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 本屋を出た後は未だ興奮冷めぬアルムは宥めつつ、スイキョウは街をふらふらする。途中でおこなわれているストリートパフォーマンスを眺めたりして、周りの人達と共にブーイングやチップを投げつつ、魔法を交えたパフォーマンスを楽しんだ。アルムもそれによってだいぶ気が紛れて落ち着いた。


 その後は屋台の物を買い食いし、休憩中の店員と少し世間話をして情報収集をしてみる。スイキョウはアルムが驚くほどに初対面の相手でもすぐにペースを掴んで話し始め、流れるように嘘を吐きながら情報収集に徹していた。



「(今年、帝都では第五皇女様が結婚なさるので商品が割と売れやすい。雪も例年通りで物流も問題なし。ただし盗賊団の出没でいくつかの馬車が襲われてしまった。毎年何軒かはあるが、今年は特に酷いから拠点を近くに置いている可能性が高く警戒レベルも上がっている、ね。盗賊もそこそこいるっちゃいるのか)」


《やっぱり暖かい方が多いみたいだけど、酷いケースだと神の名の下に正当化しようとしたりして。取り扱いにちょっと困る時もあるんだよね》



 盗賊は、言葉の通り不法な略奪を行う犯罪者を指す。

 その構成員のレベルはかなり高く、例えば人格的問題で軍や貴族に雇ってもらえなかった者、雇ってもらっても反りが合わず勝手に辞職した者、あるいは野心を持って家を出たが夢破れた者、種族差別に苛まれた者など………………ただの犯罪者の寄せ集めではなく、従軍経験があったり警備隊経験があったりする者がいて、そこそこ頭も回る。

 あるいは種族的に略奪を是とする所もあり、そのような異端が徒党を組む。



 もちろん帝国からすれば、特に軍や貴族、警備隊にとっては身内の恥。生け捕りなどと言わず即刻死刑である。シアロ帝国は寒冷な地域なので何処よりも物資の取り扱いは大事で、それを略奪する輩は輪を乱す者として厳しく罰する。


 特に最悪なパターンは、貴族に雇われていたが性格の不一致で勝手に辞職し盗賊になった者。貴族からすれば面目丸潰れで、貴族家の弱みを知っていたら尚悪い。盗賊落ちした者など生け捕りにしてベラベラ余計な事を喋られるより、即刻殺してくれた方が有難いのだ。



 そしてこの様な者等にも武器を売りつけるような輩はどうしても存在してしまう。買い手がどうしようが関係ないみたいな主張をする種族も平気で存在しているのだ。確かに正論かもしれないが、相手の身分を理解しておきながら売っているので悪質ではあるだろう。



《主に山とかに拠点を作るんだよね。あとは巨大な動物の巣の跡ととか》


「(年取ったら詰んじゃう気がするんだがね)」


《そこの分別があったらそもそも盗賊にはならないよ。それに略奪だけが儲け元でも無いからね》



 当然ながら略奪だけで全部うまくいくほどそう簡単には物事はできてない。

彼等の資金源は違法薬物などにある。普通の商人では運べないそれらを彼らは独自のルートで運ぶのだ。実際に街の中などへ運びこむ役は宗教家を装った者だが、これがまた摘発が難しい。中には本当にただの宗教家もいるからだ。


 そのような違法薬物で利益を上げている裏商人やアンダーグラウンド寄りの異種族達が盗賊団を保護してしまうのだ。盗賊団は荷運びだけで見返りに必要な物資を流してもらえ、薬物を取り扱う物は自分達に調査の手が伸びるリスクを減らし盗賊団そのものも薬物を買ってくれるので大きな販売先もできる。

 それは所謂ウィンウィンな関係なのである。


 おまけに盗賊が警備隊の出だったりすれば検査や哨戒の手の内まで知っている可能性があって、対応が追いつかない原因になっている。


 加えて裏商人なども半端な奴等に融資はしないので、自ずと盗賊団のレベルが上がる。

 全力で衝突したら警備隊もタダでは済まない。

また、ククルーツイは宗教関連などもありただでさえ見廻りや街の出入りの検査の為の警備隊が多く、人の出入りも多すぎて周辺に手が回らない。なのでククルーツイの近郊に拠点をコロコロ変えながら居座り、物資を略奪するのだ。


 更には、スイキョウが本屋で咄嗟に聞くほどククルーツイでは違法薬物が問題になっている。種族によっては体に問題なく無知故に持ち込んでしまったり、膨大な参拝者に紛れ込まれるとどうしてもチェックが難しい。なので幾ら排他しようとしてもやはり薬物が出回ってしまうのだ。


 ドンボが夜に出歩かないで欲しいと頼んだのもそう言ったキナ臭い事情があるからである。


「(今はノータッチでいきたいな)」


《正規兵と変わらない練度があったりするからね。手出しは禁物だよ》


 あ、今のフラグか?と余計なことを考えたスイキョウだが、目下関わる要件がないので頭の片隅に押しやって深く考えないことにした。









 世間話に花を咲かせた後は、再び商業区を歩いて回る。


 露天の商品は本当に雑多で、ヘンテコな木彫りの人形や綺麗な色の石、笛などザリヤズヘンズの店にあったガラクタのみを持ってきたような品揃えだったり、古本だけを売っていたり、その場で刃物のお手入れをしてくれたりとなんでもありだった。


 そしてひとまずアルムが満足したところで、今日は早めに撤収した。すると宿にはドンボからの手紙が届いており、明日ドンボの家でお話ししませんか?という旨の御誘いが記されていた。


 問題があれば宿の主人に言伝すればよく、しない場合は了承という事で明日迎えにきてくれるようだった。


「(むしろ早い方が助かるよね)」


《変に間延びしちまうよりはずーっといい》


 という事で、再び商業区に戻り至急でドンボへの結婚祝いを見繕う。


「(何がいいかな?)」


《ん〜……………俺もまだ贈ったことある代物でも無いからなぁ、おまけに獣人種だから、こっちの常識だけを押し通すわけにはいかないだろ?》


「(あ、それで逆に絞れたかも)」



 とりあえずこれなら喜ばれるであろう物を思いつき、材料を買うと帰還するアルム。


 翌日アルムがプレゼントを作りスイキョウと将棋をして時間を潰していると、ドンボが迎えにやってきた。



「急で申し訳ありませんでさぁ」


「いえいえ、こちらも急だったので」


 ペコペコ頭を下げるドンボに笑って答えると、ドンボと共に馬車に乗って東側へ向かう。


「ところで、おうちにお邪魔してもよろしかったんですか?」


「ええ、応接室でってのも変ですし、何よりうちの家内がどうしても会いたいと言っていてこっちも困ってたんでさぁ」


「渡りに船だったわけですか」


「ちょうどあっしと嫁の予定がたっぷり開けられるのが今日ぐらいしか無くてですね、少々の無理を承知での提案だったんでさぁ」


 その後はドンボの奥さんについて色々と聞いていると、結構立派な家の前で馬車が止まる。


「ここになるんでさぁ」


「立派ですね」


「お館様がわざわざ支店長になったお祝いに別荘をそのまま譲ってくださったんでさぁ。使わないから使ってくれた方が良いっておっしゃってたんですが、立派すぎでちょっくら困っちまうぐらいでしたよ」



 苦笑するドンボについていくと、玄関には長身の凛々しい顔つきの女性がいた。獣人の特徴として頭部に耳と尻尾があり、所謂狸人族と呼ばれる種族だった。


「お初にお目にかかります、オルパンニャ・メルーヘスと申します。略称はオルパナで御座います」


 立ち振る舞いがピシッと整っており、性格が行動に滲み出ているようだった。


「御丁寧にありがとうございます。僕はアルム・グヨソホトート・ウィルターウィルです。此方は結婚祝いとなります。お納めください」


 アルムが結婚祝いを差し出すと、オルパナは慌てたようだが丁寧に礼を言って受け取った。綺麗な布に包まれたのは、獣の牙を使ったブレスレット。しかもそのうち一本は魔獣の牙をしれっと紛れ込ませた。


 獣人種では基本的に動物由来の贈り物が喜ばれる。特に牙は魔除けの意味が込められており、獣人種にとって未来の災難を払う象徴である。


「ありがとうございます。ウチの家宝にしますね」


「大袈裟ですって」


 因みに、この手のブレスレットは身につけずに飾っておくのが主流である。大体は家の扉にかけておくのだ。スイキョウにはとっては馬蹄を扉にかけておく習慣と類似しているように思えた。

オルパナは軽く笑ってアルムを中へ招き入れたが、笑顔の感じからして真面目に家宝にしそうだとアルムは感じていた。


 そのままアルムは客間に通されると、アルムはそれはそれは丁寧な歓待をオルパナより受けた。




「うちの主人は、坊ちゃんは坊ちゃんはって自分の事のように嬉しそうに話してたんですよ」


「オルパンニャ、もう勘弁してくれよぉ」


 そしてアルム達にとって予想通りと言っていいのか分からないが、ドンボはしっかり尻に敷かれているようだった。


「それにしても、先程はとても嬉しかったです。獣人族の風習についてご存知でいらっしゃるのでしょう?主人は、坊ちゃんはとっても博識なんだと申しておりましたが、本当に博識でいらっしゃるようで」


「いえいえ、私塾で良き師と巡り合えたお陰ですよ」


 『特別教養』では各種族の風習のようなコアな知識も伝授されたが、中でも獣人種はメジャーなのでアルムも覚えていた。流石に正確な種族は先に聞いていなかったので一般的な贈り物になったが、狸人族と知っていても流石のアルムも狸人族のみの風習はわからない。



 だがそもそも12才そこらの子供が誰に言われた訳でもなく結婚祝いを携えて訪ねる事自体驚きに値する。オルパナもあまりにドンボが絶賛するのでその能力は高く見積もっていたつもりだが、それに加えて種族的な配慮をするのは完全に予想の範疇を飛び越えていた。


 オルパナもこの人は“本物”だと思い、ドンボに幾度となく言われてきたように大人と同様の態度でアルムに接した。

 それからドンボがここに来てからの話から始まり、如何にドンボがプロポーズをしてくれたか、という惚気まじりの話題になりドンボが恥ずかしさに参っていて、オルパナはノリノリで、アルムは意外な一面が聞けて楽しんでいると、客間の奥の部屋で物音がする。


「ねえ、お腹空いた……………」


 客間の扉が僅かに開き、隙間からチラッと顔を見せるのは3歳くらいの小さな女の子。オルパナ同様に狸人族で、オルパナに似ている部分が見受けられるも、キリッとした感じより人形のように可愛らしい感じだった。


「すみません。奥に控えているように申しつけたのですが」


 オルパナはその子を見て慌てて立ち上がり対応しようとしたが、状況が少し面倒な感じがするのでスイキョウに身体を代わり、スイキョウはオルパナを止めた。


 アルムは探査の魔法で小さな子供が奥にいることは最初から知っていた。だがうまく対応できる自信が無いので、元より出てきたらスイキョウが対応するつもりだったのだ。


「いえ、構いませんよ。其方はどなたですか?」


 流石にドンボとの子は何があってもあり得ないし、まさかバツイチ?などとスイキョウが考えていると、言葉を選んでいるオルパナを他所に無邪気に幼女は答える。


「あたしマニャルパンニャ!マニルって呼んで!お兄ちゃんは誰?」


「こらっ、マニャルパッ!」


 咄嗟にオルパナは叱るが、スイキョウは笑って流すとマニルの手前まで歩いて行きしゃがんで目を合わせる。


「こんにちは、マニルちゃん。僕はアルムだよ」


「アルム?」


「そう、アルム。マニルちゃんは何才かな?」


 スイキョウがそう問うと、マニルはニコニコしながら小指を立てた手を見せる。


「あたし4さい!13がつに4さいになったの!」


「そっかぁ。4歳か〜。じゃあマニルちゃん、僕は何才に見えるかな?」


 突如出されたクイズに考え込むマニル。それを見てスイキョウは助け舟を出す。


「じゃあ3つの中から1つ選んでね。1番、9才。2番、12才。3番、15才。はい、1番だと思う人〜手を挙げて〜」


 流石にこれは違うと思ったのかマニルは首を横に振る。


「じゃあ、2番だと思う人〜手を挙げて〜」


 マニルはすごく迷ったような顔をすると、チラッとドンボ達を見る。

そしてすぐに手をあげた。


「はい!2番!」


「本当に2番かなぁ〜?」


「に、2番!」


 スイキョウが揺すぶりをかけると少し動揺したが、それでもマニルは突き通した。そして少しタメを作ると、せいかーい!っと言って抱き上げて高く持ち上げてくるくる回す。


「きゃあああ〜〜」


 マニルはそのままくるくる回されて下されると、興奮した様子で笑いながら「もう一回やって!」とせがんだ。


 スイキョウはもう一度抱き上げてやりクルクル回してやる。


 嗚呼、妹にもこんな可愛げのある時があったなぁ、と若干の郷愁に浸りつつ、スイキョウはそのままマニルを肩車してあやす。


《スイキョウさんって子供が得意って言うか、好きなの?》


「(だってよ、言葉の裏を考える必要がない純粋な年頃じゃん。心が薄汚れてるだけにこんな綺麗な時期があったのかなぁって思うと余計に可愛く思えるわけよ)」


 マニルは年上の男の子に遊んでもらって、オルパナから見てもこれ以上になく上機嫌だった。



「随分と手馴れてますね、坊ちゃん」


 すんなりとマニルを上手くあやすアルムもといスイキョウにドンボは驚嘆する。



「実はこういうのちょっと憧れてたりしまして。僕は妹とかいなかったので」



 スイキョウが少しズレた解答でドンボを煙に巻いていると、とても楽しそうなマニルに怒る気も失せたのか、オルパナは溜息を吐く。



「すみません、本当に。実はマニャルパは私の妹なのです」


「随分お年が離れてますね」


 早ければ娘ほどの差だが、そこでオルパナは深々と溜息を吐く。


「身内の恥を晒すようで大変お恥ずかしいのですが、うちの馬鹿親父には我慢という言葉がないのか、自分で養え切れないほどそこら中で子供を設けてまして。私は長女として早々仕事を始めたのですが、私が頑張れば頑張るほど親がダメになっていく気がしまして、末っ子になるマニャルパが出来たと聞いた時は流石に堪忍袋の緒が切れたんです。

私以外はみんなあと男ばかりで、そいつらも馬鹿親父に似て我慢ができないと言いますか、もう私に頼りきりで。私はもう愛想が尽きてマニャルパを強引に引き取ってこっちに移ってきました。

それだけ頑張ったのでミンゼル商会に即戦力として雇って貰えまして、マニャルパに不自由のないように育ててきました。私にとっては血縁状は妹ですが実質娘です。本当に、主人が快く受け入れてくれる人でどれほど嬉しかったか」


 ダメな親にしっかり者の娘ができるケース。ただしっかり者度合いが頭抜けていた。妹を引き取り家を出ていくなど相当の覚悟と能力が無ければ到底出来はしない。ドンボの言う通り、肝っ玉の良さが素晴らしかった。


「あっしにとっても、言い方は微妙ですが子供が産まれたときの予行演習にもなりますし、いい経験でさぁ」


 なんとなく空気がしんみりしていると、マニルがアルムの顔を覗き込む。


「あたしね、おねえちゃんになるんだよ!」


「……………ああ、え、オルパナさんは」


「はい、主人との子を既に授かりました。まだお腹は大きくはないですが、先月分かりまして」


「それはおめでとうございます!」


 随分と早いな、とスイキョウが思っているとドンボが恥ずかしそうに頭を掻く。


「いやあ、オルパンニャも最初はおっかなびっくりだったんですが一度したら結構積極的」


 そこまで言いかけたところで顔を赤らめたオルパナにバチーンっとドンボは頭を叩かれる。


「貴方、何を言っているの?今月のお小遣い無しね」


「そ、そんなぁ!」


 いや、今のはドンボが悪い、と思いスイキョウは笑ってスルー。アルムは最近なまじ変に知識がついてるので色々と想像して悶々としていた。



 そこですぐ近くでキュウッと可愛らしい音が聞こえる。


「ねえね、お腹空いた」


 楽しくなって一時忘れていたが、落ち着いてきてマニルの空腹が戻ってくる。

変な空気をマニルが打ち壊したので、それにオルパナものる。


「そうね、少し早いですがお昼にしましょうか。アルム様も、どうぞお召し上がりになってください」


「では、お言葉に甘えて」


 一瞬どうしようかと思ったが、マニルが頭をガッチリかかえて離れそうにないので、スイキョウはすぐに承諾する。すると、やった〜!と頭上でマニルが喜んでいた。


「アルムにいちゃん、ご飯できるまで遊ぼ!」


「いいよ、何して遊ぶ?」


 スイキョウは既にしっかりとマニルに懐かれて、マニルと遊んでやり、昼食後もマニルにべったり張り付かれていた。


「ねえね、おやつ食べたい」


「昨日貴方全部食べちゃったでしょ?買わなきゃないわよ」


 片時もスイキョウから手を離さず、部屋を連れ回すマニル。たっぷり遊んでもらうとお腹が空いたのか、おやつをおねだりする。しかし残念ながらおやつはなかった。


「おやつ食べたい〜!」 


「無いものは無いのよ。もう、アルム様の前で恥ずかしい」


 駄々を捏ねるマニルを微笑ましく思っていると、ふとスイキョウは思いつく。


「だったら作りましょうか、おやつ」




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