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とりあえず用意するは昨日買った乾燥とうもろこし。【極門】からこっそり取り出したが、これは元から持っていたとなんとか誤魔化す。
「なにこれ?美味しくなさそうだよ?」
「そのまんまだと美味しくないよ。一応齧ってみる?」
アルムに一時身体を交代して魔法でサッと綺麗にすると、スイキョウはマニルに一粒与えてみる。マニルは興味津々といった表情でそれを噛んでみたが、硬くて全然食べれなかった。
「アルム様、それは………………」
どう見ても家畜の餌。一体何を考えているのかとドンボもオルパナも不思議そうな顔をする。
「調理方法さえわかってれば大丈夫ですよ。底が深い鍋を貸していただけますか?それと油と塩も」
言われるがままにオーダーされた物をオルパナはスイキョウに渡し、スイキョウは沢山の粒をザーッと鍋に流し込んだ。そしてしっかり蓋をする。
「どうするの?蓋閉めちゃうの〜?」
「ここから魔法を使うんだよ」
本当は炒めるのだが、スイキョウは熱を直接コントロールできるので全ての粒に均等に一気に熱を送り込める。
少し段階を作って熱を一気に与えていくと、ポンっポンっと鍋の中で何かが爆発する音がする。
「なに!?なんの音!?」
「それは後のお楽しみ〜」
その後もポンポンと爆発する音がして、そのたびにマニルの尻尾がピクピク揺れてスイキョウは面白そうに見ていた。やがて全てが破裂したのを確認すると、蓋を取る。
「あれ!?白い花になってる〜!?茶色のどこ行ったの!?」
マニルはピョンピョン跳ねてスイキョウに問いかける。
「どこにも行ってないよ。実はね、あの茶色のがブワって開くとこうなるの。よく見てごらん、殻がついてるでしょ?」
「あ、ほんとだ!」
スイキョウはわかりやすいように透明なコップを2つ用意して貰うと、1粒だけコップに入れて、もう一方のコップで塞ぐ。
「見ててね、この茶色の粒が………………」
スイキョウが熱をどんどん与えていくと、4段階目で粒がパンっと弾けて、白い花のようになっていた。
「なにこれ凄い!」
やっぱり子供受けは1番いいな、と思いつつスイキョウは鍋に油と塩を加えて熱を魔法で加えながら炒めて掻き混ぜる。
「はい、これで完成!食べてみる?これは『ポップコーン』って言うんだよ」
「うんっ!ぽっぷこーん食べたい!」
マニルに1つ渡してやると、マニルは口に放り込み目をキラキラさせる。
「美味しい!これ美味しいよ!」
ぽかーんとした様子のドンボとオルパナにも勧めると、2人は恐る恐る口に運び、無言で二口目に手を伸ばす。
「家畜の餌だと思っていたのですが、こんな使い方があるとは。ねえ、あなた、これは…………」
「そうだとも。坊ちゃん、これは普通に売れまっせ。元が元だけに格安で用意できるし、特段難しい調理工程がありそうでもない。手軽で美味しくそしてパフォーマンスもいい。一体どこでこんな調理法を?」
根が生粋の商人だけあってか、スイキョウが予想していたような食い付きを2人は見せた。
「そこは秘密で。ここで物は相談なんですが、詳しい調理方法と其れに纏わる新規の販売方法の利権を売ると提案したら、幾つで買い取っていただけます?」
スイキョウが難しそうな話を始めた事に対して、マニルは我関せずとムシャムシャとポップコーンを美味しそうに食べていた。
「僕は素人なので概算しか計算できません。しかしドンボさんが言ったような数々の利点がポップコーンにはある。人の出入りの多いこの場所で売り出せば物珍しさから爆発的に売れるでしょう。それに数々の屋台がある中でパフォーマンスも良い。音で客を呼び込める。そして僕は、事情は伏せますが大きなお金が直ぐに必要なんです。なので売上高ではなく、定額での調理方法及びその知識の秘匿の権利の売買をドンボさんに持ちかけます。
これが僕の先送りの出産祝いですかね?」
ポップコーンがどれほどの利点があり売れるか、スイキョウは実際に知っている。それがこちらでも通じるか試したが、マニルやドンボ、オルパナの反応を見て十分にいけると踏んだのだ。
「いや〜、これはこれは〜……………オルパンニャ、試算できるか?」
スイキョウとて、流石に魔重地で狩に専念しても4000万セオンは厳しい事はわかっていた。なのでもっと効率的に確実に稼げる方法をずっと思案していた時に、とうもろこしを見て閃いたのだ。コレはイケる、と。
「売り上高でないのがネックですね。コストを相当に抑えられるので儲けは確実ですが、我々には直接販売のノウハウが薄いですし、他の所に目をつけられるリスクなどもあります。軌道に乗せて覇権を取るまでのあれこれや機材の用意まで試算して利益を何年以内で出せるかで考えれば………………1000万セオン、今すぐに御用意できます」
オルパナは相手を子供だと考えずに慎重に回答するが、スイキョウはすぐさま切り返す。
「1000万セオンですかぁ。使われているとうもろこしは家畜用なので他と争うこともなく、凶作にも強い。ポップコーンは安定した価格を維持できる。そして使う物もシンプルなのでどこかの宗教の戒律にひっかるか可能性は極めて低い。また調理方法がシンプルなだけにそれは広まりやすいので、独占せずに早期のうちにそのノウハウを他の店に売ることもできます。そこも試算して1800万セオンでどうでしょう?」
交渉を開始したオルパナの首筋にじっとりと汗が滲む。
目の前の子供はこちらの見逃しまで確実に拾ってあげてきた。実力が底知れない。いきなり畳みかけてきたあたり後手に回っているのもオルパラには辛い。
「いえ、そのもろこしは植民地で国主導で作っているはずでさぁ。しかも家畜用にでさぁ。それを食用に転用するには国とも交渉が必要でさぁ。それらの手間賃含めて1300万セオンで如何でしょう?」
だがドンボはアルムもといスイキョウが取引を開始した時点で、交渉相手は自分の主人と同格と想定して挑んでいるのですぐに切り返す。特にドンボは、武器商で見せたあの強かさを目の前で見ていたのだ。アルムに対する一片の奢りもない。
「ノウハウなどに関しては幾つかの屋台を抱き込みましょう。むしろ屋台形式で売ってこそ真価がある。販売方法は彼らの方が心得ている。そこに商会が肩入れすれば簡単に軌道に乗せられるでしょう。こんな美味しい商売、聡い者なら確実に食いつく。他の商品と合わせて売ることも考えられる。確実な相互利益が見込めます。さて、幾つの屋台が反応するでしょうか?……………1650万セオン」
「家畜用のとうもろこしは既に他の幾つもの商会が利権を持っているでさぁ。それを相手取るのはうちでも大変でさぁ。加えてそこに更なる価値が見込めるなら材料の価格自体の上昇も十分に考えられる。真似がしやすいといことは市場の拡大も早い。需要が跳ね上がる。なので最初の利益計算では勘定が合わないでさぁ。そこいらの価格安定まで考えても、1450万セオン」
「でしたら話は簡単ですよ。権益の混乱が少ないところに売り込めばいいって訳ですね?例えば、僕がこれを仕入れた商会とか………一体幾らで買い上げるでしょうか?…………1500万セオン」
そこでドンボはがくりと項垂れた。
「参りました!降参でさぁ!1500万セオン!ここで手打ちにしましょう!」
白旗を揚げるドンボ。そんなドンボに対してスイキョウは優しく微笑む。
「では、少し虐めすぎたのでサービスを。ドンボさん達がかなり手加減してくれているのも、僕をトップの孫として対応しているのもわかっているのでね。本当なこんなバカげた交渉成立しませんし。なので、ポップコーンを売る際に必要と思われるもの、販売形態、他に考えられるフレーバー、これを一気に作り上げるための機材のアイデア、それらは全てサービスで込み込み1500万セオンで。これを出産祝いならぬ妊娠祝いとして納めさせて頂きます」
落としてから一気に上げられて、遂にドンボは膝をついて頭を下げる。
「完敗、まさしく完敗でさぁ!そう言われちゃあおしめえでさぁ。流石は坊ちゃん、お見それしました」
「いえ、個人単位ではどうしようもない利権で、そもそも僕個人と対等に交渉のテーブルにつく相手もミンゼル商会しかいません。そこを冷静に追及されたら、あっさり返り討ちになってましたよ」
スイキョウはここを突かれたらサービス分を交渉材料に使うつもりだった。だがドンボは自分を舐めて無いからこそ、同格以上で対応してしまうからこそ、確実にそこを見落とす。それにどうしても引っ張られるオルパナも同様。畳み掛けて思考力を奪えば確率は更に上がってくる。スイキョウはそう読んでいた。
リラックスしている所で、意表を完全に突く形で、しかも前もってあれこれ予想できていたからこそ、彼等を完全に丸め込めたのだ。もう少しまともに交渉されたら、商人1本で生きてきたこの2人に歯が立つ訳がないのだ。
「(てことでアルム、残り2500万セオンまで減らしたぞ)」
《なんかもう、凄すぎて言葉も何も出てこないよ》
だがその後の詳しい交渉やスイキョウの出すアイデアにいちいちツッコミが入り、何故かその課題について一緒に考えさせられて、やっぱり生粋の商人には勝てないとヘトヘトになりながらスイキョウは思うのだった。
◆
「やだっ、帰っちゃやだ!!」
結局ポップコーンに纏わる交渉などは夜までぶっ通しで続き、夕飯までアルムはドンボ家で頂くことになった。そして最後に契約書にサインをして帰る運びになったところで、アルムもといスイキョウの脚にがっちりマニルがしがみ付いていた。
「こらっ、離れなさいマニャルパ!」
「い〜や〜!!今日は一緒に寝るの〜!!」
絶対に離れてやるものかとギューッとくっつくマニル。
アルムとドンボが交渉の取りまとめをしている最中に、マニルはオルパラの下で着々と寝る準備が進められておりもう寝巻きまで着ている。そして既に眠そうな顔ながらも必死でスイキョウを引き止めていた。
マニルはしっかりスイキョウに懐き切っており、オルパナも引き剥がそうとしているが予想外の強固な抵抗を見せていた。そして遂にオルパナが実力行使に踏み切ろうとした所で、マニルが泣きそうなのでスイキョウは止める。
「分かりました。寝かしつけるところまでやりますよ」
マニルをヒョイっと抱き上げると、マニルの案内で進んでマニルをベッドで寝かせる。
マニルはアルムの手をその小さな手でしっかり掴んでおり、スイキョウがどこかへ行かないようにしている。
だが布団越しに胸元をトン、トンっと一定のリズムで叩くと、もともとたくさん遊んでもらって疲れていたマニルは、すぐに穏やかな寝息を立てて眠った。
そして10分ほどして眠りが深くなり始めた頃にそっと手を抜いて寝室を出る。
「本当に今日はお世話になりました。マニルのわがままにも対応してくださり、こちらの教育の不届きを恥じるばかりです」
「あっしよりも子供の対処も手慣れてるようで、本当に改めて坊ちゃんには頭が上がりませんなぁ。」
玄関を出てもドンボとオルパナは見送りに来た。3人とも熾烈な交渉で疲れ切っているが、各々は気丈にも笑っていた。
「いえ、今日はこちらも色々とお世話になりました。また近いうちに伺うこともあるかもしれません」
「アルム様ならいつでも大歓迎ですよ」
「ええ、真面目に子々孫々に語り継いでいきますでさぁ。あっしはポップコーンを安定させるまで引退まではずーっと奔走することになりそうだ。ですがそれは嬉しい悲鳴ってやつでさぁ」
そんな暖かな言葉をもらい、スイキョウはその場を後にした。




