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そこから2週間、アルムは図書館に通い詰めた。毎日毎日入場の混雑しない早朝から、日が暮れるまでのぶっ通しである。
入場料もそこそこ高いのでアルムも出来るだけ入場回数を減らすべく全力で読み込んだが、それでも2週間かかった。しかもレベル2、レベル3のエリアの書籍も読んでいるのでどんどん金額は上がっていく。そして粗方の情報は全て得て一応の元から定めていた調査最終日。アルム達は遂にレベル4のエリアに入った。
レベル5は魔導書しかないので入るのにも貴族用の別荘が建設可能な金額が必要ならば、一冊一冊に別途膨大な閲覧料がかかる始末。それに精神破壊のリスクを犯して魔導書を読みたがる者もいない。実質的な最高レベルのエリア、神々や古来の魔術などに関する書物の中でも最重要クラスが納められているエリアがレベル4エリアである。
「(……………これも外れ)」
アルムがわざわざ高額な金額まで支払って何故レベル4のエリアに行く必要があったのか。それはスイキョウに関する情報がないか調べる為だ。
今日までにアルムはスイキョウに類似しそうなことは片っ端から調べた。迷宮のゴーストや召喚できる使い魔、神々の眷属………思いつく限り調べたが類似する物は全て調べたがヒントすらなかった。
そして今はレベル4のエリアで分厚い書籍をパラパラと流し読みしながら、何か関連のある神々や伝承が残っていないか調べ続けていた。
しかしめぼしい物は何も出てこない。アルムの調査に進展は見られなかった。
《確認なんだが、そもそもの原因は結局分からずじまいか?》
「(うーん、何かについて調べていた気がしたんだけど、母さんが言うにはやけに静かだから書斎を覗いたら、熱にうなされている僕が倒れていたとしか)」
《確か、その場には空っぽの瓶と何かがあったはずだけど、アルムの母さんはそんなこと気にしてる場合じゃなく、アルムをベッドに運んで看病して、空き時間にささっと書斎は片付けてしまったんだよな》
「(気が付いたらベッドに寝ていて、倒れる前の記憶が曖昧なんだよ。確かに瓶があった気がするけれど、空っぽじゃ無かったはず。何か入ってたはずなんだよ)」
スイキョウが居ついて当初、当然スイキョウもアルムもその原因を探ったが、2人とも記憶がその近辺の記憶が奇妙なまでに定かではない。一体何がどうしてこうなったか心当たりがないのだ。
《そして他にもその場に何かがあった。アルム、今一度よーーーく考えて、何か思いつくか?》
「(いろいろ読んでてふと思ったのが、客観的に考えてその場に本来居なかったはずの存在を存在させる方法って、やっぱり召喚しか方法が思い当たら無いんだよね。先入観を捨てて考えてみても、僕が倒れる前に行っていたのは多分召喚なんだよ。……………ともかく、瓶に入っていたのは何かの対価……………その場にあった他の物は、血を出すための針かな?でもそれだと不思議な点があってね、まず何を目標に僕がスイキョウさんを召喚したのかってことが全くわからないんだよね)」
《そうだな》
アルムは召喚の魔法が使える。ともすれば世界最高の召喚魔法に関するエキスパートだ。自分が意識不明に陥る様なしくじりを犯すとは到底思えない。加えてどんな条件検索をかけてもスイキョウに該当できそうな物をアルムは見つけられなかった。それは冬休みの間に召喚の練習をするついでに確認している。
「(それとね、もし仮に僕がスイキョウさんを召喚しようとしてもね、どんな魔法陣を使ったのかがわからないんだ。僕の知識に入っている魔法陣に会話可能な物を呼び出す陣は存在しないし、だったら何か本を読んで書いたのかな〜って思ったけれど、父さんの本は全て読了しているし、母さんは片付けの時に本や何かを記した物は片付けてないってハッキリ言っていた。確かに本棚を確認したけれど、誰かが触った様子もないし本に抜けもなかった)」
《何か別の陣で偶然って線はないか?》
「(うーん……………スイキョウさんに具体的に感覚を伝えられないのが残念なんだけど………………召喚魔法が得意だからか漠然とわかるんだよね。スイキョウさんを召喚するには、僕が知っていてなおかつ構築可能な魔法陣では“格”が到底足りてないんだ。なんて言えばいいかな、『この量の水をこのコップに入れたら確実に溢れちゃうな』って感覚的にわかるのと一緒で、スイキョウさんを召喚するためには召喚陣の格がたりてないんだよ。それこそ、大袈裟だけど、精霊かそれに類する物を召喚する陣を使って漸く妥当って感じ。そして残念ながら僕はそんな陣は知らなければ、ましてや妥当な対価なんて個人で用意するなんて不可能なんだよ)」
アルムが召喚魔法のエキスパートとして断言すると、スイキョウは暫く熟考して自らの考察を話し始める。
《俺も色々考えては見たんだが、アルムの拷問鍛錬と武霊術について説明を受けた時の、イヨドの生物の三層の状態の解説を覚えてるか?》
「(うん、覚えてるよ)」
《あの説明を聞いてて変だと思った事が実は2つあった。あの時はよく考えてなかったが、ここ2週間色々と考える期間があったからな。で、まず前提の共有として、俺とアルムは『肉体』を共有しているな。んでんで、『精神体』は別、『霊体』は判断材料がないから何もわからん》
「(肉体を入れ替えると魔力残量や使える魔法は僕とスイキョウさんで別々だから、それは割と早く確認できていたよね)」
そうなんだが…………。そう言って少しタメを作るとスイキョウはアルムに問いかけた。
《だとしたら変なんだよ。なんで俺は“魔法が使用可能”なんだ?》
「(え?)」
アルムはどういう事か分からず首を傾げると、スイキョウは詳しく話し出す。
《この世界では、神様が干渉するから魔法が使える様になるわけだ。イヨドの生命における三層の説明をもとに考えると、赤子の時に教会に行き魔法の素質が有れば神が精神体と霊体の層の間に氷の板を差し込んでくれるんだろ?でも俺、そもそも神様にお目通りした記憶がない》
「(…………………ん?あれ?確かに変だね。でもこうは考えられない?板はそのままで、精神体の層だけ入れ替えしてるのかもよ?)」
《俺もそう思ったが、それじゃあ説明がつかねえんだよ》
「(…………………あ、もしかして異能!?)」
《そう、それだ!》
アルムが正解にたどり着くと、スイキョウは珍しく大きな声で答える。
《アルムは強力な異能を持っている。それはがっつり三層をぶち抜いて生物的な構造を若干歪めている訳だ。つまり三層同士の結びつきが強い。なのに俺とチェンジは可能なのか?》
「(でも僕と交換すると、スイキョウさんは僕の異能が使えないよね?つまり精神体と一緒に消えるのかな?)」
《だが実際にアルムは霊力によって肉体を鍛えることができている。つまり他の二層も異能と繋がっている。いきなり氷柱が精神体と共に消滅して肉体への影響ってゼロなのか?いや、イヨドの説明はだいぶ噛み砕いて分かり易くしてくれてるから詳しい話はだいぶ省かれてると思うが、それでもそんな横暴な事が可能なのか?そもそもアルムは何の力を使って交換しているんだ?》
「(魔力などの消費はないし、神の干渉で霊力も使えない。消去法的に異能の副作用か何かかと思ってたんだけれど………………)」
《俺も同じこと考えてた。だがアルムがコントローラーをチェンジすると異能が使えないってことは、俺がメインの時はアルムの異能の力はどこにもない。だったら何故戻ってこれる?てかそもそも、待機状態の俺やアルムって三層的な説明で言うとどこにいるんだ?だって待機状態でも微弱だが感覚は肉体に接続してるんだぜ?》
「(確かに全部ごっそり変わってたら外が見えないもんね。それを言うならこの心で会話するのも相当に謎なんだけれど)」
《確かにな。だが精神体は融合しているわけではない。何故なら魔力残量も感情も別々だからな。だから俺が割り込む様に共存している感じか?俺とアルムの割合をコントロールしてその共有具合を変えているんじゃねえか?》
「(ある一定値を超えると入れ替わるって事だね)」
《そゆこと。で、今もう一つ思い出した。イヨドと俺のアルム越しの初対面の時だ。イヨドはアルムに対して『匂いが濃くなった』とコメントした。その前後で変わった条件は俺の存在の有無。あの時は何故匂いが変わったではなく濃くなったと評価したのかが気になったが、それは置いておこう。兎に角、謎を解く鍵を握ってるのは『霊体』な気がするんだ》
「(どうして?)」
《アルムが初代の家の跡地にイヨドに魔法をかけてもらったよな?その時確か、父親の魔力を知って無かったら無理だったとイヨドは言っていた。さてここが引っかかる。イヨドはここで魔力を“知る、知らない“で評価している。もしイヨドが嗅ぎ取っているのが魔力なら、『匂い』と『魔力』を分けてわざわざ表現するか?》
「(たしかに不自然だね。それに魔力は別種に違いないから濃くなったりもしないはず。あ、だから霊体?)」
《予想だとアルムと俺の『霊体』が融合しちまってるんじゃねえかなって思ったんだ。恐らく俺がアルムに召喚されて俺とアルムの霊体が混ざって、普通はそこでおしまいだったのかも知れねえがアルムは異能があった。俺の霊体は異能を通して精神体や肉体の一部にも流入し流れが作られた。だから俺はアルムの記憶とかを半端に共有できたし、肉体感覚も一部共有ができていたわけだ。
もしただの精神体だけだったら、割合を極端にしすぎるとアルムか俺が消えちまう。だがどんなに割合を変えても視覚聴覚までは必ずリンクできている。俺が理解できないはずの魔法を感覚的に使えるのもこのお陰だと思ってる。
そしてこれが成立すれば俺の中の3つの謎が解決する。
まずアルムがなぜここまで共生生活にあっさり順応できたか。どんな天然や聖人君子でも、ずーーーーーーーーっと監視されて、しかも感情まで伝播する関係に、確実にかなりのストレス感じちまう筈だ。しかしアルムはストレスを感じてる節がなさ過ぎる。そして俺だって普通は何もできず漂うだけの状態に予想外にストレスを感じなさすぎている。
これってよ、霊体が融合しちまって本能的に自分達が別人って感覚が薄くなってんじゃねえか?》
「(………………………なるほど)」
言われてみればそんな気がしなくもない。自然とスイキョウの言葉に納得しアルムは深く考え込む。
《2つ目の個人的に謎だった『俺が対戦ゲームをなかなか思いつけなかった理由』も、2人でいるって感覚が抜けてたせいじゃねえかと思ってる。
で、次に気になるのがアルムの精神性。あまりに大人びた節があるっていうか、アルムと共有した記憶でもアルムってここまで大人だったかな?って疑問があった。俺の影響を受けてるってのじゃ説明できないほどにな。これも魂が混じった副作用じゃねえか?アルム自身に自覚はあるか?》
「(うーん、色々あったからなんとも言えないかも)」
《ま、たしかに色々あったな。でも俺だって人との別れで涙を流す性格でも無かったはずなんだよな。アルムにここは引っ張られてる気がする。
あとは、この会話方法も魂が混ざってるから可能なんじゃねえかな?と思うわけよ。イヨドの呼びかけが魔力を通して起きてるのにイヨドが反応しないないのも、霊体を通じた会話だからじゃねえか?》
「(なるほど、それは凄く納得したかも)」
アルムは今までのスイキョウの話を振り返り、確かに大きな矛盾を見つけられなかった。
「(という事は、スイキョウさんはやっぱり精霊、あるいは幽霊に準ずる存在みたいなものって考えてアプローチした方が)」
アルムの考えがまとまりかけたその時、トントンと肩を叩かれて誰かと思い振り返る。
「あの、先ほどからそのページをずーーーっと開いて立ち尽くしていますが、お読みなるなら閲覧室が御座いますよ?」
それは少し不思議そうな顔をした図書館の警備員で、アルムはハッとする。
「あ、いえ、少し考え事をしてしまって」
アルムは慌てて本を戻すと笑ってごまかし、少し恥ずかしくなってその場から離れた。
◇
図書館からの帰り道、スイキョウは暇つぶしにとあることをアルムに尋ねた。
《ところでアルム、神様はいっぱいいる様だが、人間はどの神様が生み出したんだ?人間は何故か色々な種族の中でも最も信仰する神々が多いって話だが》
「(人間を作った神様?)」
《あとはどうやって世界ができたのかとか、そう言った物語って無いのか?》
スイキョウからすると、神と切っても切り離せないのが創世神話。いかに神は世界を作り人々を作ったのか。どんな神話にも必ずといっていいほど記されていることだ。では、あっちこっちに本当に神様がいる場合どんなふうに考えているのかふと気になった。
「(うーん…………………そもそも世界というものは、神々の夢だって言われているよ。神々の本体が座す遍く所に沢山の世界があって、その欠片の1つの一瞬がこの世界。その神々の力同士がぶつかり合って魔力や霊力より更に高次元の力をかき混ぜて、そこに神々の肉体の一欠片と混じり合う。そうして万物は創世されている。どの神がどの生き物を作ったとか具体的にわからないよ。手ずから作ったらそれは大体は眷属だし)」
《ん?神が人を作ったわけじゃないと?》
進化論が認知されているわけでもないし変だとスイキョウは思うが、アルムの説明を待つ。
「(神様同士でも仲が悪くってね、殺したり殺されたりしてその死体とかが世界の器や生物の器になるんじゃないか、って言われてるよ)」
《なるほど。いきなり世界とか生き物とかがポンポン生まれるって考えてるのか?その1つがこれだと?》
「(さあ、わかんない。神々が語らないなら聞くべきではないって事だと思ってるけれど。今は人間がかなりの支配域を獲得してるけれど、人類史以前にもいくつも栄えていた種族はあったみたいだよ。でも何かを理由に滅ぼされた。その時の降臨の名残が僕らが崇める神々の残滓)」
《へえ〜…………………》
人類史以前というパワーワードに、人類の繁栄しか知らないスイキョウの意識が一気に持っていかれる。
「(その理由も神々の喧嘩が理由って言われてるけどね。人間の中でも崇めてる神々の約7割以上が『司神』ってカテゴリーだよ。人類史以前からずーっとこの地に座す神々だね。君臨せずとも統治せずって方々。蛇神ネスクイグイとかが有名かな?いっぽうで異種族が主に崇めているのが『来神』ってカテゴリー。司神よりも後から来たんだって。人間の中で崇めている神が1つ
柱もいなくて、人間から枝分かれしたとされる異種族のほとんどが来神を崇めてるのもそういう理由らしいよ。この神様達は人にも結構手を出そうとして司神とよく喧嘩になってるみたい。神々の戦争を起こしかけた魔神はこのカテゴリーね。
それで1番謎の神々が『邈神』ってカテゴリー。他の神々とどんな関係かもわからないし、最も対話にも応じない方々。魔境に降り立ったのはこのカテゴリーの神様って言われているよ。僕の崇めるグヨソホトート様もこのカテゴリーだね)」
《そのカテゴリーは人間が決めてるのか?》
「(明らかに態度とか方針が違うからね。神様の御言葉で確定する場合もあるけれど一応人類が分類しているよ)」
《ところでグヨソホトート様とやらは時空とかを操る神だっけか?どうやって神格とかわかるんだ?》
「(だいたいは神奉遺宝物の性質とか眷属の性質とかでわかるよ。あるいは授けられる異能の傾向でわかるかな)」
《強い神様に乗り換えたりとかってあるのか?》
「(どっちも頂上の見えないほど高い山みたいなものだから、見上げたってどっちが高いとかそもそも人間に分かりっこないし、強いから報いてくれるわけでもないし、改宗だってそんな罰当たりなことをするのは相当の事情が無いと有り得ないね。魔人種の時は結構例外的だよ。ただクロラグナの到来を避ける為に僕らは彼等を祀りその気を鎮め、その気紛れで神々が施しを与えてくださってるだけだから、欲をかくと人類史以前の生物の様に滅ぼされるんじゃない?)」
《神様って無関心なんだか心の狭い奴らなんだかよくわからんな》
「(大変不敬な物言いだけれど、その意見はわからなくもないかな。でもそんなもんだと思うよ。圧倒的上位者だからこその姿勢だろうね)」
その話を聞いて、実際に神様が何柱も存在する状態にスイキョウはやはり何処となく違和感を感じてしまうのだった。




