムの宿で教えるのも色々と危ない技術もあるのでやはり絶対に人目のつかない広い所が良い。


 そこでリリーが目をつけたのがアルムの秘密基地。

 秘密基地から更に街から離れた場所で、リリーは自分も協力してアルムに第二の秘密基地を築いて貰った。

 高さ4m、縦20m、横10mの煉瓦造り。アルムがイヨドから少しだけ伝授して貰った古い魔法だけでなく、リリーの家に伝わる高度な獄属性の呪いの応用で隠蔽を強化し、アルムに室内での戦闘も覚えさせる事にした。


 ただし手前の5m幅の区間は休憩スペース兼勉強スペースにしてあり、本当にそのまま住めるほど住環境が整い始めていた。

またリリーの異能とアルムの異能の相性が抜群と言ってよく、リリーが異能を使ってアルムの元まで持ち込みさえすれば、あとはアルムに触れて気兼ねなく虚空を開いて貰って荷物を収納すれば簡単に大型の物も運搬できる。


 また、街から遠く離れた場所に第二秘密基地を作れたのもリリーのお陰で、リリーに触れておけば今までできなかった派手な移動方法も容易になる。

ここ最近はアルムがリリーをおんぶして空中を駆け抜けて、街の上空を突っ切り大幅に第二秘密基地までの道をショートカットしている。


 最初はリリーもおっかなびっくりだったが、一時はアルムの出鱈目さに少し呆れ、今では空中での旅を楽しんでいる。


 そんな事情があり、宿と第二秘密基地までは往復も約20分で済んでしまう。


 朝食を食べ終わったぐらいにリリーがアルムを訪ねて第二秘密基地に移動、夜になる手前までにリリーを家まで送り届ける。そんな生活をアルムは続けていた。




 今日も今日とてアルムはリリーを背負うと、空を駆けていき第二秘密基地に到着する。第二秘密基地はリリーによって机や椅子などから本棚、寝台、照明や暖房などの家庭用魔宝具製品がどんどん持ち込まれていて、一般的な宿屋より数段整った環境が出来上がっている。


 どんな手を使ったのかリリーは扉や鍵なども調達しており、今では一々土壁で封じなくとも良くなっている。



 リリーは第二秘密基地に到着すると、手慣れた様子で鍵を開けて、暖房器具を起動すると外套をハンガーにかける。そして先にソファー(リリーが持ち込んだ)に座っていたアルムの隣に座る。



「さっき渡したそれが、昨日話したナール家に伝わる、門外不出の『貴族辞典』の第一巻。ナール家の代々の当主が追記して作られるから質は高いよ。各貴族の家名、紋章、住居、支配領域、特筆すべき事項が列挙されているの。追記事項を加えていった全10巻の構成だね。貴族の家名は巻を進むと重複するけれど同時にその家のちょっとした歴史もわかるようにできているから、必ず一巻から読むの」



 アルムが虚空から取り出したのは、背負う直前にリリーが預けてきた古い書籍。豪華な金文字や金具などの装丁はされておらず、虫除けなどの魔法がかけれらた革張りの無骨で使い古された形跡のある本。タイトルもなく、赤い字で『1』とだけナンバリングされていた。


「それって凄く貴重な物だと思うんだけれど……………」



 シアロ帝国における貴族に関する詳しい情報を纏めた本は、古い家柄の貴族だと割と所有しているケースが多い。広大な敷地があり絶対的な貴族社会のシアロ帝国はそもそも貴族の数が多い。よって貴族社会に身を置くならば沢山の貴族に接することとなる。

 誰が何処の派閥で、どこに住んでいて、どんな家柄か、これを把握出来ている者はやはり社交界でもその他でも周りの一歩先を行くことができる。


 なのでその情報の蓄積は家宝にすら匹敵する重要な情報となる。特に紋章まで把握できるとなれば、貴族の中でも全てを網羅できているケースはかなり稀である。


「そう、途轍も無く貴重なの。それは私の教育時に使用された3代目の写本だからなんとかこっそり持ってこれたけれど、うちの生命線でもある大事な物だよ。間諜もこなす私の一族にとって、その書籍の情報の価値は途轍も無く高いんだよね」


「気持ちはとってもありがたいけど危ない橋を渡り過ぎだよ!もし万が一バレたらっ!」


 リリーの身を案じ声が自然と大きくなるアルム。だがリリーは軽く返す。


「アルムは陣借りを軽く考えてるかもしれないけれど、実際は色々な派閥の思惑入り混じるとっても厄介な制度なの。それに私はテュール家に仕えたらその異能の価値により完全にテュール家に縛り付けられてしまうの。アルムがテュール家に仕えてくれないと接触そのものが難しくなる。だから余計な勢力との接触を避ける為にも、これを覚えて欲しいの。できれば、一晩でね」



 でも実際は3日ぐらいならなんとかできるよ。

 リリーがそう言い始める前にアルムは一心不乱に貴族辞典を読み始めていた。いつになく真剣で研ぎ済まれた神経の中に静かな熱気をたたえており、いつもの温和な感じからかなり大人びた凛々しい顔つきだった。


「(こう見ると、やっぱり凄く顔立ちが綺麗なんだよね。いつもは少し可愛い感じだけど、大人になってくれば美麗な顔立ちになるのかな?)」


 リリーが至近距離で見ていてもいつもなら少しは紅くなるのに、今は猛烈な勢いでアルムは本を読み進めていた。


「(直ぐには考えられないけど、もう少ししたら本気でアルムの側室を狙った方がいいのかもね…………。今はまだ実力に精神や経験が追い付いていないけど、それが追いついてくればきっと更に化けてくるよね)」


 リリーはアルムの横顔に少し見惚れつつ、ただジーッと傍でアルムを眺め続けていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ