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「(…………………うーん、なんか違う?)」
《どうした?》
アルムは宿に行くと、ベッドに腰掛けて唸っていた。
「(探査の魔法、精度が明らかに上がってるんだよね。特に空間認識の可能な区域が拡大してる)」
通常の探査の魔法は主にニ次元的な位置情報は掴みやすいが、三次元的な位置情報は掴みづらい。しかしアルムの探査の魔法は異様な精度を誇っており、近くなら3Dマッピング的に周囲を知覚していた。それも距離が遠ければ不確かになっていくのだが、その空間把握可能距離が約3倍まで拡張していた。探査の魔法自体がグレードアップした訳ではなく、空間認識能力が上昇しているのだ。
《原因は1つしか無いだろ?あの神様とやら、絶対にアルムになんかしたぞ》
アルムに思い出されるのは虚空の接続。その後の目眩だ。
「(あと今回の件ではっきり分かったよ。なんで異能の名前が【極門】なのかって。何をもってして何の“門”なのかって)」
《ああ、ありゃ直接繋がってんだろうな。しかも本体とやらが虚空の奥にはいるんじゃねえか?》
「(僕らが知覚できていないほど高次元にいらっしゃるだけで、実際はあの深奥にいらっしゃる。時の流れを歪ませるなんてグヨソホトート様には容易い事なんだろうね)」
アルムは実際に虚空に生物を入れたらどうなるか、その後は生物の様子を身をもって体験した気がしていた。
「(あとなんか、別の事もできるようになったって言うか、元々あった物がようやく使える気がしてきたよ)」
《ここじゃやめとけよ。万が一の事態になったら不味いから》
「(うん、だからちょっと移動するよ)」
幸いと言っていいのかわからないが、教会ではかなりの時間を過ごしていたのに実際は1秒とかかっていなかった。なのでかなりスケジュールに空きがある。
《ポルナ◯フ状態だったな、完全に》
「(え、何?)」
《いや、なんでもない》
スイキョウの独り言に対してなにそれ?と問い続けるアルム。躱し続けるスイキョウ。下らない攻防を2人がしていると、アルムは目的地に到着する。
「(ここなら何してもある程度は大丈夫な気がするんだよね)」
アルムがやって来たのは、2週間引き篭もっていた秘密基地だった。
《まあ、少し久しぶりだが何も変わってないな》
扉を壊して入ってみると、内装も出て行った時と何1つ変わっていない。あれだけ気が休まらないと思っていたのに、人が多過ぎるククルーツイから来てみるとむしろアルムはほっとして落ち着いていた。
《で、何ができるって?》
「(【極門】の虚空操作の操作可能域拡大、拡張距離限界の上昇、開放時間限界の上昇の3点は感覚的に理解してるけど、もう一つできる事がある気がして)」
そう言ってアルムは手前に1つ虚空を作ると、少し離れた位置に意識を集中させる。
すると、そこにも虚空が出現した。
「(やっぱり虚空が2つ作れた。でもこの虚空、なんとなく今までの虚空と性質が根本的に違う気がするんだよね)」
アルムは今まで虚空を開くと、その虚空がどんな時間経過を起こす虚空か理解していた。しかし今開いた2つの新たな虚空は性質が時間ではない何かに特化させられてる気がした。だがアルムには此処から何をどうすればいいかわからなかった。
そこでスイキョウが唸る。
「(どうしたの?)」
《んん〜〜、アルム、面倒なこと言うがちょっぴりだけ、全部じゃなくていいからほんの少しだけ身体の制御領域を弱められないか?》
「(感覚を強化させてあげればいいの?)」
アルムはスイキョウの指示通り、なんとなーく体の感覚を少し薄れるようなレベルを維持してみる。
《あ、オッケー。多分これで、こうだっ》
スイキョウが何かをすると、アルムも気付く。
「(ねえ、今【極門】に何かした?)」
《アルムがその新しい門を虚空を開いてから、妙にその感覚がこっちにも伝わっててな、気にはなってたんだ。アルム、適当な物をそこに放り投げてみろ》
アルムは言われるままに椅子の上にあったクッションを放り投げると、その手前の虚空に入ると同時にもう一方の虚空からクッションがポーンっと出てきた。
「(え、なんで!?)」
《俺がやったことを説明するとな、電気エネルギーを通す為の魔力導線があるだろう?あれを作る感覚で、なんかよくわからんけど伝わってくる力を纏めて虚空と虚空同士をジョイントした。恐らくワープホールみたいなもんだな》
「(『わーぷほーる』?なにそれ?)」
スイキョウはアルムに紙とペンを用意させると、異能をとめて体を交換してもらう。そして紙の端と端に点を打った。
「(さてアルム、この点と点の最短距離を作るにはどうすればいいと思う?)」
アルムはスイキョウが変な言い回しをした気がしつつも普通に答える。
《それは、点と点を直線で結べばいいよね?》
「(普通に考えたらな。だが『ワープホール』の理論を元に考えると…………………)」
そうしてスイキョウは紙を持って折り曲げて、点と点を重ねた。
「(これが本当の最短距離だ。これを今のアルムの新しい虚空と合わせて考える。おそらくアルムは、位置情報を正確に理解してこの離れた2つの点を作れる。そして俺はこの点を繋げて空間を実質的に折り曲げてるわけだ。多分肉体感覚が程よく薄いから大雑多に操作できると俺は考えている)」
《グヨソホトート様は、スイキョウさんがいる前提で新たな力を使えるようにしてくださった?》
「(精霊が気づいてあの存在が気づかないなんて考えちゃいねえよ。そして俺はその無関心さを信じていたが、俺の存在を見越した上で力を与えられたらお手上げだな。逆を言えば俺の存在を認めてくれてるのか、ただの付属品程度に思ったのか、よくわからんけどな)」
スイキョウはそう締め括りアルムに体を戻す。
「(この力………実質、虚空を作れそうなのは今回強化された空間認識可能な領域に限られるけれど、十分神の御技だよね?スイキョウさんが言うところの『ちーと』だよね?)」
《2人でやらないと制御不可って制約はあるが十分イカれてる。ただ1番気になるのは、そのワープホールを通過可能なのが物質だけなのかって話だ。アルムのインベントリ機能の虚空は生物を入れると天変地異が起きてしまっただろ?今回はどうなんだ?》
「(感触では『いんべんとり』の虚空よりかなり維持可能な時間とかが短い。でも逆に、急速に維持できなくなるだけで極短時間ならむしろ扱いやすいかな?)」
という事でアルム達は早速実験をする事にした。
まずは外で小さな虫を1匹捕獲して小瓶に入れる。
それからアルムのすぐ手前で最初は20cmぐらいの短い間隔で虚空を生成する。
「(いくよ)」
《おう》
アルムが恐る恐る小瓶を虚空に投げ入れると、もう一方からすぐに小瓶は出てきた。そしてすぐにアルムはワープホールを閉じる。
《虫は?》
アルムは小瓶を拾い上げて、入念に探査の魔法をかけていく。
「(虫は無事。体やその他諸々にも一切の異常は見られない。普通に生きているよ)」
《おお、マジで?今回は生物はOKか?》
「(でも小さいからね。インベントリの虚空も生物が大きく強くなるほど異常が大きくなったし)」
そんな訳で探査で地面を探り、ごめんなさいと言いつつ地面で冬眠中の虫や幼虫を掘り返して集める。
そしてどんどん実験してアルムは地中に戻す事を繰り返した。
「(感覚的に生物の大きさで何かあるって感じじゃないかな?スイキョウさんは?)」
《そうだな、生物通過する時だけ瞬間的に導線は揺らぐが、今のところ全く問題ない範囲だ》
どうやら予想よりも更に凄まじい異能である事がわかると、研究が加熱する。
「(今度はもっと大きいのでやろうか)」
お次は土の中で冬眠中だった大きめの蛇。幸い河川敷なので蛇は沢山いるのだ。
アルムはそれの頭と胴と尾を拾った木の枝に沿うように括り付ける。
「(いくよ)」
《いつでも来い》
アルムが虚空に蛇付きの枝を少し差し込むと、少し現れた場所に蛇の生首だけがが現れる。チョンチョンっと尾を突いてみると動きは鈍重だが蛇はピクピク動いた。目つきはぼんやりしているが不機嫌そうな瞳がギョロっと動く。
問題無しかな?とアルムが思っていると、急にスイキョウから警告が発せられる。
《アルムっ、今すぐ引っ込めて閉じろ!》
アルムは弾かれたように蛇を引き抜くと、すぐに虚空を閉じる。スイキョウはホッとしたように溜息をつきアルムは問いかける。
「(一体何が起きたの?)」
《どうやら強引に繋げてる空間なんだが、その中間に居座られると加速度的に導線が乱れ始めた。おそらくさっさと通り抜けないと空間自体が歪んじまう。体感的に5秒以上は不味そうだったな》
「(でもこれで、人間もできる可能性が出てきたね)」
《その前に魔法も実験したらどうだ?》
「(インベントリの虚空だとそのまま出てこないし、生物よりは小さいけれど変な異常が起きかねないからやらなかったけど、ワープホールの虚空なら大丈夫かな?)」
アルムが小さな水弾を生成し虚空に放つが、水弾は出てこなかった。
《どうだ?》
「(うーん、ダメっぽい。危ないって感じじゃなくて、教会の中に入った時と似てる。魔力制御のラインとかが滅茶苦茶になってコントロールできない)」
試しに火の矢など色々な魔法も放ってみるが、全部反応が途切れてしまった。
「(それに、わずかに異常も起きてるかな?)」
天変地異が起きる前触れ程ではないが、激しく空間の魔力が乱れている。これでは魔法の発動も難しくなってしまう。
《でも、緊急時には対魔法防御としては最高レベルじゃねえのか?》
「(多分考えうる限り死亡手前の最後の切り札だね)」
とりあえずアルム自身が通ってみるのはまだ危なすぎるので、本日は性質を研究する事だけにアルム達は努めた。




