68
《ところでアルムよ》
「(なに?)」
神から【極門】をグレートアップされてから3日。司教により思いがけずカッターが訪れた裏付けも取れたので、その超大幅に繰り上がったスケジュールの空きに任せてアルム達は異能の研究に尽力していた。
そんな時、研究から3日目の夜。寝る前のアルムにスイキョウが提案する。
《ここらで少し休憩したらどうだ?最近かなり根を詰めて動いてるだろ?しかもずっと1人でだ。幾ら宿の主人が報告しておいてくれるからって、ドンボさんにも会ってないわけだし、顔を出してみたらどうだ?ドンボさんの奥さんもアルムに会いたがってたみたいだし。それに、念話のブレスレットがあるから見落としがちなんだろうと思うが、アートさんやヴィーナに手紙を書いたらいいんじゃないか?》
「(頑張りすぎかな?それに手紙を出すにしても………………あ、そっか。ドンボさんに頼んでミンゼル商会経由で手紙は出せるもんね)」
《そう言う意味でもドンボさんには会っておいた方がいいな。まあ、直ぐにって訳でもないし、面会の申請をしてる最中に手紙を準備すればちょうどいいだろ?ま、辺境伯に居場所を掴まれるリスクが増えるが、そこはアルムに任せる》
「(確かに手紙は出せるもんね。凄く飛びつきたい提案だけれど、でもまだやめておこうかな。手の内とかもバレちゃうかもしれないし。アリバイ目的と撹乱目的でここを経つ時に出そうかな?)」
《ほんと、子供でいる期間が短すぎるな》
「(スイキョウさんの影響は多大に受けてると思うよ。でもドンボさんに会いに行くのは賛成かな。都合の良い宿をわざわざ手配してくれたし、最初っきり顔出して要求して状況説明をしないのは不義理だもんね)」
《んじゃ、明日の朝に事務所に面会を申請して、後は露店とかを見て回ったらどうだ?せっかくの商業都市だからな》
「(そうだね、そうするよ)」
◆
翌朝、まだミンゼル商会が本格的に活動を始める前、大欠伸をこいていた警備兵に面会申し込みの旨を書いた手紙を押し付けて、アルムはさっさと立ち去った。
なぜならそばに居るとアルムのためにドンボをわざわざ呼び出しそうだったからだ。手を煩わせるのはアルムも嫌なので、故にそそくさと立ち去った。
だがまだ日も昇るか否かの早すぎる時間。アルムは図書館通いで超早起きですぐ朝食といったサイクルができていたので今更二度寝する気にもなれず、店の殆どがまだ開店前の商業区をプラプラ歩いていた。
だがまだ開く前なのに人が多い。
アルムは早速人酔い気味になり、スイキョウが交代することになった。
《ごめんねスイキョウさん》
「(いや、俺としてはこれぐらいの人混みも慣れてるからなあ。むしろアルムの休息にならんな。すまん)」
《ううん、気にしないで。むしろ色々気にせずゆっくり見られるから僕はこれぐらいがいいかも》
アルムは運動神経が良いとはいえ、人混みの中をうまく抜ける技術とはまた別問題だ。人の呼吸の合間を見て身体を滑り込ませるのはそれなりに人を理解していなければできない。
その点はっきり言えばアルムは生育環境が大きく影響して人混みの中の移動が下手くそだった。
一方スイキョウは、都心の満員電車とかネズミの某夢の国の繁忙期とかよりは全くマシなんだよなぁ、と心の奥で思いつつスイスイと縫うように歩いていく。
そうして周りの異種族を眺めつつ、スリを躱しつつ、スイキョウは街を歩いていく。そしてそこである物を見つけて立ち止まる。
《何か見つけた?》
「(いや、そんな見つけたってもんじゃないんだがな)」
そこは何処かの商会の倉庫で、ミンゼル商会のように荷物の積み下ろしを行っていた。その中で袋が破けていたせいなのか、1つだけ倉庫の脇に穴が開いてしまって中身が少し溢れている袋が置いてある。
その中にあったのは、かなり茶色がかった黄褐色の粒だった。
スイキョウはそれに近づいていき、一粒手にとってみる。
粒の大きさは1cm以上。形状は扇状っぽいが少し膨らんでおり、乾燥していて硬かった。
スイキョウが自分のオリジナルの探査で調べても、スイキョウが考えていた物と非常によく似ていた。
「(これ、とうもろこしだな。しかも爆裂種系の)」
《ばくれつしゅ?》
「(詳しい説明はすっ飛ばすが、とあるお菓子の材料なんだ)」
スイキョウがこんな物もあるのかと思い見ていると、そこに従業員らしい男がやってくる。
「それがァ〜どうかした〜かい?」
その男は前歯が一本欠けていてやけに厚着だった。そして肌が結構焼けていて訛りがある事からかなりの南方の出である事をすぐにスイキョウは見抜く。
「いえ、ここに置いてあったので一体何かな、と思いまして」
「それはぁ〜乾燥ともろこしィ〜ですよ。南の植民地ィ〜で育ててるヤツだ。乾燥させるとォ〜日持ちィがいいんでね、家畜の餌ァーに使っとるよォ。どっかで袋がァ破れてしまったァ〜みたいでね、納入の時にィ弾かれちまったんだがよォ〜」
独特のイントネーションと抑揚だったが、男の言葉は意外と耳障りが良かった。そんな男相手にスイキョウはなんとなく会話を続けてみる。
「引き取って貰えなかったんですか?」
「破れェてんのはダメだってさァ〜。中身ィも〜零れてんでェ重さもあって〜ねェって叱られちったァ。こりゃぁ持ち帰るゥしかねェんだ。それとも坊やが買ってェくれ〜りゃ助かるんだァが、家畜の餌ァなんで美味しくねェよぉ?」
家畜の餌には他の品種があった気がすると思いつつも、スイキョウはそのとうもろこしがやっぱり爆裂種だと思っていた。
「幾らで売ってくれます?」
「え、買うんかァ〜い?」
「家で馬飼ってるので、その餌にいいかなって」
もちろん大嘘だが、相手はヘェ〜と納得している。
「袋ぉも破けちまってるしぃ〜、中身も減ってるからァ、500セオンでぇ〜いいよォ」
アルムは産地や品質、量などから算盤を弾いてかなり安くしてくれてるという結論に至り、それをスイキョウに伝える。
「そうですか。じゃあ500セオンで」
そう言って対スリ用とは別のダミーの財布からスイキョウは500セオン支払う。
「ありがとうゥ〜ねぇ。でも重いヨォ〜。持ってけるかィ?」
「ああ、お構いなく」
スイキョウには金属性魔法は使えないが、アルムが霊力を使って身体自体の格を上昇させているので元々の身体能力が高い。少し気合を入れて持ち上げると肩にのせる。
「ありがとうございました〜」
「力持ちだねェ坊主ゥ。ありがとよぉ〜」
◆
スイキョウはとうもろこしを買った後、すぐに路地裏に入ってアルムに【極門】に収納してもらった。
流石に筋力が足りていても、そのまま歩くのは間抜けすぎたからだ。
スイキョウは軽くなった肩をグルグル回すと、再び物色を開始する。
「(だんだん人種が変わってきたな)」
【極門】を開ける為に人に見られないような場所を探すのに手間取り、路地裏から表通りに戻ると太陽はすっかり上っていた。なので早いところでは既に店が開店していた。
《あ、本屋があるよ》
スイキョウがフラフラ歩いていると、アルムが声を上げる。
スイキョウがそこへ歩いていくと、カッターの蔵書や図書館には無いような一般大衆向けの本が多くあった。お堅い感じの本は一切無く、中にはよくわからない本も置いてあった。
スイキョウはなぞなぞの本なども置いてあることに少し驚きつつ、アルムは今まで触れた事のないジャンルの本に新鮮さを感じていた。
店の中に入ってまで冷やかすつもりは無く、ただ眺めていただけだったが、そこにスススススッと店員らしき人物が揉み手をしつつやってくる。
「おはようございます。あともう少しで開店なんですが、貴方もあの噂を聞いてきたので?」
「噂?」
一体なんだろうとスイキョウは思うが、店員はまるでそれを気にした様子もなく話を続ける。
「ああ仰らないで。貴方のお年頃で興味を持つのは当然の事です。こんな人の少ない時間にわざわざお越し頂いたんです。どうです、見て行きますか?」
「お金取られたりとかします?」
なにかやけに店員が強引なのでスイキョウは牽制を入れるが、店員はニッコリ笑って首を横に振る。
「そんな阿漕な真似はしません。ですがご覧になった貴方ようなお歳の人はそのほとんどが納得の上で購入していかれるんですよ」
一体なんだろうと思いつつも、店員から何か悪意を感じられる様子はなく、どちらかというと面白がるようなニヤニヤした感じだった。
「なんか危ないヤツではないですよね?」
「妙なことをおっしゃる。とても楽しい事ですよ」
「変な薬じゃないですよね?」
目的が分からずスイキョウは首を傾げるが、店員はニコニコとして首を横に振る。
「滅相もない。そんなものに手をつけていないことは神様にも誓えます。ささ、一度ごらんになって」
まあ万が一のことがあればメダルを出せばいいか、と思うスイキョウ。相手にするのがめんどうなのでそれが一体何か見てみようと思ったのだ。
店員が連れてきたのは大通りから見えない部分で、しかも何故かカーテンがかかっている。
スイキョウにはどこか既視感があり、もしやと思いつつ柔らかく背中を押されるままに入ると、そこには狭いスペースではあったが普通に本がズラッと置いてあった。
《『きのこの育て方』、『海鮮料理のいろは』、『雌豚の買い方』…………………他にもあるけれど、ジャンルがよく分からないね。しかも面白いとは思えないけど。特に僕と同年代の子が面白がって買うかな?》
アルムは一体なんなのか分からずにうーんと考え込んでいたが、スイキョウは色々と察して警戒していた自分が心底馬鹿らしくなりため息をつきそうだった。
「(あ〜………多分これは……………)」
どうしたものかと思うスイキョウ。店員はニコニコしているだけで何もしない。
そんなスイキョウが焦ったくなったのか、アルムはことわりを入れて身体の操作権を返してもらうと、スイキョウが忠告する間もなく適当に一冊取ってパラパラと軽く読み始めてしまう。
そしてアルムは指先から耳先まで身体全体を赤らめて完全に硬直していた。
《アルム、多分それは………まだアルムには早いんじゃないか……?》
斜め読みですぐに読み終えていたが、なまじ頭の性能がいいのでそれでもほぼ全ての内容をアルムは記憶し理解してしまう。アルムは色々な情報が頭をグルグル回って完全に頭がパンクしていた。
しょうがないのでアルムに何度か聞こえるように頼み、スイキョウは身体を渡してもらう。
スイキョウは他のヤツも何冊か手に取り一応確認してみたが、全てが予想通りの内容だった。そして本を戻すと店員に対して苦笑する。
「これはお母さんに見つかったら大目玉を喰らいそうなので、今回はやめておきます」
「ここで買っていた少年もタンコブこさえてくる時もありますよ。まあ懲りずにまたお買い上げになりますがね。とりあえず今ではないという事なのでしょうね、またお待ちしておりますよ。もちろんお値段はお勉強しますし。それと、くれぐれも親御さんには内緒でお願いしますよ」
店員はニヤッとするとそのままアルムを送り出した。
◆
《れ、れれれ、スイキョウさん!あの、赤ちゃんって、そのっ!》
「(はーいストップだよアルム君。もう少し大人になったら嫌と言うほど教えてやるから今は綺麗さっぱり忘れとけ。いいね?)」
《な、なんでそんな落ち着いてるの!?》
「(落ち着いてるも何も、今更これぐらいじゃなんとも……………)」
店員もなんてものを勧めてるんだと呆れつつも、スイキョウは別におかしい事でもないのかと納得する。
むしろ今までのアルム周辺がクリーンすぎる環境だったのだ。
もちろん故郷の街の区画に“そのような”店が集中している所もあったが、他の街と比べてもその規模は小さく、12才のアルムに誰かが教える筈もない。
普通は兄とかがいる家庭の子からその手の情報は伝播したりするが、親類は疎遠というか教師と生徒の関係で友人として仲が良いわけではなく、友達はアルヴィナのみ。アルムがその手の知識に触れることがそもそもなかったのだ。
「(まあ落ち着け。何れは通る道だろ?)」
《待って、その口ぶりだとスイキョウさんって!》
「(はいはいまた後でね〜)」
《スイキョウさんっ!!》
アルム、未だ12才。
思春期真っ只中の時期である。




