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とりあえず図書館で学びたい事は全て学んだアルム達は一旦調査を打ち切り、次のステップへ進む。
「(次は、教会へ参拝しに行こうか)」
《いよいよ神ともご対面ってか》
ククルーツイでのToDoリストで、その1つの図書館での知識の収集は取り敢えず終了。多額の金を支払ったがそれ以上の成果は得られたと断言できる学びをアルムは得た。
そんな図書館での情報収集の次に手っ取り早いのが教会への参拝だ。
図書館を優先したのも、参拝許可が下りるまでの時間潰しを兼ねていたのである。
一部の特殊な教会を除き、御本尊が座すだけあってその手の教会にはすぐに参拝はさせて貰えない。事前に中央の区域の施設で申し込みをして受理されなければならないのだ。
その許可が一昨日ようやく得られた。
《意外と緊張してるのか?》
「(グヨソホトート様は邈神に分類されるぐらいだから凄い無関心で戒律とかもゼロなんだけれど、住んでた場所が場所だし父さんもトラブルを避ける為に訪れなかったから、物心ついてからお会いするのは、そもそも教会に行くのも初めてだったり)」
《本当に緩いな》
「(もちろんお布施は渡すけどね。スイキョウさんが作った熱エネルギー満タンの魔残油。もう使わないけど迂闊に売れないし、逆にお布施にはすごく良い気がして)」
《うん、いいチョイスじゃないか?》
虚空から取り出した朝食を食べ終えると、アルムは直ぐに教会へ出立する。
神グヨソホトートを奉る“銀の終門”教団の本拠地である教会は宗教区でもかなり外れの方にある、と図書館にあった地図でアルムは事前に確認しているので、ミンゼル商会支店を探す時のように迷ったりはしなかった。
「(多分、ここら辺?)」
アルムは歩いていくうちに地図で確認した場所に近づいている事に気づき、そろそろ許可状を出しておこうと胸元から取り出すフリをして【極門】で虚空を開く。すると身体をグイッと強く引っ張られる様な感覚をアルムは覚える。
「(え、今の何?)」
《探査の魔法には一切問題無しだぜ》
もしかして、と思いアルムがもう一度極々小さな虚空を開くと、まるで空間が歪んだ様にある方向に引き付けられる。もっと言えば、惹きつけられる。
《お呼びらしいな》
「(そうみたいだね)」
アルムはゴクリと唾を飲むと身体が引かれる方へ歩いていく。
そして真っ黒な壁が特徴的な建物の辺りで反応が強くなった。その建物は小さなドーム状でつるりとしており、出入り口とか窓とかが何もない。探査の魔法で探ってもその材質はよくわからない。試しコンコンっとアルムが手で叩いて感触を確かめると、急にパカッと壁が開く。
「(え、開いた?)」
継ぎ目とかもよくわからないが、その一部分がドア状に消えて中への通路が見える。真っ黒で明かりもないのに奥まで見えて、筒状の通路は玉虫色に光る。
入れ、と唆すように【極門】に引っ張られてアルムが恐る恐る入ると、探査の魔法から得られる位置情報などが完全に狂い始めて慌ててアルムは魔法をやめた。嫌な予感がして振り向くとそこには街は見えず、前方に続く筒状の通路が何食わぬ顔で同じように続いていた。
「(なにこれ?閉じ込められた?)」
《よくわからん。どうなってんだ?》
しかし【極門】が反応する方向はただ前方。アルムは後ろに現れた通路から目を背けて前に向き直ると、大きな悲鳴をあげそうになった。
アルムのすぐ前に、銀の鍵状のペンダントを首に掛け、銀色のローブを羽織った女性が忽然と現れていたのだ。その女性の目は非常に虚で、何処か違う場所を見つめている。女性の腕や脚には黒い外殻があり、それはスイキョウには蟹の甲羅のように見えた。
「「「貴方のお父様は訪れたでしょう」」」
その女性の口は殆ど動いていないが、幼女と成人女性と、老いた女性の声が重なって聞こえてきた。
だが初対面でいきなり何を言い出されたのか分からずアルムは惚けてしまった。
「「「嗚呼、すみません。これは未来の言葉でした」」」
「え、どういう事ですか?父さんは、父はここに来たんですか!?」
アルムが慌てて問いかけるが、その女性はアルムが見えていないかのようにアルムが向かおうとしていた方へスタスタ歩いていく。
「ま、まってください!貴方は一体誰ですか!?」
アルムは慌ててついて行き謎の女性に尋ねるが、女性の返答は奇妙な物だった。
「「「前の御訪問はだいぶ前でしょう。お子様はお元気ですか?」」」
「え?だからさっきから何を…………………」
「「「嗚呼、すみません。これは過去の言葉でしょう、しかもカッター様への。感じが似ていたのでうっかりするでしょう」」」
そこでようやくアルムも女性について理解し始めた。本でも類似の現象を読んだ気がするのだ。
「(これは、既に精神が壊れてる?神との交信を行うとこうなったりするって書いてあったし)」
《喋る事さえ出来なくなる方が多いって話だからから、まだマシな部類なんだろうな》
会話のキャッチボールができない女性にアルムは困惑するが、再び彼女は話し出す。
「「「随分とお連れの方が多いですね。剛毅なことです。これからの行く手に彼らの助けは必ず必要でした。あなたには選び取る力がある。そして行く手にある災いを切り払う物のありかをすでにあなたは知るでしょう。そのまま突き進みなさい」」」
「どういう、ことですか?」
やはり不明瞭な言葉にいよいよ不気味さを感じるが、女性は気にした様子もない。
「「「嗚呼、すみません。これは随分未来の言葉でしょう。捻じれありて結び、これもまた宿命でしょうか?」」」
《一体さっきからなんなんだ?》
アルムとスイキョウが彼女の言わんとすることを必死に考えていると、彼女はまた大きくないのによく聞こえる声でつぶやく。
「「「貴方はそこで転びかけました」」」
「(どういう事かな?)」
《予言、なのか?よく考えると初っぱなの言葉、アルムの『父は訪れたのか?』って質問への回答なら成り立ってるよな?未来の言葉だって言ってたし。そして過去形と未来形がひっくり返った言葉で話してる気がする》
キャッチボールができないんじゃなくて、時間がめちゃくちゃでボールを返していると見えればわかる気がする、とスイキョウはアドバイスした。
「「「実際には1秒にも満たないですよ」」」
「そうですか……………」
「「「嗚呼、すみません。先ほどのも今のも未来の言葉でした」」」
まともに聴こうとすると頭痛が起きそうだと思うながらも、アルムはなんとなく彼女の言葉に耳を傾けてざるを得ないのはわかっていた。
「「「私はここの司教です。嗚呼、過去の回答ですよ」」」
《ほら、なんかこの人やばい感じだけれど会話が完全に不可能な感じじゃないぞ》
「(よくスイキョウさんはついていけるね)」
《悪質なパズルだと思えばなんとかなる》
スタスタの前を歩く彼女についていくと道は蛇行したりしており、あきらかに外から見たドームより長い距離を歩いていた。それにより空間が激しく歪んでいることはアルムにも本能的にわかった。
「「「お久しぶりですね。大きく成長するでしょう。随分と、多くの愛し子ですね。貴方はやはり愛されている。どうでしょう?あなた方の旅路が終わりし時、貴方が引き継ぐのは?」」」
スイキョウ達が言葉の意味をとらえようと頭をオーバーヒートしかねないレベルで回転させていても、彼女はお構いなしに言葉を紡ぐ。
「「「貴方が良き捧げ物をしたが故に御方はお答えになるでしょう」」」
「(……………これは?)」
《…………わかんね》
やがて60°角以上の急勾配に差し掛かるが、筒状の通路は依然としてつるりとしている。どう登っていくのかと思ったら、女性は床に垂直にそのままスタスタ歩いていく。
「え?」
アルムが戸惑っていると、女性はクルリと振り返る。
「「「ようこそ教会へお越し下さいました、御方の愛子。こちらへついて来てくださいませ」」」
「(本当に時間がめちゃくちゃだね)」
アルムは何か仕掛けでもあるのかと思い傾斜に足を踏み込むが、そこで感覚が狂って転びそうになり、いつのまにか目の前にいた司教を名乗る女性に抱き留められていた。
「やはり転びかけるでしょう。ここは全て平坦です」
「あ、ありがとうございます」
アルムが御礼を行って離れると、後ろの通路は急に上がっていた。対するアルムの先は平坦だった。彼女の言葉通り認識が狂うだけで全て平坦なのだとアルムは感じた。
アルムは少し断りを入れて、少し戻ってみると目の前にまた坂ができる。こっそり虚空からチップを1枚取り出して転がしてみると、チップは普通に坂を登って行き、ピタッと坂の途中で止まった。
「(すごい奇妙な感覚だね)」
《でもこれで、色々分かったぞ。やっぱり彼女は未来形と過去形をひっくり返して喋ってる。そして予言通りアルムは転けそうになった》
「(釈然としないなぁ)」
アルムはコインを拾うと、再び彼女の後をついていく。
「「「行手に大いなる災難ありました。くれぐれもお気をつけて」」」
「え、災難?」
もし彼女の言葉がスイキョウさんの推測通りならマズい。一体何が起きるんだ。アルムがそう考えて思わず身構えると、彼女は予想外の事を話し出す。
「「「嗚呼、すみません。これも過去の言葉でしょう。しかもまたカッター様への」」」
それを聞いてアルムはガシッと彼女の腕を掴むと回り込んで詰め寄る。
「父に大いなる災難ってどういう事ですか!?」
やはり何かを知っている。アルムは懇願するように彼女を見つめると、彼女の目に急に光が灯る。
「我等が御方は未来で起きた事と過去で起きるであろう物事を遍くご存じです。御方は凡ゆる事を御存知であり英知の結晶であり遍く事象を観測して記録していらっしゃるのです。全にして一、一にして全。虚ありて実。実ありて虚。移ろいゆく今は御方そのもの。貴方も御方の本質を知っているはず。嗚呼、それと貴方のお父様、カッター様が訪れるのは、確か…………一昨年の11月です」
「一昨年!?父が一昨年の11月にここに来たんですか!?」
「その答えは過去で済ますでしょう。さあお布施を」
全くペースが掴めない相手にタジタジになりつつ、アルムは用意していた魔残油の瓶を渡す。彼女が瓶を受け取ると、銀の鍵状のペンダントで一度軽く叩く。すると魔残油は瓶ごと消えた。
「でもどうして急に答えてくれるんです?」
「その答えの一部も、過去で済ますでしょう。もう1つの答えは御方が既に近くに居られるからです。貴方はやはり愛されている。御機嫌があまりよろしくありませんと数ヶ月は歩きますので。最高で年単位でしょう」
「謁見の為にこの中をただただ何年も歩くんですか!?」
「その答えも過去で済ますでしょう」
彼女は簡素に返すと、立ち止まる。
アルムがどうして立ち止まったのか聞こうとすると、目の前からいきなり虹色の波が押し寄せて為す術なくアルムと彼女は飲み込まれる。魔法を使って抵抗するとかそんな次元ではなく、色々な感覚が全て歪み、永遠にも一瞬にも思われた時間が経過すると既に波はなく、体も濡れていない。
アルムが意識を取り戻すと、いつの間にか大きな球状の空間の1番下にいた。
そして忽然と目の前に円形の門が現れる。
「御方が面会を許可なさるでしょう。その場に控えなさい」
アルムがその場で咄嗟に跪き首を垂れると、それを見ると同時に彼女は銀の鍵状のペンダントで9回門を叩いた。
すると門がゆっくりと開き、それ以外が、彼女も含めて全てが揺らめいて消えていく。
アルムは何故か身体が硬直して顔があげられない。聴き取れないのに頭に直接響き渡る重低音の群れがアルムの身体を揺らし、脚元に虹の泡沫が弾ける。全ての時間感覚と平衡感覚が歪み、今自分がどこで何をしているのかすら定かではなくなっていく。
《アルム、しっかりしろ!!呑まれるぞ!!》
だがそこでスイキョウが吠えた事で、すんでのところでアルムは気を取り直す。
《ヤバイな。コレでただの分体かよ》
「(これが“神様”………)」
本能的に分からせられるその隔絶した次元の強さ。
そこでアルムの【極門】が勝手に発動し、虚空が開く。そして虚空から出た光の粒子と分体から流れ出る泡沫が交差してアルムの身体がドクンっと脈動する。
急激な目眩に襲われてがくりと崩れ落ちそうになったところで、アルムはなにかにふわりと優しく支えられる。
「お疲れになるでしょう。御方は貴方に大いなる加護を授けるでしょう。それではまた、いつか。私の言葉にあなたが通ずることを祈って」
司教を名乗る彼女の優しげな囁きが朦朧とするアルムに聞こえる。そしてアルムがふと気がつくと、アルムはドームの前で突っ立っていた。
咄嗟に探査の魔法で探ると、そこは入る前の座標で時間すら変動していない。まるで全てが夢だったかの様な気がするが、しかしアルムの懐からは魔残油の瓶は消えていて、その代わりのように何かを握りしめていた。
『開かれるべき時、再び貴方の前に門は開きました。御方は貴方に恩寵の印をお与えになるでしょう』
それは司教が身につけていた物と同じ銀の鍵状のペンダントと、それを包むように巻かれたメモ書きだった。そのペンダントを首にかけてみると、何故かしっくり来る。
もう一度アルムがドームをノックしても何を起きはしない。ただコンコンっと硬い物をノックした音がするだけだった。
「(凄いね、神様って)」
《神ならなんでもアリだなって思ったな》
アルムはそうして神への謁見を終えて色々と慄きながら一度宿屋に戻っていた。




